「そういえば、このお屋敷にはプールってないの?」
季節感に溢れた、遊園地にはプールがある。
帽子屋屋敷は秋。
夕方から少し肌寒くなるようなこの季節、プールに入りたいとは思わない。
だが、これだけのお屋敷だ。
あって当然。ないとおかしいくらいのものだろう。
(掃除を担当したことはないし……、見かけたこともない。
ってことは、ないのかしら?)
個人としてより、ここで働くメイドとしての疑問。
もし知らないのであれば、屋敷の保全の一旦を担う者としては職務怠慢のような気がしたのだ。
(まあ、地下とか恐ろしげなものがありそうだから、あえて入り込まないままにしているエリアもあるけど)
「もちろん、ありますよ~」
「それはもちろん、ありますとも~」
同僚達はどこか得意げに、頷いてみせる。
「あ、やっぱり」
これだけの規模の屋敷に、ないと思うほうが失礼だろう。
よほどの事情がない限り(家主のことを考えれば妙なこだわりで有り得そうだが)、この設えの屋敷には娯楽施設が一通り揃っている。
「でも私、見かけたことがないわ。
どこにあるの?」
さすがに、この世界……そしてこの屋敷に住んで長い。
しかも、今となってはただの居候ではなく働いてもいるのだ。
広い庭もまわり尽しているはず。
(見落としがあった?)
ないとは言い切れない。
自信が持てないほどこの屋敷は広く、触れないようにと注意された隠し扉や仕掛け……入ってはいけないエリアも未だにある。
「知れば知るほど、疑問が出てくる場所よね、ここって」
「まあ、ボスがボスですから~」
ほのぼのした調子の会話に、がしゃっと金属音。
花瓶を拭く私と、同じテーブルの上で銃器を点検している同僚。
(いや、あなた達もあなた達よ……)
私からすれば、ブラッドも彼らも変わらない。
親しくなればなるほど分からなくなる相手だ。
(……慣れちゃってる私も、相当おかしくなっているのかも)
銃器を前に、平然と花瓶を拭き、主の好む薔薇を活けていく。
「ねえねえ、アリス~~。
ちゅうしよ、ちゅう!」
「……しません」
このやりとりにも、慣れたものだ。
「え~~!?
ちゅうしようよ~~、ちゅうちゅう!」
「しない」
なぜか、この場にいるピアス。
いや、「なぜか」ではない。
彼もこの組織で働いているのだ。
住処は別とはいえ、部外者ではない。
いておかしくはないが……、椅子をがたがた、足をばたばた……。
銃器を磨く従業員以上にミスマッチだ。
(まあ、ピアスはピアスだもんね……)
……無視しよう。
「娯楽施設だから、プールは隠してあるの?
屋内のビリヤードや、屋外の運動施設は隠していないのに」
「ああ、それは……。
……う~~ん、言っていいんですかね」
「さあ~……、どうでしょうね」
曖昧に言葉を濁される。
「え?
プールに、重大な秘密があるの???」
言いよどまれると深読みしてしまう。
(ええ?プールに???
機密性のあるプールって一体……)
訳が分からないながら、逆に興味がわいてしまう。
「いえいえ、まさか~」
「いやいや、さすがに~」
「でも、教えてくれないってことは……。
……何か、あるのよね?」
「……う~~ん」
「…………」
やはり、歯切れが悪い。
「え~~っと。
…………。
……………………。
………………………………う~~ん。
………………………………………………………………考えるの面倒です~~。
あ……、上の方に聞いてみたらどうでしょう~?」
「そう!そうです!
それがいいですよ~~!」
「そうそう!
何かあっても上の方が責任とってくれます!」
愛すべき同僚は、上司に丸投げした。
「俺に聞いて!教えてあげる!
教えてあげるから、ちゅうしよ~~!
ね、ね、アリス!ちゅう!!」
「……結構です」
(…………プールの在り処より、職場の人間関係について相談したくなってきた)
→ディーとダムに聞いてみよう
→エリオットに聞いてみよう
→ブラッドに聞いてみよう