【【【時間経過】】】
◆帽子屋屋敷・門前◆
【【【演出】】】・・・足音
てくてくと歩いていくと、立派な門構えの屋敷に着いた。■■
「わあ……」■■
間近で見ると、更に立派だ。■■
独創的な造りの門は閉じており、格子の隙間から覗いても屋敷は見えない。
さぞかし広大な敷地を持つ屋敷なのだろう。■■
屋敷が見えないのに、なぜ屋敷だと分かるのか。
それは、門が屋敷の造りになっているからに他ならない。■■
だが、呼び鈴も表札のようなものも付いていない。
これだけの屋敷なら、常駐させている確率の高い入り口の管理人や門番も不在だ。■■
ここは本当に、屋敷なのだろうか。
自信がなくなる。■■
門は閉まっているし、夢だというのに都合よくは歓迎されそうにない。■■
【???・ディー】
「どうしたの、お姉さん」■■
【???・ダム】
「この屋敷に用事?」■■
「……?」■■
男の子が二人、話しかけてきた。■■
そっくりな二人の少年だ。
双子だということが説明を受けなくても分かる。■■
「ええ。
立派なお屋敷だから、興味があって見ていたの」■■
「あなた達は……、ここのお屋敷の人?」■■
使用人にしては、それらしい格好ではない。
屋敷のお坊ちゃんにしても、おかしい。■■
何よりおかしいのは、二人が斧を持っていることだ。■■
そして、その斧が私へ向けられていること。■■
【???・ディー】
「僕達?」■■
【???・ダム】
「そうだよ。
僕達はここの関係者さ」■■
【???・ディー】
「門番なんだ」■■
【???・ダム】
「ここに来た、悪い奴をやっつけるんだ」■■
すごいでしょうと、誇らしげに。
だが、無表情に双子は言った。■■
「あなた達が……、門番?」■■
少年達は、どう見ても少年で、目をこすっても大男にはならない。■■
屈強そうでもないし、年齢からしても、門番には見えなかった。
体に似合わない大きな斧が異様に見える。■■
【???・ディー】
「そうだよ、僕達がここの屋敷の門番」■■
「ああ、そうなんだ」■■
実際にはとても門番には見えていないが、そう答え、調子を合わせておく。
誇らしげにしている子供を否定するのも気が引けた。■■
……斧に異様な迫力を感じたせいもある。■■
少年達は、揃って満足げに頬を緩める。
望まれる返答を出来たようだ。■■
【???・ダム】
「悪い奴を倒すために雇われているんだ」■■
悪い奴をやっつける。
悪い奴を倒す。■■
そのあたりの言葉に、やけに含みがある気がする。■■
「……?
わ、私は悪い奴じゃないわよ?」■■
ようやっと、それが私を指すのだと気付く。■■
私は悪者じゃない。
ペーターのように人の家に不法侵入をする気もないし、悪さを働くつもりもない。■■
【???・ディー】
「うん、お姉さんは悪い奴には見えない。
でも、人は見かけによらないしね」■■
【???・ダム】
「給料分の働きをしないとどやされちゃう。
減給は嫌なんだよね」■■
【???・ダム】
「それに……、僕達、退屈していたんだ。
ここのボスは退屈がお嫌いだけど、僕達だって退屈は歓迎しない」■■
【???・ディー】
「お姉さん、僕達と遊ばない?
僕達、遊び相手をさがしていたんだ」■■
【???・ディー】
「……帰さないよ」■■
斧の刃が、近づいてくる……。■■
「ちょ、ちょっと……!?」■■
【???・ディー】
「大丈夫、そんなに痛くないよ。
お姉さん、悪い子じゃなさそうだからサービスしてあげる」■■
【???・ダム】
「無料で楽にしてあげるよ」■■
「っ……!?」■■
親切そうに、無邪気そうに、微笑んでいるのに無表情に見える。■■
間近に迫った斧の刃がぎらりと光り、息を詰めた。■■
【???・エリオット】
「なにやってんだ、門番共」■■
「!!」■■
【???・エリオット】
「ま~た入れ替わってるのか?」■■
「……ま、いいけどな」■■
双子たちの後ろからひょいと現れた青年は、オレンジ色の混ざった鮮やかな金髪をしていた。
そして……、鬼門のウサギ耳……。■■
【???・エリオット】
「……お客さんか?」■■
ちらりと、私に視線をくれる。■■
(だ、駄目だ……、鬼門……)■■
場面的、物語的にいうなら、ここは助けが入るシーンなのだろう。■■
だが、にまにま笑うウサギ耳のお兄さんは、どう楽観的に見ても私を助けに来てくれた王子様には見えない。
王子様に、ウサギ耳は生えていない。■■
更に言うなら、ウサギ耳を取っ払っても、この人が私を助けに来てくれたようには思えなかった。■■
覗き込んでくる様子は楽しそうで、心配の色など皆無だ。
双子よりは分かりやすく、悪意が見える。■■
【???・ディー】
「ちょっと、邪魔しないでよ。
僕達、仕事中なんだ」■■
【???・ダム】
「ここに来た悪い奴を倒さなきゃ。
そのために給料もらってるしね」■■
【???・エリオット】
「さぼり魔のくせして、よく言うぜ。
なに、こいつ、悪い奴なの?」■■
【???・ディー】
「知らないよ。
あんまり悪そうには見えないけどね」■■
【???・ダム】
「でも、給料のために仕事しなきゃ。
もうすぐ査定があるって聞いたんだ」■■
【???・エリオット】
「えー。
俺、聞いてないぜ?」■■
この人達は、同僚らしい。
三人共、仲はそんなによさそうな感じでもないが、気安い。■■
とすれば、この双子は本物の門番なのか。
少年が門番なんて、変な感じだ。■■
【???・エリオット】
「ガセじゃね?」■■
【???・ダム】
「お金に関して、僕が間違うとでも?」■■
【???・エリオット】
「それもそうか……」■■
「あー……、聞き落としたかもな。
最近、いろんな案件が挙がってるから混乱するぜ……」■■
「ブラッドの奴、んなこと言ってたかなあ……」■■
【???・ディー】
「物覚え悪いよね。
三歩も歩かず、すぐ忘れる。
……鶏?」■■
【???・ダム】
「三歩も歩かず忘れるなら、鶏にも劣るよ。
ひよこだよ」■■
【???・ディー】
「ひよこ頭だね。
ひよこウサギだ」■■
【???・エリオット】
「……っせえよ。
俺は、てめえらみたいに休みと金しか頭にない、お気楽なガキとは違うの」■■
「それに、俺はウサギじゃねえ!
俺のどこを見たらウサギだっつうんだ?」■■
【???・ディー】
「…………」■■
【???・ダム】
「…………」■■
これには、双子達も唖然とした。
もちろん、私も唖然とした。■■
視線は、彼の頭へいく。■■
オレンジ混じりの黄色。
ひよこと評されたが、こんな綺麗な色をしたひよこはどこにもいないだろう。■■
天然であろうその色は、見とれるほどの鮮やかさだ。
金髪にオレンジが溶け込んだような色は、恐らく赤毛が混じっている。
人工で出せるものではない。■■
美形ではないが、粗野な感じの青年は、その手の魅力に弱い女性にはもてそうな外見をしている。
しかし、まず目をひくのは、その髪の鮮やかさ。■■
……そして、その上にはえているブツだ。■■
(あなたの、どこを見たらウサギに見えないっていうの?)■■
へたり気味のウサギ耳。
たまに、ひょこひょこ動くところを見ると、これも人工ではなさそうだ。■■
【???・エリオット】
「な、なんだよ……?」■■
「俺は、ウサギじゃないぞ?
ここの番犬なんだから、犬だ、犬……」■■
「いぬ……」■■
【???・ディー】
「犬」■■
【???・ダム】
「……犬?」■■
じいっと、彼の頭を見る。■■
視線が集中するのが居心地悪いのか、耳がぴょこぴょこっと動く。
その耳は、どう見てもウサギ耳であって犬耳ではない。■■
「犬は、ちょっと無理があるんじゃない……」■■
「ちょっと……。
……う~ん、かなり?」■■
【???・ディー】
「耳の長い犬……」■■
「……同じ職場のよしみで、短く切ってあげようか?」■■
【???・ダム】
「耳長の犬か……。
珍しいから高く売れるかな……」■■
「僕なら、タダでもいらないけど」■■
それぞれ思い思いに話すので、会話は成立していない。
三人とも、ほけっとオレンジの頭を見ながら感想を漏らした。■■
【???・エリオット】
「なに、訳のわかんねえこと言ってんだよ?」■■
私達から見ると、彼のほうが訳の分からないことを言っているのだが、彼のほうはそう取らなかったようだ。■■
道理の通らないことを言う人ほど自覚がないという典型だろう。
困ったものだ。■■
【???・エリオット】
「…………」■■
「……なあ。
これ、俺に回せよ」■■
ひとしきり無駄口を叩き終わると、彼の声音が変わった。■■
「っ……!?」■■
【【【演出】】】・・・カチャッと銃を突きつける音
すいっと、いつのまにか銃が突きつけられている。■■
【???・エリオット】
「……悪い奴なんだろ、あんた?」■■
「ち、違うわよ!?
私は、何も悪いことをしようとしていないわよ!」■■
「通りがかっただけで……」■■
通りがかっただけ。
通りがかっただけだ。■■
通りがかっただけなのに、斧を向けられ、銃を突きつけられている。■■
(夢なら、もっと都合よくいこうよ!
なんで、こんな……いきなり死にそうなめにあっているの!?)■■
私の夢なだけあって、かなり無情だ。■■
「私は善人……じゃないかもしれないけど、悪い奴ではないわ!」■■
【???・エリオット】
「そっか」■■
「悪い奴じゃないのか……。
……張り合いがねえな」■■
にこっと、オレンジ頭の彼は笑う。■■
悪意を隠そうともしない笑い方だ。
優しさのかけらも見えない。■■
【???・エリオット】
「俺は、悪い奴なんだ。
……ごめんな?」■■
「っ!」■■
ごめんなんて、思っていないくせに。
銃口から目が逸らせない。■■
撃つ気だ。
脅しじゃない。■■
【【【演出】】】・・・銃に斧が当たる音
……かつんっと、銃に斧が当てられる。■■
【???・エリオット】
「……んだよ。
邪魔すんな」■■
斧が当たったのだ。
結構な衝撃があったはずなのに、彼は銃を取り落とさず、構えも崩れなかった。■■
不機嫌そうに、双子を見下ろす。■■
【???・ディー】
「それは、僕らの台詞だよ」■■
「…………。
僕達の獲物を横取りする気?」■■
【???・ダム】
「ボーナスゲット狙ってるの?」■■
【???・エリオット】
「俺はおまえらと違って、んなもんに興味はねえ」■■
「……この前、点検してから撃ってねえんだ。
試し撃ちさせろよ」■■
【???・ディー】
「このお姉さんがどこかの回し者だったら、手柄を横取りしないでよ?
そうは見えないけどさ」■■
【???・ダム】
「普通の客だったら、あんたのミスにしてよ?
その可能性が高いけどさ」■■
【???・エリオット】
「分かった、分かった。
手柄だったらやるし、ミスだったら被ってやる」■■
【???・ディー】
「それならいいよ」■■
【???・ダム】
「異論なし」■■
あっさりと、双子は斧を引いた。■■
(そ、それでいいんだ!?)■■
彼らは、道徳心で止める気はさらさらなかったらしい。
双子達も斧を突きつけてきたのだから、あまり期待していなかったが、予想通りすぎる。■■
【???・エリオット】
「じゃ、遠慮なく。
も~らい♪」■■
オレンジのウサギは、これで懸念もなくなったと、躊躇うことなく引き金を引いた。■■
【【【演出】】】・・・銃声
【大】がうん!!!【大】■■
引き金は本当に引かれて、銃は本当に撃たれた。
冗談でなく、本当に。■■
冗談という感じではなかったから、本気なのだろうとは思ったが、本当に。■■
自分が撃たれるなんて、しかも、こんな晴れた日にたいした前触れもなく屋敷の前で。
非日常すぎて、本当のこととは思えない。■■
【???・エリオット】
「……ブラッド」■■
「なんで、止めるんだよ」■■
銃は本当に発射されたのだから、軌道が正しければ、私は撃たれている。■■
ウサギ耳の彼の腕は確かそうだから、即死していたかもしれない。
至近距離で、銃口は私を捉えていた。■■
生きているのは、軌道が逸らされたからだ。■■
ブラッドと呼ばれた男。
派手な帽子に、乗馬服と礼装の混じったようなちぐはぐな服装をしている。■■
彼が、銃を逸らしてくれた。■■
呆然と、見上げる。
変な格好をしているが、彼は……。■■
(似ている)■■
……息が止まるかと思った。■■
【ブラッド】
「おまえ達、敷地内では殺す前に許可をとれと言っただろう?
何度言えば分かるんだ?」■■
目にも留まらぬ速さで銃を押しのけてくれた割に、けだるそうに話す。■■
【???・ディー】
「僕達は関係ないよ、ボス」■■
【???・ダム】
「このひよこウサギが勝手に撃ったんだよ、ボス」■■
双子達が口々に言い訳した。■■
ブラッドという男は、彼らの上司にあたるようだ。
扱いが違う。■■
【ブラッド】
「……エリオット」■■
【エリオット】
「……ごめん」■■
ぎろりと睨まれ、オレンジウサギ(エリオットというらしい)の耳が下がる。■■
【ブラッド】
「学習しない奴だ……。
撃つ前に考えろ」■■
「……私は、難しい命令をしたか?」■■
【エリオット】
「か、考えたぜ!?
ちゃんと考えて撃ったんだ!」■■
【ブラッド】
「撃つか撃たないかを判断するために考えろと言っている。
すべて撃つようなら、結局考えていないのと同じことだ」■■
【エリオット】
「~~~~~っ!」■■
「いいだろ撃っても!
敵かもしれない!」■■
ブラッドと呼ばれた男は、ちらりと私を見た。■■
だるそうに、顔や服装を見る。
ぴらぴらした服を馬鹿にされたような気分になって、急に恥ずかしくなる。■■
【ブラッド】
「敵かもしれない、か……」■■
「……おまえには敵に見えるのか、このお嬢さんが」■■
【エリオット】
「……あんまり見えないが、でも、敵かもしれないだろ?
忍び込むつもりだったのかも……」■■
「私、そんなことしないわ!」■■
かっとなって反論する。
エリオットのほうもかっとなりやすい性格らしく、すぐ反論された。■■
【エリオット】
「うるっさいな!
敵かもしれないから、敵なんだよ」■■
「なにそれ!
そんなの、通行人全員が敵になっちゃうじゃないの!」■■
「怖がって、誰も近づかなくなるわよ!?」■■
【???・ディー】
「いや、ほんと。
そうなんだよねー」■■
「真面目な僕らが真面目に仕事して、ここらへんをうろつく悪そうな奴らを片っ端から片付けていったら、誰も近づかなくなっちゃった」■■
【???・ダム】
「そーそー。
そうしたら、仕事がなくなっちゃってさあ……」■■
「給料泥棒なんて言われる始末……」■■
【エリオット】
「おまえら、極端なんだよ。
やりすぎだ」■■
だるだるとした双子の発言内容にも問題はあるが、エリオットにだけは諭されたくないだろう。
説得力も何もあったものではない。■■
【???・ディー】
「もう一般人なんて誰も近寄らないから、ここにいる時点で怪しい。
だから、殺しちゃってもいいと思ったんだよね」■■
【???・ダム】
「間違ったら間違ったときのことだよね」■■
「そ、そんな理由で殺されかけたの……」■■
言い掛かりすぎて、唖然とする。■■
【エリオット】
「あんたが怪しいのは間違いないだろ。
帽子屋ファミリーになんの用だ?」■■
(帽子屋ファミリー……?)■■
(なにそれ……)■■
そんな怪しげなものに用事なんてない。
怪しいのは、そっちのほうだ。■■
「特に用事なんてないわ。
通りがかっただけよ」■■
【エリオット】
「……っは。
くだらねえ言い訳はよすんだな」■■
「ここらは、帽子屋ファミリーの仕切る領土……その本拠だぜ?
用もなしに誰が来るかよ」■■
「ブラッド……、やっぱり、こいつは怪しい。
やっちまおうぜ」■■
エリオットは再び銃を構えようとするが、ブラッドは手を離さない。■■
じいっと、私を見ている。
視線までが、けだるそうだ。■■
……私も、じいっと見返してしまう。■■
(……すごく似ている)■■
私の知人にそっくり……瓜二つだ。■■
現れたときには、本人かと思った。
しかし、たとえ夢の中だろうと、あの人が私を助けに来るはずがない。■■
それこそ、夢だ。■■
(別人だわ)■■
あの人は、こんな億劫そうに人を見ない。
こんなに冷たい目で私を見たりしなかった。■■
(それにしても似ている……)■■
最悪だ。
夢で見るということは、まるでふっきれていないということじゃないか。■■
(…………)■■
(それに、なんだか……)■■
(……できすぎていない?)■■
夢だとしても、現実での知人に似た人が出てくるというのは、いかにもありがちで芸がない。■■
仕組まれたような感がある。■■
誰にでも思いつきそうな、くだらない展開。■■
頭の悪そうな人が思いつきそうなことだ。■■
(……そうか、私って頭が悪かったんだ……)■■
【エリオット】
「……なに?
こういうの好みだったっけ、おまえ」■■
「趣味、変わった?
しばらく女っ気なかったもんな……」■■
見詰め合う私達に、エリオットがかちんとくることを言ってくる。■■
(とち狂ってでもいないと食指が動かないって言いたいわけ?)■■
【ブラッド】
「……この子は、敵じゃない。
余所者だ」■■
ブラッドは女の趣味がどうとかいうのを無視して、ぼそりと呟いた。■■
【エリオット】
「は?
余所者っっ!?」■■
「……余所者」■■
「あんた……、そうなのか?」■■
「……え?
まあ、そうらしいわね。ユリウスがそう言っていた」■■
【エリオット】
「ユリウスだと!?
ユリウス=モンレーに会ったのか!?」■■
「は?
え、ええ、ここに来たとき……」■■
「会ったんだけど、この世界の人に関わるためにどこかへ行ったほうがいいって言われて……」■■
すごい剣幕で詰め寄られ、後ずさる。■■
【エリオット】
「奴は、俺の宿敵なんだ!
最っっっっっ低な×××××野郎だぜ!」■■
「そ、そうなんだ……」■■
【エリオット】
「この世界に来て早々、あんな奴に会うなんてついてなかったなっ。
気の毒だっ」■■
「ど、どうも……」■■
(少なくとも、ユリウスはあんたみたいに私に銃を向けたりしなかったわよ……)■■
しかし、銃を突きつけられるより、今のほうがリアルな感じに怖い。
じりじりと逃げる。■■
エリオットは急に方向転換した。■■
ブラッドのほうに顔を寄せ、こそこそと話しかける。■■
【エリオット】
「な~、な~、ブラッド。
俺、こいつのこと、かわいそうになっちまった」■■
「やっぱり、時計野郎は鬼だぜ。
自分が手を汚したくないからって、ほっといても始末してくれそうなところに流しやがったんだ」■■
内緒話のつもりのようだが、声の大きさを変えていないせいで駄々漏れだ……。■■
【ブラッド】
「エリオット、おまえは私怨に流されすぎだ。
冷静に判断しろよ」■■
ブラッドは苦笑した。
視線は私を見たまま逸らさない。■■
【ブラッド】
「時計屋は、そこまで無意味に無慈悲な男じゃない」■■
「大方、仕事がうまくいっていなくて、余所者がどうなろうと知ったことじゃない気分だったんだろう」■■
【エリオット】
「……それって、充分鬼じゃねえ?」■■
ブラッドの言う通りだとしたら、本当に鬼だ。
彼は、軽く首を振ってエリオットの言葉を否定した。■■
(……やっぱり似ている)■■
身にまとう服装やけだるそうな雰囲気は別人だが、仕草のあちこちに類似点がある。■■
【ブラッド】
「奴は、親切じゃないだけだ。
大して悪気はない」■■
「無慈悲なわけじゃないが、慈悲深くもない。
同情はできないが、理解はできるな」■■
「私も、誰がどこで死のうがどうでもいい。
面白くないものは死ねばいい」■■
似ている。
……いや、やっぱり似ていない。■■
似てはいるが……、顔だけだ。
私がよく知るあの人は、こんな不穏なことをぺらぺらと話せるような人ではない。■■
顔は似ているが、表情もまるで違う。
記憶の中の気弱で物静かな表情とは違い、目の前の彼は強気で不敵そうだ。■■
そこにいるだけで存在感がある。■■
どこか凡庸としていた人とは違う。
同じような顔なのに、ここまで違うのかと思うほどに異なっていた。■■
そして、なにより……。
【大】こんな変な帽子を被っている知り合いはいない。【大】■■
こんな変な帽子を被っている時点で、知り合いリストから除外する。■■
【エリオット】
「あんな野郎の肩をもつなよ……」■■
「気ぃ悪いな。
味方すんのか」■■
私の考えも逸れていったが、エリオットとブラッドの話もいつのまにか私から逸れている。■■
【ブラッド】
「客観的な意見だ。
心配しなくても、おまえの借りは返してやる」■■
【エリオット】
「してねえよ。
借りは自分で返す」■■
話が私と関係ないほうへ向かっていくので、改めて冷静になった。■■
派手な帽子の男性(ブラッドというらしい。やはり別人だ)とウサギ耳オレンジ頭の男性(こちらはエリオットだ。だって、そう呼ばれていたから)は、仲が良さそうだ。■■
でも、対等な友達同士というのとは違う。
上司部下にも見えない。■■
(そうね、上司と部下というより……)■■
彼らを見て、どうしてか、学校のガキ大将(初等科の子だ。さすがに私の年でガキ大将はいない。いたとしても、せいぜい中等部くらいまでのものだろう)とその子分を思い出した。■■
大人の男性なのにおかしな話だが、上下関係はそれに近く見える。■■
「…………」■■
彼らは、私の処遇について話し始めた。■■
……らしいのだが、すぐ話が横道に逸れ、私に関心があるのかないのかよく分からない。
軽い会話ながら、ブラッドの目が笑っていないのが引っかかる。■■
動作のすべてがけだるそうだが、隙がない。■■
怖い人だと、うっすら思う。
私の知人と、中身はまったく似ていない。■■
【エリオット】
「そういや、今日の夕飯はいつ食べるんだ?」■■
【ブラッド】
「夕食は夜に食べるものと決まっている」■■
「……。
ああ……、今夜の食事はおまえの好物だったな」■■
「にんじんのサラダとにんじんのスープとにんじんのグラタンに蒸しにんじんスティックだったか?」■■
【エリオット】
「デザートは、にんじんのコンポートだぜ!
よだれ出そう……」■■
「ここの料理人は最高だよな。
まったりとして、それでいてしつこいにんじんの味がたまらねえ……」■■
【ブラッド】
「……それはよかったな。
おまえの食事を横取りしないよう、私は別メニューを頼むとするよ」■■
【エリオット】
「安心しろって!
おまえの分も多めに作ってもらってる!」■■
【ブラッド】
「…………。
じゃあ、その多めに作った分もおまえが食べていいぞ」■■
【エリオット】
「ブラッド……。
おまえって、優しいよな……」■■
「ところで、いつ夕食になるんだ?
前の夜はすぐに終わっちまって食事どころじゃなかった」■■
「最近、昼と夕方ばっかりで夜が来ないから、夕食がとれない。
カロチン不足でイライラするぜ!」■■
話が進むに従い、どんどんと私は置いていかれた。■■
だが、この二人は最初だけでも私の対処について話していた。
まだましだ。■■
斧を突きつけてきた門番。
彼らに関しては、もっと悪い。■■
私を殺そうとしたくせに、もはや完全に私のことなど眼中にない。
余所者がどうとかいう話の前から、てんで聞いてもいなかった。■■
しばらく手持ち無沙汰にそっぽを向いていたが、やがて彼らは彼らで話し始めた。■■
【???・ディー】
「時間外労働についてどう思う、兄弟」■■
第一声からして、訳が分からない。
少なくとも、私に関する話ではなさそうだ。■■
【???・ダム】
「時間外労働はすなわち悪だよ、兄弟。
憎むべきものだ」■■
「残業手当をはずんでくれるのなら考えてもいいけどね」■■
【???・ディー】
「そうとも、憎むべき諸悪の根源だよ。
疲れたらいい仕事はできないと思わないか、兄弟」■■
【???・ダム】
「もちろんできないとも、兄弟」■■
「残業手当がつかないとなれば救いようがないよ。
無料奉仕なんてやっていられない」■■
【???・ディー】
「僕達はいい働きをしている。
昨日だったか一昨日だったかには敵っぽい奴らをたくさん殺したし、今日だって、女の子を一人捕まえた」■■
これは、私のことだろう。■■
だが、私のほうを見もしない。
すぐに話題も逸れていく。■■
【???・ダム】
「女の子を捕まえるのは、初めてだから収穫だ。
殺さずにいるんだから、誉められてしかるべきだよ」■■
「でも、ボーナスは出そうにないね。
すべての労働はボーナスのためにあるのに、嘆かわしいよ」■■
【???・ディー】
「労働も度が過ぎるとうまくいかないということさ」■■
「休憩が必要だと思わないか、兄弟。
僕達は過剰に働きすぎている」■■
【???・ダム】
「時間外労働にあたるとしたら、手当てを貰わなきゃ耐えられないね」■■
【???・ディー】
「問題はそこだ。
昼になったり夜になったり夕方になったりするから、勤務時間がよく分からない」■■
「僕は休憩したい」■■
【???・ダム】
「僕も、金にならない労働は嫌いだよ。
やる気がうせる」■■
「僕も休憩がしたいな」■■
【???・ディー】
「僕も兄弟も、揃って休憩したい。
片方が休むなんて決闘になりそうなことは、休憩にならないから避けたいね」■■
「でも、僕らは門番だ。
同時にいなくなっては侵入者を防げない」■■
【???・ダム】
「兄弟、なんのためにこんなに金のかかってそうな立派な門があると思うんだよ。
門を閉めたら入って来れないさ」■■
「大体、本気で侵入しようと思うのなら、正門になんか来るわけないんだよ。
これを言ったら、門番なんて成立しなくなるから言わないけどね」■■
「給料だけ貰っておいて、休憩の間は門を閉めちゃえばいいさ」■■
【???・ディー】
「でも、それだと客も入れない。
誰も入れないよ、兄弟?」■■
【???・ダム】
「客なんて滅多に来ないよ、兄弟。
まともな客なんて滅多に来ない」■■
「たまに来ても僕らが殺しちゃうから、もう誰も来ないんじゃないかな」■■
【???・ディー】
「なら、問題ないか。
やっぱり、真面目に働いてきてよかったね」■■
【???・ダム】
「なんの問題もないよ、兄弟。
休憩をとろう」■■
【???・ディー】
「前から思っていたんだけど、君って合理的だね、兄弟」■■
【???・ダム】
「ありがとう、兄弟」■■
これらの会話が笑いながらのものであったなら、少年特有のタチが悪い会話の一環だと思うことも出来た。(それにしたって、歪んでいそうだが)■■
しかし、双子であろう二人の少年の会話は、淡々と交わされていた。
面白くもなさそうに、淡々と。■■
信憑性があるというか、この子達はそういう子達なんだなあと妙に納得してしまう。■■
【???・ディー】
「何をしようか、兄弟。
休憩といったら、休むものだよね」■■
【???・ダム】
「休憩時間に何をしようと勝手だよ。
遊んでもいいんじゃないの」■■
「金のかからない遊びをしようよ」■■
【【【演出】】】・・・去る足音×2
彼らは、そのままどこかへ立ち去ってしまった。■■
私は、ブラッドとエリオットという男達と残されたわけだが……。
彼らだって、私に関心があるようには見えない。■■
夕食についての会話を、いまだに続けている。
私への興味は失せたように見えるが、この人達の夕飯事情など私にとっても興味がわかない。■■
【エリオット】
「ずうっと夜だったらいいのに!
昼とか夕方が混じるからややこしいんだ!」■■
「にんじんのコンポートまで、なかなか行き着けねえじゃねえか!」■■
【ブラッド】
「私も、昼は眠い……」■■
「……そんなに食べたければ、夕食にならなくても食べていいぞ。
特別ルールだ」■■
「昼ならおやつにすればいいし、夕方なら早めの夕食にしたらいい。
夜になっていなくても、食事はできる」■■
【エリオット】
「え!?マジマジ!?
いいのか?怒らない!?」■■
【ブラッド】
「おまえがにんじんのコンポートだかなんだかを食べたからといって怒るわけがないだろう」■■
【エリオット】
「だって、おまえの分がなくなっちまうだろ」■■
【ブラッド】
「いや、あのな、エリオット。
気持ちは嬉しいんだが、私はにんじんがそんなに……」■■
「…………。
ねえ、私はもう行っていいかしら」■■
(このまま立ち去っても気付かれなさそうだけど……)■■
一応断っておいただけなのだが、二人はぐるんと私のほうへ目を向けた。■■
(な、なんか怖いな。
この人たち……)■■
(妙な迫力があるっていうか……)■■
エリオットのほうは、同じウサギ耳でもペーターとは印象が違う。■■
ブラッドのほうは、顔以外のどこも知人に似ていない。
こちらも、印象がまるで異なる。■■
威圧されているわけでもないのに、たじろいでしまう。
校長先生を前にしたときより、よっぽど緊張する。■■
「あなた達のお屋敷に不法侵入しようとしたわけじゃないわ」■■
嘘は言っていないのに、言い訳がましい。
下手なことは言えないと、舌が絡まる。■■
この緊張はどこからくるのだろう。
本能的に、危険だと感じた。■■
この二人……、特にブラッドのほうはなんだか怖い。■■
【エリオット】
「…………」■■
【エリオット】
「今は昼だな、ブラッド」■■
「……は?」■■
大きな耳の割に、耳が悪いのだろうか。■■
二人ともこっちを見ているのに、話は、またも私の上を滑っていく。■■
【ブラッド】
「そうだな、忌々しい太陽が出ている。
私は眠い」■■
【エリオット】
「今からコンポートを食べるってことは、あれだ。
三時のお茶会をするってことだ」■■
【ブラッド】
「客を呼ばなくてはならない。
そういうルールだ」■■
【エリオット】
「いつ決めたんだっけ、そんなルール」■■
【ブラッド】
「いつでもいい。
そのほうが面白いと思ったときからだ」■■
【ブラッド】
「……で、どうかな、お嬢さん。
今日は君の誕生日だ。
お祝いしてあげよう」■■
「???
え……???」■■
「私の誕生日は……」■■
ここでの時間の感覚がよく分からないが、少なくとも私の誕生日は今日ではない。■■
【エリオット】
「おっ、いいな、それ!」■■
【エリオット】
「にんじんのバースディケーキを用意してやるぜ?
でっかいにんじんが山盛りになってるやつ」■■
【エリオット】
「すっげーんだぜ、中にも外にもふんだんににんじんを使ってて……」■■
【ブラッド】
「ああ……、あれはすごい……。
オレンジ色のケーキで……」■■
【ブラッド】
「どこもかしこもにんじんが……」■■
ブラッドは、気分が悪そうだ。■■
「私は、キャロットケーキが嫌いじゃないけど……」■■
さすがは夢だ。
殺されかけたり、お茶会に招待されたり、脈略がない。■■
【エリオット】
「嫌いじゃないのは当然だ。
大好きになるぜ!」■■
【ブラッド】
「では、是非とも寄って行きたまえ」■■
【ブラッド】
「……寄っていってくれよ。
にんじんづくしのメニューだ。うまいらしいぞ」■■
【エリオット】
「一人頭の取り分が減っちまうけどな」■■
【ブラッド】
「いや、それはもう、是非寄っていってもらうべきだ」■■
【ブラッド】
「このお嬢さんは誕生日なんだぞ?
お祝いしてあげねば」■■
【エリオット】
「そうだよな。
誕生日なら、祝ってやらないとなっ」■■
「あの、私の誕生日は今日じゃないんだけど……」■■
1:「断って、他に行く」(OP 02話(時計塔)へ)
2:「お茶会に寄っていく」
2:「お茶会に寄っていく」
(自分の夢なのに、困ることばかりが起こるのね……。
ままならないのは現実と一緒か)■■
初めて会った男達からお茶の誘いを受けるなんて、困るだけだ。■■
ここで承諾するのは、淑女のすることじゃない。■■
年頃になってから姉に注意を受けたが、言われるまでもなく普段の私ならついていったりしない。
ペーターの件は、引きずり込まれただけで本意じゃなかった。■■
(ああ、でも……)■■
これは、夢だ。
ならば、多少の危険も楽しんでしまえばいい。■■
少なからず想っていた人と似た顔をした男性。
ウサギ耳をした、綺麗な髪の男性。■■
(これは心理学的にどういうことを表しているのかしら)■■
(心理学なんて馬鹿にしていたけど、かじっておけばよかったかも。
何を表しているのか分からないわ)■■
「…………」■■
「せっかくだから、寄らせてもらうわ。
おいしいお菓子には目がないの」■■
「おいしいんでしょうね?
誘っておいてまずい茶菓子を出すなんて格好がつかないわよ?」■■
これは夢。
何をやっても現実じゃない、このとき限りのことだ。■■
大胆な気分になって、にいっと笑う。■■
男二人は驚いたような顔になる。■■
(そっちから誘っておいて、失礼な奴ら)■■
きょとんとした顔は、意外に若い。
迫力はあるが、大した年ではないのかもしれない。■■
【ブラッド】
「……心配ない。紅茶も菓子も極上だ。
まずいというなら、君の味覚を疑うな」■■
「甘いものが好きなら、存分に食べるといい。
私の分のケーキもあげよう」■■
驚いていた表情が消え、やたらと親しげに話しかけてくる。■■
【ブラッド】
「私は、ブラッド=デュプレだ。
巷では、帽子屋と呼ばれている」■■
【エリオット】
「俺、エリオット=マーチ。
三月ウサギって呼ばれてるらしいけど、ウサギじゃないぜ」■■
「はあ……。
私は、アリス=リデル」■■
勢いに押されて、自己紹介する。■■
(帽子屋に、三月ウサギ……?)■■
【ブラッド】
「アリス。
お互いに名前も分かったんだ。さっそくお祝いしよう」■■
【エリオット】
「誕生日祝いだ。
好きなだけ食え!」■■
(誕生日祝い?)■■
「だからね、私の誕生日は、今日ではないんだけど……」■■
【エリオット】
「にんじんコンポートと、にんじんの甘煮、にんじんのケーキににんじん茶もあるぜ!」■■
「にんじんにんじんって……。
そ、そんなに食べられない……」■■
キャロット・コンポートに、シュガー・キャロット、キャロットケーキ。
キャロット風味のフレーバーティーも嫌いじゃない。■■
(しかし……、言い方の違いだけだけど、にんじんにんじんっていうとやけにリアルだな……)■■
【エリオット】
「遠慮すんなって!
俺の分まで食っても撃ち殺したりしないから!」■■
【ブラッド】
「それより先に私の分を食べてもいいぞ。
食べてくれ」■■
「だから、そんなには……」■■
【ブラッド】
「誕生日なんだ。
ダイエットなんて考えるなよ」■■
「君は細い。もっと食べるべきだ。
私は、ふくよかな女性のほうが好みだな」■■
(標準だと思うけど……) ■■
男というのは、総じて無神経だ。■■
「ダイエットしているわけじゃないわ。
あの、だからさ、今日は私の誕生日では……」■■
【エリオット】
「誕生日は祝わないとな!」■■
「……聞いてよ」■■
先刻まで無視に近かったのに、えらい歓待ようだ。
どうやら、私はこの二人に気に入られたらしい。■■
【【【演出】】】・・・ずるずる引き摺る音
そして、歓迎されるのはいいが、今度は別の意味で無視されている気がする。
いつの間にか両側から押さえられ、ずるずると引きずられていく。■■
【ブラッド】
「開門」■■
【【【演出】】】・・・杖で門を叩く音
ブラッドがこんっと、杖で門を叩く。■■
「わあ……」■■
【【【演出】】】・・・門の開く音
ぎぎぎと、門が開く。■■
あの双子(だと思う)門番を含め誰が開けてくれたわけでもない。
大きく重たそうな門は自動的に開いた。■■
私が驚いたのは自動扉に対してではない。
自動で物が動くなんて、夢ではよく起こることだ。■■
「すごい庭……」■■
驚いたのは、庭の見事さだ。■■
私とて、そこそこの家柄の娘。
大富豪の娘などではないが、庭から資産を判断できるくらいの目はある。■■
庭は、屋敷の玄関。
すべての判断基準になる。■■
(……ものすごい大邸宅だわ。
へたな貴族よりすごいかも……)■■
「あ、あなた達って貴族なの?」■■
【エリオット】
「……貴族?」■■
【ブラッド】
「っぷ、貴族か……。
私達が?」■■
二人は異なる反応を見せた。■■
エリオットは嫌そうに顔をしかめ、ブラッドは面白そうに笑う。
反応一つとってもタイプの違う二人だ。■■
「身分は、階級持ちなんでしょう?」■■
【ブラッド】
「貴族に間違えられるとは、私も出世したものだ」■■
「嬉しいね。
そんなに品格があるように見えるのか?」■■
【エリオット】
「嬉しいわきゃねえだろ。
そんなに気取って見えんのか」■■
「あんた……、本当に俺らのことを何も知らないんだな」■■
貴族なんて言われたら、普通は誉め言葉だ。
悪い意味にはとらない。■■
どうして怒るのか分からない。
ブラッドのほうも、面白そうではあるが皮肉混じりの様子。■■
【ブラッド】
「どうして、私達を貴族なんて思ったんだ?」■■
(……突っかかってくるな)■■
「あなた達は貴族らしくないけど、こんなに立派な庭の屋敷だからよ。
ものすごい邸宅だわ」■■
「所有者があなた達のどちらか知らないけど、貴族でないのなら大したものよ」■■
【ブラッド】
「……貴族なんて、恐れ多いことだ。
私達はただのならず者さ、お嬢さん」■■
「ちっとも、敬っていそうに聞こえないわね」■■
「庭を誉めたのよ。
喧嘩を売ったわけじゃないわ」■■
一代でなしえた財産とは思えないが、彼らの先祖は相当に苦労して成功したのだろう。■■
私が庭に感心していることくらい状況で分かるだろうに、ブラッドのほうも意外と短気だ。
飄々として見えるが、外面だけかもしれない。■■
【ブラッド】
「庭ね……。
この屋敷は私の自慢だ」■■
「広くて面白い家に住むのが、昔からの夢だったからな」■■
(広くて面白い?)■■
広いのは分かるが、面白いって何だろう……。■■
「広いどころじゃないわ。
広大すぎて……」■■
「……維持費も管理費も馬鹿にならなさそう。
持ち続けられているだけで大したものだわ」■■
「いくらくらいかかっているのか、気になるところね……」■■
【ブラッド】
「…………。
アリス、君、双子と同じようなことを言うな」■■
【エリオット】
「あんな金にうるさいのがもう一人増えるなんてごめんだぜ」■■
「庶民としては、当然の疑問よ」■■
◆帽子屋屋敷・庭園◆
【【【演出】】】・・・足音×3
中に招かれながら、歩く。
広い庭だ。■■
門から庭に入るまでも遠く、屋敷は更に遠くに見える。
庭に相応しく、屋敷も大きそうだ。■■
【ブラッド】
「君は裕福な家庭の子だろう?
庶民というのは、違うんじゃないか」■■
「どうして、そう思うの?
私、あなた達のいうところの……気取って見える?」■■
【ブラッド】
「育ちというのは、滲みでるものだ」■■
【エリオット】
「ああ。あんたは、悪くない育ちだな。
そういう匂いがする」■■
「匂い……」■■
現実に匂うわけでもあるまいに、エリオットは鼻をひくつかせた。■■
「……どうも」■■
【ブラッド】
「誉められている気がしないか?」■■
今度は、私が微妙な顔をする番だった。■■
【ブラッド】
「先刻の私も、そんな気分だったよ」■■
「仕返ししているの?
貴族に間違われるなんて、そう悪いことでもないでしょう」■■
【ブラッド】
「君は、いい育ちのお嬢様だと言われて今どんな気分だ?」■■
「私は、そこまでのものじゃないわ」■■
この庭は広すぎる。
お茶会用のテーブルに着くまでにも時間がかかる。■■
その間、この男と話しながら歩かなければならないとは。■■
【ブラッド】
「そうだろうとも。
私にとっての貴族と同じだ」■■
「くだらない括りに当てはめられたくないんだろう」■■
「…………」■■
「身分や家柄をそんなふうに思ったりしていない。
恵まれた生まれを否定するなんて、恩知らずよ」■■
【エリオット】
「ひゅ~、偉いね。
お嬢様らしい模範的なお答えだぜ」■■
「せっかく人が真面目に答えているのに……」■■
前を歩くエリオットを睨む。
振り向いて目が合うと、また口笛を吹かれた。■■
【ブラッド】
「いいと思うものは、人それぞれだ」■■
やっとお茶会用のテーブルに着く。■■
これまた大きく立派なテーブルだ。
中規模以上のパーティーがいつでも開けるような大きさの上、すでにセッティングまでされている。■■
高そうなティーセットだ。
しかし、カラフルなデザインで男達にはいささか似合わない。■■
「用意されているということは、誰か来る予定だったの?」■■
【ブラッド】
「用意されているということは、君が来る予定だったんだろう」■■
「…………」■■
うんざりする。
ここの住人は皆おかしい。■■
夢の中の住人なのだから仕方ないのかもしれないが、自分の頭がおかしいようで嫌だ。■■
【ブラッド】
「このテーブルは大きくて、お茶会をやるのに困らない。
テーブルは広いし、席はいくらでもある」■■
「あとは、招きたい客がいないだけだ」■■
【エリオット】
「門番が皆殺しにしちまうから、客なんて滅多に辿り着けない」■■
「そう……」■■
(あんたも、そうしようとしたでしょう)■■
殺されかけたことは忘れていない。■■
「どんな家なのよ、それ……。
門番は、案内係も兼ねた、屋敷の顔でしょうに……」■■
【ブラッド】
「我が家に来るのは、呼んでもいない客ばかりだからね。
門番も、案内係より撃退する係なんだ」■■
「来てくれて嬉しいよ、アリス。
君は、珍しくも撃退されなかった客人だ」■■
「君のおかげで、誕生日会が出来る」■■
【エリオット】
「そうそう、誕生日を祝ってやるよ。
誕生日おめでとう、アリス」■■
【ブラッド】
「お誕生日おめでとう、アリス」■■
「…………」■■
「今日は、私の誕生日じゃないわ」■■
先刻から何度か言いかけていたが、きちんと訂正しておく。■■
私の誕生日は、今日じゃない。
夢時間ではどうだか知らないが、眠りに落ちた日は誕生日ではなかった。■■
【エリオット】
「いいじゃないか。
今が誕生日じゃなくても、そのうちすぐに誕生日になる」■■
【ブラッド】
「昼になったり夕方になったり夜になったり。
何度も繰り返せば、そのうち誕生日に変わるさ」■■
時計塔での一件を思い出す。
銃を撃てば時間帯が変わってしまった。■■
あれだけめまぐるしく時間が変わるなら、誕生日もあっという間に来そうだ。■■
「でも、今日じゃないわ。
誕生日でもないのにお祝いされるなんて妙な感じだからやめてよ」■■
【エリオット】
「細かいことにこだわるな」■■
「細かくないわよ。
誕生日は一年に一度しかないからお祝いするのに」■■
【エリオット】
「いいだろ、祝われておけば。
一年に一度しか祝っちゃいけないなんて誰が決めたんだよ」■■
「なあ、ブラッド」■■
【ブラッド】
「ああ。
祝いたいなら、何度祝ってもいいんじゃないか」■■
「そういうわけにはいかないでしょう。
誕生日でもないのに、お祝いしてもらうなんておかしいわ」■■
【エリオット】
「いちいち細かいなあ」■■
「細かくなんかないってば」■■
【エリオット】
「頭が固いぜ、アリス」■■
「そんなことないってば」■■
「別に頭が固いわけじゃないわよ。
だって本当に違うんだもの、喜べはしないでしょう」■■
そう言いつつ、自信がなくなってきた。
この人達と話していると、常識が狂いそうだ。■■
彼らが当然という口調で言うから悪い。
自分のほうが間違っているような気になる。■■
【ブラッド】
「誕生日でないというならいいさ。
こだわることはない」■■
「誕生日以外の日を祝えばいい。
それで解決だ」■■
「は?
誕生日以外の日を祝う?」■■
「そんなの、毎日がお祝いになっちゃうじゃないの。
何を祝うのかもさっぱり分からない」■■
【ブラッド】
「毎日がお祝いなんて結構な話じゃないか」■■
「何を祝うって、誕生日じゃないことを祝うのさ。
年をとらなくていい日だ、おめでとう」■■
【エリオット】
「さすがだぜ、ブラッド。
そうすりゃ、毎日にんじんの特大ケーキが食えるよな」■■
そういうエリオットの前には、オレンジ色の特大ケーキがある。■■
【ブラッド】
「おまえがにんじんのケーキを食べるのを、誰も止めたりしないぞ。
誕生日であろうとなかろうと」■■
(この人達、本当に無茶苦茶だわ……)■■
「誕生日以外の日を祝うなら、誕生日はお祝いできないわね」■■
呆れながら意地悪く言うと、ブラッドは簡単に答えた。■■
【ブラッド】
「誕生日は誕生日で祝えばいい。
誕生日おめでとう」■■
「誕生日でない日なら、何でもない日おめでとうと祝えばいい」■■
「これで解決だ。
毎日、何かを祝える」■■
「……ものすごいこじつけね。
そうまでしてお祝いしたいのなら止める理由はないけど、無茶だわ」■■
【ブラッド】
「私は、無茶なことが大好きなんだ。
退屈しないだろ」■■
【エリオット】
「俺も無茶しないより無茶するほうが好きだな。
退屈は嫌いだぜ」■■
「それより、にんじんジュースが好きだな、俺は」■■
【ブラッド】
「……にんじんと比べる必要はあるのか」■■
【エリオット】
「にんじんじゃないっ。
にんじんジュースが好きなんだ」■■
「にんじんジュースがあれば、退屈しなくてすむぜ」■■
「にんじんジュースが好きってことは、ようするににんじんが好きなんでしょう」■■
他にもいろいろ突っ込みどころが満載だが、とりあえず分かりやすい矛盾を挙げてみる。■■
【エリオット】
「俺は、にんじんなんて好きじゃないぜ」■■
「あれだけ、にんじんにんじんって言っておいて、にんじんが好きじゃないって言うの?」■■
【エリオット】
「好きじゃない。
にんじんが好きなんて、ウサギみたいだろ」■■
「…………」■■
本当に、突っ込みどころが満載すぎる。■■
「ウサギみたいって……。
ウサギじゃない、モロに」■■
【エリオット】
「!!?」■■
「どっ、どこがだよ!!!
目が悪いんじゃねえの!?」■■
「どこがって……、【大】耳がだよ【大】」■■
(あんたこそ、頭が悪いんじゃないの?)■■
ウサギ耳をひくひくさせながらウサギじゃないとは、よく言ったものだ……。■■
【エリオット】
「こ、これは耳が伸びちまっただけだ!」■■
「うん、ウサギ耳よね」■■
【エリオット】
「違う違う!
俺はウサギなんかじゃない!」■■
「でも、耳が勝手ににょきにょき伸びちまったんだよ」■■
「……へえ」■■
【エリオット】
「なんだよ、疑いの目で見るな!本当だぜ!
なあ、ブラッド!?」■■
【ブラッド】
「……ん?」■■
「ああ、そうだな……。
茶がうまい……」■■
ブラッドは、明らかに聞いていなかった。■■
彼は、エリオットの注意が逸れたときから、オレンジ色をしたあれこれをせっせと私のほうへ寄せている。■■
一通り自分の周りからオレンジ色を駆逐すると落ち着いたらしく、今は紅茶を楽しんでいた。■■
(こ、この人もなあ……)■■
(……絶対に二人共、本気で祝う気なんてないわよね)■■
「お祝いというか、普通にお茶会よね」■■
ただし、ちょっと豪華な。■■
【エリオット】
「悪い、悪い。
また機嫌を損ねたのか」■■
「お嬢様ってのは気難しい生き物なんだな」■■
「そういうふうな言い方をされたら、誰だってむかつくわよ」■■
エリオットの言うように、機嫌を損ねたお嬢様らしくつんとそっぽを向く。■■
いいかげん、私が可愛らしいお嬢様なんかでないことくらい分かりそうなものだ。
そんなに上等なものじゃない。■■
【エリオット】
「女ってのは、お嬢じゃなくても難しい。
面倒だよな」■■
【ブラッド】
「女性というのは、そこがいいんだろう」■■
【エリオット】
「俺は面倒なのは嫌いだぜ。
鬱陶しい奴は、男だろうと女だろうと撃ち殺す」■■
【ブラッド】
「おまえがもてない理由がよく分かるよ……」■■
【エリオット】
「よく言う。
ブラッドも、女だからって気にしたりしねえだろ」■■
「女王を血祭りにあげたくてたまらないくせに、フェミニスト気取るなよ」■■
【ブラッド】
「ビバルディは特別だ。
彼女の場合、撃ったところで死ぬとは思えない」■■
「また、私に分からない話をする……」■■
「お客さんを放っておくなんて、いいホスト役とは言えないわね。
こんなのが本当の誕生日パーティーだったら、怒られて当然よ」■■
【エリオット】
「おっと……。
すぐ機嫌を悪くするな、あんた」■■
「面倒だ。
でも、撃ちたくなるほどじゃない」■■
【ブラッド】
「誕生日なんだから、主役をないがしろにしちゃいけない」■■
【エリオット】
「誕生日といえば、必需品がないよな。
花とかそういうの……」■■
「…………」■■
誕生日じゃないと、断りを入れたはずだ。■■
「まったく聞いていないか、聞いていても気にしないのか、それとも聞いたことを五分も覚えていられないほどに頭が悪いのか。
どれ?」■■
【ブラッド】
「…………」■■
【エリオット】
「…………」■■
【ブラッド】
「……っ。
ははははっ、愉快な子だ」■■
【エリオット】
「っははは、面倒くさいけど面白い奴」■■
何がおかしいのか、二人はけらけらと笑う。
私としては、とても笑うような気分じゃない。■■
【ブラッド】
「誕生日といえば、プレゼントだ。
プレゼントをあげなくちゃならない」■■
【エリオット】
「それだ!
何か足りないと思ったぜ」■■
「花なんて食えないし、にんじんは今食べてる。
別のプレゼントがなくっちゃな」■■
不機嫌な私と対照的に、二人はとてもご機嫌だ。■■
「プレゼントなんていらないわ。
今日は私の誕生日じゃないもの」■■
「貰う理由なんてないし、あなた達もプレゼントの用意なんてしていないでしょう」■■
【エリオット】
「もちろん、用意しているさ。
なあ、ブラッド」■■
【ブラッド】
「ああ。
抜かりない」■■
ブラッドはまるで最初から用意していたかのように、自然にプレゼントを取り出した。
手品みたいだと、目を見開く。■■
大きな箱だ。
隠しておけるようなサイズではない。■■
(今、いったいどこから出したの……?)■■
【ブラッド】
「さあ、アリス、プレゼントだ。
受け取ってくれ」■■
「え……」■■
手渡されるままに受け取ってしまう。■■
箱はサイズに反して、意外と軽い。
中身が詰まっている感じではないが、空箱でもなさそうだ。■■
【エリオット】
「開けてみろよ」■■
「ちょ、ちょっと!
誕生日じゃないって言ったでしょう!?」■■
「こんなの、貰うわけにはいかないわ!
なんだか知らないけど、意味もなくプレゼントを受け取れない!」■■
【エリオット】
「そんなこと言ったって、もう受け取ったじゃないか」■■
「返すわよ!」■■
ブラッドに押し返すと、手を引っ込められてしまった。■■
【ブラッド】
「返品はきかない。
あげた物を突っ返されるなんて、面白くないからな」■■
「いいから、開けてごらん。
何か面白い物が入っているかもしれない」■■
「面白い物?
何が入っているの?」■■
【ブラッド】
「さあ?
面白い物かどうかは開けてみないと分からない」■■
「私は、入っているかもしれないと言ったんだ。
ひょっとしたら、面白くない物かもしれない」■■
【エリオット】
「くだらない物だったら、撃っちまえばいい」■■
【ブラッド】
「くだらない物を撃つなんて、もっとくだらないぞ」■■
【エリオット】
「じゃ、捨てちまえばいい」■■
まだ開けてもいないのに、エリオットはプレゼントに手を伸ばして捨ててしまおうとする。■■
「ま、待って待って!
捨てるくらいなら貰うわ」■■
【【【演出】】】・・・箱を開ける音
エリオットの手を避けて、箱を開け始める。■■
「面白いか面白くないかは主観によると思うけど、結局、何が入っているの?」■■
【ブラッド】
「知らない。
何も入ってないということだけはないはずだ」■■
「知らないって、自分がプレゼントしたものでしょう。
使いまわしのプレゼントじゃないでしょうね」■■
【ブラッド】
「君のために用意されたものだ。
他の人用ではないよ」■■
「今日が初対面なのに?」■■
有り得ない。
会ったばかりの人間に、あらかじめプレゼントを用意できるはずがない。■■
【ブラッド】
「君にぴったりのものが出てくるはずだ。
それがなんだか知らないけどね」■■
「中身の分からないような物を贈らないでよ!」■■
【エリオット】
「いいから、開けろよ。
手が止まってるぜ」■■
「……いらないなら捨てちまうぜ?」■■
「開けるわよ。
開ければいいんでしょ」■■
【【【演出】】】・・・箱を開ける音
箱を開けていく。
そうすると、中から……。■■
……箱が出てきた。■■
「……なにこれ」■■
【ブラッド】
「箱だな」■■
【エリオット】
「箱だ」■■
「これがプレゼント?」■■
【ブラッド】
「箱は開けるものだ。
箱の中の箱も同じだよ」■■
【エリオット】
「その箱も開けてみろよ」■■
【【【演出】】】・・・箱を開ける音
箱の中から出てきた箱を、更に開けてみる。
そうすると、中から……。■■
……箱が出てきた。■■
「また出てきたんだけど……」■■
【エリオット】
「更に開けろってことだろ」■■
【【【演出】】】・・・箱を開ける音
箱の中から出てきた箱の中の箱を、更に開けてみる。
そうすると、中から……。■■
……箱が出てきた。
「…………」■■
「……っ」■■
「~~~~~~~っ!!!」■■
【【【演出】】】・・・箱を開ける音(連続)
箱の中から箱、その中から箱、更に箱、まだ箱、しつこく箱……。■■
(き~~~~~~~!!!)■■
ヒステリーを起こしそうになったが、辛うじて表には出さない。
悪戯にひっかかった気分だ。■■
最初は丁寧に開封していたのが、だんだんと乱暴になっていく。■■
「…………。
ロシアの人形に、こんなのあったわよね」■■
【エリオット】
「お、博識」■■
【ブラッド】
「マトリョーシカ人形だな」■■
【【【演出】】】・・・箱を開ける音(連続)
かぱかぱかぱかぱ開けていくが、終わらない。
仕舞いには、最後まで箱なんじゃないかと思い始めた。■■
「…………」■■
【エリオット】
「…………」■■
【ブラッド】
「…………」■■
投げ出そうかと一度ならず考えたが、二人はじいっと注目している。■■
(そのうち、終わる……のよね?)■■
【【【演出】】】・・・箱を開ける音(連続)
投げ出して踏み潰してしまいたい衝動を抑えつつ、開けていく。
大きな箱は段々と小さくなっていった。■■
まだまだ終わらないのだろうと、半ば諦めつつ開けた箱が最後だった。
今までとは違い、箱の中に箱はない。■■
「これ……」■■
【エリオット】
「なんだった?
なんだった?」■■
「砂時計……」■■
【ブラッド】
「……あまり面白みのあるものじゃないな。
ありふれているとは言わないが」■■
「……そうね。
紅茶の蒸らし時間を計るにはいいかもしれないけど」■■
プレゼントを贈ってくれた本人を前に言うことではないのかもしれない。
失礼だ。■■
だが、この人たちも充分に失礼で、礼儀など気にするのが馬鹿らしくなってきた。■■
ある意味では、とても楽な相手だ。
貴族みたいに豪勢な屋敷に住んでいるくせに、彼らは『それらしく』ない。■■
【エリオット】
「紅茶の蒸らし時間?
そんなもののために使うのは、さすがにもったいないだろ」■■
「五分だかそこらの時間のために、時間帯を変えるのか?」■■
「?」■■
【ブラッド】
「抽出時間は大事だぞ。
あれでうまさが変わってくる」■■
【エリオット】
「そんなの、普通の砂時計を使えばいいだろ」■■
「大体、紅茶なんかどこがいいんだよ。
にんじんジュースのほうがずっと……」■■
【ブラッド】
「…………」■■
【【【演出】】】・・・ブラッドが杖でこづく効果音
がっと、ブラッドに杖で小突かれ、エリオットは口を閉じる。■■
「普通の砂時計?
これは、普通の砂時計じゃないの???」■■
【エリオット】
「どう見ても、普通の砂時計じゃないだろ」■■
「どう見ても、普通の砂時計だけど」■■
ひっくり返してみても、回してみても、なんの変哲もない砂時計だ。■■
【エリオット】
「アリス、あんたの目は節穴か?
紅茶の蒸らし時間用なんて、どこにも書いてないぜ」■■
【エリオット】
「だから、この砂時計は紅茶用じゃない。
もっと別の使い道がある砂時計だ」■■
「紅茶の蒸らし時間用って書かれていなくても、それくらいしか使い道がないわよ」■■
【エリオット】
「砂時計の使い方っていったら、他にも色々あるだろ」■■
「どんな?」■■
【エリオット】
「時間帯を変えられる」■■
「???」■■
【エリオット】
「貸せよ」■■
エリオットに砂時計を取り上げられる。■■
【エリオット】
「時間よ……」■■
【エリオット】
「俺の望む時間帯に変わりやがれ……」■■
【【【演出】】】・・・時間帯が変わるときの効果音
「……わ」■■
「……夜になっちゃった」■■
もう、大抵のことには驚いたりしない。
それでも、空の色が一瞬にして変わる様は異様だった。■■
【エリオット】
「当たり前だろ。
そう願えば、そうなるぜ」■■
【エリオット】
「っつっても、この国の住人で好き放題に時間帯を変えられるのは時間の番人だけだ」■■
【エリオット】
「ユリウス=モンレーなら、砂時計なしでも時間帯を変えることができる」■■
【エリオット】
「他の連中は、たとえ女王でも特別なとき以外は時間帯を変えられない。
気まぐれに変わっていくのを待つしかない」■■
「この砂時計があれば、自由に変えることが出来るのね」■■
【エリオット】
「そうだが、俺らは滅多なことじゃ使っちゃいけないんだ。
役持ちだからな」■■
「役持ち?」■■
役職か何かを持っているのだろうか。■■
【エリオット】
「……とにかく、俺らは砂時計を乱用できない。
そういうルールだ」■■
「そんなこと言って、今、使ったじゃない」■■
【エリオット】
「たまには破ることもあるだろ」■■
「それ、ルール違反じゃない……」■■
ずいぶんと堂々としているものだ。■■
【エリオット】
「細かいことを気にすんな。
今のは、特別」■■
【エリオット】
「あんたは余所者だから、関係なく使える」■■
【エリオット】
「俺がしたみたいに、願えば叶うぜ。
あんたでも出来る」■■
「願えば叶う……」■■
(…………)■■
(【大】願ってたか?
今の……?【大】)■■
【エリオット】
「お願いすれば叶うんだ。
都合よく出来てるだろ」■■
「使用方法はいいんだけど……」■■
「……命令しているように聞こえたわよ?」■■
【エリオット】
「願い方は自由だ。
あんたはあんたで、好きに願えばいいだろ」■■
【エリオット】
「俺が可愛らしくお願いする図なんて気色悪い」■■
【ブラッド】
「……まったくだ」■■
【ブラッド】
「…………」■■
【エリオット】
「……な、なんだよ」■■
【【【演出】】】・・・ちゃきっと杖を構える音
ブラッドはチャキッと杖を構え、エリオットに向けた。■■
【エリオット】
「な、なんで機嫌悪くなってんだ、ブラッド」■■
私から見ても、ブラッドは不機嫌そうだ。
エリオットは慌てている。■■
【ブラッド】
「なにも、私がお嬢様並に機嫌を損ねやすいわけじゃない。
ルールを守らない奴が嫌いなだけだ」■■
【エリオット】
「ルールなんざ破るためにあるんだろ?
普段、おまえ、そう言って……」■■
【ブラッド】
「それは、私以外の者が定めたルールに適用される」■■
「私の定めたルールは守ってもらおう。
さもなくば、いくらおまえといえども……」■■
【エリオット】
「わっ!
分かった、分かった!」■■
「ってか、なんだよ!?
何が気に食わなかったっつーんだ!?」■■
「夜か?
夜に変えたのが気に障ったのか!?
おまえ、時間帯の中では一番夜が好きだろ!?」■■
【ブラッド】
「夜が好きだとも。
永遠に夜でいいと思うくらいだ」■■
「……私がなんで怒っているのか、分からないのか?」■■
「おまえは、非常にまずいことをしでかしたんだぞ。
エリオット」■■
ブラッドは杖を向けたまま、エリオットを睨んだ。■■
予想通り、凄むとかなり怖い。
迫力がある。■■
【エリオット】
「な、なんだよ……」■■
エリオットは、しきりに杖を気にしている。
杖に何かあるのだろうか。■■
【ブラッド】
「はあ……」■■
分かっていない様子のエリオットに、ブラッドは溜息を吐いた。■■
【ブラッド】
「今のは、三時のお茶会だ。
三時でなくとも、私がそう決めたからには三時なんだ」■■
【エリオット】
「……?」■■
【ブラッド】
「夜になったら、三時のお茶会でなくなってしまう。
紅茶が飲めないだろう」■■
【エリオット】
「…………」■■
【ブラッド】
「私は、紅茶の時間を中断されるのが大嫌いなんだ」■■
「夜は好きだが、今は紅茶が飲みたい。
おまえは、私が紅茶を飲むのを妨害したんだぞ?」■■
【エリオット】
「…………」■■
「…………」■■
エリオットはぽかんとしていたが、私も同じように口が開いたまま閉じない。■■
「…………」■■
「……三時じゃなくても、紅茶なんていつでも飲めるじゃないの」■■
【ブラッド】
「いつでも飲めるとも。
私は、私が飲みたいときに紅茶を飲む」■■
ブラッドは、今度は私のほうを睨んだ。
そして、偉そうに話す。■■
【ブラッド】
「今は、三時のお茶会で紅茶を飲みたいと思ったんだ。
私がそう思ったからには、飲み終わるまで三時でなくてはならない」■■
「それ以外の時間になってはいけないんだ」■■
「……そりゃあ、時間帯がころころ変わったら落ち着かないだろうけど」■■
意味不明な言い分だが、同意してやる。
にもかかわらず、即座に否定された。■■
【ブラッド】
「ころころ変わらないと退屈するだろう。
私が退屈して変化を望んだときには、時間帯は変わるべきだ」■■
「だが、私が紅茶を飲んでいるのに時間帯を変えるなんてことは許せない。
それが、私のルールだ」■■
「…………」■■
(この人って、なんていうか……)■■
「……お嬢様だわ」■■
【ブラッド】
「……なんだって?」■■
「アリス。
それは君だろう、お嬢さん」■■
「そんなことないわ。
あなたのほうがピッタリ」■■
「お嬢様というか、女王様みたい……」■■
【ブラッド】
「女王だと……?
私のどこが……」■■
「気まぐれで、わがまま。
自分が法律」■■
「すごく、しっくりくると思うわよ」■■
【ブラッド】
「…………」■■
私のことをお嬢様扱いしたり難癖をつけてきた仕返しだ。
ブラッドの表情を見て、溜飲を下げる。■■
先刻のエリオットのようにぽかんとした顔をした後、徐々に苦虫を噛み潰したような表情になっていく。■■
【ブラッド】
「君は、命が惜しくないらし……」■■
【エリオット】
「……っぶっっ!!!」■■
「ぶはははっ、ブラッドが女王……。
じょ、女王様って……ぎゃははははっ!!!」■■
ブラッドは私に凄もうとしたらしいのだが、エリオットの笑い声に遮られる。
見事なタイミングだ。■■
【エリオット】
「ははっ、すっ、すげー、アリス……。
はまってる……」■■
「っはは、女王……、女王かよ……。
ぶぶっっ、ははははははは!!」■■
「……相当、ツボにはまったみたいね」■■
エリオットは、馬鹿受けしている。■■
ブラッドの機嫌を損ねたことに慌てていたのも忘れ、げらげら笑っている。
今まさに、ブラッドの機嫌は急降下していた。■■
【ブラッド】
「エリオット……」■■
完全に、ブラッドの怒りの矛先は私からエリオットに移っている。■■
ゆらりと、杖が動く。
流れるような動き方だ。■■
【エリオット】
「はははっ。
なんだよ、ブラッド……はははっ」■■
【ブラッド】
「エリオット。
おまえは、本当に……」■■
【エリオット】
「ぐ……っ!?」■■
【【【演出】】】・・・杖で殴る音
ごすっと、杖がエリオットの腹を直撃した。■■
【エリオット】
「っげ、げほ……。
がは……っ」■■
「……っは、げほげほっ」■■
「……い、いってぇ……」■■
笑いとは別の意味ではまったらしく、エリオットが蹲る。■■
「……!?
ちょ、ちょっと、血が出て……」■■
ブラッド=デュプレ。
このとんでもない我侭男は、友達(ではないのかもしれないが)を本気で突いたらしい。■■
エリオットの口端から、うっすらと血が出ている。■■
「内臓が傷ついたらどうするのよ!?
あんた、小突くにしても加減ってものを……」■■
【ブラッド】
「小突いたつもりはないね。
死ななければ、どんな傷でもいずれ治るさ」■■
ブラッドは、転がった砂時計を取り上げる。■■
【ブラッド】
「それより、時間帯だ。
私は三時の時間に紅茶を飲みたい」■■
蹲っているエリオットよりも紅茶のほうが優先らしく、彼はなんでもないことのように無視をした。■■
【ブラッド】
「時間よ……」■■
「私の望む時間に戻れ」■■
【【【演出】】】・・・時間帯が変わるときの効果音
エリオットがそうしたように、ブラッドが願ってもやはり空の色は変わった。■■
「何度みても不思議……。
大掛かりな手品を見ているみたい」■■
【ブラッド】
「タネも仕掛けもない」■■
(夢だものね……)■■
【ブラッド】
「なんだっていいさ。
これで紅茶が飲める」■■
「……ちなみに、時計で時間帯を変えられるのは三回までだ。
三回使うと消えてなくなる」■■
「え……?」■■
「もう二回使っちゃったじゃない!?」■■
【ブラッド】
「そうだな。
だから、あと一回しか使えない」■■
ブラッドは肩を竦めると席に戻り、ティータイムを再開し始めた。■■
「なんて奴……。
仮にもプレゼントしたものを半分以上も使い切っちゃうなんて……」■■
「それに、乱暴者だし……」■■
(……似ても似つかない)■■
エリオットはまだ蹲ったままだ。
ブラッドはといえば、エリオットのことを完全に無視して紅茶を楽しんでいる。■■
私は彼のように気ままには振舞えなかった。
夢の中の登場人物でも、死なれてしまっては寝覚めが悪い。■■
1:「ブラッドをなじる」
2:「エリオットに話しかける」