■全問正解イベント9
【【【時間経過】】】
◆クイズ時と同じ背景。クイズ終了後に、そのままイベントに入ります。
【アーサー】
「全問正解おめでとう、エリカ。
よく頑張ったね!」■■
「君がこんなにも私のことを理解してくれたのだと思うと、嬉しいような気恥ずかしいような……。
照れてしまうよ」■■
「……そんなふうに言われると、私のほうが照れるわ」■■
オーバーな人だ。
だが、本当に喜んでくれているのが分かる。■■
(私も……。
嬉しいような、気恥ずかしいような……)■■
そんな気持ちになってしまう。■■
【アーサー】
「それはよかった。
私一人で照れていても寂しいし、何より、傍目から見て気持ち悪いだろうからね」■■
「ぶ……っ。
それは、まあ……」■■
男が一人、てれてれと赤くなっていては何かと思うだろう。■■
【アーサー】
「そんな気持ちの悪い男との散歩なんて、嫌かな?」■■
(まさか。
嫌だったら、テストで頑張って満点なんてとっていないわ)■■
「……全然。
あなたって、気持ち悪いどころか……」■■
【アーサー】
「……ん?」■■
「い、いいえ」■■
「……さ、散歩しましょう。
いつもみたいに」■■
【アーサー】
「ああ、いつもといえるのも後わずかだ……。
……それじゃあ、歩こうか」■■
【【【演出】】】・・・二人歩き出す音
【【【時間経過】】】
◆二人で住宅街を歩いている。
◆二人が歩いている歩道は各家の庭に面していて、イギリスの古いスタイルの住宅が並んでいる。
◆落ち着いた閑静な住宅街といったイメージ。
「ねえ。
今日はどんなことを話してくれるの?」■■
アーサーと話していると、今まで知らなかった知識が増えていく。■■
クイズにしてもそう。
いくつかは忘れてしまっても、いくつかは覚えたままでいる。■■
積み重なって……、いくつかはずっと残っていく。■■
【アーサー】
「そうだね……。
今日は、何について話そうかな」■■
「これまでは私の趣味で、英国に関する話題が多かったような気がするのだけれど……。
少し、違う話もしてみようか」■■
(いつもと違う話?)■■
『いつも』といえるほど、彼とは近しくなった。
これから先、今の時間を忘れるとも思えない。■■
「どんな話?」■■
【アーサー】
「そうだね。
オーストリアの詩人については、どうだろう?」■■
「フランツ=グリルパルツァーというんだけれど、私は彼の詩が大好きでね。
今日は、彼について聞かせてあげよう」■■
(アーサーさん、お気に入りの詩人かあ……)■■
「彼は、どんな詩を残したの?
あ……、手元に本がないと紹介は難しいかしら」■■
【アーサー】
「ふふ、私は彼の詩を空で暗唱することが出来る。
出来るが……、君に聞かせるのはもう少し後にしておこう」■■
「あら、もったいぶるのね?」■■
【アーサー】
「いやいや、物語は正しい順番に聞いてこそ、味わいを増すものだからね。
メインディッシュの前にはオードブルがあるものだろう?」■■
「そうだけど……」■■
ここで追及すると、また子供扱いされてしまいそうだ。■■
「……分かったわ。
それじゃあ、オードブルにあたる部分を聞かせてくれる?」■■
【アーサー】
「もちろん。
……彼は、劇作家でもあったんだ」■■
「生涯を通して、いくつもの劇を書き上げている。
ただ……、彼の人生には不幸が多くてね」■■
「……なんとなく、分かる気がするわ」■■
「詩人や劇作家のように、文学史に登場する人達って……。
まるでその人自身が、物語の登場人物であるかのように、波乱万丈の生涯を送っているもの」■■
【アーサー】
「ああ、人生そのものが劇のようだよね。
けれど、きっと……、著名な表現者に限らず、我々の生涯なんて皆そんなものなのだろうとも思うよ」■■
「生きていれば別れもあり、出会いもある。
それが当たり前で、波乱万丈なのが普通なんだろうから」■■
「でも、彼の人生には不幸が多いんでしょう?」■■
本人にとっては悲劇でも、話だけを聞くならドラマチックだ。■■
【アーサー】
「不幸が多いというのは、言い過ぎかもしれないね。
どちらかというと、不幸が一時期に重なってしまったというほうが相応しいかな」■■
「嫌なことほど、続くもの」■■
そういうものだ。
多かれ少なかれ、覚えはある。■■
【アーサー】
「彼は、大学時代に父を亡くしてね。
それ以来、一家の大黒柱として母と三人の弟の生活を、彼が支えてきたんだ」■■
「それなのに、彼が二十六歳のときに弟の一人が、自殺してしまう。
その二年後には、精神を病んだ母親までもが自ら命を絶ってしまうんだ」■■
「……酷い。
詩や劇を書くような、感受性の強い人にとっては、きっとさぞ辛かったでしょうね」■■
【アーサー】
「そうだろうね。
だからこそ、彼は救済を求めたのだろう」■■
「救済……?
何に?」■■
【アーサー】
「……恋に、かな。
では、君に彼の詩を暗唱してあげようか」■■
ふと、アーサーは足を止めた。
つられて、私も立ち止まる。■■
【アーサー】
「手なら尊敬、額なら友情、頬なら厚意、唇なら愛情。
瞼なら憧れ、掌なら懇願、腕と首なら欲望、それ以外は……、狂気の沙汰」■■
諳んじられる詩にあわせて、彼の手が、そっとその箇所に触れていった。■■
「…………」■■
「……よく分からないわ。
どういう意味があるの?」■■
【アーサー】
「この詩のタイトルはね……、『接吻』というんだよ」■■
「せ、接吻?
それって、つまりキスのこと?」■■
【アーサー】
「そう。
彼はキスする場所によってこめられた意味が違う、と詩で詠ったんだよ」■■
「私はこれが、彼なりの告白だったんじゃないかと思ってね」■■
「告白って……。
詩を通して、誰かに思いを告げたとか?」■■
【アーサー】
「それがどういう意味の告白だったのかは分からないけれどね。
私のキスには、こういう意味が篭められていたんだ、と、誰かに囁いているような気がしないか?」■■
「彼は生涯結婚しなかったそうだから……。
それは、もしかしたら叶わずに終わった恋なのかもしれないが……」■■
「それでも私は、この詩が好きなんだよ。
情熱的で、優しくて……、それでいて寂しげだ」■■
「……そうね。
それにしても、狂気の沙汰だなんて……、一体どこにキスしようとしているのかしら」■■
【アーサー】
「跪いて爪先にでもキスしたら、狂気の沙汰にあたるのかな。
私なら……」■■
【【【演出】】】・・・髪を撫でる音
「……!」■■
そ、と腕を伸ばした彼が、私の髪に触れた。
そのまま、優しく撫でる。■■
「アーサーさん……?」■■
◆主人公にキスをする。
【アーサー】
「…………」■■
「…………」■■
【アーサー】
「…………」■■
「……エリカ」■■
「…………」■■
「……な、なに?」■■
声が上ずる。■■
【アーサー】
「君なら……、どこへキスをする?」■■
「…………」■■
「……分からないわ」■■
(分からない)■■
キスの意味さえ、分からない。■■
(分からない、けど)■■
彼の好きだと言った詩が正しいならば、唇は……。■■
【アーサー】
「私なら……。
唇に唇で触れ、腕と首に口付けて、それから掌かな」■■
唇では終わらず、続きがあるらしい。■■
「……その意味は?」■■
【アーサー】
「愛していると囁いて、押し倒して、それから……。
置いていかないでくれと、懇願する」■■
「…………」■■
(帰るな……、ってこと?)■■
(……私に?)■■
昔、詩は広く普及させるためのものではなかったという。
誰かに送る、個人的なものだったそうだ。■■
恋文のような。■■
【【【時間経過】】】
◆二人、館の門の前につく。
◆館は二階建て程度の、古いイギリスのちょっと豪華な家、といった形。
豪邸、といった感じではない。
「…………」■■
【アーサー】
「…………」■■
「……私は君が好きだよ、エリカ。
次が、最後になるけれど……」■■
「それでも、私は君が満点をとってくれるのを待っている。
私のことを理解してくれるのを……」■■
(次が、最後)■■
満点をとるのは、これが9回目だ。
そして次に満点を取れば、私は元の世界に帰ることが出来る。■■
(帰れるのに……)■■
重苦しく、滅入る。■■
心を打ち明けるもの。
今、詩を書いたら、とても暗いものになるはずだ。■■
【【【時間経過】】】
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