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アリスシリーズ書き下ろし小説

『夏の帽子屋屋敷 ■夏の帽子屋屋敷(ディー&ダム1)』

→ディーとダムに聞いてみよう

気軽に会える相手ということで、ディーとダムに尋ねてみることにした。

した、のだが……。

「ピアス、放して……。
…………重い」

大きなネズミが、腰にへばりついている。
ずるずると廊下を引きずっていくだけでも大仕事だ。

(これ……、誰とは言わないけどウサギを連想するなあ)

と思えば、ピアスは違うほうのウサギを勧めてくる。

「だって~~……、アリスが選択を間違うからだよ!
こういうときはほら!うさちゃん!
えりーちゃんでしょ!」

白ではなく、茶色いほう。

「えりーちゃん!可愛いウサちゃん!
あ~んな可愛いウサちゃんを選ばずに、あ~~んな怖い双子を選ぶなんてどうかしてるよ!」

「……どうかしているのは、あんただと思う」

(重……)

確かにエリオットでもいいのだが、彼はいつも仕事で多忙だ。
プールの場所を聞くなんていう、切迫した内容でもないことで煩わせるのも気が引ける。

放っておけばサボっているような双子のほうが、気兼ねがないし……。

(それに……、会いたいって思っちゃう)

もちろん、エリオットに会いたくないわけではない。
そうではなくて……。

(ディーとダムに会いたい)

特別に、会いたいと思うし、なにかしら理由をつけて会う口実にしてしまう。

(ピアスの言うとおり、怖いところもあるって分かった上で)

「怖いなら、ついてこなければいいでしょう」

「ええ~……、怖いけど…………、でもアリスのことは好きだもん」

一応、ピアスなりに葛藤しつつ付いてきているらしい。

(非常に有難迷惑なんだけど……)

だが、彼の言うことには一理ある。

(怖いけど、好き……か)

好き。
どうやら、私は……あの恐ろしい双子が好き、らしい。

どうやらも何もない。
その発想自体が怖すぎる。

(なんで好きなんだろう)

怖いところも残酷なところも、全部とはいえないものの引いてしまう程度には知っているのに。

(吊り橋効果みたいな感じ?
怖いっていう動悸を、別の何かと勘違いしている???)

自問は散々行ってきた。
だが、怖い人なら、この屋敷中、該当者に事欠かないし……、なんなら今引きずっているこのネズミだって恐ろしい。

(なのに、なんだって、私は……)

マフィアのボスである上司も、その腹心である茶色いウサギも、ずるずる重いネズミも、嫌いじゃない。
嫌いじゃないどころか、正直に言ってしまえば……、かなり好き。

そして、もっと別の意味でも好きなのが……、双子。
二人とも。

(ひょっとして……。
……この屋敷で一番おかしいのって、私じゃない?)

「!」
「わ」

つんのめり、べしゃりと崩れ落ちる。

「どうしたの、アリス?」

「いや、どうしたって……、重いのよ、あなた」

巻き込まれて倒れたはずなのに、ピアスは平然としている。
さすがというか、おかしな体勢でも受け身はとれているのだろう。

「え~?俺、重い?そんなに?
ダイエットしなきゃ駄目?」

「いや、そういう問題じゃなくて……」

ピアスは心配そうに覗き込んでくるが、何も不思議なことなどないだろう。
彼は、容赦なく体重をかけてきていた。

「……はあ」

崩れた体勢を整えるが、起き上がらずに足だけ引き寄せた。

メイド服に皺がよる。
未だに着慣れないもののように、不恰好に見えた。

「アリス、疲れちゃったの?」

「……おかげさまで」

厭味を言ってみても、このネズミに通じるわけもなく。
「そっか~、ひ弱だもんね、アリス」と、こちらは悪意のない厭味で返されてしまう。

「……ねえ、ピアス。
ピアスって、私のどこが好きなの?」

「え、なになに?
俺、アリスが好きだよ?」

「だから……、どこが?」

「え~~~~……、どこが……。
アリスのどこが好きか……?」

「そう、私のどこが好きなの?」

「アリスのどこ……。
どこ……????
……え~~~~????」

(おいおい……)

好きとか言っておいて分からないのかよ、と、エリオットがこの場にいれば突っ込んでくれそうだ。
生憎ここには私しかいないので、彼をぼんやり見上げるのみ。

「え~~~~っと……」

「……前は、色々答えてくれたわよね?」

「ん?」

「拾ったからとか、殺そうとしないから、とか色々」

アリスは俺が拾った、落し物だから。
双子や敵と違って、俺を殺そうとしないから。
などなど。

どれもこれも、「好き」になる理由とも思えないトチ狂った言い分ばかり。
けれど、ぺらぺら語ってくれたものだ。

「私のこと……。
……今はそんなに好きじゃなくなっちゃったの?」

時間があるようでなくて、でも別の形で存在しているこの世界。
今の私は、前の私と違う。

自分でも分かる。

この世界に来たときとは、ものの見方も考え方も変わってしまった。
ピアスと出会ったときともまた違う。
根底にあるものは揺るがない、私は私だと思いつつ。

(ディーとダムが誰かを傷つけたって、彼らが傷つくことよりマシだと思ってしまう)

目の前で誰かが窮地に陥っていたとして、私はきっと前ほど驚かない。
出来る範囲でなら助けようとするが、双子の……いやここにいるピアスのためにならないのなら、見捨てることだって……。

「……私のこと、もうそんなに好きじゃない?」

私は変わった。
今はもう、正義感を振りかざすことでさえ、躊躇ってしまう。

「好きだよ」

どこかきょとんとした調子で、迷いなくピアスが言うのは、出会ったときのまま。

「俺はアリスのこと、そんなに好きだし、こんなに好きだよ。
あんなに好きだし、とんでも好き。
踏んでも好きだし、蹴っても好きだよ」

「……っぷ、何それ」

「そんなに好きじゃない、とか、よく分からないことを言うから」

「だって、あなたが珍しく迷うから」

ちょいっと、ピアスの耳を引っ張ってやった。
耳は柔らかくて、ふさふさしている。
そんなにヤワではないと知っていても、つい気を付けてしまうくらい、傷つきやすいものに思えた。

「ふふ。そうだね、迷うのはアリスや騎士さんの専売特許なのに」

ピアスはくすぐったそうに、くすくす笑う。
痛くなさそうなので、続けてちょいちょいと触ってやった。

「ふふ。ねえ、ねえ、アリス。
俺、アリスが落とし物じゃなくたって好きだよ」

「!」

「落とし物の君が好き。
でも、落ちてなくても、拾えなくても、好き」

初めて会ったときの打ち消しだ。
言葉としては何てことのない台詞なのに、私は思いの外衝撃を受けた。

(ピアスも、変わったの?)

時間があるようでなくて、進んでいるようでいて何も変わらないこの国で。

(この、国で……?)

ちりっと、何かが引っ掛かる。

「ありがと……。
ね、ねえ、ピアス、この国って……」

「ん?
……どっわわ!???!」

ずしゃっと、ピアスが後ろに跳び退る。
私にへばりつき妙な体勢だったのが、更にアクロバティックなものになった。

どうじに、がきんっと破損する音。
ピアスが避けた位置の床には、斧が突き刺さっている。

前置きなく始まる荒事やとんでもない出来事には慣れたとはいえ……、目の前で起きるとまずは呆然とするしかない。

「廊下で何してるんだよ、泥棒ネズミ」

「そうだよ、僕らのものに触るなよ」

斧が突き刺さっている時点で犯人は明らかだが、現れたのは例の双子だ。
ピアスにとっては怖がる対象、私が向かおうとしていた相手。

「~~っ、やっ、やだよ!
アリスは落とし物じゃなくても門番の所有物じゃないし、触ってたのはアリスのほうだし!」

(……おお、頑張ってる)

「アリスが俺に触ってくれたんだよ!」

ピアスはぶるぶる震えながらも、必死に主張する。

「はあ?お姉さんが触ったって?ネズミに?」

「おまえがひっついてたんだろ、ピアス。
仮に……仮にだけど、お姉さんが触ったとしても……、お姉さんが汚れるから避けろよ」

「~~~~やっ、やだ!
避けないよ!アリスになでなでされると気持ちいいもん!」

「な、なでなで……」

「……殺しちゃお」

ピアスは賢明なことに斧に対抗する気はないようで、自分は武器を出さず、いつでも逃げられるスタイル(しかし体勢は無茶苦茶)。
しかし、従いはしない。

(ピアスのは進歩……かな。
私の変化は、退化じゃないかしら)

「率先してネズミ駆除だなんて、僕たちってなんて働き者。

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