→ディーとダムに聞いてみよう
気軽に会える相手ということで、ディーとダムに尋ねてみることにした。
した、のだが……。
「ピアス、放して……。
…………重い」
大きなネズミが、腰にへばりついている。
ずるずると廊下を引きずっていくだけでも大仕事だ。
(これ……、誰とは言わないけどウサギを連想するなあ)
と思えば、ピアスは違うほうのウサギを勧めてくる。
「だって~~……、アリスが選択を間違うからだよ!
こういうときはほら!うさちゃん!
えりーちゃんでしょ!」
白ではなく、茶色いほう。
「えりーちゃん!可愛いウサちゃん!
あ~んな可愛いウサちゃんを選ばずに、あ~~んな怖い双子を選ぶなんてどうかしてるよ!」
「……どうかしているのは、あんただと思う」
(重……)
確かにエリオットでもいいのだが、彼はいつも仕事で多忙だ。
プールの場所を聞くなんていう、切迫した内容でもないことで煩わせるのも気が引ける。
放っておけばサボっているような双子のほうが、気兼ねがないし……。
(それに……、会いたいって思っちゃう)
もちろん、エリオットに会いたくないわけではない。
そうではなくて……。
(ディーとダムに会いたい)
特別に、会いたいと思うし、なにかしら理由をつけて会う口実にしてしまう。
(ピアスの言うとおり、怖いところもあるって分かった上で)
「怖いなら、ついてこなければいいでしょう」
「ええ~……、怖いけど…………、でもアリスのことは好きだもん」
一応、ピアスなりに葛藤しつつ付いてきているらしい。
(非常に有難迷惑なんだけど……)
だが、彼の言うことには一理ある。
(怖いけど、好き……か)
好き。
どうやら、私は……あの恐ろしい双子が好き、らしい。
どうやらも何もない。
その発想自体が怖すぎる。
(なんで好きなんだろう)
怖いところも残酷なところも、全部とはいえないものの引いてしまう程度には知っているのに。
(吊り橋効果みたいな感じ?
怖いっていう動悸を、別の何かと勘違いしている???)
自問は散々行ってきた。
だが、怖い人なら、この屋敷中、該当者に事欠かないし……、なんなら今引きずっているこのネズミだって恐ろしい。
(なのに、なんだって、私は……)
マフィアのボスである上司も、その腹心である茶色いウサギも、ずるずる重いネズミも、嫌いじゃない。
嫌いじゃないどころか、正直に言ってしまえば……、かなり好き。
そして、もっと別の意味でも好きなのが……、双子。
二人とも。
(ひょっとして……。
……この屋敷で一番おかしいのって、私じゃない?)
「!」
「わ」
つんのめり、べしゃりと崩れ落ちる。
「どうしたの、アリス?」
「いや、どうしたって……、重いのよ、あなた」
巻き込まれて倒れたはずなのに、ピアスは平然としている。
さすがというか、おかしな体勢でも受け身はとれているのだろう。
「え~?俺、重い?そんなに?
ダイエットしなきゃ駄目?」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
ピアスは心配そうに覗き込んでくるが、何も不思議なことなどないだろう。
彼は、容赦なく体重をかけてきていた。
「……はあ」
崩れた体勢を整えるが、起き上がらずに足だけ引き寄せた。
メイド服に皺がよる。
未だに着慣れないもののように、不恰好に見えた。
「アリス、疲れちゃったの?」
「……おかげさまで」
厭味を言ってみても、このネズミに通じるわけもなく。
「そっか~、ひ弱だもんね、アリス」と、こちらは悪意のない厭味で返されてしまう。
「……ねえ、ピアス。
ピアスって、私のどこが好きなの?」
「え、なになに?
俺、アリスが好きだよ?」
「だから……、どこが?」
「え~~~~……、どこが……。
アリスのどこが好きか……?」
「そう、私のどこが好きなの?」
「アリスのどこ……。
どこ……????
……え~~~~????」
(おいおい……)
好きとか言っておいて分からないのかよ、と、エリオットがこの場にいれば突っ込んでくれそうだ。
生憎ここには私しかいないので、彼をぼんやり見上げるのみ。
「え~~~~っと……」
「……前は、色々答えてくれたわよね?」
「ん?」
「拾ったからとか、殺そうとしないから、とか色々」
アリスは俺が拾った、落し物だから。
双子や敵と違って、俺を殺そうとしないから。
などなど。
どれもこれも、「好き」になる理由とも思えないトチ狂った言い分ばかり。
けれど、ぺらぺら語ってくれたものだ。
「私のこと……。
……今はそんなに好きじゃなくなっちゃったの?」
時間があるようでなくて、でも別の形で存在しているこの世界。
今の私は、前の私と違う。
自分でも分かる。
この世界に来たときとは、ものの見方も考え方も変わってしまった。
ピアスと出会ったときともまた違う。
根底にあるものは揺るがない、私は私だと思いつつ。
(ディーとダムが誰かを傷つけたって、彼らが傷つくことよりマシだと思ってしまう)
目の前で誰かが窮地に陥っていたとして、私はきっと前ほど驚かない。
出来る範囲でなら助けようとするが、双子の……いやここにいるピアスのためにならないのなら、見捨てることだって……。
「……私のこと、もうそんなに好きじゃない?」
私は変わった。
今はもう、正義感を振りかざすことでさえ、躊躇ってしまう。
「好きだよ」
どこかきょとんとした調子で、迷いなくピアスが言うのは、出会ったときのまま。
「俺はアリスのこと、そんなに好きだし、こんなに好きだよ。
あんなに好きだし、とんでも好き。
踏んでも好きだし、蹴っても好きだよ」
「……っぷ、何それ」
「そんなに好きじゃない、とか、よく分からないことを言うから」
「だって、あなたが珍しく迷うから」
ちょいっと、ピアスの耳を引っ張ってやった。
耳は柔らかくて、ふさふさしている。
そんなにヤワではないと知っていても、つい気を付けてしまうくらい、傷つきやすいものに思えた。
「ふふ。そうだね、迷うのはアリスや騎士さんの専売特許なのに」
ピアスはくすぐったそうに、くすくす笑う。
痛くなさそうなので、続けてちょいちょいと触ってやった。
「ふふ。ねえ、ねえ、アリス。
俺、アリスが落とし物じゃなくたって好きだよ」
「!」
「落とし物の君が好き。
でも、落ちてなくても、拾えなくても、好き」
初めて会ったときの打ち消しだ。
言葉としては何てことのない台詞なのに、私は思いの外衝撃を受けた。
(ピアスも、変わったの?)
時間があるようでなくて、進んでいるようでいて何も変わらないこの国で。
(この、国で……?)
ちりっと、何かが引っ掛かる。
「ありがと……。
ね、ねえ、ピアス、この国って……」
「ん?
……どっわわ!???!」
ずしゃっと、ピアスが後ろに跳び退る。
私にへばりつき妙な体勢だったのが、更にアクロバティックなものになった。
どうじに、がきんっと破損する音。
ピアスが避けた位置の床には、斧が突き刺さっている。
前置きなく始まる荒事やとんでもない出来事には慣れたとはいえ……、目の前で起きるとまずは呆然とするしかない。
「廊下で何してるんだよ、泥棒ネズミ」
「そうだよ、僕らのものに触るなよ」
斧が突き刺さっている時点で犯人は明らかだが、現れたのは例の双子だ。
ピアスにとっては怖がる対象、私が向かおうとしていた相手。
「~~っ、やっ、やだよ!
アリスは落とし物じゃなくても門番の所有物じゃないし、触ってたのはアリスのほうだし!」
(……おお、頑張ってる)
「アリスが俺に触ってくれたんだよ!」
ピアスはぶるぶる震えながらも、必死に主張する。
「はあ?お姉さんが触ったって?ネズミに?」
「おまえがひっついてたんだろ、ピアス。
仮に……仮にだけど、お姉さんが触ったとしても……、お姉さんが汚れるから避けろよ」
「~~~~やっ、やだ!
避けないよ!アリスになでなでされると気持ちいいもん!」
「な、なでなで……」
「……殺しちゃお」
ピアスは賢明なことに斧に対抗する気はないようで、自分は武器を出さず、いつでも逃げられるスタイル(しかし体勢は無茶苦茶)。
しかし、従いはしない。
(ピアスのは進歩……かな。
私の変化は、退化じゃないかしら)
「率先してネズミ駆除だなんて、僕たちってなんて働き者。
」
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