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=RPGシチュエーション・ラブ=  職業別の恋愛噺

『01~10 ◆07:召喚師×ケルベロス』

=RPGシチュエーション・ラブ=  職業別の恋愛噺いろいろ
07:召喚師×ケルベロス
召喚師×ケルベロス700×500





少女、とも言えないほどの幼子。
便宜上、少女とするが……、彼女は犬が大好きだった。
犬派か猫派かと聞かれたら、聞かれずとも犬派を主張し、聞きたくもないような犬愛を熱弁する程度の犬好きだった。

だから当然、少女が呼び出したのも犬だった。

少女は、召喚術師として名を馳せた一族の子。
魔力は一族でも群を抜く。
才気溢れ、将来性抜群の少女だが……、いかんせん彼女は幼すぎる。
保持する魔力と精神が噛み合っておらず、術が暴走する危険もあるため、まだ本格的な召喚は禁じられていた。

が、彼女は攫われてしまった。
護衛の大人は殺されてしまい、家族からは引き離され、制御する者はいない。
ここにいるのは、止めるどころか彼女を誘拐し、利用しようとする者だけ。

「わんちゃん!」

初めて呼び出した「わんちゃん」に彼女は夢中になった。
落ち込んでいた気持ちが一気に浮上する。

護衛してくれた優しいお兄さんが殺され、気味の悪いおじさん達に囲まれて、無理やり儀式を行わされた。
(私にはまだ早い。
危ないって、お父さんに止められていたのに。
……怒られちゃうよ)
頬を張られ、従うしかなかった。

そんなあれこれも吹っ飛んでしまう。

「やったあ、大成功!」

初めて行った、正式な召喚。
思い描いた、理想の獣。

「わんちゃんだ!
わんちゃん!」

気味の悪いおじさん達(どこかの大臣だとか何とか言っていたような言っていなかったような)は、少女を利用しようというだけあって、用意したアイテムや魔方陣は確かだった。
苦悶しながら死に至った動物と人間の血を、正確な配合で混ぜ、描いた魔方陣。

その中心に煙と共に現れた、召喚獣。
少女を脅していた男達は呆然とし、がくがく震え始めた。
ぴょんぴょん跳ねながら喜ぶ少女にとっては、理解不能な反応だ。

「……?」
(なんで、おじさん達、喜ばないんだろ……。
呼び出してほしかったんだよね???)
強力な獣を呼び出せと、叩かれた頬が痛む。
衝撃で壁にぶつけた頭も、まだ痛い。
(あんなに呼び出したがっていたのに……。
あ、嬉しくて興奮しているのかな?
……うん、そうだよね、興奮しちゃうよね。
だって、わんちゃんだし!)

(しかも、三匹セット!)
好きなもの×3だ。
これが浮かれずにいられようか。

「……我を呼び出したのは、おまえか、小娘」
地を這うような、噴火直前の火山から沸き上がる地響きのような声だった。
少女を誘拐した男達はこくこくと頷く。
自分達は無関係です、と涙ぐましいアピールをするが、声は出ないようだ。

「うん、そう!私!
私が呼び出したんだよ!」
はいはいっ、と少女は元気に手を挙げる。

「…………」
じいっと、三対の目が彼女を見下ろす。
少女は幼く、体も小さい。
だが、比較するのが彼女ではなく、男達であっても……呼び出した獣は巨大だった。

三匹の巨大な黒犬は胴で繋がっている。
ぎょろりと無機質で、虚無を映しだす闇色の瞳。
尖った牙と赤い舌が覗く口も、裂けるほどに大きい。
後ろからは、蛇と大型の爬虫類のような尾が見える。

大臣の別邸で立派な広間のはずが、部屋が狭く感じられる。
窮屈なのは、大きさのせいだけではなく、恐怖もあろう。

サイズからしても、威圧感からしても、確認する必要もなく。
いわゆるラスボスクラスのモンスターだ。
そんなはずはない……と男達は脳内でその考えを否定したが、外見的な特徴からは、かの有名な魔獣を彷彿とさせる。

「ひ……いっ。
こ、こんな怪物を呼び出せとは言っていないぞ……!?
失敗ではないか!どうするんだ!」
「お、落ち着いてください、閣下。
大丈夫です、不成功でも召喚した術師が食われるだけです」
「なんだ、それならば問題は……。
ああ、しかし、あの娘を攫うのにはかなり手間取ったというのに……」
「惜しいですがやむを得ません」

召喚は、ただ呼び出せば終わりというものではない。
喚んだ相手に条件を出して契約するか、屈服させて従わせなければ願いは聞き入れられない。
喚び出されたほうも、何もせずに還るわけにはいかず、術者を殺すことが帰還の条件もあった。

このクラスのモンスターと取引するだけの材料もなく、ましてや屈服させるのは不可能だ。
実際、三つ首の犬はすでに舌なめずりしている。

「……我を召喚したのは見事だ、小娘。
成長すれば召喚術師として大成していたかもしれぬな」
「だがそれも、このまま生きて、成長できていればの話。
いや哀れ。実に惜しい」
「だが、それもまた良し。
美味くなりそうな者を芽のまま摘むのもまた一興」
三つ首がそれぞれに続けていく。
少女はきょとんと見上げており、恐れる様子もない。
それをひと飲みにしてしまわなかったのは、言葉通り哀れに思ったのか、怖がらせて食おうと考えたのか。

「その技に敬意を表し……。
形式上、聞いておくべきであろうな。
何故、我を喚んだ?
おまえが叶えたいと望む、願いは何なのだ?」
怪物はそう問い、べろりと少女の頬を舐める。

鋭い牙が間近に迫り、そのまま齧らんばかりだ。
普通なら、震え上がって失禁してもおかしくない場面。
事実、少女を捕らえていた男達は腰を抜かした。

少女は、自分を舐めてくる舌を触った。
手首は赤く腫れている。
召喚されるまで縛られていた縄の痕が痛々しいが、少女は嬉しそうだ。

「わんちゃん、好き!
お願い!結婚して!」

――――――――。

「…………」
「…………」
「…………」

場に、沈黙が落ちる。

問うた怪物も、腰を抜かした男達も、少女以外の誰もが「???」というパニックのステータスに変わる。

別に、少女が魔法を使ったわけではない。
単に……、何を言っているのか分からなかっただけだ。

公用言語なので、何を言っているのか言葉の意味は分かるが……、言われた内容がさっぱり頭に浸透してこない。

「い……今一度、問おう」
「何と言った?」
「何を願う?」
怪物も、戸惑っている……というか混乱した様子で、きょろきょろと互いの目を見合っている。
耳がぴくぴく動き、鼻がすんすんとひくつく。
姿かたちは恐ろしいままなのに、何だかコミカルで……普通の犬のよう。
怪物が混乱するのももっともで、今までこんな願いは聞いたこともない。

自分達はインキュバスなどではないし、人を惑わすような外見はしていない。
そもそも人型ですらない。
しかし、少女は躊躇いもなくもう一度答えた。

「お付き合いを前提に結婚してください!」

「…………」

「……我は、求婚されたのは初めてだ」
「しかし、それは……。
……逆ではないのか、人間の小娘」
「そうそう。
人間というのは、結婚を前提にお付き合いをするものではないのか」
三匹が三匹とも、混乱していた。
きょときょとと見合い、ぶるぶるとそれぞれの首を振る。

「いやいや。
そもそも、我はおまえなんぞとお付き合いも結婚もせんぞ」
「え、なんで?
結婚して、お散歩デートとかしたい」
「いやいやいや。
先に結婚してお散歩するのはおかしいぞ?
人間のことはよく分かんが、先に逢瀬を重ねて結婚にいたるものだろう?」
「え~、けち。
分かった、デートが先でもいいよ」
「それなら……、って、いやいやいやいや!
おまえはちっとも分かっていない!!」

どうも、頭からぱくりといく雰囲気ではなくなってしまった。

「だ、誰が求婚などしろと命じた……!
この馬鹿者め……!」
大臣が、杖で少女の顔を殴る。
「……っ、痛っ!っう!」
大人が加減もなく叩いた勢いで、体重の軽い子供は床に倒れた。

術式のため、床に絨毯などは敷かれていない。
勢いよく擦ったため、叩かれた部位だけでなく、打ち身でも少女の体は傷ついた。

「う……」
(痛いなあ。
くらくらする……)
ぼんやりと見上げてくる少女に、怪物はますますぱくりといく気をそがれた。

少女を頭からぱくりといくかわりに、少女を殴った大臣の手をぱくりと噛む。

ぱくり。
ぼきり。
「ぎ!?
ぎゃあああああああああ!?」
ぶんぶん、ぶちり。

賑やかな音がする。

ぱくりと噛んだからといって、いくら鋭くとも犬の歯では一瞬で腕が切り取られたりはしない。
噛んだときに怪力によって腕の骨が砕け、切断されないまま首を振られたせいで、中途半端に引き千切れる。
骨が剥きだしになり、視界に映る無残な有様と激痛。
要職にあるという男は、自らが傷つけた子供以上に騒ぎ立てた。

大臣の腕を噛み千切ったのは、怪物の首のうち一匹。
残り二匹が呆れた目で見てくる。

「……我の求婚者をいじめるからだ」
一匹は、言い訳するかのように「きゅうん」と鳴いた。

「そうだな、下等な生物が才ある者を迫害するのは目に余る……」
「ぎゃあああああああああ!痛い!痛い!」
「そうだな、とはいえ我も芽を摘もうとしていたところだが……」
「痛い!痛い!痛いいいいいいいいいい!」

「うるさい、相談の邪魔だ」
べしり。
三匹共有の前足が、騒ぐ男を叩く。

「ぶべっ!」

特別に力をこめたつもりはなかったが、邪魔だったので少しばかり苛立って……。
非力な人間は、奇声と共に、べちゃりと潰れてしまった。

「…………」
「……生きているのか、これ」
「……やや動いているが、死んだだろうな」

「……召喚術師を殺さず、召喚術師に仇なす者を殺してしまったぞ」
はて、どうしよう。
三匹は途方に暮れた。

この時点で、術師に従うような形になってしまっている。
今更、術師を殺しても還れるかは怪しくなってきた。
帰還するためとはいえ、賭けに出てまで殺す気にもなれない。

「どうする?」
「さあ……、どうしようか」
「どうするべきか」
こんなふうに困った経験はついぞなく、自分達をこんなに困らせる少女は、本当に大した召喚術師ではないのか。
ますます、殺すのが惜しくなる。

それに、彼女は自分達にとって求婚者でもあるのだ。

「人間風情に従うのは不本意だが、仕方ない……」
「小娘、おまえの願いを叶えてやろう。
どんな野望でもいい、それらしい願いを言ってみろ」
「証拠を残さず政敵を屠りたいとか、国を支配したいとか、他国を侵略したいとか制圧したいとか……、そういう願いだ」

怪物が挙げた願いは、ちょうど、つい先ほど前足で潰された男の願ったことそのものだった。
だが、それは少女の願いではない。

「え~と……」
少女は起き上がり、床に座り込む。
「う~ん……」
そして、しばらく考えた。

「……難しいこと、よく分かんない」
然もありなん。
少女には政敵などいないし、国の政治事情に興味もなかった。
すでに潰れた意地悪なおじさんも、『わんちゃん』がついでのようにもう一度前足を振るって潰したその他のおじさんにも興味はない。

「そんなの、どうでもいいから。
わんちゃん、結婚して!」

「…………」
怪物は返事が出来なかった。
最初、願われたときとは意味が違う。
強い力を持って、願いに拘束される。

契約であり、束縛だ。
振り払おうとすれば出来なくもないが……、跳ね返せば、少女を傷つけてしまう。

しばし沈黙した後、怪物は重々しく口を開く。

「……我には、ケルベロスという名前がある。
わんちゃんなどと気の抜けた呼び方をするでない」

「けるべとす!」
「……ケルベロスだ」
「けるべとす!」
「べトではない、ベロだ」

「けるべと……」
「べトではないというに!
ベロだ!」

「うん、分かった!べろね、べろ!
べろちゃん!」
「べ、べろちゃ……ん?」
「うん!
間違ってないでしょ?」

にっこりと少女は笑う。
不満しか持てないような呼称だが……、今日このときから主であり妻でもある彼女は、自分達を特別な呼び名で呼びたいらしい。

「う、うむ。
……悪くない」
我が妻はなかなか可愛らしいではないか、と、怪物は悦に入る。

「べろちゃん、べろべろして~~!」
しかも、なかなか積極的な妻だった。

……悪くない。





召喚師×ケルベロス2_700×500
大型犬を飼いました。
――――――――――ねえねえ、ちゃんと世話するから飼ってもいいでしょう?





Fin.

~~~

可愛い(?)感じのお話にしたくて、オノマトペを多用してみました♪