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=RPGシチュエーション・ラブ=  職業別の恋愛噺

『01~10 ◆04:護衛騎士×姫』

=RPGシチュエーション・ラブ=  職業別の恋愛噺いろいろ
04:護衛騎士×姫
04:護衛騎士×姫-イラスト700×500





「あら、嫌だわ。
また落としちゃった」

落し物は、様々。

王室付きの教師へ教わりに行った帰りには、ペンやノート。
楽器の稽古帰りには、楽譜。
舞踏会の帰りには、装飾品や出席者リスト。

ぽとぽと、ぽろぽろ。

様々なものを落としていく。
落し物をすれば、立ち止るしかない。

「拾ってくださる?」

私が立ち止まれば、後ろに控える護衛騎士も同様に。

「そそっかしいですね、姫様」

立ち止まり、落し物を拾い上げ、渡してくれる。

柔らかな木漏れ日。庭の草葉の匂い。
短いやりとり。
ほんの少しの時間だけ、帰り道は滞る。

落し物を渡すそのときさえ、直接私の手には触れないように、慎重に。
生真面目な彼は跪き、落し物を差し出した。
どんな小さなものでも、物ごしにしか触れない。

私も、小さなそれを慎重に摘み上げた。

彼が拾ってくれたものを取り落とさないよう、慎重に。
けして触れ合わないが、そのときだけ、まっすぐに目が合った。



***



「落としちゃった」

そう最初に言ったのは、いつだったか。

霞んで思える、子供の時分。
最初の落し物は、ぬいぐるみだった。

子供の私は、護衛としてつけられた男に興味津々だった。

護衛対象である私に素っ気ない、彼。
今思えば、彼も若く、騎士になりたてで緊張していたのだろう。
王族の姫君の護衛となれば、幼子相手といえども責任は重大だ。

しかし、当の子供にとっては知ったことではない。

話かけてもろくに相手にしてくれない『お兄さん』に、拗ねていた。
だから、最初は悪戯心。

「拾ってよ」
「……分かりました。
はい、姫君」

彼は今も昔も生真面目で、子供相手でも態度を崩さない。
落としたぬいぐるみは、恭しく差し出された。

(むう……)
当然、子供にとっては不満だ。

(拾うだけじゃなく、構ってよ)
護衛役は、そうそう変わることはないと聞く。
私が不満を言わず、望めば、そのままだ。

つまり、彼とは長い付き合いになる。
常に見守り、行き帰りを送ってくれ、付けられた教師のように教科ごとに変わったりもしない。

そんな人は初めて。
出来れば、仲良くしたい。
王族というのは、政務ばかりで家族ともろくに会えないのだ。

「…………」
受け取ったぬいぐるみを、ぽいっとまた芝生に放る。
「……姫?」

「また落としちゃった」
(拾ってよ)
じっと見ると、彼もまたじっと私を見返した。

(呆れた?
ワガママなお姫様だって、軽蔑する?)
じいいっと、見合う。
十にも満たない子供と、立派な体格の二十代男性。
ある程度年齢が近いところから選ばれたのだろうが、王族の護衛になれることからして相当に優秀なはず。
護衛でなければ、兵士長か教官、役職持ちになっていたかもしれない。

互いに巡りあわせがなければ、対面することもなかったであろう二人。

「…………」
「……そそっかしい姫君だ」
ほんの少し、言葉遣いを崩して。
ほんの少し……、彼は微笑んだ。

「!」
その反応が、少しどころではなく、嬉しくて。

「ふふ、またまた落としちゃった」
また、落として。

「ねえ、拾って」
拾ってもらっては、落として。

「拾って、拾って」
追いかけっこのように、遊んでもらった。

もちろん、体裁上は騎士として落し物を拾っただけ。
真面目くさって、彼は拾うたび、丁寧に差し出した。

「あまり落としては、ぬいぐるみさんが可哀想ですよ」
(ぬいぐるみさん……?)
幼い女の子に合わせて、彼は可愛い言葉を使ってくれた。

子供の目線に合わせて、しゃがんでくれて……。
まっすぐに、見てくれた。

大柄で、屈強な……騎士というより戦士のような彼。
私が成長した後も考慮されて、いわゆる乙女の夢見るような王子様イメージの『騎士』は人選から避けたのだろう。

だが、彼はまさしく騎士だった。

「どうせ落とすのなら、布地でないものになさいませ。
……いくらでも、拾わせていただきますから」
そう言ってくれた彼は、孤独な女の子にとって、輝けるナイト。

「ありがとう!
さすが、私の護衛騎士ね!」



***



「ついに、お輿入れですね」
「いつのまにか、大人になられて……。
どうか、お幸せに」

口々に贈られる言葉。
悪気はないとは、分かっているけど。

「幸せに……、ね。
なれるはずないと分かっていながら……。
白々しいことを言うものだわ」
「そういう姫様は、手厳しいことをおっしゃる」
私が落としたペンを拾い上げ、彼は苦笑した。

いつものように差し出され、いつものように受け取る。
指先ひとつ、触れ合うこともなく。
いつものように。

「私、あなたのお嫁さんになるのだと思っていたわ」

今日で最後。
明日、私は旅立つ。
遠い国に嫁いでいく。

自分より父の年齢に近い、軍事大国の君主の三番目の后になるため、生まれ故郷のこの国を出るのだ。

「子供だったけど、本気で思っていたの」
子供の私は、当然のように思っていた。
大好きなこの国に生まれ育ち、国民を愛し、好きな人が出来て、愛し愛されて、ずっとずっと。
(子供だったから、本気で思っていたの)

「…………」
次にノートを落とし、楽譜を落とし、ペンダントを落とし、ブローチを落とし、本にリストに。
そそっかしい私は、様々なものを落としていく。
彼は黙々と拾い、差し出してくれた。

今日は、習い事も稽古も社交場へ行く用事もない。
護衛たる彼も、もちろん私も分かった上で落とし、拾う。
これまで落とした、様々なもの。
これまで拾ってもらった、様々な思い出。

巻き戻すように、落としていく。

ぬいぐるみを拾ったとき、彼は目を合わせなかった。
「あなたを攫って、逃げてしまいましょうか」

優しい人。
愛しい人だ。
彼は、この年になるまで見合いも受けず、結婚もせずにきてくれた。

愛しい人の……、なんと甘美な誘いだろう。

愛し愛されて、ずっとずっと。
孤独な女の子にとって、輝けるナイト。
夢を、叶えてくれる。

そんな優しい騎士の言葉を、王女の口調で切り捨てた。
「出来もしないことを、言わないで」

(でも、嬉しい)
どんな祝いの言葉より、どんな贈り物より、価値がある。

「実行できない……。
勇気のない俺を……、情けなく思われているでしょうね」
彼は、私を見てくれない。
ぬいぐるみを差し出さず、俯いた。

(情けなく……?)
そんなふうに彼を見たことは一度もない。
いつだって、彼は輝き、頼もしかった。

「死ぬほどそうしたくても、そう出来ない」
ぎゅっと、ぬいぐるみが押しつぶされる。
彼の大きく、無骨な手。
触れたことは一度もないが、きっとゴツゴツしていて温かいのだろう。

(情けないなんて、とんでもない)
「いいえ」

(だって、私は知っている)
彼に、年老いた母親がいること。
嫁いだ妹がいて、つい最近甥っ子が産まれたこと。
(あなたが、家族を愛していること)

「いいえ、私はあなたを誇らしく思います」

(あなただって、知っているでしょう?)
私が、この国を愛していること。

ろくに会えもしない両親。
おべっかばかりの随従。
顔の判別もつかないほど遠い距離からしか見られない国民達。

けれど、愛している。

生まれたこの国には、この人がいて、彼の年老いた母親や妹や甥っ子も含まれる。
そのすべてを心から。

「……出来ないからこそ。
死んでもいいと思えるほど、誇らしい」
(私を攫うことなんて出来ないあなたを、愛している)

彼は、護衛騎士。
望めば、彼を嫁ぎ先に伴うことも可能だった。
だが、私はそれを拒否した。

ここからは、女の戦場。
受身でいいわけもなく、嫁いだ後こそ、正念場。
弱小国の姫として、汚いこともしていかねばならず、手段を選ばず寵愛を受けねばならない。

「今日まで私を守ってくれて、ありがとう」
(私を綺麗でいさせてくれて)
好きな人に、醜いところは見せたくない。
この人の前では、ずっと少女のままでいたいのだ。

「明日からは、私があなたを守ります」
あなたが愛した人達を。
これからもあなたが暮らす、この国を。

(守ってみせる)

彼は、顔を上げないまま、ぬいぐるみを差し出した。

最後の最後。
その手に、その指に、触れようかどうかを迷った。

触れても、彼は跳ね除けたりしないと分かっていたけど……。

いつも通りに、受け取った。
指先一つ、触れないまま。

そこまで振り切れたというのに、やはり最後、背を向けることに迷いが出る。

ここから先は、護衛も離れる居城の域。
彼は控えに周り、私的な会話もこれで最後だ。

『どうせ落とすのなら、布地でないものになさいませ』
そう言われてから、ぬいぐるみ以来、避けてきた。

だが、最後。
いくらでも拾ってくれると言った彼は、もういなくなる。

ノートに楽譜、ペンダントにブローチ、本にリスト。
その他、諸々。
抱えられるだけ持ってきたが、後は最後に、ポケットから一つ。

「……落としちゃった」
ひらりと舞ったものを目で追ったのか、彼の頭も動く。
それを見下ろし、だが無理に顔を見ようとは思わなかった。

落ちた布が飛んでいかないよう、軽く踏みつける。
汚れた、白いハンカチ。

(汚れやすいものは、落としちゃいけない……か)

幼い頃……。
怖いもの知らずで無邪気なあの頃ならば、「攫って逃げて」と言えただろうか。

「汚れたから、処分は任せます」
大人になった私も、そそっかしいまま。
変わるのは、明日からでいい。

「…………」
彼は、ハンカチを拾い上げる。
けれど、いつものようには差し出さず、手の内に収めた。
「……今日までの褒美を頂きました」

彼は最後、顔を上げ、まっすぐ私を見てくれた。
溢れる涙を拭いもせずに、まっすぐに。
「俺も、あなたの国にこの命を捧げます」

「どうか……、お幸せに」
その言葉は、彼が言うと白々しく聞こえない。

鼻水まで流している彼は、やっぱり情けなくなんか見えなかった。
ただただ、格好いい。
輝ける、私のナイト。

(あなたも、落し物をしてくれるのね)
私を見つめるまっすぐな瞳が、結ばれた唇が、震える拳が。
そして、彼の落とした涙が。
ご褒美のお返しであり、餞別になる。

「……ありがとう。
さすが、私の護衛騎士ね」

今度こそ、背を向ける。

(あの日みたいに、笑えたかしら)

好きな人に、醜い姿は見せたくない。
私まで鼻水が垂れそうだったが、拭うものは落としてしまったので。
涙で前が見えないような有様でも、反対方向へ歩いていくしかない。

(私、あなたのお嫁さんになりたかった)
本気で想っていた。

ぽとぽと、ぽろぽろ。
落としてばかり。

抱きしめるなんて、夢のまた夢。
今日を限りに、拾うことさえ叶わない。





04:護衛騎士×姫-ラフイラスト700×500
指先で触れるのも惜しい、恋でした。
――――――――――触れれば消え去る、初恋の君。





Fin.