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=RPGシチュエーション・ラブ=  職業別の恋愛噺

『01~10 ◆02:王様×料理人』

=RPGシチュエーション・ラブ=  職業別の恋愛噺いろいろ
02:王様×料理人
王様×料理人_清書700*500





「おお、ここは寒いな」

深夜、薄暗い厨房に訪ねてきた、あの人。
最初は、腰を抜かしたものだ。
確かに冷え切っているが、身震いしたのは寒さのせいではない。

「こんな時間に、人がいることも期待していなかったのだが……。
……おまえ、一人か?」
「ははは、はい!?
ええ、その、べ、勉強中でして……。
そ、その、新作メニューの考案をですね……」

「そうか。
……美味そうだな」
「は、はひ!?
えええ、えっと、これはまだお出しできるようなものでは……」
(試作だし……。
いえ、完成していたとしても無理)

料理長が直々に作り、味見係を通してでないと、この人の口に運んでいいはずがない。
最高の職人が作った最高のもの、その上で安全と保障されたものだけが、この人の食事。

だが、彼は気安く言う。
「温かいスープが欲しかったんだ」

望まれれば、従うしかない。

ここは、彼の城。
そして、彼は王様なのだ。

……例えではなく、本物の。
彼は、この城、そしてこの国の国王陛下。

「……こんなもので宜しければ、どうぞ」

国王に献上するにはあまりに拙い、試作品。

(恐れ多い……)

だが、新米といえども料理人なら分かっている。
寒い夜に飲む温かいスープは、何にも勝る、最高のご馳走だ。

「いただきます」

王様が舌鼓をうつほど。
最高だと分かっていたから、差し出せた。


***


「おまえは、最高の料理人だ」

最高の料理を食べた王様は、味をしめたらしい。
それから何度も……、二夜とあけずに通い詰められた。

「最高……って、私がですか?
身に余りすぎるお言葉です」
「……本当に美味しいぞ?」
「寒いときに飲むスープだからです」
(あれは、最高)

祭りのときに食べる、屋台料理のようなもの。
環境や状況で、最高になる。

「スープ以外も美味い」

こうして料理を提供するのも、何夜目になるだろう。
最初は、チキンのスープ。
定番の、とうもろこしのスープ。
チーズと合わせると美味しい、オニオンのスープ。
ほんのり甘いかぼちゃのスープに、栄養たっぷり豆のスープ。

何夜目かでパンを付け、更に何夜目かに一品料理、何夜か前にはシチューを出した。
今はスープではない料理も普通に出してしまっている。

「……夜食以外でも、おまえの料理が食べたいものだ」
今のようにこっそりとではなく、通常メニューで。
そう言ってもらえるなんて、やはり光栄すぎる。

「光栄ですが……、無理ですよ。
私は新米ですから」
王の料理は料理長が直々に作る。
私にその権限はない。

深夜ではない時間……、昼に特例を認めるほど、王は愚かなではない。

「毎夜、料理の研究に明け暮れているだろう。
……これだけの努力家だ。
おまえなら、いつかは料理長にもなれるだろう」

光栄だ。
(本当に……、身に余る)
「ありがとうございます。
……でも、難しいかと」
「何故だ。
自分の腕に対して、謙虚すぎやしないか。
おまえの料理はこんなに美味いのに」

「…………」
王城に取り立てられるくらいだから、そこそこの腕はある。
実力の伴う、自信もあった。
しかしまだ城では新米で……、なにより……。

「……私は、女料理人ですから」

厨房は男の職場。
多数いる料理人の中で、あえて女が取り立てられ、長まで出世できる見込みは薄い。

「……市井では、女こそが料理場を仕切るものだと聞くがな」
「それも、家庭の話です。
食堂などでも、料理人は大抵が男ですよ」

かちゃかちゃと食器を並べ、順に拭いていく。
料理の下ごしらえに、明日の準備。
話しながら王の前で行う作業ではないが、今は深夜で、これは公式には存在しない食事。

彼自身、王様として扱われることを望んでいない。
私達料理人や使用人がするように、厨房の椅子に腰掛け、調理台をテーブル代わりにまかないを食す。
「……おまえは今日まで、相当の努力をしてきたのだろうな」
働く私を見て、彼は零した。
「こうして、隠れて」

こぽりと、珈琲メーカーが音をたてる。
食後用に淹れたものだ。

(それはあなたも同じことでしょう、陛下)
何も私一人が、影の努力に勤しんでいるわけではない。

こうして、深夜に王が訪ねてくること。
それ以前に、起きているこそ問題だ。
気分転換や、夜食が必要な理由。
(こんな時間まで仕事をしているなんて、知らなかった)

后を早くに亡くされ、後添えは迎えず、王子も王女もいるがまだ幼い。
子供の教育に厳しく、内政は締め上げるもののきっちりと纏めあげている。
政治的には気難しい印象しかなかったものの、こうして接してみると人間味のある努力家だ。

この時間に、この場所にいたからこそ、知れたこと。

「ええ、今日までも。
明日からも努力いたします」
(きっと、あなたもそうでしょう)
「精進あるのみです」

「そうか……。
……そうだな」
王は頷き、料理を口に運ぶ。

ひとくち。
また、ひとくち。


***


そして、また一口。

雲の上の人だ。
どんなに気安く接してもらおうと、それは深夜の厨房だけのこと。
それを忘れてはいけない。

だが、今夜もまたひとくち。
王がフォークを口に運ぶたび、スプーンからスープをすするたび。
彼の胃袋と共に、私まで満たされてしまう。

(満足してはいけないのに)
もう何夜か数えるのもやめるほど、続いてきた夜に満たされる。

深夜のひとときだけのこと。
けれど、彼の何割かは私の作ったもので形成されている。

昼の彼を見掛けるたび、もちろん声など掛けなかったし、掛けてももらえなかったが、心は満たされた。


「何か、褒美はいらないのか」
「……つまみ食いに、お代など無用です」

そして、何度目の夜だっただろう。
彼は、私に手を出した。

「それほどのものではありませんから」
(こんなもので宜しければ)


***


そんなこんなで、早数年。
私は城を出て、独立することにした。

城下町に、小さいが自分の店を構えることになったのだ。
城の料理人としてやってこられたおかげで、貴族などからの引きもあったが、それが私の選んだ道。

褒美を貰わなくとも、城の給与は悪くなかったし、使うことがなかったので蓄えもあった。
店を開くには困らない。

調理器具などは先に送っており、少ない荷物を背負う。
振り返れば、城がある。
これまでにも休日を城外で過ごすことは多かったが、辞するとなれば話が違う。
あそこはもう、私の職場ではなく、帰る場所でもなくなったのだ。

(部外者ともなれば、もう気軽に登城も出来ないなあ)
それを承知で、辞去したのだ。

もう、解放されたかった。
(でも、閉じ込められていたかった)
愛妾などとは程遠くとも、私はひととき、王様と触れ合った。
私が去らなければ、まだ続いていただろう。

「城を出る」と私が告げ、彼は「そうか」と頷いた。
いつものように、夜のことを昼に持ち出したり、何か便宜を図るようなこともない。
あったとすれば、私は徹底的に拒絶しただろう。
褒美など、絶対に御免だ。

あのひとときは、私だけのもの。
二人だけの秘密。

……実際には、厨房の入り口に護衛が潜んでいただろうし、そのことを彼も私も知っていたけれど。
それでも続けてきた。

「……ふ、っ」

(苦しくても)
あなたに料理を作ることが、私の幸せだった。

でも、同じくらい辛かった。
料理はいつの間にか、苦くなっていた。
それが、辛くて堪らなかった。

(いつだって、最高の料理を食べてほしかったのに)
見上げる空は青く、空気も美味しい。
私は、城を振り返ることをやめ、街へと目をやった。

(……塩辛いなあ)
あの日と変わらず精進し続ければ、いつかはまた、美味しい料理が作れるのだろうか。


***


「……迷惑だろうな」

いつかはまた、というほどには間をあけず。
深夜の客はやってきた。

「まあ、招かざるお客様ではありますけど」
「……営業時間外だろうしな」

当然、迷惑なのは時間だけではない。

「存外、堪え性のない御方ですね」
ここは城ではない。
深夜とはいえ、店の外に護衛が立たれていることを考えると頭痛がする。

それに何より、私の決意を無にする所業だ。
(せっかく離れたのに……。
……暴君め)

「巷では、人にも自分にも厳しいと評判の方。
……自らを律することの出来る、良き王になるのでは?」
「そんな評判は知らないな、どうでもいい。
……民を飢えさせないのが良き王だ。
私はそれを達成させている。
これまでもこれからも、誰にも文句は言わせない」

「深夜にしか来られないような客だが……、受け入れてくれないか」
評判は大切だし、口で言うほど気にしないわけにもいかないだろう。
だが、深夜にやってきて、店主の許しがあるまで席につかない王様を追い返せるはずもない。

あの日と同じように。
「……どうぞ。
寒い夜ですから」

ほっとしたように進み、彼はカウンター席に腰掛けた。
私の目の前だ。

「私にとって、おまえは……」
今日も冷える。
こんな寒い日に、彼はここまで来てくれた。
「……寒い夜に飲む、スープなんだ」

そう言って、彼が望む。
公式には有り得ない、夜食。

「すべて、報われる気がいたします」

今日までも、明日からも。

(ああ、まったく塩辛い。
塩加減を間違うなんて、料理人失格だわ)

これは、料理人と王様の秘密。
深夜の小さな、つまみ食いだ。







王様×料理人_おまけラフ700*500
真夜中のスパイス。
――――――――――訪ねる価値のある料理。





Fin.