=RPGシチュエーション・ラブ= 職業別の恋愛噺いろいろ
01:悪い魔女×弟子
私には、可愛くない弟子がいる。
昔はちょっとばかり可愛げもあったのに、今はとにかく可愛くない。
「お師匠様って可愛いですよね~」
「……はあ?
何言ってるの」
(気色が悪い……)
「え~と、何?
何か企んでる?何か欲しいものがあるの?」
疑わざるを得ないくらい、可愛くない弟子なのだ。
そもそも、師匠を「可愛い」なんて形容する弟子が曲者でないわけがない。
しかも、最近、その回数は増える一方。
「それとも、馬鹿にしている?」
「可愛い」「可愛い」と言われて、この反応で、嬉しがっているようにでも見えるのだろうか。
私ほど、褒め甲斐のない女もいないだろうに。
「めっそうもございません、東の魔女様。
本心からの言葉ですよ。
あんたって……、すっげえ美人だけど、超可愛い」
「……お黙り。
師に対する言葉遣いがなっていない」
先ほどほんの少し刺してしまったせいで血が流れて位置が測りづらくなっている。
ずれないよう、マウントポジションのまま、儀式用のナイフを構えなおす。
「処女じゃなくて清純でもないけど、あんたのほうが可愛いのに」
耳元に吹き込むように囁かれ、ぞわっと鳥肌がたった。
いつのまに、後ろにまわられたのか。
集中していたので、注意力が散漫になっていた。
「お師匠様は、自分を分かっていらっしゃらない」
弟子は、後ろから私の右肩に顎を寄せ、耳にふっと息を吹き込んだ。
「~~~~~~っ!!」
ぐさ!
ぶしゅう!!!!
……と、そこまで派手な擬音ではなかったかもしれないが、大体そんな感じ。
刃物は少女の胸の中央あたり。
ぐっさり刺さって、ぶしゅうっと血がふきだした。
頚動脈ほどではないものの、動脈だから返り血もそこそこの勢い。
……避けようと思ったのに、モロにかかる。
「刃物を持ってるときは、ふざけちゃ駄目って言ったでしょう!?」
子供に怒るように、弟子を叱る。
台所に立つ母親のような台詞だ。
私は結構家庭的なのかもしれないと、ちょっぴり悦に入る。
(うん、料理もなかなかの腕だし、包丁……ナイフ使いも悪くない)
少女の目がかっと開いたが、抵抗は少ない。
痙攣が始まり、体が強張っているものの、もう意識はないはずだ。
(もちろん、これは料理じゃないし、食べないけど)
「あ、すみません、お師匠様。
邪魔したせいで、汚しちゃって……。
……綺麗にしますね」
服だけではなく、一部は肌にも飛んだ。
その肌についた部分の血を、弟子はぺろぺろと舐め始める。
ぞわぞわぞわっと、今度は感覚だけですまず、鳥肌が立った。
「……ちょ、ちょっと、ちょっと待って!
待ちなさい!汚い!
いや清純な子の血だけど!
でも、何も病気がないとは言い切れないから!
駄目!ぺってしなさい!」
またもや、母親的なことを言ってしまう。
拾い食いをした子供を諫める母親そのものの発言だ。
(やっぱり、私って意外と家庭的……)
「……ん~、何か感染したときは看病してくださいよ。
っていうか、師匠のお手製の薬ってほぼ万病に効くじゃないですか。
魔術でもいいですけど、どっちにしても無問題」
「いやいや……、それ以前にリスクを冒して舐める意味がないから!
放しなさい!」
ぺろぺろと細かく舐めていたのが面倒になったのか、もはやべろべろというか……。
弟子は制止も聞かずに、舐め続ける。
止めるどころか、大胆になっていくばかり。
(そ、そこに血は飛んでないと思うし……)
「も……、もう取れたでしょう」
「……まだ、血が噴き出していますよ」
確かに、少女の死体からは血が流れている。
だが、首ではないのだからそこまでの勢いは続かず、重力に従って下へ流れるだけ。
新しく、私の体に血がついたりしない。
ということは、舐め取る必要だってないはずだ。
「……っ」
「……師匠、可愛い」
「は、放しなさい」
後ろから片手で腰を抱かれ、もう片方の手で首を後ろ向きにさせられる。
弟子の顔は、私の首から肩に移行して……。
衣服で覆われた首元まで、無理に寛げられ、息が詰まった。
「ぐ、う……」
「…………」
「……放せ」
ぎっと睨みつけると、視線こそ合わないものの、怒気を感じ取ったらしく口は離される。
体に回る腕は解けないものの、柔らかな束縛に変わった。
「……怒らないでくださいよ。
お師匠様が本気で怒ったら、こんな洞窟ふっとんじゃうんですから。
生き埋めはごめんです」
「分かっているのなら、怒らせるようなことをおしでないよ」
指摘されて気付いたが、そう、ここは洞窟だ。
悪い魔女が悪い儀式を行うに相応しいような、暗く澱んだ場所。
(……何をやっているんだかなあ)
儀式の残骸……、哀れな死体を見下ろす。
まったく罪のない、可愛い少女。
可愛いとは、こういったものを言うのだ。
「いいよなあ……、こいつ。
処女ってだけで、こんなに手間をかけてもらって」
私の視線を追ったのか、弟子は顔を上げ、同じように亡骸を見下ろす。
すりすりと甘えるように、首に髪をこすりつけられる。
……くすぐったい。
「ねえねえ、師匠、俺なんか処女な上に童貞なんですよ。
こんなのより、もっとすごくありません?」
弟子が勢い込んで言ってくるのに、真顔で返す。
「未通でも男は処女とは言わないし、童貞って儀式的に大して価値がない」
「…………」
相変わらず、目は合わないものの、弟子はしょんぼりした様子だ。
さすがに10年以上も共に暮らしているから、態度や考えもある程度は読める。
(10年、か。
魔女にとっては、大した長さでもないけど……、短くはない)
少なくとも、気まぐれだけで続く月日ではなかった。
「それに……、あんたのほうがよっぽど手間をかけている」
「!」
照れるものだ、と思いながら告げると、弟子はばっと顔を上げる。
「ぐげ!?」
ぐいっと力任せに引っ張られ、あやうく首がもげるところだ。
「げ、げほ……。
あ、あんたねえ……、昔と違って力も強いんだから加減ってものを……」
「お師匠様、好き!」
「……どうも」
目を合わされ、にっこり笑われる。
……体は大きくなったとはいえ、まだ子供にしか見えない。
「あ~、でも、儀式的に意味がないなら、とっとと貰ってくださいよ」
「はあ、何を?」
「俺の、処女とか童貞とか」
「…………」
どこをどう突っ込めばいいのか。
(いや、突っ込むっていっても、私は女だし、突っ込むものが……。
まあ、適当に見繕えばいいのか?
……って、いやいや、下ネタじゃありません)
突っ込みどころが多すぎるという話だ。
「好きです」
「…………」
ぎゅうっと抱きしめられれば、どうでもよくなってきた。
「すっげえ好き」
(正気か、こいつは)
いや、正気であるはずがない。
子供の頃に私なんかに拾われて、育てられ、清純だったこの子も今やすっかり立派な大人……立派すぎる狂人だ。
昔は私のほうが異常だったはずなのに、今や私を越えている。
なんせ、東の魔女たる私のほうが「こいつ、おかしい」と思うほどだ。
「……私も、あなたのことを可愛いと思っているわ」
口に出すまでもなく、弟子は承知しているだろう。
この私が、愛しいとも思わないものをわざわざ育てたりするものか。
だから、抵抗できないのも仕方がないし、どうでもいいことだ。
「お師匠様、大好きです。
あんたのほうがよっぽど可愛い」
まっすぐに私を見てくる弟子は、正気ではないのだろうが、本気ではあるらしい。
世間一般でいう可愛い女の子(ただし死んでいる)を足蹴にし、石台の上から蹴り落とす(べしゃりと嫌な音がした)。
そして、悪い魔女を「可愛い、可愛い」と言い、血まみれの台の上に押し倒した。
「……背中、びしゃびしゃなんだけど」
もはや、ちょっと汚れるどころの話ではない。
「あ、抵抗しないでくださいね。
先刻も言いましたけど、据え膳前にして童貞のまま生き埋めなんてごめんです。
お師匠様とならそれはそれでロマンチックだけど、どうせ俺もお師匠様も死にやしないし面倒なだけっていうか、うやむやにされちゃ堪らない」
「……いや、話聞きなさいよ。
背中、びしゃびしゃなんだって。
服、気持ち悪いし……」
「び、びしゃびしゃ……。
分かりました、すぐ脱がしてさしあげます。
気持ち悪いところは全部俺が舐めます。舐めさせてください。嫌だって言われても舐めます」
言うなり、脱がせ始める。
言葉通り、びしゃびしゃなので弟子の作業はかなり難航しているが、協力する気もない私はぼうっとしていた。
だが、かといって抵抗もしない。
(……下ネタに脱線するところは師弟で似たのか?
嫌な似せ方だな……)
それにしても狂っている。
こんな場所、こんな状況で、こんな女に欲情できるとは。
一般的には育て方を間違えたのかもしれないが……、同類に引き込めたとすれば成功だ。素晴らしい。
「……あなたは将来有望よ。
そのうち、偉大な魔法使いになれそう」
もちろん、悪いほうの意味で。
「きっと悪の限りを尽くすような、素敵な魔法使いになる」
(見限られないように、私も強くならないと)
横目で、祭壇をちらりと見る。
生贄の体から生気を吸い出し中……。
黒と赤の陽炎のようなものが蠢いていた。
「あんたのためなら、どんなことでもするし、尽くしますから。
……余所見しないで」
「ぐえ……!
だから、首もげるって!」
ぐいぐいと引っ張られ、また変な方向に首が曲がりそうになる。
(……ああ、この子、やきもち妬いていたのか)
生贄やら儀式対象の悪魔やらに、嫉妬していたらしい。
(可愛い)
もたもたと血で濡れた服を脱がせる手が、震えている。
そのことを指摘せずに大人しくしてしまう程度には、私はこの弟子が可愛い。
「ほらほら、俺とも契約しましょう。
見込みがあると思うなら、今のうちに唾つけといてくださいよ」
「契約、ねえ……」
今更だし、私と弟子の間で今交わさねばならなうような契約はない。
だが、そこを追及すれば、また下ネタ的な話でごねられるだけだろう。
「……はいはい、契約しましょう」
悪い魔女と、その弟子。
あくまで、これは師弟関係。
キスは、血なまぐさい味がした。
身も心も捧げます。
――――――――――押し付けてでも、貰ってほしい!
Fin.
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流行りの(遅いか……)ヤンデレ系。
ヤンデレ×ヤンデレだと突っ込み不在で、一周まわって普通な感じに。
キャラ名を付けずに書くのって、意外と難しかったです。