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クリムゾン・エンパイア

『エドワルドSS ■Vol de nuit (夜間飛行)』

「Vol de nuit (夜間飛行)」
※エドワルドSS






「……で、特別なものって何よ?」

私は両手を腰に当て、やや威嚇するような角度でオランヌを見下ろした。
「いやだなあ、メイド長。そんな怖い顔しないでくれよ」
しかし椅子に座ったオランヌは、まったく堪えた様子もなくへらへらと笑う。
「するに決まってるでしょう! よりにもよって、王子を……しかも次期国王とほぼ決まった方を、こんな小汚い部屋に呼び出すなんて!」
「小汚いは酷いよ」
オランヌはいちいち抗議する。
「じゃあ、綺麗だっていえるの。この部屋」
私は立ったまま、ぐるりと室内を見回した。
オランヌ=バルソーラは、城に棲みついている魔法使いだ。
あまりにも昔から滞在している(エドワルド曰く「物心つく前から住んでいた」)ので、誰もオランヌがいつから、何の為にここにいるのか知らない。
どこの国の城にも、そういう謎の客人の一人や二人はいたりするものだが……とにかく、オランヌはこの城の客人として結構な待遇を受け、それなりの広さの部屋を与えられていた。
しかし、その部屋の中はといえば、けして『綺麗』といえるものではない。
あからさまに掃除をしてないとかいったわけではないが……とにかく、あまりにも雑然としすぎている。
あちらに古い書物が山積しているかと思えば、こちらにはわけの分からない魔法道具が散乱しているのだ。
魔法使いにとっては貴重な品々かもしれないが、門外漢にしてみれば、ただのゴミにしか見えなかった。
「これでも、時々整理してるんだけどなあ」
オランヌはぼりぼりと頭をかいた。
「あんたにとっては、これで整理してる内に入るのかもね。でも、とてもじゃないけど、王子を迎えるような場所じゃないわ」
「まあまあ、シエラ。そう怒らないでやってよ。僕が行きたいって言ったんだから」
憤慨していた私に、エドワルドが諌めるように声をかけた。
「そもそも、それが問題なんです。一介の魔法使いが、次期国王を自室に呼び出すなんて。……前から思っていましたが、エドワルド様はこの魔法使いに甘すぎます。そんなに彼がお好きなんですか?」
「なんだなんだ、随分と突っかかるなあ、シエラ。エドワルド様に甘くしてもらうのは、自分だけで充分だって言いたいのかい?」
「誰もそんなこと言ってないでしょうっ!!」
下らない茶々を入れてきたオランヌを一喝すると、彼はわざとらしく顔を顰め、私の前で耳を押さえた。
「ああ……年寄りは耳が弱いんだから、そう怒鳴らないでくれよ」
「年寄りなら、もっと年寄りらしくしたらどう?」
同情することもなく、私は辛らつに言い返す。
オランヌの外見は、どう見ても二十歳くらいの青年だった。
童顔ということもあって、弟子だというマイセン=ヒルデガルドよりも歳下に見えるほどだ。
しかも、エドワルドが言うには、「ずっと見た目が変わらない」らしい。
まったく恐ろしい。不気味この上ない。そういった胡散臭いところも含めて、魔法使いという人種は大嫌いなのだ。
……なのに。
「まったく、メイド長には何を言っても駄目だなあ」
「僕の自慢の部下だからね。一筋縄ではいかないさ」
私の傍らに立つエドワルドは、オランヌと気安く笑いあった。
エドワルドは何故か、この得体の知れない魔法使いをとても重用している。
こういう、王子を自室に呼びつけるような無礼も咎めず、自分から機嫌よくやってくるくらいだ。(私がどうしてもついていくと言い張らなかったら、護衛もつけず自分一人で行ってしまったかもしれない)
最も、主に交流を持っているのは、公用というより私用のほうでの気もするが……それでも、エドワルドとオランヌの間には、何か特別な繋がりがあるように見えた。
エドワルドの一の部下であり……非公式とはいえ、一応は恋人関係にある私でさえも、入り込めないような。
それもまた、オランヌが癪に障る原因の一つでもある。
「まあまあ、シエラも怒りを収めて。今日は、エドワルド様の即位が内定したことに、僕からのささやかな祝いの品を進呈しようと思って来てもらったんだ」
「祝いの品ぁ?」
聞いた途端、眉が八の字になった。
魔法使いのいう「祝いの品」など、ろくなものであるはずがない。
「へえ、嬉しいな。どんなものだい、オランヌ?」
しかし私とは逆に、エドワルドは興味を示して瞳を輝かせた。
(……まったく。この人も、子供みたいなところがあるから)
だからこそ、オランヌと気が合うのかもしれないが。
「……これですよ、エドワルド様」
オランヌは得意げに、傍らから一本の箒を取り上げた。
「あんた……それ……」
私の口からは、げんなりとした呟きが漏れる。
オランヌが手にしているのは、使い込まれた古い箒だった。
どこの掃除用具入れの片隅にでも、眠っていそうなものだ。
あくまでも、「見た目」は。
(また、余計なものを……)
「へえ、魔法の箒かい? それを僕にくれるの、オランヌ」
「ええ。その為に用意した品ですから」
「それは嬉しいな。……だけど残念ながら、僕は魔法が使えないんだよ」
一瞬嬉しそうにほころんだエドワルドの口元には、すぐに苦笑いが浮かんだ。
「魔法の箒」は、魔法使いが飛翔するために使う道具だ。
それは、魔法使いが使用してこそ効力を発揮するものであり、普通の人間が持ってもただの箒でしかない。
魔法使いの国ルーンビナスなどと違って、この国には魔力を持つものが少ない。
王子であってもエドワルドに特別な能力はなく、その意味においては彼も一般人といえた。
「ご安心を、エドワルド様。これは特別製です」
「……特別製って、何よ」
オランヌの態度に妙な胡散臭さを感じて、私は横から口を出した。
「箒そのものに一定の魔力を固定させ、しかもその遠隔操作を可能にした……」
「――あああ、長ったらしい説明はいいから! 一言で言って、一言で!」
私は手を振って、始まりかけたオランヌの講釈を遮る。
魔法学校であるシンフォニアの教授もしているせいか、オランヌはとにかく説明が長い。
弟子であるマイセンは「バルソーラ先生は説明を省略しすぎる癖がある」などと言うが、どこがだ、と思う。
学のあるエドワルドなどは聞いていても楽しいのかも知れないが、私にはただ鬱陶しいだけだ。
「……つまり、魔法使いでなくても、空が飛べる箒なんだ」
オランヌはやや不満げな顔をしながらも、私に求められた通り簡潔に説明した。
「え、本当かい!?」
途端、エドワルドは嬉しそうに声を上ずらせる。
「と、いうことは、これがあれば僕でも空を飛べるんだね?」
「ええ、色々と条件つきですが……エドワルド様お一人でも、人を乗せて飛ぶことが出来るんですよ」
「へえ、それは素晴らしいな! いいものをありがとう、オランヌ」
「いえいえ、次期国王陛下に喜んでいただけて幸い……痛っ!」
慇懃な礼を返すオランヌの頭を、私はぽかっと殴った。
「な、何をするんだ、シエラ。乱暴じゃないか!」
「エドワルド様に、余計なものを差し上げてるんじゃないわよ!」
得意満面だった魔法使いを、私は怒鳴りつけた。
(まったく……面倒なものを)
私は片手で眉間を押さえる。
エドワルドが、忙しい公務の合間を縫ってでもオランヌの元を訪れていたのは、彼の箒で空を飛んでもらうためだった。
危険極まりないその行為を、私は何度も止めようとしたが、エドワルドはあまり聞き入れてくれなかった。時には、一緒に三人で空を飛んだこともある。
空を飛ぶときのエドワルドは、あまりにも楽しそうだったので、強くは止められなかった。
それに私自身、空から見るこの国の景色に感動したというのもある。
……しかしやはり、それはできれば止めさせたいことだ。
なのに、この魔法使いはあろうことか助長しようとしている。言語道断だ。
「エドワルド様。申し訳ありませんが、その箒は没収です」
「ええー!? なんでだよ、シエラ」
「なんででも、です。次期国王になろうという方が、そんな危険なものに手を出してはいけません」
「危険って……大丈夫だよ、オランヌが作ってくれたものなんだから」
「だから余計危険なんです」
「おいおい、それは酷いなあ……せっかく俺からの、『ふたり』へのプレゼントなのに」
「――え?」
エドワルドを説得しようとしていた私は、オランヌの言葉に振り返って彼を見た。
「言っただろ、『エドワルド様が人を乗せて飛べる箒だ』ってさ」
魔法使いは、意味深な笑いを浮かべて私を見ている。
「これからエドワルド様の即位が近付けば、ますます君たちが二人きりになれる機会は減る。そんな二人に、人目の届かない空中デートをプレゼントしようっていう、俺からの粋なはからいだよ」


+++


「……オランヌって、いつから私たちのこと気付いてたんでしょう」
「さあ。結構前からじゃないかな」
「ちょっとショックです。できるだけ分からないようにしてたのに……」
「まあ、気付くものは気付くんじゃない?」
悄然とする私に対し、エドワルドはあっけらかんと答えた。
私は二人の関係を隠そうと思っているが、彼にはそこまで完璧に隠避する気はないようだ。
もちろん公にできるものではないが、知られるものには知られてもいいと思っているらしい。
「……うん、やっぱり、ここからがいいな」
丘の頂上まで上り詰めて、エドワルドは足を止めた。
彼に従って歩いていた私も止まる。
ここは、城下町の外れにある丘だ。ここからは、王都の全体が見渡せる。
美しく整えられた人工の都は、夕暮れに沈みかけていた。
「……本当に、ここから飛ぶんですか?」
「これ以上いい場所ってないだろう。 それとも、他にどこか希望があった?」
「いえ、ありませんけど……。ただ、箒で空を飛ぶだけでも危険なのに、それが王都の真上だなんて……」
「だから、ばれないように変装してるんじゃないか」
おなじみの眼鏡をかけた顔で、エドワルドは笑った。
時々街へお忍びで出かけるとき、彼は髪をおろして眼鏡をかけ、ラフな街の若者のような格好をする。
ついてきた私も一応、いつものメイド服ではなく私服のワンピースを着ていた。
「そういう問題じゃありませんよ。……箒で飛ぶっていうこと自体が、そもそも無茶なんです」
しかも、魔法使いでもない素人が、だ。
「大丈夫だよ。オランヌから、一通り使い方はレクチャーを受けてきたから」
「それが心配なんですよ」
あの胡散臭い魔法使いの言うことなど、まともに信じられるわけがない。
「僕の運転が、怖いのかい?」
「はい」
はっきりと答えると、エドワルドは困ったように笑った。
「はっきり言うね、シエラ」
「あなた自身の安全の為ですから」
その為ならば、たとえエドワルドに嫌がられようとも、口がすっぱくなるまで同じことを言う。
すると、彼はちょっと俯き、拗ねたように言った。
「じゃあ、君は僕と、乗りたくないんだね……」
「……」
強引に進められれば、まだ反対も続けられる。
だが、こんな風に、哀しげな顔をされてしまうと……。
(ま、まるで、私がいじめてるみたいじゃない)
「……そういうのは反則ですよ、坊ちゃん」
「何が反則なんだい」
「人の弱みにつけこもうとしているところが、です」
「そんなことしてないよ。僕はただ、お願いしてるだけだよ」
エドワルドは緑の目で、じいっと私を見つめる。
「……駄目かい?」
(……う)
「……駄目なら、いいよ。今度は『命令』するから」
「いや、だから、そういうのがずるいんですって」
どんなことであっても、私がこの人に逆らえるはずがない。
「別にいいさ。君が僕と乗ってくれるなら」
しかしエドワルドは、そう言って自分からさっさと箒にまたがってしまった。
「……さ、乗って?」
後ろを振り返り、にこやかに私を促す。
笑顔の強制。
(……仕方ないなあ)
「……ちょっと、だけですよ? 危険を感じたら、すぐに降りてくださいよ?」
私は念を押しながら、怖々とエドワルドの後ろに乗る。
「分かった、分かった。……じゃあ、行くよ? しっかり僕に摑まっててね、シエラ!」
エドワルドは両手で箒の柄を握り、軽く地を蹴った。
ふわりと、不安定な感覚が襲う。
「わ、わわ!?」
「はは、だから、掴まってって言ったじゃないか」
言われて、私は慌てて彼の腰に手を回した。
少しずつ丘は遠ざかり、エドワルドが何やら呪文を呟くたびに、箒は高度を増していった。
(……しょうがないわ)
小さくなる木々を見ながら、私は覚悟を決めた。
(万が一落下してしまった時は……私がエドワルド様の下敷きになろう)
多分私は潰れてしまうだろうが、せめてもエドワルドが軽傷であればいい。
「わ、本当に思った通りに上がるね、これ! 面白いな」
私の悲愴な決意も知らず、エドワルドはまるで初めて冒険に出かけた少年のようにはしゃいで箒を操った。
(人の気も知らないで……)
私はこの人の一の部下で……そして同時に恋人、なのだから。
何があっても、守らなくてはならない。





眼下に広がるのは、煌く宝石の海だった。
空高く上がっているうちに、陽は落ちてしまった。闇が辺りを覆うと、街には一斉に灯りが点り始める。
遠く離れた上空から見下ろす、それらはまるで輝く宝石のように見えた。
豪奢な黒いビロードの上に、敷き詰められた色とりどりの貴石。
それが、この国の王都。
宝石箱のような都。
(たしかに綺麗……だけど)
見ていると、単に見惚れるのだけとは違う、別の感情が浮かんでくる。
「……エドワルド様」
私は片手で彼の腰に捕まり、片手で風に乱れる髪を押さえながら、エドワルドに呼びかけた。
「なんだい、シエラ」
答えるエドワルドの声は、少し風の音にかき消されている。
ここは寒い上に、風も強い。
「どうして、今日、私を連れてきて下さったんですか?」
「……? 前から、時々一緒に飛んでたじゃないか」
エドワルドは前を向いたまま、不思議そうに言う。
初めてのはずの彼は、意外にも上手に箒を操っていた。
渋る私の監視つきででもエドワルドが空を飛びたがったのは、彼が空から見下ろす都の景色を己の目に焼き付けておきたかったからだ。
きらびやかな王都。
彼がいずれ背負う、その黄金の重さを。
――だがそれは、いつも昼間に限られたことだった。
「……ああ、そういえば、いつもはオランヌも一緒だったね。何? 三人のほうがよかったの?」
エドワルドは茶化すように訊ねる。
私の言いたいことを、分かっているはずなのに。
「いえ、そうじゃなくて……これまで、夜の飛行には行きたがらなかったじゃないですか」
エドワルドと、夜間飛行に出たことはない。
都の景色は明るい陽の元で見ても美しいが、夜景にはまた別の趣がある。
だがエドワルドは、夜に飛ぼうとはしなかった。
いつか理由を訊いた私に、『空から見る夜景は美しすぎる』と彼は言った。
美しくて、だが同時に下品で。
それらを取り巻く、しがらみや思惑を思い出す。
王子として生まれた彼が、けして逃れることが出来ぬものを。
だから……夜景は見ないのだと。
「どうして今日は、夜景を見ようと思われたんですか?」
(……私と、一緒に)
続きの言葉は、胸のうちでだけ呟いた。
「ああ……それはね。王になることが決まったからだよ」
「即位が決まったから?」
「そう」
前を向いたままの彼の表情は、よく見えない。
だだ、いつもと同じような穏やかな声が、風に乗って流れてくる。
「今までの僕には、逃げ道が残されていた。……もし王位争いに敗れれば、僕はこの都が抱えた醜いものから逃れることも出来る」
「……」
「だけど、僕の道は塞がれた。僕の前にはもう玉座しかない。それがはっきりとしたから……この国の全てを、逃げずに見てみようと思ったんだ」
ふと、彼が微笑む気配がした。
「君と、共にね。シエラ」
「……エドワルド様」
告げられたのは、王となる彼の『決意』。
美しいものと、その裏に隠された醜いもの。その全てを見据えて、共に歩こうと。
彼は私に言ってくれている。
「私は……」
私が口を開き、彼に答えようとした時。
「わ……わわ!?」
突然、乗っていた箒がぐらりとバランスを崩した。
「わ……なんだ、これ!? 急に操縦が……っ」
それまで順調に箒を操っていたエドワルドも、焦って声を上げる。
「ど、どうしたんですか、エドワルド様!?」
「いや、急に思った通りに動かなくなって……どうしたんだろう、何か呪文を間違えたのか……!?」
「だ、だから、オランヌのくれるものなんて、ろくなもんじゃなかったんですって! ……わああああっっ」
箒はがくんと揺れたかと思うと――いきなり、急降下を始めた。
「え、なんだ、これ、落ちるのか!?」
「もう落ちてますって!!」
ここは、高度何百メートルというような上空。
下は都――つまり、建物郡だ。
まず間違いなく建物に……悪くすれば、人に当たる。
(ああああ、あんのクソ魔法使い――!!)
落ちて行きながら、心の中でオランヌを罵る。
だが同時に、自分に魔力がないのをこれほど呪ったことはなかった。
落ちてゆく箒を、私はどうすることも出来ない。
「エドワルド様、私から絶対に離れないでくださいね!」
私はエドワルドの腰に強く抱きつき、大声で叫んだ。
「ええ!?」
「落ちるときは、私の上に落ちてください! 私が下敷きになりますからっ」
「おい……そんな不吉なことをいうなよ!」
エドワルドは最悪のことなど考えたくないようだが、箒は今も落ちて行く。
街が近付く。
明かりが近付く。
建物が……道行く人々の姿が、はっきりと見えてくる。
(……仕方ない)
私は覚悟を決めて、受身をとるべく備えた。
――私は、エドワルドの為に全てを捧げると決めた。
しかしまさか、それがこんな形で実現する日がこようとは。


+++


「わああっ」
「うわっ!」
――地面に叩きつけられる、寸前。
箒は、突然停止した。
石畳の1メートル上で、何かが壊れたように、ピタッと止まる。
衝撃はあったものの――石畳に叩きつけられるようなことはなかった。
(助かった……の?)
「何よこの箒、一体……エ……」
エドワルド様ご無事ですか、と、言いかけた時。
「あれ……君たち……!?」
周囲から、聞き覚えのある声がした。
慌てて顔を上げる。……すると、そこには。
「ジェイ! ジェイじゃないか! 久しぶりだね」
「しばらく来れないって言ってたのに……どうしたの?」
「それにしても、派手な登場だなあ! 君が魔法を使えたとは知らなかったよ」
見覚えのある若者達が、わっと私たちの周りに寄ってきた。
(……げ)
――落下を免れたのは、不幸中の幸いだった。
しかし、不時着(?)した場所は、最悪だった。
「……ああ! 久しぶりだね」
箒が止まった直後はエドワルドも呆然としていたようだったが、彼はすぐににこやかな微笑を浮かべ、箒から降りた。
「……そうなんだ。時間ができたから、久しぶりに寄ってみようと思ったんだけど。魔法の箒を使ったら、ちょっと勢いを出しすぎてしまったよ。皆、驚かせてごめんね?」
「いや、来てくれて嬉しいよ、ジェイ!」
「そうよ、ずっと待ってたのよ!」
若者や仲間の女性たちは、嬉々としてエドワルドを取り囲む。
(……さすが)
彼の咄嗟の処世術は、お見事なものだ。私では、ここまで器用には振舞えない。見習いたいものだが。
(エドワルド様の名前を呼ばなくて……というか、お忍び用の変装をしておいてよかった)
万が一の時の用心が、思わぬ役に立った。
――偶然落下してしまったここは、街の路地裏にあるレジスタンスのアジトだ。
ただレジスタンスとはいっても、所詮は恵まれたこの国の裕福な坊ちゃん嬢ちゃんがやっているので、それほど過激なものではない。
暇をもてあました(と私には映る)若者達が集まって、現行の政治への不満を語っているだけだ。
とはいえ発覚すれば、もちろん無罪ではすまない。彼ら自身も気付いていないその危険な集まりに、よりによってエドワルドは以前「ジェイ」という仮名を使って参加していたのだった。
「ジェイ、今日は討論に参加していけるんだろう?」
若者の一人が、嬉しそうにエドワルドに話しかける。
エドワルドが持つ独自のカリスマ性は、身分を隠したここでも有効だった。
彼は、参加していた短い期間に、すっかり彼らの心を掴んでしまっていた。
「そうだね……久しぶりに、皆と話したいな」
エドワルドは、つくり笑顔で彼らに応じる。
わっ、と場が盛り上がった。
(まあ……こんな派手な登場をして、すぐに去るわけにもいかないか……)
できればさっさと城へ戻りたいところだったが、そういうわけにもいかないだろう。
「そうこなくっちゃな。さあ、ここへ座ってくれよ、ジェイ」
彼らはエドワルドを中心に、輪を作って座り込む。
「……あなたは、話に加わらないの?」
私が端に立っていると、レジスタンスの女性の一人が話しかけてきた。
「いやー、私、難しい話はちょっと……」
私は、適当に笑ってごまかす。
お忍びでレジスタンスに参加するエドワルドに、私も何度かついてきたことがあった。
「ジェイ」はレジスタンスの女性にも人気があったから、最初は絡まれたりもした。
しかし結局は、「私がジェイの婚約者である」という彼女らの勝手な思い込みによって、納得されてしまった。
「そう言わずに、参加してみればいいのに。案外、面白いわよ?」
「ううん。……見てるだけでいいの」
「……そう?」
軽く答えると、それ以上は追及せず、女性は去ってしまった。
私は少し離れた場所から、討論に加わるエドワルドを見守る。
「――ところでジェイ。次の王が決まったらしいことは、知っているかい?」
若者の一人が、身を乗り出してエドワルドに訪ねた。
「ああ……一応は、ね」
エドワルドは曖昧に答える。
第二王子であるエドワルドが次期国王に内定したことは、まだ正式に公表されてはいない。
しかし、厳密に隠されているわけでもないので、城の中でも市井でも、知るものは既に知っていた。
(なんだ、ここもそのくらいの情報は掴んでるのね)
伊達に、レジスタンスを名乗っているわけでもないらしい。
メンバーは皆、素性を隠して偽名を使っているが、中には有力者と繋がりのあるものもいるのだろう。
「それで、僕らは……その新王の即位に反対する運動をしようと思っているんだ」
(……ええ!?)
メンバーの一人が突然語った言葉に、私は仰天した。
目を剥いて、若者を凝視する。
単に退屈な坊ちゃん方かと思っていたら……一体、何を言い出すのだ。
「へえ。……何故だい?」
エドワルドは平静を保ったまま、落ち着いて彼に聞き返した。
「世襲が実行されると、王制が固定してしまうだろう? この国の問題の根源は王制にあると、前にも話したじゃないか」
「ああ……そうだったね」
「だから僕らはこの機に、共和制への移行を求めたいと思うんだ!」
(うわー……)
熱心に語る若者を見ながら、私はとんでもない気分になる。
彼が言っているのは……現政権を打倒し、革命を起こそうということだ。
それは即ち、国王側から見た大逆ということになる。
(自分がどれほど危険なことを言っているか……分かってんのかしら、あの人)
(……いや、分かってなさそうだな)
このレジスタンスに参加している連中の大半は、理想に凝り固まった若者だ。
実際にそれを行おうとしたとき、どんな危険や困難が伴うのか、まるで知らない。
こんな街の路地裏のような、簡単に見つかってしまうような場所をアジトにしてしまうのも、その証拠。
裏を返せば、彼らの主張は机上の空論であり、実際にはそれほど危険度が高くないともいえたが……。
(ちょっといない間に、こんな過激な思想へ進んでいたのか)
驚くべきか、関心すべきか。
いや、やはり、ここは警戒すべきだろう。
「……それで、具体的にどういう行動をとるつもりだい?」
エドワルドは、注意深く彼らに尋ねた。
「新王即位反対の、匿名のビラを街にばら撒こうと思うんだ!」
(……)
拳を握り締め、上気した顔で語る若者を見ながら、私は思わず転びそうになった。
「まず、市民の意識を向上させる必要があると思うんだ。その為には、啓蒙活動は必至だよ!」
若者の顔は真剣だった。彼はいたく真面目なようだ。
(なんというか……危険極まりないことを言うわりには、随分とかわいらしい……)
(……けど、いくら行動がかわいくたって)
彼らがやろうとしていることは、現政権の打破だ。
そんなことを見過ごせるはずも、ない。
「今、ビラを撒く人員を募っているんだ。なかなか手が足りないんだよ。ジェイ、よければ君も手伝って……」
「……すまない。僕は忙しいので、それには参加できないんだ」
エドワルドは笑顔で……けれど、はっきりとそう断った。


+++


「……なんだか、とんでもないフライトになっちゃったね」
自室へと続く、城の廊下を歩きながら。
エドワルドは苦笑しながら言った。
「君と夜景を見ようと思っただけだったのになあ」
「……でも、無事に城に戻れてよかったです」
なんだかんだで、王城に戻ったのは、かなり夜も更けた頃だった。
だが一時は、こうして隣を並んで歩くことさえ諦めたのだ。
無事戻れただけでも、御の字だろう。
「すぐ、おやすみになられますか?」
「……ああ、そうしよう。さすがに疲れたよ」
しんと静まり返った深夜の廊下には、私たちのほかに誰もいなかったせいだろうか。
エドワルドは人前で常に被っている「パーフェクト・プリンス」の仮面を脱ぎ、行儀悪く
欠伸する。
「では、すぐに準備いたします」
「ああ、頼むよ。そうだ、これ……オランヌに返しておいて」
廊下を曲がりながら、エドワルドは持っていた箒を無造作に私に渡した。
「完成品にして戻して、って」
「……まだお使いになるつもりですか」
箒を受け取りながら、私は咎めるように言う。
(……こんな、胡散くさいものを)
折れかけた箒に目を落とす。
これのせいで、今夜は酷い目にあったというのに。
「まあ、そう言わないでよ。改良すれば、使い道はあると思うよ」
「たとえ改良したって、胡散臭いことに変わりはありません」
私はにべもなく言う。
大体、これは王子を殺しかけた箒だ。
「オランヌを処罰されてもいいくらいなのに……」
「まあ、彼もこの箒と同じで、使いようによっては役に立つからさ」
「そうかもしれませんが……」
そんなやりとりをしているうちに、エドワルドの自室の前についた。
私は彼の為に、ドアを開ける。
「あ……そうだ、シエラ」
部屋に入ったエドワルドは、椅子に腰掛けながら思い出したように言った。
「街の反乱分子だが……適切な処分を」
「……?」
エドワルドの為に寝所を整えようとしていた私は、足を止めて振り返った。
「私が……ですか?」
「ああ。君にやってほしい」
エドワルドは、感情を感じさせない声で答える。
「……」
街の反乱分子とは……先刻まで一緒にいた、レジスタンスの若者たちのことだ。
短い間ではあるが、エドワルドも共に語らいあった……仮初めの「仲間」たち。
「君も聞いただろう。彼らを放置することは出来ない」
「……そうですね」
施政者として、彼の判断は正しい。
そして、主がそれを命ずるのならば、私は叶えるのみだ。
(……だけど)
私は、エドワルドの座る椅子に近付いた。
彼の前に立つと、そっと上からその頭を撫でる。
「……何?」
「甘えてもいいですよ……坊ちゃん」
きちんと手入れをされた柔らかなブロンドは、触っていて心地いい。
一部の隙もない、「パーフェクト・プリンス」……だがその心の裡は、演じるほどに完璧ではない。
自分では割り切ったつもりでも、心の奥底には澱が沈んでいる。
「まったく、君は……」
エドワルドは溜め息をつきながら、私の腰に手を回す。
私は身を屈め、彼の肩を抱きしめた。
「私は、あなたのお母さんでもあるんですから。どんなにみっともない姿でも、見せてくれて構いません」
「……シエラ」
エドワルドは立ち上がりかけて……そのまま私を押し倒しながら、一緒に床に転がった。
王子の部屋には、分厚く上等な赤い絨毯が敷かれている。
転がっても、痛くはない。
(……まあ、赤い繊維はつくだろうけど)
「言っただろう。……その言葉は、僕には禁句だ」
怖い目で私を見下ろして、エドワルドは言った。
エドワルドを完璧な世継とすべく、偏った教育を施した彼の母親は、亡くなった今でもなお、彼の心の中の傷となっている。
「エドワルド様。私はあなたの『母上』ではありませんよ。あなたが甘えたい時に好きなだけ甘えていい『お母さん』です」
「……ずいぶんと、都合のいい女だな」
「お母さんってのは、そんなものです」
「後悔するぞ、僕にそんなことを言うと……」
そんな風に言いながらも、彼は優しいキスを何度も繰り返す。
戯れのような行為をくすぐったがりながら、今夜見たあの夜景を思い出した。
夜の闇に浮かぶ、宝石のように美しい都。
エドワルドの背負う、しがらみと思惑の象徴。
だが、彼が背負うものが宝石の街ならば、私がこの手に抱く彼そのものが、私にとっての宝石だ。
醜い物思いを押し隠して、綺麗に微笑む美しい王子。
共に歩み、終わりの来るその時まで全てを捧げると決めた人。
その痛みも何もかも、全てこの手で抱いてあげることが出来るのなら。
(あなたの心の何もかも……私の中に吐き出してほしい)
その為に、私はあなたのそばにいるのだから。





赤い絨毯の敷かれた床は、どこまで転がっても、落ちてしまうことはない。
服が赤い繊維だらけになるのも構わず、私と王子は、思うさま床の上を転がる。
まるで、戯れに興じる、幼い子供のように。

いつまでも、終わりなく。

終わりなんて、見えないように。

 

 

 





FIN