▼▼▼プロローグ▼▼▼
「ええと……」
時間帯の代わりに、季節がころころ変わるエイプリル・シーズン。
前回の引越しの時と同じく、各場所が色々と変わっていたが、一番変わったのはこの森だろう。
何もなかったはずの森に、サーカスがやって来た。
そのサーカスを率いている男のところへ訪れる。
ゲームをする為に。
「私の勝ち……、みたいね」
(よかった)
今回は、辛くも私の勝ち。
望む結果が得られたことに安堵する。
「そうみたいだ。
君には負けてばかりだね。
悔しいな」
「……そんな風には見えないけど?」
台詞に反して、ジョーカーの顔には楽しそうな笑顔が貼りついている。
とても悔しそうには見えない。
「そうかな?」
「そうよ」
「ふふ。
本当に悔しいのになあ」
(嘘つき)
ジョーカーは嘘つきだ。
嘘つきの、道化師。
彼のことは苦手。
友達として付き合うには、まだまだ距離がある。
その距離は縮まりそうもないが……、私はこうしてジョーカーに会いに来ている。
季節を変える為。
必要だから。
季節を変えるには、ジョーカーとのゲームに勝たなければならない。
(でも)
季節を変えてもらいたいとき以外にも、此処に来ている。
ジョーカーと話をする為に。
(いいえ。
私はこの人が苦手)
……あの場所へ行く為に?
(行ったところで、どうにもならないのに)
どうにもならないし、どうにも出来ない。
分かっていても、行かずにはいられない。
気鬱になるだけだと分かっていても。
「何か、悩み事?」
尋ねられて、はっと我に返る。
いつの間にか俯いていた顔を上げると、鼻先が触れそうな位置にジョーカーの顔があった。
「!!?」
近すぎる距離に驚いて、思わず椅子ごと後ずさる。
「な!?」
ち、近付きすぎ!
「あ、酷い。
その反応はちょっと傷つく」
「へらへら笑いながら言っても説得力ねえよ」
「そうかな?」
「おう。
そういうことをいうときは、もっとこうだな、ムーディーな感じにぐぐっと……」
「ム、ムーディー……。
ぷ、はは、面白いことを言うね、ジョーカー」
ジョーカーと仮面の会話を聞きながら、自分を落ち着かせる為に深呼吸を繰り返した。
不意をつかれたせいか、心臓がばくばくいっている。
(び、びっくりした……)
驚きすぎて、直前まで抱えていた憂鬱な気分が吹き飛んだ。
だからといって、彼らに感謝する気はまったくないが。
ジョーカーと仮面の会話。
腹話術だかなんだか分からないそれ。
楽しいというより警戒してしまう。
「それで、アリス。
今回はどの季節に変えるの?」
「そうね……」
話が一段落したらしいジョーカーに尋ねられ、少し考えてから、滞在している場所のとは違う季節を答えた。
「あんたはころころ季節を変えたがるな。
飽き性はよくないぜ、お嬢ちゃん」
「別に飽き性のわけじゃないわよ」
ただ、楽しみたいだけ。
春も夏も秋も冬も、たくさん楽しみたい。
いつもはないものだ。
いろんな季節を、あの人と共に。
「……用は済んだし、もう行くわね」
早く帰りたくて、無理やり話を終わらせる。
ジョーカーと仮面は気分を悪くするでもなく、にこやかに(仮面は表情がないから分からないが)送り出してくれた。
「またね、アリス。
季節を変えたくなったら、またおいで」
「次のサーカスも見に来いよ」
(サーカスか……)
ちらりと視線をやれば、団員達がそれぞれ技の練習をしているのが見えた。
大掛かりな仕掛けと華麗な技。
ジョーカーのサーカスは何度見ても煌びやかだ。
開催するたびに演目や出し物は変わるし、アイディアも斬新で、とても楽しい。
見ている者は、子供のようにはしゃいでしまう。
(でも、サーカスよりも、もっと楽しい場所があるわ)
楽しくて、大事な場所。
大切な人達のいるところ。
私の……帰る場所だ。
ここではない。
(早く帰ろう)
+++
しばらく歩くと、私が滞在している場所……塔が見えてきた。
(冬も、嫌いじゃないけど……)
クリスマスや雪祭りなどのイベントは楽しい。
雪は冷たいが風情もあるし、好きだ。
寒さにうんざりすることはあるが、悪くない季節だと思う。
しかし、他の季節でなければ出来ないことや見られないものも、たくさんある。
(せっかく季節を変えたんだし、外出に誘ってみようかしら……)
エイプリル・シーズンになって、急速に距離が縮まった相手を思い浮かべる。
予定がなければ、承諾してくれるはずだ。
「何をしているんだ、おまえ達は?」
「ナイトメア様が仕事を放棄して、逃げ出したんだ」
出掛ける先についてあれこれ考えながら歩いていたら、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「それを追いかけて、ここで捕まえたというわけか?」
「そういうことだ」
グレイは深く頷いた。
その手は、ナイトメアの襟を掴んでいる。
「私は逃げ出してなどいないぞ!
領内の見回りをしようと思ってだな……」
「そんな薄着でか?
どこかで行き倒れるのがオチだろう」
ユリウスの指摘する通り、ナイトメアは薄着だ。
マフラーやコートなどの防寒具を一切身につけていない。
病弱なナイトメアでなくても、あの格好で冬の領土をうろつけば、寒さで倒れてしまうだろう。
「これはだな……っ」
「言い訳はいいですから、執務室に戻りましょう。
仕事がまだ残っていますから」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
もう5時間帯も執務室に篭りっぱなしじゃないか!
仕事に飽きた! 遊びたい!」
「ナイトメア様……」
駄々をこねるナイトメア。
頭痛に耐えるような顔をするグレイ。
呆れているのを隠さないユリウス。
(……どの季節でも、変わらないわね)
意識しなくても、自然と笑顔になる。
季節が変わっても、変わらない。
いつものやり取りだ。
ユリウスが居て、ナイトメアが居て、グレイが居る。
賑やかで温かく……、私にとってひどく居心地のいい場所。
(……三人、よね?
ユリウスとナイトメアとグレイ)
(それで間違い、ないわよね?)
胸をよぎる違和感。
エイプリル・シーズンになってから、時々感じる。
何かが違うのに、何が違うのか分からなくなっているような……。
違和感について考え込んでいたら、ふと、喧騒の真っ只中にいる人と視線が合った。
ただいまの意味も込めて小さく手を振ると、笑み返された。
優しい笑顔だ。
かしこまったものではない、自然な。
それを見ただけで、こちらに気を許してくれているのが分かる。
打ち解けた、それでいてどこか甘い。
私にしか見せないだろう、顔だ。
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