◆どこか街の路上◆
【【【時間経過】】】
【【【演出】】】・・・人のざわめき
【女3】
「今回の昼は長いわね。
もうずいぶんと続いていない?」■■
【男3】
「そうだな。
いいじゃないか、今から買い物に行く店、たしか昼の間だけセールをするんだろう?」■■
【女3】
「ええ、そう。
だから、そのうち時間帯が変わっちゃわないか心配で」■■
【男3】
「はは。
じゃあ、急ごうか」■■
【男1】
「この間、街で役持ち同士の銃撃戦に巻き込まれそうになってさ。
必死で逃げたよ……、参ったぜ」■■
【男2】
「そりゃあ災難だったな。
でも、役持ち同士ならまだ殺され甲斐も……」■■
【男2】
「……いや、避けたいけど、同類の顔のないような奴に殺されるよりはいくらかマシかな」■■
【男1】
「殺される率は役持ちのほうが高い分、ついてはいないだろ。
顔を見たら、とりあえず逃げておくに限る」■■
【男2】
「まあな。
殺されないに越したことはない」■■
(……物騒すぎて、現実味のない会話。
こんなのが、この世界では日常会話なの?)■■
滞在地から、近くの街まで出てきた。■■
この国のことは、まだほとんど分からない。
しかし、地図を見せてもらったので迷うことはないだろう。■■
(とりあえず行ってみよう。
帰るには、この国の人と交流するしかないんだものね)■■
教えてもらったばかりの各領土の情報を思い返しつつ、歩いていく。■■
【【【時間経過】】】
◆帽子屋屋敷・門前◆
【【【演出】】】・・・足音
マフィアグループ・帽子屋ファミリーの屋敷だという、大邸宅の前に着いた。
「帽子屋屋敷」だ。■■
「……!」■■
【ブラッド】
「おや、君は……」■■
「……ブラッド=デュプレ」■■
写真で見せてもらった顔だ。■■
見せてもらった写真以外でも、この顔はよく知っている。
直に会っても、知人にそっくりだ。■■
(ああ……、本当にろくでもない……)■■
別れた恋人の夢をみるなんて。■■
【ブラッド】
「私を知っているのか?
光栄だ」■■
彼によく似た人は、しかし、まったく似ていない。■■
私の記憶する彼は、こんなにけだるそうではないし、こんな冷たい目をしていなかった。■■
「写真で見たことがあるから……」■■
写真どおりの男前……。
そして、知人と瓜二つの人相。■■
【ブラッド】
「君は……、余所者だな」■■
「……あなたのほうも、私のことを知っているの?」■■
【ブラッド】
「余所者だということはね。
だが、名前までは知らない」■■
「名乗ってもらわないことには、な」■■
ブラッドは、にっと笑う。■■
命令されているわけでもないのに、早く名乗れと脅されているような気分になった。■■
「私は……、アリス=リデル」■■
【ブラッド】
「アリス……。
いい名前だ。よく似合っている」■■
「……そうかしら?
普通よ」■■
気障な言い方だ。
初対面の女にさらっと言えてしまうあたり、遊び人みたいに思える。■■
だが……、なんだか怖い。■■
受けた説明では、ブラッド=デュプレという男はマフィアのボスらしい。
しかし、そんな前知識がなくても、怖いと感じたことだろう。■■
彼はなんだかとても……、迫力がある。
身分の高い人独特の威厳などとは、似て非なるもの。■■
猛獣を目の前にしたら、こんな気分かもしれない。
いつでも食えるという自信と、食われてしまうかもしれないという怯え。■■
背を向けるのが恐ろしくなるような人だ。■■
【ブラッド】
「警戒しなくてもいい」■■
「…………」■■
【ブラッド】
「……私の顔が嫌いか?」■■
唐突な問いかけに、びくりと体が反応する。■■
勝手に反応してしまったことに、慌てた。
無意識だ。■■
「……嫌いじゃないわ」■■
【ブラッド】
「じゃあ、そんなに睨まないでくれ。
お嬢さん」■■
「睨んでない」■■
目が吊りあがってしまっていることは自覚していたが、虚勢を張らざるを得ない。
この人は、知人と似ているという点を除いても警戒すべき相手だ。■■
【ブラッド】
「ふ……、まあいいよ……。
まったく警戒されないよりも、少し警戒されるくらいのほうが男として不都合がないからな」■■
また、気障な言い方だ。
芝居じみている。■■
ただのポーズだとは分かっていたが、なかなか様になっていた。■■
だるそうで、やる気がなさそうな感じだということを除いては。■■
(マフィアのボスだというけど、結婚詐欺師にでもなれそう)■■
少しどころではなく、警戒してしまう。■■
おかしな帽子の分を差し引いても、かなりの男前。
私はこの顔に弱い。■■
恋に落ちるには、知人に似すぎているが……。■■
【ブラッド】
「嫌われていないのなら、仲良くしよう」■■
彼は私の緊張に気付いていないのか、親しげに話しかけてくる。
答えない私に、微笑みかけてきた。■■
笑顔も、怖い。■■
【ブラッド】
「余所者は珍しいんだ」■■
気付いていないわけがない……。■■
私が緊張しているのを、楽しそうに。■■
(……嫌な男)■■
私の知り合いとは、まったく違う。
顔の作りが似ているだけの、他人だ。■■
そのことに、奇妙なほどに安心した。■■
「私も、ここの住人は皆珍しく見えるわ」■■
「マフィアのボスに知り合いなんていないし……、仲良くしましょう」■■
【ブラッド】
「……君とは気が合いそうだ、アリス」■■
「そうでしょうね」■■
性格が悪そうなところが、ばっちり気が合いそう。■■
【【【演出】】】・・・ざっと足音
探るように見合っていると、足音が耳に届く。
顔を向けると、そこには一人の青年……。■■
【???・エリオット】
「誰だ、おまえ」■■
【【【演出】】】……リロード音
「……!?」■■
【ブラッド】
「撃つな、エリオット」■■
いきなり銃をつきつけられたが、ブラッドが止めてくれた。■■
【ブラッド】
「彼女は、アリス=リデル。
私の知り合いだ」■■
「え?」■■
(知り合いって。
今、会ったところなんだけど???)■■
彼はとても嘘とは思えない口調で、さらりと言ってのけた。■■
やはり食えない男だと思うが、状況的にここは黙っていたほうがよさそうだ。
よく分からないが、とりあえず銃を向ける男から庇ってくれている。■■
【エリオット】
「知り合い?」■■
「ブラッドは、気分次第で、素性を調べもせずに知り合いになっちまうからなぁ……」■■
エリオットと呼ばれた男は、敵意むきだしだ。
銃を下ろさない。■■
【エリオット】
「知り合いっていうが、見たことないぜ、こんな女。
どこかの回し者ってことはないのかよ」■■
【ブラッド】
「それはない。
彼女は余所者だ」■■
【エリオット】
「余所者……?」■■
「……ふ~ん。これが余所者?
珍しいな……」■■
余所者呼ばわりというのは、あまり気分のいいものではない。
しかし、彼はそれで納得したようだ。■■
いい気分ではないが、敵と認識されないなら構わない。■■
「アリス=リデルです。
よろしく」■■
【エリオット】
「おう。
俺は、エリオット=マーチ。ブラッドの相棒だ」■■
「よろしくな、アリス」■■
にかっと笑う顔は、そんなに悪い人ではなさそうに見えた。■■
……錯覚だろうが。
なにしろ、未だに銃口がこちらを向いている。■■
しかし、銃よりももっと気になるものがあったので、あまり怖くなかった。■■
【エリオット】
「?
なんだ?」■■
「……耳」■■
【エリオット】
「耳?」
「耳が……」■■
【エリオット】
「耳がどうかしたか?」■■
……ウサギ耳だ。■■
じいっと、見てしまう。
頭から目が離せない。■■
「……ペーターの親戚?」■■
【エリオット】
「……んだと?」■■
【ブラッド】
「撃つなよ、エリオット」■■
ブラッドが念を押すくらいに、エリオットは眉をしかめた。■■
【エリオット】
「ペーターっつうと、ペーター=ホワイトのことだよな?」■■
「うん……」■■
「……似ているわよね」■■
【エリオット】
「似てる!?
どこがだよ、どこが!」■■
「あいつは敵だぞ!?
大体、俺はあんなに陰険じゃねえよ!」■■
「や、会ったばかりだし、中身はよく知らないけど……」■■
でも、似ている。■■
【エリオット】
「どこが!」■■
「どこがって……」■■
私の視線は、頭に固定されている。■■
【エリオット】
「ブラッド!
この女、すげー失礼だぞ!?」■■
【ブラッド】
「ずっと銃を向けているのも失礼だ。
そろそろ下ろせ」■■
【ブラッド】
「ペーター=ホワイトとおまえは似ていないから……」■■
【エリオット】
「だよな!?
どこも似てねえのに……」■■
【エリオット】
「似てる似てるっていう奴多いんだよな……。
大体殺したけど、マジでうぜえ……」■■
【エリオット】
「どっこも似てねえってのによ。
わけわかんねえぜ」■■
【ブラッド】
「……あ~~~……、そうだな」■■
【ブラッド】
「おまえとペーター=ホワイトは、どこも似ていない。
わけがわからないな……」■■
と言いつつ、ブラッドの視線も固定されている。■■
じいっと頭を見ているのに、エリオットは気付かないのだろうか……。■■
【エリオット】
「まったくだぜ!
どいつもこいつも失礼な……」■■
「あ……、あ~~~、ごめんね。
まったくだわ」■■
「どこも似ていないのに、目がどうかしていたみたい……」■■
なんとなく、触れてはいけないことなのだと察せられたので、謝っておく。■■
【エリオット】
「…………」■■
「あなたは、ペーターとどこも似ていない。
ごめんなさい」■■
【エリオット】
「……いいぜ、許してやる。
ブラッドの知り合いだもんな」■■
【エリオット】
「水に流してやるから、安心しな」■■
【エリオット】
「余所者じゃ、いつ元の世界に戻るか分からねえけど、仲良くしようぜ」■■
「ありがとう……」■■
「…………」■■
「ところで……、そろそろ銃を下ろしてもらえないかしら……」■■
……和やかに聞こえる会話の間中、銃は突きつけられたまま。■■
いいかげん落ち着かない。
控えめに頼むと、エリオットはようやく銃を下ろした。■■
【エリオット】
「お、わりい、わりい。
だけど、怪しい奴がいたら銃を向けないわけにはいかないだろ、気にすんな」■■
「…………」■■
(向けないわけにいかない……か?)■■
断じてそんなことはない。
……私の常識では。■■
謝るエリオットを見ていると、まるで名前を呼び間違えた程度のミスのようだ。■■
(これが、マフィアの常識なんだろうか……)■■
【ブラッド】
「ときに、アリス。
君はまだ、予定に余裕はあるかな?」■■
ブラッドに名前を呼ばれる。■■
会ったばかりで知り合い扱いのうえ、いきなり都合を確認。
何事かと構えるが、嘘をつく気にはならない。■■
(……というより、なれない。
駄目だわ、この顔は本当に苦手)■■
「……ええ。
別に、急いでいるわけじゃないし」■■
【ブラッド】
「そうか。
ではちょうどいい、あいつらのことも紹介しておこう」■■
「??
あいつ???」■■
ブラッドは、門の内側に目を向けている。
視線を追うと、門の向こう側、敷地内に二人の人影が見えた。■■
【エリオット】
「あいつら……!
サボってたくせに呑気に歩いて戻ってきやがって!」■■
エリオットは、二人の姿を見ると眉を吊り上げる。
ブラッドとエリオットの口調からすると、敷地内にいる彼等は部下のようだ。■■
(部下というより……小間使いかしら。
だってあの子達……子供よね?)■■
私よりも小さい、少年に見える。■■
(だとしても、子供がマフィアの関係者だなんて……)■■
何か事情がある、可哀想な子供達なのだろうか。
つい、悪いふうに想像する。■■
【エリオット】
「おい、おまえら!
ちんたら歩いてんじゃねえよ、走ってこい!!」■■
エリオットが大声で呼び掛ける。
談笑していたらしき二人は、その声で初めて気付いた様子。■■
ぱっと、同じタイミングでこちらを見る。
だがエリオットの言葉に従わず、恐れる様子もなく、そのままのんびり歩いてやって来た。■■
【エリオット】
「おまえらなあっ。
サボってたくせに堂々と戻ってくんじゃねえよ!ちったあ畏まれ!」■■
エリオットが怒鳴る。
鬱陶しげな目でそれを見る二人の少年は、まったく同じ顔をしていた。■■
双子だ。
本当に、見分けがつかないほどそっくりな。■■
声も、同じだった。
綺麗にハモって、「サボっていない」とエリオットに言い返す。■■
【???・ディー】(※既存シナリオの「双子1」より)
「僕達、休憩時間なんだよ」■■
【???・ダム】(※基本会話から)
「そうそう。
いい天気の日なら少しくらいの休憩も許されるよ」■■
【???・ディー】(※基本会話から)
「こんないい天気の昼間に仕事なんて……。
こんな日は体を動かさなきゃね」■■
【エリオット】
「何が休憩だ。
んなのはとっくに終わってるはずの時間帯だろうが!」■■
エリオットが、自分より大分小さい二人を上から睨み付ける。
いざこれから説教に突入しそうな雰囲気だったが、ブラッドがそれを遮った。■■
【ブラッド】
「……後にしろ、エリオット。
このお嬢さんへの紹介が先だ」■■
【ブラッド】
「殺される前に紹介しておこう、アリス。
うちの門番達だ」■■
物騒な言葉と共に、そう紹介される。■■
(この子達が……門番!?
御用聞きや小間使いじゃなくて?)■■
考えてみれば下っ端なら紹介もしないだろうが、門番だというのには驚く。
この大きな門の番が、二人の子供とは。■■
【ディー】
「こんにちは。
僕は、トゥイードル=ディー」■■
【ディー】
「よろしくね、お姉さん」■■
【ダム】
「こんにちは。
僕は、トゥイードル=ダム」■■
【ダム】
「よろしく、お姉さん」■■
息がぴったり。
エコーがかかっているみたいだ。■■
「こんにちは」■■
「私は、アリス=リデル。
よろしくね」■■
定番の挨拶をすると、にこりと微笑まれた。■■
好印象。■■
この世界には珍しくまともな子達。
……と思ったのは、最初だけだった。■■
【ディー】
「可愛いね、お姉さん。
僕らと遊ばない?」■■
【ダム】
「ねえねえ、ボス。
このお姉さん、ボスの女?」■■
【ブラッド】
「残念ながら、違うな」■■
【ディー】
「ふ~ん、じゃあ、フリーなんだよね?」■■
【ダム】
「フリーって、もったいないよね。
僕らなんかどう?」■■
「ど、どうって……」■■
【ディー】
「僕もフリーなんだ。
試してみない?」■■
【ディー】
「僕達のどっちがいい?どっちが好き?
それとも、両方がいい?」■■
【ダム】
「ただでいいよー」■■
くらりと眩暈がする。■■
「…………」■■
「……ブラッド」■■
【ブラッド】
「なんだ?」■■
「……あんた、どういう教育しているのよ!?」■■
【ブラッド】
「おや。
私は、雇い主であって保護者じゃない。教育なんてしていないさ」■■
ブラッドは、飄々として答えた。■■
彼に責任があるかどうか……、あってもなくても、どちらにしてもこんな調子だろう。
我関せずといった態度が板についている。■■
【ディー】
「子供扱いしないでよ、お姉さん。
僕ら、ちゃんと働いてるんだよ?」■■
【ダム】
「いいギャラもらってるんだから」■■
下町では、働いていてもおかしくない年だ。
しかし……。■■
「この子達が……、門番?」■■
やはり信じきれずに尋ねると、彼らの上司はゆったりと頷いた。■■
【ブラッド】
「ああ。
腕はたつよ」■■
【ブラッド】
「……誰でも彼でも殺してしまう、困った子達だがね」■■
短い説明は妙に説得力がある。■■
【ディー】
「お姉さんの顔は覚えたから、安心して」■■
【ダム】
「殺さないよ」■■
【ディー】
「気軽に遊びに来てね?」■■
「……気軽には来られないと思う」■■
愛想よく言われたが、後ずさってしまう。■■
ボスを始め、その相棒だというウサギ耳の青年も、部下の双子も。
マフィアに相応しく、命の危険を感じさせる面子が揃っているようだ。■■
【【【時間経過】】】
◆遊園地◆
【男1】
「さてと、最初は何に乗ろう。
迷うな~」■■
【女1】
「たしか、新しいアトラクションが出来ていなかった?
この間、行列が長くて諦めたやつ!」■■
【男1】
「ああ、あったあった、前は混んでたけどそろそろ落ち着いていそうだよな。
じゃあまずはそこだ、急ごう!」■■
【女1】
「あ、待ってよ~!」■■
【【【演出】】】・・・走る足音(複数)
賑やかに掛け込んでいく集団に誘われるように、続く。
やって来たのは、「遊園地」。■■
「……!」■■
【ゴーランド】
「……あれ?
あんた……」■■
「……メリー=ゴーランド」■■
写真で見せてもらった顔だ。■■
【ゴーランド】
「…………」■■
む、と、顔をしかめられる。■■
【ゴーランド】
「……名前を知っていてくれて光栄だが、その呼び方はやめてくれ」■■
「……あ、ごめんなさい」■■
そういえば、名前を呼ばれるのは嫌いだとかなんとか。■■
「面白くっていいと思うけど」■■
【ゴーランド】
「あのな……。
あんたは他人事だから、そういうことが言えるんだぜ?」■■
「だって、他人事だもの」■■
私の名前は、幸いにして普通だ。
そう言うと、ゴーランド(そう呼んであげよう)はがっくりと項垂れた。■■
【ゴーランド】
「嫌な奴だな、あんた……」■■
「よく言われる」■■
【ゴーランド】
「……あんたの名前は?」■■
「アリス=リデル」■■
【ゴーランド】
「普通だな」■■
「平凡が一番よ」■■
【ゴーランド】
「それを俺に言うか……。
……マジで嫌な女」■■
「どうも」■■
【ゴーランド】
「誉めてねえ……」■■
メリー=ゴーランド。
三つ巴の勢力の一つのボス格なはずだが……。■■
(あんまり怖くないなあ……)■■
「ねえ、あなたってマフィアとかお城とかと敵対するくらいの有力者なんでしょう?」■■
【ゴーランド】
「ああ。そうだが……。
……なんだ、その、疑っていそうな目は」■■
「…………。
……威厳がないわね」■■
ぽつりと、本音を漏らす。■■
【ゴーランド】
「ひでぇ……」■■
(…………)■■
本音を出しすぎだ。
先刻も、嫌な女具合を披露してしまった。■■
夢とはいえ、初対面でここまで素が出てしまうのも珍しい。
男は嫌そうな顔をしたが、それでもやはり怖くはなかった。■■
(…………)■■
(……まずいな)■■
タチが悪い。
怖くなさそうな人が、本当に怖くないわけではない。■■
有力者というのは本当だろうから、一癖ある人物なのは間違いないのだ。
ひょうきんに、自分を軽く見せる。■■
油断を誘うという意味では、相当に怖い人……。■■
「親しみやすいってことよ」■■
「この遊園地、素敵ね。
あなたがオーナーなんでしょう?」■■
「園長さんなら、親しみやすくないとね。
いいことだわ」■■
口から出たのは、思ったこととはまったく違う。
私は素で喋る正直者ではない。■■
調子を取り戻す。■■
【ゴーランド】
「…………。
あんたも、余所者にしちゃ親しみ甲斐がある」■■
「私が他の世界から来たって分かるの?」■■
【ゴーランド】
「俺も一応、ここの有力者だからな。
余所者じゃ知らないだろうが、それなりの能力があるんだ」■■
「……余所者ってことは、あんたは敵じゃない。
味方でもないが……」■■
「仲良くしようぜ?
噂によると、余所者っていうのは仲良くなりやすいものらしいからな」■■
人当たりのよさそうな顔。
こういう顔をして近付いてくる人が一番警戒しなくてはならないのだと、下町生活の経験上知っていた。■■
「親しみやすい人って好きよ。
よろしくね、ゴーランド」■■
私も同じように、人を油断させる笑顔で返す。■■
【【【演出】】】・・・足音
そこに、足音が近付いてきた。
顔を向けると、何だか目に痛い男がこちらに向かって歩いてきている。■■
奇妙な男はゴーランドのすぐ傍に辿り着くと、まじまじと私を見た。■■
【???・ボリス】
「誰、この子」■■
それは私のセリフだ。■■
(【大】猫耳【大】……)■■
【ゴーランド】
「俺の知り合いだ」■■
「え?」■■
(知り合いって。
今、会ったばかりなのに?)■■
さすが、調子のいい男。
いきなり知り合い呼ばわりはどうかと思うが、むきに否定するほどのことでもない。■■
(……この世界って、馴れ馴れしい人と素っ気ない人とで極端よね)■■
【???・ボリス】
「ふ~ん……?」■■
猫耳をつけた青年は、じろじろと遠慮なく見ながら、私の周りを回る。■■
(本当に猫みたい……)■■
(猫というより、獲物を検分中の獣……?)■■
「よ、よろしく……」■■
【ゴーランド】
「……すまんな。
こいつ、いつもこんな感じなんだ」■■
「変な奴だが、紹介しとく……。こいつはボリス=エレイ。
俺んとこに居候している、ただ飯食らいだ」■■
ゴーランドが紹介してくれる。
猫耳をつけた居候だという青年は、露骨に顔を顰めた。■■
【ボリス】
「おいおい……、その紹介はないんじゃないの」■■
【ゴーランド】
「事実だろー……。
他になんて紹介すればいいんだ」■■
【ボリス】
「変な名前の奴に言われたくないね」■■
【ゴーランド】
「なっ、名前のことは言うんじゃねえ!」■■
【ボリス】
「メリー=ゴーランドだもんな~……」■■
【ゴーランド】
「言うなって……!!!」■■
私にからかわれたばかりだというのに、居候にまで。
哀れと思いつつ、傍観してしまう。■■
二人の会話はコミカルで、本気で険悪なようには聞こえない。■■
【ボリス】
「ははっ。
へ~んな名前……」■■
【ゴーランド】
「てめえの名前だって、苗字だか名前だかわけ分かんねえんだよ!」■■
【ボリス】
「おっさんに名前呼ばれても嬉しくもなんともないから、適当でいいよ」■■
【ゴーランド】
「お、おっさん……。おっさんもやめろ……。
俺はそんな年じゃない……」■■
【ボリス】
「見た目老けてるほうが悪い。無精ひげ、なんとかしたら?
そのみつあみも、わけ分かんない……」■■
(あー……、たしかに)■■
心の中で相槌を打つ。
写真を見たときに、私も同じことを考えた。■■
【ゴーランド】
「これはおしゃれで……」■■
【ボリス】
「名前と同じで、センス最悪。
悪いこと言わないから、やめといたほうがいいよ……」■■
【ゴーランド】
「……しみじみと言うな」■■
【ボリス】
「しみじみしちゃうくらいのもんなんだよ……」■■
ボリスという彼(猫耳……)の言うことには、いちいち頷けてしまう。■■
「私も、まったくその通りのことを思っていた……」■■
【ゴーランド】
「……アリス、酷いぜ……」■■
「だって~……」■■
「……センスがあるとは言い難い」■■
【ボリス】
「だよな~……」■■
【ゴーランド】
「おまえら……。
会ったばっかりで結託するなよ……」■■
【ボリス】
「なに?妬いてるの?
この子、あんたのじゃないんだろ?」■■
ふいに、手を差し伸べられる。■■
「……?」■■
【ボリス】
「握手」■■
ぼけっとしていると手をとられ、握手させられた。
ぶんぶんと軽く振られる。■■
【ボリス】
「俺は、ボリス=エレイだ。
……あんたは?」■■
問われて、まだ名乗っていなかったことに気付く。
この世界に元からの知り合いはいないから、会ったらまず名乗らなくてはならない。■■
「私は、アリス=リデルよ」■■
【ボリス】
「アリス……。
覚えた。俺のことは、ボリスって呼んでくれよ」■■
「ボリスね。
よろしく」■■
【ボリス】
「こちらこそ」■■
愛想よく返される。
初対面の印象は、なかなかいい感じだ。■■
【ゴーランド】
「……アリス、こいつに騙されるなよ。
こいつに気に入られると面倒くさいぞ」■■
【ボリス】
「騙したりしないよ。面倒くさくもない。
……ね?」■■
ね?と言われても、初対面だ。
彼がどういう人か分からないし、ひとまず頷くしかない。■■
(……猫耳をつけた、変な人だっていうのは分かるけど)■■
オーナーも妙な人物だと思っていたが、居候は猫耳。
遊園地が一勢力というのもそうだが、とにかく不思議な場所のようだ。■■
【【【時間経過】】】
◆時計塔・展望台◆
「時計塔」にやって来た。
あの階段を登るのは一苦労だが、それでも足が向く。■■
【ユリウス】
「おまえは、アリス……。
……なぜ、ここに来た。なんの用だ」■■
久しぶりに会ったユリウスは、前に会ったときと変わらず無愛想だった。
当たり前だ。■■
ここ数日(時間の移り変わりに法則性がなさすぎて、何日かは分からない)くらいで、彼の偏屈さが取り除かれるはずもない。
劇的な何かがあろうと、それでも彼の性格は変わりそうにない。■■
「……なんとなく?」■■
来ていてなんだが、疑問形だ。
歓迎されやしないことは分かっていた。■■
それでも、嫌がらせのように来てしまった。■■
【ユリウス】
「なんとなくだと?
なんとなくで来るな。仕事の邪魔だ」■■
「あなたといると落ち着くの」■■
【ユリウス】
「……薄気味の悪いことを言うんじゃない」■■
「ははっ」■■
この偏屈そうな感じ、変わりそうにない態度が落ち着く。■■
「私、ユリウスのことが好きかもしれない」■■
【ユリウス】
「…………」■■
胡散臭げな目で見られる。■■
「変な意味じゃないわよ?」■■
【ユリウス】
「誰も、変な意味だなんて言っていない」■■
「物言いたげな目をしているじゃない」■■
正確に言うと、文句のありそうな目だ。■■
【ユリウス】
「そう感じるのなら、変なことを言うのはやめろ」■■
「冷たいわねー……」■■
だが、そういう冷たいところ、人に好かれるか否かを気にしていない部分に好感が持てる。■■
(私も……、なんだかなー……)■■
【ユリウス】
「余所者なら、他にもっと歓迎されるところがあるだろう。
なんだって、こんなところに来るんだ」■■
「そうなんだけど……」■■
寄ると触れると好かれる(らしい)という、こんな設定の世界に入って会いに行く人物がユリウス。
本当に、なんだってと思う。■■
「……私、人に好かれたくないのかもしれない」■■
【ユリウス】
「…………」■■
【ユリウス】
「……私は壊れた時計の修理をしている。
それが仕事だ」■■
【ユリウス】
「地味だが、時計を触っている間は気が休まる」■■
「……?
うん?」■■
【ユリウス】
「……邪魔をしないなら、たまに見にきてもいいぞ」■■
「……!」■■
「ありがとう、ユリウス」■■
【【【時間経過】】】
◆ハートの城・廊下◆
【ペーター】
「お帰りなさい、アリス!!」■■
ハートの城に帰り着くと、いきなりペーターが飛びついてきた。■■
主の帰りを待ち侘びていたペットのよう。
ウサギとはいえ、相手がこいつでは可愛くも何ともない。■■
「離してよ、暑苦しいわね」■■
べりべりと引き剥しながら、言葉でも訴える。
ペーターは渋々といった様子で離れた。■■
【ペーター】
「だって、ずっとあなたのことが心配だったんですよ。
見守ろうと決めたものの、留守中は気が気ではありません」■■
【ペーター】
「…………」■■
【ペーター】
「……どうでした?
各領土を回って、どこか気になるところはありましたか?」■■
「……へ?」■■
なぜ、私がしっかり全領土を回ってきたことを知っているのだろう。■■
(こいつ……。
見守るとかいって、見張りでもつけているんじゃないでしょうね?)■■
……ペーターなら、やりかねない気がする。
俄かに頭痛がしてきた。■■
【ペーター】
「どうしたんです、困ったような顔をして。
どこか、他領土で嫌なめにでもあったんですか?」■■
「……いいえ、違う。
別に嫌なめにはあっていないわ」■■
(……あっているとすれば、むしろ今。
ああ、でも言っても仕方ないわね)■■
「あちこち回って、気になったところといえば……。
そうね……」■■
1:「帽子屋屋敷」
2:「遊園地」
3:「時計塔」