【【【時間経過】】】
◆遊園地の前◆
てくてくと歩いていくと、入り口のような場所に着いた。■■
「わあ、遊園地の入り口のような……」■■
「…………」■■
「……遊園地よね」■■
遊園地の入り口のような場所……とかいう話ではない。
遊園地そのものだ。■■
唖然としてしまう。
夢の中だということは、ここは姉の学んでいた心理学等の世界なのだ。■■
心の中の世界……。
自分の中にこんな子供っぽい部分が残っていたとは……。■■
「…………」■■
「私、遊園地で遊びたかったのかしら……」■■
楽しいというより、疲れた気分になってくる。
遊びたい気分じゃない。■■
(なんなんだろ、この夢……)■■
どういう願望が見せているのか、かなり恥ずかしい。
自分の中にこんなメルヘンな部分があったとは……。■■
「…………」■■
「うわあ……」■■
遊園地の入り口を見て赤面するという、端から見ると訳の分からない反応をしてしまう。■■
こう……アダルトな夢のほうがまだ恥ずかしくなかったかもしれない。■■
性別によらず、私の年でそういう夢をみるのは正常だ(と、保健の授業でやっていた)。
関心・興味のあるお年頃だし、そっち方面なら甘酸っぱい気持ちで納得できた。■■
むしろ、こういう夢のほうが問題だ。
昔書いてとうに忘れた作文や絵を貼り出されている気分。■■
見たくない。
恥ずかしすぎる。■■
(私がメルヘン好きだったなんて……)■■
(このピラピラした服も、実は好きなんだったりして……)■■
(…………)■■
(……うわあ)■■
赤くなった顔が、今度は青褪める。
この、少女趣味な服装は私の好みではない。■■
……と、自分では思っていた。
姉の趣味だ。■■
これは私の趣味ではない、と。
いい家の娘ならばこの年齢で着ていてもおかしくないデザインだが、ピラピラしすぎている。■■
私は、もっとシンプルな服のほうが好きだ。
姉はこういう服を着ると喜ぶが、私自身は年を重ねるごとに恥ずかしくなってきた。■■
似合うかどうかもあるだろうが、好みもある。
姉が誉めてくれたように、けして似合わないわけではないと思う。■■
しかし、趣味じゃない。■■
(……でも、遊園地を夢みるようなら、自分に対する認識を改めたほうがいいかもしれない)■■
(趣味じゃないと思っていた服も、こうして夢の中でまで身に着けているし……)■■
これで、遊園地の中に金髪碧眼の王子様でも待っていたらどうしよう。
その上、白馬になんか乗っていたら……。■■
(……ウザすぎる)■■
(頭から、落馬してしまえ……)■■
白馬の王子。
それだけはないと信じたい。■■
そんなメルヘンなものが深層心理から現れたら、これまで信じてきた自分像ががらがらと音をたてて崩れてしまう。
怖いもの見たさというか、チャレンジャー精神で、遊園地のほうへ向かった。■■
遊園地の門は閉まっている。
これでは入れない。■■
門の近くまで行くと、男が一人立っていた。
普通に立っているだけなのだが、かなり目立つ。■■
失礼だとは思いつつ、ついじろじろと見てしまう。■■
【???・ゴーランド】
「……ん?
なんだ?見ない顔だな……」■■
「お客さんか?
来てもらって悪いが、今は休園中だぜ?」■■
「…………」■■
(…………)■■
(……王子様ではないな)■■
くすんだ黄色のジャケット。
馬のような飾り付き。■■
一部をみつあみにした、変な髪形。
無精ひげだかおしゃれでやっているのか、中途半端なひげ面。■■
抱えた、バイオリン……。■■
(【大】王子様ではない、絶対に【大】)■■
夢とはいえ、王子様としてこんな奇怪な人を思い描くほど私の頭はおかしくなっていないはずだ。■■
(白馬の王子様でなけりゃ、なんだっていいや。
それに比べれば、無精ひげの変なおじさんのほうが断然ましだわ)■■
(……ウサギ耳もはえてないし)■■
「こんにちは。
あなたは、この遊園地の関係者の方?」■■
頭の中では失礼なことを考えつつ、表向き愛想よく接する。■■
【ゴーランド】
「ああ、こんにちは。
俺はここのオーナーの、ゴーランドだ」■■
「園長さんなのね」■■
それなら、その派手めな格好も納得がいく。
コスチュームか何かなのだろう。■■
「私は、アリス=リデル」■■
名乗ると、不思議そうな顔をされた。■■
【ゴーランド】
「あんた……」■■
「ん?」■■
「何?
何かおかしなところでも???」■■
自分の姿を見直してみる。
年の割にはぴらぴらしていて子供っぽい服だが、この人ほどおかしな服装はしていないはずだ。■■
【ゴーランド】
「……余所者、か?」■■
「?
分かるの?」■■
私は余所者と書かれた札を下げて歩いているわけではない。
ユリウスにしても然りだが、どうして分かるのだろう。■■
【ゴーランド】
「あ~……、なんとなく、そんな気がしたんだ……」■■
「そうか……。
余所者か……」■■
「……余所者って、失礼な呼び方だと思うわ」■■
【ゴーランド】
「お、すまん、すまん。
気を悪くするなよ、アリス。悪気はない」■■
「あんたは、他の世界から来たんだろ?
こっちの世界じゃ、異世界の奴はそういうふうな名前で呼ばれているんだ」■■
このゴーランドさんとやら、悪い人じゃなさそうだ。
今まで会った人の中では、この世界に来て一番まともそうな人。■■
ユリウスも悪い人ではなかったが……、あの嫌味っぽさは尋常ではない。
まともの基準からいうとどうかという感じだ。■■
「いいわよ。
呼び名として定着しているなら仕方ないわよね」■■
「でも、あんまり気持ちのいい呼ばれ方じゃないから、名前で呼んでほしいわ」■■
【ゴーランド】
「分かった。
……そりゃそうだよな。余所者なんて言われちゃ、どこの世界の人間だって気を悪くする」■■
「嫌な気分にさせちまったな……」■■
「そ、そこまで深刻に怒ってはいないから気にしなくてもいいわよ」■■
神妙になられても困る。
かちんときたくらいで、真剣に怒るほどの差別用語でもない。■■
【ゴーランド】
「……いや、俺の気がすまない」■■
「ここは、お詫びに一曲聞かせてやるしかないよなっ」■■
「は?」■■
【ゴーランド】
「聞かせてやるよ」■■
今の話の流れで、どうして一曲聞かせてやろうという話になるのか、意味が分からない。■■
(やっぱり、この世界の人は満遍なく話が通じないのかしら……)■■
【ゴーランド】
「それで許してくれるよな?」■■
「許すもなにも、そんなに怒っていないわ。
だから、別にお詫びに曲とかは……」■■
いらないと断ろうとしたが、ゴーランドはまあまあと言って聞いてくれない。■■
【ゴーランド】
「いーから、いーから。
せっかく異世界から来たんだ。
ここの音楽を聞いてけって」■■
よほど腕に自信があるのだろうか……。
是が非にでも聞かせたいらしい。■■
お詫びというより、自分が聞かせたいという度合いのほうが強そうだ。
私は、あまり聞きたくない。■■
(聞かせたがりの演奏家というものは大体の場合……)■■
嫌な予感がする。
そして、この手の予感は当たるものだ。■■
「…………」■■
「一つ、言っていいかしら」■■
【ゴーランド】
「ん?」■■
得意げに彼が手に持ったバイオリンを注視しながら、一言。■■
「……そのバイオリン、間違っているわよ」■■
【ゴーランド】
「え」■■
「弦の張り方とか、細かいことだけど部品の配置とか……」■■
テールピースから指板までの部分とか、上ナット部分とか、ちょっと違う気がする。
弓も、フロッグの部分がなんだかおかしい。■■
ひとつひとつは小さなことなのだが、楽器というのは繊細なものだ。
少しでも作りが違うと、到底同じ音色は出せない。■■
「なんだか、微妙にサイズも……」■■
彼が持っているのは、バイオリンではない。
バイオリンに似たものだ。■■
「どこで買ったの、そのバイオリン」■■
市販されているものなら、部品の配置等を誤って作るはずがない。
量産品やジャンク品だとしても、相当の粗悪品だ。■■
【ゴーランド】
「そ、そんなに違うか?」■■
「うん。
なんだか、色々間違っている……」■■
「そんなに違わなくても、ちょっとの差で音色がおかしくなるのが楽器なんだから。
見た目にも分かるようじゃマズイわよ」■■
【ゴーランド】
「そ、そうか……」■■
「知識がちょっと曖昧だったか……」■■
「どうりで音がおかしいと……」■■
「あなたが作ったの?」■■
私の夢だ。
知識が曖昧なのは、むしろ私のほうだろう。■■
【ゴーランド】
「作ったというか出したというか……」■■
「アリス、あんた、楽器に詳しいんだな。
演奏できるのか?」■■
「ううん、演奏は出来ないの。
知っているだけ」■■
【ゴーランド】
「演奏しないにしちゃ、えらく詳しいじゃないか?
素人は、分からないだろう」■■
「アルバイトで働かせてもらっている出版社が、音楽関係の本も出しているから。
それで少しだけ、ね」■■
もちろん、姉には秘密だ。
家族の誰にも言っていない。■■
夢でくらい、バラしても平気だろう。
学校の友達のツテで働かせてもらっている。■■
これでも、結構勉強しているのだ。■■
【ゴーランド】
「ふ~ん……」■■
「詳しいなら、助かるぜ。
どういうのならいいのか、教えてくれよ」■■
ぼかすような言い方をしたのが伝わったのか、ゴーランドは深く聞いてこない。
やはり、まともな、いい人だ。■■
「そんなに詳しくないわよ。
専門家でもないし、大体の形状くらいしか分からないわ」■■
「どういうのならいいのかって言われても、口ではうまく……」■■
【ゴーランド】
「じゃあ、見せるから、どれがいいか選んでくれ」■■
「????」■■
【ゴーランド】
「どれがいい?」■■
「…………」■■
(……夢って、これだから嫌なのよ)■■
ゴーランドは、手品のようにわさっとバイオリンを出してきた。
わささっと、たくさん。■■
【ゴーランド】
「どれがあってるか、どれが間違ってるか、分かるか?」■■
そんな、クイズか何かじゃあるまいし。
泉の中に落とした斧か何かか……。■■
(どれが合っているか以前に、バイオリンの扱いが間違っているわよ……)■■
そんなにたくさん、がちゃがちゃ言わせるものではない。
デリケートなものなのだ。■■
私でも分かるのだから、仮にも演奏家ならば……もっと、こう……。■■
【ゴーランド】
「なあ、なあ。
教えてくれよ」■■
(……これが、私の夢)■■
(自分に幻滅……)■■
「えーと……」■■
「……もういっそのこと、どれでも……」■■
【ゴーランド】
「だよなー。
演奏家さえよけりゃ、多少間違っててもうまくいくよな」■■
(いやいやいや……、楽器ってそんなもんじゃないから)■■
(どうしよう……。
この人、音楽に対する考え方自体が間違っている……)■■
えらく根本的なところからして致命的なまでに間違っているので、本当にどれを選んでも同じような気がしてきた。■■
「こ、これがいい……かな」■■
記憶にある知識と照らし合わせて、できるだけ近いものを選ぶ。
外見は、ほぼ正確なバイオリンだ。■■
ただ、間違い探しのようなバイオリン達の中に紛れ込んでいたそれがどこまで正しいのか、保証は出来ない。■■
見た目で分からない部分まで正しいのかどうか、そこまでは素人知識では計りようもなかった。■■
【ゴーランド】
「じゃー、これで」■■
「……一曲聞かせてやるよ」■■
「い、いりません……」■■
【ゴーランド】
「遠慮すんなってー」■■
「いやいや、本当に……」■■
「音楽に対して、造詣ないし、私……」■■
楽器からしてそれ、音楽に対しての考えからして、これだ。
これで彼が名演奏家だったら、そっちのほうが驚く。■■
実力の程は、推して知るべしだ。■■
【ゴーランド】
「まー、まーまー……」■■
ゴーランドは、私の制止(割と必死だった)を聞き入れず、演奏を始めた。■■
【【【演出】】】……ゴーランドの奇怪な音楽
【【【演出】】】……ゴーランドの奇怪な音楽
「!!!!!」■■
「【大】!!!!!【大】」■■
「【大】!!!!!【大】」■■
「【大】!!!!!【大】」■■
「【大】!!!!!【大】」■■
「【大】!!!!!【大】」■■
音楽に対して、造詣がないというのは嘘じゃない。
演奏するのも、聞き手として楽しむのもうまくない。■■
長時間のクラシックには眠気を催すタイプの人間だ。
静かめの演奏会などは船を漕がないために必死で、苦痛にしかならない。■■
感激して聞き入る姉を横目に、私にも音楽の感性があればと思ったものだ。
そうすれば、少なくとも眠気は襲ってこないだろう。■■
しかし、今日ほど、音楽に造詣が深くなくてよかったと思う日は他にない。
それほどまでに……、彼の演奏はすごかった。■■
鼓膜を突き破り、頭の中身をシェイクし、脳みそを溶かしそうなほど、すごい。
素晴らしい。■■
頭が割れそうなほど、素晴らしい。
耳をつんざく不協和音だ。■■
【【【演出】】】……ゴーランドの奇怪な音楽
(音楽に対して造詣がなくてよかった。
本当によかった……)■■
(こんなの、音楽を愛する者なら、一秒たりとも耐えられないはず……)■■
幸いにして、文楽の造詣浅く未熟な身はまだ耐え忍ぶことが出来た。
……といっても、正気は風前の灯火だ。■■
「や、やめてやめてやめて……!」■■
「頭痛い!
鼓膜が破れる!!!」■■
気が遠のきそうだったのを必死で留め、耳を押さえながら、なんとか制止する。■■
【ゴーランド】
「えー……?
なんだよ、これからがいいところなのに……」■■
「まだ、出だし部分だけだぜ?
ここから、ここから。ここからがいいんだってー」■■
「も、もういい……!
もう出だし部分だけで、充分にあなたの腕前は分かったから!!!」■■
こんなのを最後まで聞かされたら、耳が腐る。■■
耳が腐る、なんて。
以前この言葉を使っている批評を読んだとき、随分な表現だと思ったものだが、このことかと感じ入る。■■
それがどういうものか、身を持って知ってしまった。■■
(し、死にそー……。
いっそ殺して……)■■
拷問だ。
耳から、頭の中まで腐っていく気がする。■■
【ゴーランド】
「あんたみたいな年頃じゃ、クラシックに興味もないか……。
こういうクラシックな音楽だと、眠くなるもんな」■■
(こ、これがクラシック音楽ですって……!?)■■
ゴーランドは、クラシック音楽に対する冒涜のようなことを言っている。■■
クラシックは確かに眠くなるが、それは安らぎとか癒しの効果によるものであって、頭痛と眩暈で倒れそうになるためではない。■■
こんなものがクラシック音楽なわけがない。
ニュージャンルだ。■■
造詣深くはないとはいえ多少なりともかじったことのある身としては、どの音楽とも同じ括りにしてほしくない。■■
【ゴーランド】
「じゃあ、特別に歌つきにしてやるよ」■■
「う、歌……?」■■
【ゴーランド】
「たららら~~~らら~~~♪」■■
「【大】……!!!【大】」■■
【ゴーランド】
「たらららったら~~~らららららら~~~♪
らららら~~~♪♪♪」■■
「【大】……!!!【大】」■■
【ゴーランド】
「たらら~~ったらららら~~~~~~♪♪♪」■■
「【大】……!!!【大】」■■
(耳が腐る!
耳が腐って死ぬ!)■■
耳が腐って死にそうだとか、もののたとえではなく、本当に腐る。
腐って死ぬ。■■
現実として、生命の危機を感じた。■■
(素晴らしき不協和音……)■■
(どうやったら、ここまで不快な音が出せるのか分からないくらいキツイ……)■■
【ゴーランド】
「たらったらったらったらららららら~~~♪
ららったらったらったららら~~~♪♪♪」■■
(これはこれで芸術なのかも……)■■
(常人には出せない音だわ……)■■
(……常人としては、こんな芸術は味わいたくない)■■
ゴーランドのすさまじい演奏力と、それに追い討ちをかける歌唱力はそれほどまでに凄まじかった。
その相乗効果といったらない。■■
歌だけならまだ、「壮絶な音痴だな~」と思うだけで聞き流せたかもしれない。
しかし、楽器だか凶器だか分からないバイオリンもどきから発せられる、この世のものとは思えない音。■■
それに、調子っぱずれの歌声が乗ったとき、それは芸術となる……。
……音楽雑誌のコラムに書くなら、こんな感じだ。■■
耐えられるものではない。
常人たる身には、常軌を逸した芸術というものはキツすぎる。■■
張り倒してでも、止めたい。
しかし、止めるには耳を押さえた手を離さなくてはならない。■■
(……無理だ)■■
私には、とても出来ない。■■
一秒たりとも手を離そうものなら、耳に不協和音が直撃する。
想像したくもなかった。■■
【ゴーランド】
「ら~~っ♪ら~~っ♪ら~~っ♪
ら~~~~~~♪」■■
ゴーランドは、聴衆(被害者?)のことなどお構いなしに、歌い続ける。■■
【ゴーランド】
「らったった、らったった♪
たりらりらったった♪ららららららら~~~~~~♪」■■
(のりのり……)■■
(のりのりなのね……)■■
(そ、そうか、のりのりなのか……。
この音でのれるのか……)■■
(すごい……)■■
この分だと、ゴーランドが飽きるまで、この不協和音を聞かされ続けねばならない。■■
飽きるとしても……、いつ飽きるんだ?■■
当分飽きそうにもない。
放っておいたら、ずっと弾き続けていそうだ。■■
「やめてよ~~~~~っ!!!」■■
「ストップして、ストップ、ストップ!!!」■■
耳を押さえたまま、抗議する。
手を離す気にはなれないので、声で止めるしかない。■■
漏れてくる音を聞いているだけでも、だんだんと気が遠のいていく。■■
夢なのに、こんな責め苦を味合わないといけないなんて、私は音楽に恨まれでもしているのだろうか。■■
「やめてやめてやめてやめて!!!」■■
【ゴーランド】
「なんだよ~~っ、ここからがいいところなんだぜ?
たりりらったら~~~~~~♪」■■
「その、『ここからがいいところ』がいつまで続くのよ!」■■
「どこもいいところなんてないわ!!!」■■
ぎゃあぎゃあ騒ぐが、音負けしてしまう。
ゴーランドも、聞く気がないらしく演奏し続けている。■■
「ここからがいいところ」はまだまだまだまだ続きそうだ。■■
「【大】やめてったら!!!【大】」■■
手は離せない。
だが、足なら自由だ。■■
……ということに気付き、私は足を使った。■■
【【【演出】】】……蹴る音(あまり強いものではない)
【大】げしっ。【大】■■
【ゴーランド】
「【大】わ!?【大】」■■
渾身の力をこめた……つもりだったが、力が入らなかった。
へなへなとしたキックになってしまう。■■
だが、破滅的な音楽を中断させることは出来た。■■
【ゴーランド】
「なにすんだよ、アリス!?」■■
「あんたのほうこそ、何するのよ!?
あやうく死にそうだったじゃない!!!」■■
【ゴーランド】
「バイオリンを弾いて、歌っただけだろお!?
ただ弾き語っただけじゃないか!」■■
「あれは弾き語りなんていわない!
音の暴力よ!!」■■
【【【演出】】】・・・踏む音(抜けてる感じで)
【大】ふみふみっ。【大】
力が入らないながらも精一杯、踏む。■■
踏む、踏む、踏む。
キックというより踏んでいるだけのような感じだが、よろけて体勢を崩してしまったゴーランドが立ち上がるのを阻止できる。■■
【ゴーランド】
「お、おい、アリス!?」■■
「……って、わっ、っちょ、っちょい待て!?
なんだ!?なんなんだよ???」■■
ダメージを受けてはいないものの、ゴーランドはおたついている。■■
「それは私の台詞よ!!
耳が痛い~~~!!」■■
「あの不快感!あとに残る!
しばらく音楽聴けなくなりそうじゃない!」■■
【【【演出】】】……踏む音(抜けてる感じで)
【大】ふみふみふみっ!!!【大】■■
【大】ふみみ!【大】
半泣きで、ゴーランドを踏む。■■
【【【演出】】】……踏む音(抜けてる感じで)
【【【演出】】】……踏む音(抜けてる感じで)
【【【演出】】】……踏む音(抜けてる感じで)
踏む。
踏む。■■
本気で怒っているのだが、緊張感はまったくない……。■■
【ゴーランド】
「お~~~い……」■■
「やめろって~~~……」■■
ゴーランドは、私が半泣きなこともあってか、抵抗もせずに大人しく踏まれている。■■
「ムカつく~~~~~!!
抵抗しなさいよ!!!」■■
【ゴーランド】
「抵抗したら余計に怒るだろ、あんた……。
ヒステリー起こす、一歩手前の顔してるぞ?」■■
「もう起こしているわよ~~~~~!!!!!」■■
普段はそれなりに冷静なほうだと思う。
意味もなく怒ったり、錯乱したりしない。■■
だが、今回はしっかり意味もあるし、理由付けされている。■■
恐怖の演奏会だった。
あの不協和音は、しばらく忘れられそうもない。■■
【???・ボリス】
「……何やってんの、おっさん」■■
【ゴーランド】
「……ボリス」■■
「見て分からないか?
……踏まれているんだよ」■■
「!?」■■
あまりの頭痛、そして音から解放された反動で、色彩感覚までおかしくなったらしい。
そこにいたのは……、なんだかピンクな人だった。■■
髪もピンク、巨大襟巻き……マフラー?もピンク。
服は黒だが、ピンクが強すぎてそちらにばかり目がいく。■■
じゃらじゃら鎖をつけた、ピンクでパンクな感じの人……。■■
「ピンク……」■■
【大】ど【大】ピンクのマフラー。
目が痛い。■■
個人的に、男のピンクは人としてありえない。
そう思ったら、彼は本当に人ではなかった。■■
ピンクの頭からは、猫耳がはえている。■■
(ウサギ耳の次は猫耳……)■■
(そうきたか……)■■
【大】フェイントだ……。【大】
自分でも、なんのフェイントだかよく分からない。■■
分かりたくもない。
前向きに考えることにする。■■
私の家では、猫を飼っている。
ダイナという子猫で、可愛がっていた。■■
猫なら、まだ許容範囲内だ。
地獄のような責め苦を味わった後なので、ずいぶんと許容範囲が広くなっている。■■
試練は人を成長させるのだ。
……そういう趣旨の夢なのだろうか。■■
【ボリス】
「あんたって、前々から服とか音楽センスとかおかしな趣味だと思ってたけど、本当にアブノーマルだったんだな……」■■
「女の子に踏まれて、楽しいか……?」■■
興味深そうに、彼はゴーランドを見下ろしながら話しかける。■■
【ボリス】
「俺には分からない趣味だけど、楽しいんなら一度試してみようかな……。
この子、借りてもいい?」■■
【ゴーランド】
「……楽しいわきゃねーだろ」■■
【ボリス】
「楽しくないなら、やめればいい。
楽しいからやってるんだろ?」■■
「でもさあ……、職場の入り口でそういう趣味を全開にするのはマズイと思うよ?
仮にも、あんた、遊園地のオーナーなんだしさ」■■
「子供ならプロレスごっこで納得してくれるかもしれないけど、大人はさあ……。
ねえ?」■■
「ねえと言われても……」■■
諭されてしまった……。
大いに誤解を受けている。■■
私はノーマルだ。
少なくとも、どピンクな人にアブノーマル扱いされるほどに道から外れていない。■■
【ボリス】
「こんなおっさんに付き合って××××プレイなんてしちゃ、お先真っ暗だぜ」■■
「若いんだから、もうちょいソフトなプレイから始めてみたら?
……あ、そういうのに飽きちゃったからハードに走ったのか」■■
「いやいやいや、そんなハードな世界に足は突っ込んでいないから……」■■
【ボリス】
「人は見かけによらないよなあ……」■■
「違うから……」■■
【ボリス】
「あ。
自己紹介ね。俺、ボリス=エレイ」■■
「この遊園地で居候してます。
よろしくー」■■
「【大】……話聞けよ【大】」■■
否定しても、ちゃらっと流されてしまった。■■
【ボリス】
「お?
俺のことも踏んじゃう?」■■
「踏まないわよ!
趣味で踏んでいたんじゃないの!」■■
「あんたの耳も破壊されているんじゃないの!?
あの破壊的な音を聞かされたら無理もないけど!」■■
おかしな趣味の持ち主だと決めつけられてはかなわない。
力いっぱい説明すると、ピンクな人の金色の目が細められる。■■
【ボリス】
「…………」■■
「……?」■■
ピンクの人……ボリスは、嫌そうな顔をぎぎぎ……とゴーランドに向けた。■■
【ボリス】
「……おい、おっさん」■■
【ゴーランド】
「……んだよ」■■
【ボリス】
「またやったのかよ、あんた……」■■
「よせっつっただろ、あの騒音は公害だぜ。
耳がもげる」■■
【ゴーランド】
「もげねえよ!
大体、今は休園中だ!何しようが俺の勝手だろ!?」■■
【ボリス】
「遊園地の門の前でやるなよ!
よそに行け、よそに!」■■
「完全防音の部屋で、ひっそりこっそりやっとけ!
出てくんな!」■■
【ゴーランド】
「そんなの何が楽しいんだよ!?
休日くらい外で楽しく演奏させろ!」■■
【ボリス】
「あんた以外の全員が楽しく過ごせるんだよ!
あんな騒音まきちらされたら、苦情が殺到しておちおち休めやしねえ!」■■
「従業員の平穏な休日のためにも、うちに引きこもっとけ!」■■
【ゴーランド】
「家主に対して、なんつー言い草……」■■
ゴーランドは私に助けを求めるように視線を送ってきたが、当然無視した。■■
「私は、ピンクの人派よ。
ゴーランドは外で演奏しないほうがいいと思う」■■
「遊園地のオーナーなんでしょう?
集客に関わるわよ」■■
【ゴーランド】
「ピンクの人……」■■
【ボリス】
「ピンク……」■■
「なによ」■■
人が真面目に忠告してあげたのに、二人はぽかんとしている。
ピンクの人本人までもだ。■■
【ゴーランド】
「ぴ、ピンクの人……。
ぶぶ……っ」■■
【ボリス】
「俺、ボリス=エレイってんだけど……」■■
「ピンクの人って何……」■■
「だって、ピンクじゃない。
ピンクの人」■■
【ボリス】
「先刻、名乗っただろ……」■■
「あら。ごめんなさい。
耳がおかしくなっちゃったみたい」■■
「あなたもよね?
人の話を全然聞いてくれないんだもの」■■
【ボリス】
「…………」■■
「お仲間よね。
仲良くしましょう」■■
にっこりと微笑んで告げる。
私は、仕返しを忘れない女なのだ。■■
【ボリス】
「さすが、うちのオーナーを踏んだ子……」■■
「……いー性格。
仲良くなれそうだな」■■
「あなたも踏んであげれば?」■■
【ボリス】
「そういう趣味はないんでね。
俺は見てるだけでいいよ」■■
「そういう趣味はなくても、そっちの趣味はあるんだ?
そっちのほうがコアじゃない?」■■
【ボリス】
「はは……」■■
「……ふふ」■■
【ボリス】
「いー性格だよ、あんた……」■■
和やかに談笑しつつ、寒々しい空気が流れた。■■
【ゴーランド】
「……俺が踏まれることに対しては異論ないのかよ」■■
【ボリス】
「ないね。
見ないふりしといてあげるから、存分に踏まれなよ」■■
【ゴーランド】
「ひでー奴ら……」■■
「酷くないわよ」■■
酷いのは、そっちだ。
あの音は、拷問以外に例えようがない。■■
【ゴーランド】
「あーーー……。
どっちも酷えが……特に、ボリス!
てめえ、居候のくせして……っ」■■
ゴーランドは、びしっと指差す。■■
【ゴーランド】
「追い出すぞっ!?」■■
【ボリス】
「へえ?
追い出してみれば?」■■
「……できるかな?」■■
ボリスは意地悪く答える。
腕に自信があるのか、何か隠し玉でもあるのか。■■
なんにせよ、生意気な態度は、居候のものとは思えなかった。■■
「……遊園地に居候しているの?」■■
遊園地に居候。
ぴんとこない。■■
【ボリス】
「ああ。
騒音さえなけりゃ、いいところだよ」■■
【ゴーランド】
「我が物顔で言うんじゃない!」■■
【ゴーランド】
「領土の持ち主の許可なく、勝手に居つきやがって!!
ルール違反だぜ!?」■■
「家がないとか?」■■
【ボリス】
「そういうわけじゃないんだけど、居心地いいし、引越し面倒だから」■■
つまり、彼も遊園地の関係者ということになる。
ピンクの巨大マフラーは、何かのコスチュームなのだろうか……。■■
どういう遊園地なんだ。■■
【ゴーランド】
「おまえなあ……」■■
【ゴーランド】
「……あ。
そうだ、アリス」■■
「んー?」■■
【ゴーランド】
「あんたも、うちの遊園地に居候しちまうか?」■■
「え」■■
(遊園地に居候???)■■
「滞在場所が決まっていなかったから、ありがたいお申し出だけど……」■■
(……なんで?)■■
記憶する限り、私がゴーランドに好かれる要素などはどこにもなかったはずだ。■■
自分の住居に滞在させてやろうとまで思ってもらえるほどの高ポイントをつける出来事は、思い当たらない。■■
なにしろ、演奏も歌もめたくそにけなしまくってしまった。
けなすしかないような代物だったから仕方がないのだが。■■
【ボリス】
「……おっさん、おっさん。
家に連れ込むなら、もっといい口実作れよ」■■
【ボリス】
「ストレートすぎじゃね?
年の功とか、まるでないよな」■■
ボリスは、ひょいと私を覗き込む。■■
【ボリス】
「こんなのに、ついていかないよな~?
アリス?」■■
1:「ええ、そうね」
2:「そんなことは……」