【【【時間経過】】】
◆ハートの城・全景◆
てくてくと歩いていくと、お城のような場所に着いた。■■
「すごい……。
お城のような……」■■
「…………」■■
「……お城だよね」■■
お城のような場所とかいう話ではない。
見事に、お城だ。■■
唖然としてしまう。
夢の中だということは、ここは姉の学んでいた心理学等の世界なのだ。■■
心の中の世界……。
自分の中にこんなメルヘンな部分があったとは……。■■
「…………」■■
「うわあ……」■■
城を見て赤面するという、端から見ると訳の分からない反応をしてしまう。■■
こう……アダルトな夢のほうがまだ恥ずかしくなかったかもしれない。
性別によらず、私の年でそういう夢をみるのは正常だ(と、保健の授業でやっていた)。■■
関心・興味のあるお年頃だし、そっち方面なら甘酸っぱい気持ちで納得できた。
むしろ、こういう夢のほうが問題だ。■■
昔書いてとうに忘れていた作文や絵を貼り出されている気分。■■
見たくない。
恥ずかしすぎる。■■
(私がメルヘン好きだったなんて……)■■
(このピラピラした服も、実は好きなんだったりして……)■■
(…………)■■
(……うわあ)■■
赤くなった顔が、今度は青褪める。■■
この、少女趣味な服装は私の好みではない。■■
……と、自分では思っていた。■■
姉の趣味だ。
これは私の趣味ではない、と。■■
いい家の娘ならばこの年齢で着ていてもおかしくないデザインだが、ピラピラしすぎている。
私は、もっとシンプルな服のほうが好きだ。■■
姉はこういう服を着ると喜ぶが、私自身は年を重ねるごとに恥ずかしくなってきた。
似合うかどうかもあるだろうが、好みもある。■■
姉が誉めてくれたように、けして似合わないわけではないと思う。
しかし、趣味じゃない。■■
(……でも、お城を夢みるようなら、自分に対する認識を改めたほうがいいかもしれない)■■
(趣味じゃないと思っていた服も、こうして夢の中でまで身に着けているし……)■■
これで、お城の中に金髪碧眼の王子様でも待っていたらどうしよう。
その上、白馬になんか乗っていたら……。■■
(……ウザすぎる)■■
(頭から、落馬してしまえ……)■■
白馬の王子。
それだけはないと信じたい。■■
そんなメルヘンなものが深層心理から現れたら、これまで信じてきた自分像ががらがらと音をたてて崩れてしまう。■■
怖いもの見たさというか、一種の意地のようなチャレンジャー精神で、城のほうへ向かった。
面倒臭がりの私としては、画期的な行動だ。■■
なにしろ、見るからに城は遠い。
遠目に見ても明らかなのだから、実際に歩けば途方もないだろう。■■
広大な庭を突っ切らねばならず、更に城は丘の上にある。
時計塔を下りるだけで死にそうになったのに、チャレンジャーすぎる行動といえる。■■
【【【時間経過】】】
◆ハートの城・庭園◆
「……無謀だった」■■
城は、やはり遠かった。
歩いても歩いても近付かない。■■
近付いてはいるのだろうが、見た目には遥か彼方遠くのままだ。■■
そもそも、城へ行き着くまでの庭が広大だ。
さすが私の夢、甘くない。■■
先程下りてきた塔といい、やたらと運動をさせてくれる世界だ。
最近、運動不足気味だという警告なのだろうか。■■
「……ん?」■■
【ペーター】
「……あれ?」■■
「…………」■■
「【大】!!!!!【大】」■■
【ペーター】
「アリス!」■■
「ペーター!!!
あんた……!!!」■■
これは夢だ。
だが、夢だとしてもこいつだけは許せない。■■
白馬に乗った王子様以上に撲殺したい。
アダルトな夢でも、こいつとだけは御免。■■
【ペーター】
「なんだ、もう我慢できなくなったんですか?」■■
私の冷たい視線など気にせず、ペーターはにこにこ笑う。■■
「我慢できないって……」■■
【ペーター】
「僕と離れがたいのなら、最初からそう言ってくれればいいのに」■■
「やっぱり、僕のことが必要なんでしょう?
もうちょっと素直になってくれれば、僕だって……」■■
【【【演出】】】・・・バキッと殴る音
【大】バキッ!!!【大】■■
「……何か雑音が聞こえたわ」■■
思い切り、殴り付ける。
本当に……、我慢ならない男だ。■■
【ペーター】
「……っ……た~~~……」■■
「…………」■■
「…………」■■
「……ふっ」■■
「……?」■■
ペーターはしばらく苦しんでいたものの、やがて痛みに歪んだ表情を戻し、薄く笑った。
前に殴ったときと、反応が違う。■■
【ペーター】
「……ふふふっ」■■
「……な、なに?
打ち所が悪かった?」■■
(不気味……)■■
【ペーター】
「分かっていますよ、アリス……」■■
言葉通り、得心顔で何度も頷くペーター。■■
何を分かっているというのか。
本気で、不気味だ。■■
「何が……」■■
【ペーター】
「僕の理解が足りなかったということです。
これが、あなたの愛情表現なんですよね?」■■
「…………」■■
「……はあ?」■■
素っ頓狂な声を上げてしまう。■■
理解が足りないどころではない。
このウサギの言うことは、到底理解の及ぶ範疇を超えていた。■■
しかしペーターは、気にする様子もなく話し続ける。■■
【ペーター】
「勤勉な僕といえども、外界の知識には疎い。
バッチリ勉強し直しておきました」■■
「知識不足ゆえ、あなたの歪んだ愛情表現を受け止め切れなかったとは……。
僕の不徳のいたすところです」■■
「…………」■■
「病院に行くべきだわ。
そして、入院して一生出てこないほうがいい」■■
【ペーター】
「愛情表現にも、いろんな形がある。
あなたは、ちょっとばかりアブノーマル嗜好な照れ屋さんなんですよね」■■
「…………」■■
「て、照れ屋さんですって……?
恐ろしいことを言わないでよ」■■
ぞわわわわっと、背筋が寒くなる。■■
ちょうど、自分の感性に疑いを持ち始めていたところだ。
疑惑が強まりそうなことを言わないでほしい。■■
「照れ屋さん」なんていう恐ろしい単語と自分を結び付けたくなかった。■■
「それに、アブノーマルって何よ。
私はいたってノーマルだわ」■■
「あんたみたいな変質者と一緒にしないで」■■
睨んでも堪えないことは、すでに分かっている。
しかし、分かっていたからといってこの男を前にして睨まずにいられるだろうか。■■
無駄だと分かっていても、睨んでしまう。■■
そして、やっぱりペーターには堪える様子がない。
何を言っても無駄なようだ。■■
【ペーター】
「僕は真面目なウサギです。
真面目すぎて、そっち方面での愛情を理解しきれなかった」■■
「…………。
そっち方面って、どっち方面よ」■■
【ペーター】
「え?
エスかエムかでいうと、エスだという方面で……」■■
ペーターは、微笑む。
相変わらずどこか裏がありそうな……、「にこにこ」という表現ではなく「にまにま」とか「にやにや」とかいう表現が適しそうな笑顔だ。■■
(エスかエムですって……!?
どっちでもないわよ!?)■■
発言内容と合わせ、気が遠くなりそうになる。■■
【ペーター】
「でも、一つ問題が持ち上がっているんですよね。
それも、かなり重大な問題が……」■■
「……持ち上がっている問題は一つどころじゃないわ」■■
これも、おそらく言っても無駄。■■
【ペーター】
「残念なことに、エスかエムかでいうと、僕もエスの方面なんです。
困りましたね、これじゃ成立しない」■■
「成立しなくて結構よ!
【大】ナニ【大】を成立させる気なの、この変質者……!」■■
【ペーター】
「何って……。
……言わせる気ですか?」■■
「ああ……、そういう趣向ですもんね」■■
「う~ん、属性が同じっていうのもなんだか楽しいですね。
僕って、案外とそっち方面でもいけるかも……」■■
「【大】勝手に、どこへでもいってなさい。【大】
……顔を近付けないでよ」■■
「どいて。
私、お城へ向かうの」■■
そこまで城へ行くことに固執していたわけではない。
どちらかというと、途中で諦めようかと考えていたところだ。■■
しかし、今はいい逃げ口上に思える。■■
【ペーター】
「だから、僕に会いに来てくれたんでしょう?」■■
「城なら、僕の領土です。
滞在してくれてもいいし……、そうだ、僕の部屋で暮らしましょう」■■
「お城で、僕とずっと一緒に暮らすんです。
あなたは、どこにも行かなければいいんです。僕もどこにも行きませんから」■■
「ねえ、いい案だと思いません?」■■
ペーターの顔が近い。
文句の付け所がない美形だ。■■
言っている台詞はやばいストーカーか変質者にしか聞こえないが、メルヘンなフィルターを通せば甘く聞こえないこともない。■■
「…………。
まさか……」■■
【ペーター】
「はい?」■■
「まさか、あんたが王子様なんじゃないでしょうね?」■■
【ペーター】
「……王子様?」■■
「いいえ?
権力はありますけど、僕は王子などではなくて……」■■
「……なんだ。
王子ならよかったのに」■■
【ペーター】
「なんです、王子なんかが好みなんですか?」■■
「落馬させてやれたのにって話よ」■■
【ペーター】
「???」■■
「なんでもないわ。
こっちの話」■■
意味が分からないという顔に、溜飲が下がる。
私なんて、この夢を見始めてから意味が分からないことだらけだ。■■
【ペーター】
「…………」■■
【ペーター】
「王子様なんてものがお好みとはね。
女の子らしいことだ」■■
言葉は優しいが、声は冷たい。
見下すような話し方。■■
「王子様が好きなわけじゃないわよ」■■
一応は断りを入れておくが、話を聞いてくれることは期待していない。
予想通り、ペーターは聞いてくれない。■■
聞いていないというより、聞く気がないのだろう。
大きなお耳は、自分に都合のいいことしか聞こえないらしい。■■
【ペーター】
「でも、いいですよ。
あなたのためなら、僕は女王も裏切ります」■■
【ペーター】
「……あ、でも、そうしたら王になってしまいますけど。
それくらいの些細な違いなら、いいですよね?」■■
ぴょこっとウサギ耳が動いたが、可愛らしくもなんともなかった。■■
【ペーター】
「嬉しいですか?
ねえ、アリス、僕を好きになってきました?」■■
先刻とは別の意味で、ぞぞっとする。■■
【ペーター】
「ねえ、早く僕を好きになってくださいよ」■■
「だれが、あんたなんか……」■■
「ちょ……、顔が近……」■■
顔がどんどん近付いてくる。
押し返そうとしたが、手を握られ、うまく力を入れられないようにもっていかれる。■■
(なに、コイツ……。
結構……)■■
「……っつ……」■■
キスされる。■■
「~~~~っ」■■
身が竦んだ。
もう一度先刻のように殴ってやろうかと思うが、なぜか手が出ない。■■
手は握り込まれているが抵抗くらいはできるはずなのに、なぜか。
段々と、この顔が迫ることにも慣れてしまったのだろうか。■■
(いやいや。
まさか、そんな)■■
こんな変態ウサギになど慣れたくない。
しかし抵抗しなかったのは、彼の気をよくしてしまったようだ。■■
【ペーター】
「今度は殴ろうとしないんですね、アリス。
ふふ……っ」■■
「……っ!」■■
息が触れるほどの距離で囁かれる。
このままでは、また……。■■
「…………」■■
……と、覚悟を決めて目を閉じようとしたとき、ペーターはぱっと離れた。■■
【ペーター】
「…………」■■
(……?
何だか分からないけど、助かった?)■■
【ペーター】
「……何の用です?
伝令ですか?」■■
【兵士A】
「……はっ。
お邪魔をして申し訳ありません、ホワイト卿」■■
私は接近に気付かなかったが、近くに兵士が立っていた。■■
【ペーター】
「まったくです。
邪魔なのは明らかなんですから遠慮してもらえません?」■■
【兵士A】
「女王陛下がお呼びなのです。
すぐ謁見室に来るようにとのご命令で……」■■
【ペーター】
「…………」■■
【ペーター】
「はあ……。
ご命令とあらば、仕方ありませんね……」■■
【ペーター】
「せっかくいいところだったのに。
すみません、アリス。
僕は行かなくては」■■
「ちっともすまなくなんかないわ。ばんばん行って来てちょうだい。
戻ってこないでね」■■
いいところだったのはペーターだけで、私としては危機一髪だった。
中断させてくれた兵士に感謝する。■■
【ペーター】
「あなたって、本当に照れ屋なんですね」■■
ペーターは、置き土産とでもいうように頬にキスをする。
ちゅっという音に、再びぞっとした。■■
【兵士A】
「ホワイト卿、お急ぎください。
大幅な遅刻に、女王陛下は大層お怒りで……」■■
【ペーター】
「なんです、急かさないでください。
三時という約束だったはずですよ?」■■
【兵士A】
「もう四回ほど、三時を過ぎています」■■
【ペーター】
「約束してから昼の三時は四回くらいきたかもしれないですが、夜の三時はまだきていない。
夜に間に合えばいいでしょうに」■■
「僕はきちんと時間を守っているのに、いつも遅刻魔とか酷い言われようだ……」■■
しれっと言い切るペーター。
分かっていて言っている顔だ。■■
「あんたって最悪。
どこが真面目なのよ」■■
【ペーター】
「アリス、拗ねないでください。男たる者、仕事があるんです。
僕は真面目なウサギだから、上司の呼び出しには逆らえない」■■
「この城にいくらでも滞在していいですから、後で又会いましょう」■■
「もう会いたくない。
あんたがいない内に帰るから、安心して仕事に励みなさい」■■
【ペーター】
「さてさて、ところで……」■■
やはり人の話を聞かない男だ。
顔に貼りついたような微笑みを浮かべたまま、兵士に向き直る。■■
【ペーター】
「……僕の話、聞いてしまいましたよね?」■■
【【【演出】】】・・・チャラ、と鎖の音
ペーターは、懐中時計を持ち上げた。■■
なぜか、兵士はひっと声をあげる。
脅えたような声に、疑問符が浮かぶ。■■
ペーターは時計を持ち上げただけだ。
この男が意味の分からない行動に出るのには慣れてきたが、時計を触るのはそうおかしな行動でもない。■■
【ペーター】
「この子のためなら女王も裏切ると言った部分です。
聞いていたでしょう?」■■
「あれ、聞かれちゃマズイお話だったんですよ」■■
「反逆罪なんていわれたら面倒です。
さすがに、怒られてしまいそうだ」■■
(怒られるくらいじゃすまないと思うけど……)■■
【兵士A】
「きっ、聞いていません……!
そんな話は……」■■
兵士は、青くなって首を振る。
彼が何をそんなに恐れているのか分からない。■■
ここは、意味の分からないことだらけだ。■■
【ペーター】
「……そうですか?」■■
「でも、今聞いてしまったじゃないですか。
同じことですよね」■■
懐中時計が光る。■■
【【【演出】】】・・・時計が銃に変わる音
光っただけでなく、銃に変わった。
ユリウスの工具と同じように。■■
だが、異なる銃だ。■■
【【【演出】】】・・・銃声
どんっと、低い音がして、兵士が倒れる。
それが銃声だとは、しばらく気付かなかった。■■
ぽかんとしている私を無視して、ペーターは倒れた兵士に更に何発か撃ちこんだ。■■
【【【演出】】】・・・銃声
【【【演出】】】・・・銃声
どん、どん、と。
また低い音がする。■■
痙攣なのか衝撃による振動なのか、撃ちこむたびに兵士の体が跳ねた。■■
【ペーター】
「……伝令、ご苦労様です」■■
動かない兵士を見下ろし、確認する。
それから、私に向き合った。■■
【ペーター】
「驚かせました?」■■
心配と期待がないまぜになった声音で尋ねられた。■■
どういう答えを待っているのか、この男の気持ちなど知るはずもない。
不安がりながらも面白そうに、私の反応を待っている。■■
「…………」■■
「……手品?」■■
【ペーター】
「…………」■■
「……っぷ、くく……」■■
「はっ、ははっ!
違いますよ、違います、アリス」■■
「手品じゃありません。
あははは」■■
「そうね、夢の世界で手品もないか。
ユリウスも同じようなことをしていたから、そういう手品が流行っているのかと思っただけ」■■
【ペーター】
「……ユリウス」■■
ペーターは、ぴたりと笑いを止めた。■■
【ペーター】
「ユリウス=モンレー?」■■
「そうよ?」■■
「他のユリウスなんて知らないわ。
同姓同名の別人でもいない限り、先刻会ったユリウスよ」■■
【ペーター】
「ユリウス=モンレーが銃を撃ったんですか?
あの偏屈者が、あなたのために」■■
「私のためってわけじゃないわ。
門限についてうるさく騒いだから、仕方なくって感じで……」■■
すすんでやったというふうには、とても見えなかった。■■
【ペーター】
「同じこと。
同じことですよっ。どう違うっていうんです」■■
「あいつが銃を撃つって意味は……、ああ、さっき立て続けに時間が変わったのはそういうわけだったんですね!?」■■
「え……。
え~と?」■■
「そのせいで、遅刻しちゃったのかしら?
だとしたら悪いことを……」■■
「……でも、昼四回分も遅刻しているのよね?
じゃあ、私のせいってわけじゃ……」■■
【ペーター】
「遅刻なんてどうでもいいんです!
……いや、よくないか。よくないな」■■
「それより、アリス、ユリウスに気に入られたんですね!?
酷いです」■■
「気に入られた?
気に入られたの、あれで……」■■
「気に入ってくれたのなら、もっと優しくしてくれればいいのに」■■
【ペーター】
「ユリウスにしてみれば、銃を撃ってやるだけでお気に入りもお気に入りですよ!
余所者だからといって、過剰に優しすぎる!」■■
「あれで優しいといえるのかどうか……」■■
「……何を怒っているの?
ユリウスが親切にしてくれたのが羨ましいの?」■■
【ペーター】
「羨ましいわけないでしょう!
悔しいんですよ!酷いです!!!」■■
「酷いことなんてしていないわよ。
何を言っているの」■■
会って間もない人間に旧友を取られたような感覚かとも思ったが、彼らはそんなに親しそうには見えなかった。■■
【ペーター】
「酷いですよ!!!
浮気するなんて!」■■
「…………」■■
「……あんたと話していると、頭痛がしてくる」■■
【ペーター】
「浮気した罪の意識ですよ」■■
……もはや、言い返す気も失せる。■■
浮気などした覚えはない。
罪の意識など芽生えるわけもない。■■
大前提として、こいつと付き合った覚えなどないのだ。■■
【ペーター】
「あんまり浮気しないでくださいよ。
本当は、僕以外の誰にも気に入られてほしくないんです」■■
「この世界にいてもらうためなら仕方ないですけど、本当は……」■■
「はあ……」■■
ペーターはその後もぶつぶつと言ったが、私は右から左に聞き流していた。■■
【ペーター】
「……じゃ、僕はお仕事に行ってきます。
ヒステリー女の相手って疲れるんですけど、浮気じゃないんで安心してくださいねっ」■■
「僕は、あなた一筋ですからっ」■■
「……戻ってこなくていいからね」■■
ペーターを見送る。■■
「…………。
夢でも許せないくらい、いけ好かない男だわ」■■
地面に倒れた兵士は消えてなくならない。
グロテスクというほどではないが、現実味のある夢だ。■■
しばらくすると、別の兵士が現れて片付けていった。■■
【兵士B】
「残像が片付けに来るまで放置していたら、女王陛下がお見咎めになるかもしれない……」■■
【兵士C】
「片付けておこう……」■■
(残像……?)■■
(残像ってなんだろう……)■■
ところで、兵士達は皆帽子を被っているが、ウサギ耳はついているのかいないのか。
直接聞いてみる気にはなれないが、気になった。■■
(…………)■■
(さてと。
私はどうしよう……)■■
◆ハートの城・庭園◆
ペーターは、城に向かった。
もう会いたくないので、庭を散策してみることにする。■■
場所を変えてもいいのだが、ここまで歩いて来て何もしないというのも腹立たしい。■■
「あいつって……。
好きになれない……」■■
好きになる必要もない。
だが、二度も会うところをみると彼はこの夢の中での重要人物だ。■■
夢なのだし、美形なのだから、大目にみてやればいい。
拉致されたりキスをされたり、目の前で人を撃ち殺したことくらい……。■■
「……好きになるほうが難しいわよね」■■
早々に諦める。
あんな人に好意を持てたら持てたで、自分の正気を疑いそうだ。■■
今でさえ、お城を夢見るような自分にうんざりしている。
これ以上、自分の頭の構造を疑いたくもない。■■
【【【演出】】】・・・足音
「…………」■■
目的地もなく歩いていると、それほど距離を感じない。■■
焦らなくてもいい。
こういう時間は好きだ。■■
【???・エース】
「あれ?
見かけない子だな」■■
「?」■■
ふらふら庭を散策していると、兵士達と異なる服装をした男性に会った。■■
異なるものの、城の関係者らしい服だ。
デザインが似ている。■■
(これは……、職務質問されているの?)■■
兵士達とは何度かすれ違ったものの、素通りされたので自由に行き来していい場所だと思っていた。■■
声をかけられたということは、いつのまにか関係者以外立ち入り禁止の場所に入りこんでしまったのかもしれない。■■
「こんにちは。
あの、私、不審者というわけではなくて……」■■
勝手に入り込んできた負い目がある分、言い訳もし辛い。
男性は、急かすでもなく話を聞いてくれる。■■
ウサギ耳もついていない、まともな人だ。
ペーターとはいい意味で違った人だが、この場においてはやりにくい。■■
不法侵入した、うまい言い訳が思いつかない。■■
(この夢、現実的すぎるわ。
夢なんだから、どこでもフリーパスでいいじゃない)■■
「あ……。
え~と、私、馬鹿ウサギ……いえ、ペーター=ホワイトの知り合いなの」■■
【???・エース】
「ペーター=ホワイト!?」■■
「ペーターさんの友達なのか?
君が???」■■
嘘だろうという感じで驚かれる。■■
「あの人、普通の友達なんていたんだ……」と、ぽつりと呟かれた言葉がやけにリアルで怖い。■■
奴は、どうやら同僚にも普通じゃないという目で見られているらしい。
私と同じ認識の人がいてよかった。■■
【???・エース】
「……あ!
違うんだ!」■■
「あの人はもてるけど、女の子の友達なんていなさそうっていうかさ、普通の友達自体いなさそうっていうかさ……」■■
「だって、ペーターさんってすごく意地悪いんだぜ?
この間も……。ああ、悪い意味じゃないんだっ」■■
彼はおたおたと弁解するが、どう聞いても悪い意味にしかとれない。■■
「私も、友達というわけでは……。
ただの知り合いよ」■■
【???・エース】
「やっぱり」■■
なんだか言葉に実感がこもっている。■■
【???・エース】
「で?
君は、ペーターさんを訪ねてきたのか?」■■
「彼がいるとしたら、謁見室じゃないかな。
宰相クラスのくせに遅刻や欠席ばかりだから、女王陛下にこっぴどく叱られているはずだ」■■
「……叱られたからって堪えやしないから、それ自体が時間の無駄だと思うんだけどな」■■
「宰相?
あの人が!?」■■
さらりと言われた言葉に耳を疑う。■■
私のほうも初対面の相手にする態度ではないが、構わず、大声を上げた。
元より夢の中の登場人物に遠慮する気はあまり起こらない。■■
「見えない!!!
あんなのが宰相だったら、政治なんて成り立たないでしょう!?」■■
【???・エース】
「俺もそう思うけど」■■
「いつもあんな調子なら、誰だってそう思うでしょうよ」■■
【???・エース】
「でも、あの人、すごく頭がよくてすごく強いんだぜ」■■
少し砕けた話し方になる。
この人とは、打ち解けられそうだ。■■
「すごく性格悪そうだけどね」■■
【???・エース】
「ははっ、よくはないんじゃないかな」■■
顔を見合わせて、くくっと笑う。■■
よかった。
この世界では性格と口の悪い人しかいないのかと思った。■■
この人は話しやすい。■■
【エース】
「俺は、エース。ハートの城の騎士だ。
君は?」■■
「騎士!
いかにもそんな感じね」■■
「私は、アリス=リデル。
……余所者らしいわ」■■
それでユリウスに大騒ぎされたので、一応自己紹介に付け加える。■■
余所者。
なんだか嫌な響きだが、この国の住人ではない。■■
エースは、僅かに驚いた様子を見せた。■■
【エース】
「余所者?
じゃ、君は外の世界の人なのか」■■
「……ユリウスが大騒ぎするだろうな」■■
「!
ユリウスを知っているの!?」■■
今度はこちらが驚く番だ。
勢い込んで問い返す。■■
【エース】
「え?
君こそ、ユリウスを知っているのか?」■■
「先刻、会ったところよ。
ここに来てから、すぐ……」■■
「あなた、知り合いなの?」■■
【エース】
「友達だよ。
最近会ってないんだけど、元気にしていた?」■■
この青年とユリウスが友達。
意外と納得できる。■■
あれだけ偏屈そうな人だと、おおらかで心の広い人でなければとても友達になれまい。■■
そして、ユリウスと友達になれるくらいおおらかで心の広い人に、「普通の友達がいなさそう」と言わせるペーターは相当なものだ。■■
「そんなに長くいたわけじゃないから詳しい様子までは分からないけど、元気そうだったわ。
追い出されちゃったけど、比較的親切にしてくれた」■■
【エース】
「女の子を追い出したのか……。まったく……。
でも、あいつらしいや」■■
「不健康な生活をしてるんだよなあ……。
時計ばかりいじって、時計塔から出やしない」■■
「住み込みで仕事をしているのよね?
いかにも職人というふうだったわ。仕事熱心そう」■■
【エース】
「熱心どころか、生活のすべてといっても過言じゃない。
あいつときたら……」■■
共通の知人を得たことで、エースと私は一気に打ち解けた。
エースは気さくな人だったし、私は私で癒しに飢えていた。■■
夢の世界に来て以来、最悪のキスをされたり目の前で銃殺事件があったりとろくなことがない。
……主に、ペーター=ホワイトのせいだ。■■
「私、ペーターに拉致されてこの国に連れて来られたの」■■
【エース】
「ら、拉致……。
我が国の宰相閣下は相変わらずとんでもないな……」■■
「……何かされなかった?
女の子に不逞を働くような人ではなかったはずだけど……」■■
「え……?
え~と……」■■
されたといえば、された。
それはもう、バッチリと。■■
不逞を働くというと、もっとえげつないニュアンスだが、強引なキス(というのかどうか)だって充分に責められてしかるべき行為だ。■■
【エース】
「……されたの?」■■
エースの目が鋭くなった。■■
【エース】
「女の子に不埒な真似をするなんて最低だ。
いくら宰相でも……」■■
「さ、されてない。
大したことは……」■■
【エース】
「……本当?」■■
エースは騎士の名に恥じぬ高潔な人のようだ。
しかし、残念なことに、私は守られてきゃあきゃあ言うタイプではない。■■
騎士に守られるなんて、白馬の王子様よりはましかもしれないが同じくらいにメルヘンだ。
勘弁してほしい。■■
「ええ、本当」■■
【エース】
「…………。
……君がそう言うなら、いいけど」■■
「あの人、美形だもんな……」■■
「いやいや、ペーターの顔はいいけど、顔がどうのという問題ではなくてね……」■■
顔がいいのは事実だが、その他は崩壊している。
なんだか、エースに誤解されている気がした。■■
【エース】
「結果的に合意に至ったのならいいんだ。
深くは聞かないよ」■■
間違いなく、誤解している。
しかも、嫌~な方向に。■■
「……エース、あなた、壮絶な誤解をしているわ。
乱暴されたとかそういったことはなくって……」■■
【エース】
「いいって。
俺はそんなに野暮じゃないぜ」■■
「いろんな関係があるよな。
俺にはよく分からないけど、納得の上ならそういうのもアリだと思う」■■
私にもよく分からないし、個人的にそういうのはナシだと思う。■■
(理解を示せるあたり、騎士といえども男だな……)■■
「……基本的に、ここの住人はどいつもこいつも人の話を聞いてくれないわよね」■■
弁明するのも面倒だ。■■
「誤解だけど……、いいわ」■■
「ペーターには貸しがあるの。
あんなのが宰相だっていうなら、ちゃんと責任をとって私をもてなしてよ」■■
なんだか、この夢を見始めてから、素が出すぎている気がする。
投げやりなのとは、少し違う。■■
すごく楽だ。
嘘をつかなくていいし、お行儀のいい子に見せ掛けなくていい。■■
いずれ覚める夢だから、その後の影響や誰かからの評価を気にしなくてもいい。
気分がいい。■■
【エース】
「……いいよ。
同僚が働いた無礼は、連帯責任だ。挽回しないとな」■■
エースは、友達だというユリウス以上に親切で、その上律儀な男だった。■■
つまり、とってもいい人だ。
この無茶苦茶な世界にも、まともな人はいるらしい。■■
それに、ウサギ耳もついていない。
この人が、とても格好よく見えてきた。■■
騎士様様だ。
しかも、宰相を同僚というからにはこの人の階級も高いのだろう。■■
いい人で、身分も高い。
そういう人は大好きだ。■■
是非ともお近づきになって、便宜をはかってもらいたい。■■
「ユリウスが言うには、この国で適当に人と交流すれば適当な時期に適当な感じで戻れるらしいわ」■■
そういう設定の夢らしい。
適当に過ごしても目は覚めるだろうが、暇なので従っておく。■■
【エース】
「時間の番人であるユリウスが言うならそうなんだろう。
それなら、城に滞在するといいよ」■■
「城に?
いいの?」■■
関係のない人をお城に住まわせるなんて、普通に考えれば有り得ない話だ。■■
【エース】
「だって、君はペーターさんの知り合いで、俺とも知り合いだ」■■
にっと笑う顔は、清清しい。
ペーターのにやにや笑いを見た後だから、特にそう思う。■■
「あなたとは、知り合いじゃなくて友達になりたいわ」■■
互いに微笑み合い、共に庭を歩き出す。
雑談をしながらぶらつくと、広い庭でもたいして歩いている気がしない。■■
【【【時間経過】】】
しかし、いくら楽しい時間は短いといっても、歩き回れば足も痛くなる。■■
(まったく、余計なことだけがリアルな夢だわ)■■
現実的でないこととしては、歩き回っている間に二回も時間帯が変わった。
昼から夜に、そしてまた昼へ。■■
「ねえ、エース。
そろそろ、城へ向かわない?」■■
「私、ちょっと疲れちゃったわ。
足を休めたい」■■
【エース】
「え?
何を言ってるんだ。先刻からずっと城に向かっているぜ?」■■
「え?
そっちこそ、何を言っているの……」■■
明らかに、私達は同じ場所をぐるぐる回っている。■■
この庭は英国式の庭園によくあるように迷路に似せた造りになっているが、それほど複雑ではない。
人を迷わすほどの造りにはなっていない。■■
城へ向かうのなら、方向が違う。
エースは率先して、反対方向へ行こうとしている。■■
散策に付き合ってくれているのだと思っていたが……。■■
【エース】
「君も迷子になっていたんだろう?」■■
「いいえ?
私は迷ってなんかいなかったわよ」■■
(……君も?)■■
「エースは……、迷子になっていたの?」■■
【エース】
「もちろんだ。
俺が迷わない道はない。どんな道でも、あまねく迷える」■■
騎士様は、堂々と言い切った。■■
「…………」■■
「……あなた、ここに住んでいるのよね?」■■
【エース】
「ああ、職場兼住居だ」■■
「……それで迷子?」■■
【エース】
「俺は、どこだって迷えるぜ。
知らない道でも迷うが、知ってる道でも迷う」■■
「ユリウスとたまにしか会えないのもそのせいなんだ。
時計塔に着くまで200回くらいは時間帯が変わってしまう」■■
「そんな俺が、この迷路みたいな庭で迷わなかったらおかしいよ。
どうやって城に戻ったらいいのか、さっぱり分からない」■■
ものすごく堂々と、言い切る。■■
ちなみに私の場合は、時計塔から城の庭園に着くまで時間帯は一度も変わらなかった。
道に迷うこともなかった。■■
……一本道だったから。■■
「…………」■■
「念のために聞いておくと、最近この城に引っ越してきたとかじゃないのよね?」■■
【エース】
「俺は、ずっとこの城に住んでるぜ?
でも、戻ってこれることがほとんどないから、生活の大部分は放浪して過ごしてるけどね」■■
「今回、城の庭まで戻れたのも317時間帯ぶりだ。
運がよければ、あと30回くらい時間帯が変わる頃には城内に入れるだろ」■■
足がずきずきしてくる。
そして、頭もずきずきしてくる。■■
この人は、間違いなくペーター=ホワイトの同僚だ。■■
「……足も痛いし、そんなに待っていられないから、私が先導してもいいかしら」■■
【エース】
「そいつは助かる。
ありがとう、アリス」■■
「どんな奴の案内でも、俺よりは確実に早いからな。
俺、方向音痴なだけでなくて運も悪いから、適当に歩いても全然たどり着けないんだ」■■
エースは悪びれもせず、爽やかに礼を口にした。■■
「…………。
……構わないわ。
人間、得手不得手はあるものね」■■
脱力する。
これがペーターであれば拳骨の一つでもくれてやったが、この人だとそういう対応は出来ない。■■
文句の一つや二つは封じ込めてしまう。
天然でいい人というのは、得だ。■■
「こっちだと思うわ。
多分、こう行けば……」■■
初めてここに来た私がこの城の住人を案内するという、奇妙な構図だ。
エースは素直についてくる。■■
【エース】
「初めて来た場所なのに、道が分かるのか?」■■
「え……?
だって、複雑な道じゃないし……」■■
【エース】
「君は、道案内人になれるよ」■■
(……お城、見えているんですけど)■■
感心してくれるが、私からすると彼のほうがすごい。■■
「城はこっちの方向に見えているのに、どうして右とか左に行こうとするの?」■■
反対に行こうとしないだけましかもしれないが、見当違いだ。■■
迷路というほど難解な造りの庭でもない。
見えているのだから、そちらの方向へ進めばいい。■■
【エース】
「だって、そっちのほうが近道じゃないか」■■
「……右や左へ行くのが?」■■
【エース】
「近道な気がしないか?」■■
「【大】全然【大】」■■
【エース】
「だって、まっすぐ行ったら行き止まりになったりしてフェイントがくるものだろう」■■
「…………。
ずいぶん進んだけど、行き止まりになんかならないわよ?」■■
【エース】
「変だよなあ……」■■
「普通にまっすぐ進んでまっすぐ到着するなんて、面白みがないぜ……」■■
「…………」■■
(……この人って、爽やかそうに見えるけどかなり捻くれているんじゃないかしら)■■
段々と、そんな気がしてきた。
ものの見方がかなり歪んでいる気がする。■■
「いつもは、兵士さんとかに道案内を頼んでいるの?」■■
【エース】
「いいや。
自力でなんとかたどり着くよ」■■
「道案内してもらうとすごく楽だけど、旅の楽しみが薄れるから」■■
穿ち過ぎかもしれないが、嫌味ととれないこともない。■■
「自力だと……、えらく時間がかかるでしょう」■■
【エース】
「それも旅の楽しみのうちさ」■■
「じゃあ、今は楽しみが邪魔されていることになるわね」■■
【エース】
「そんなことないよ。
君みたいな子に道案内してもらえるのは、悪い気がしない」■■
爽やかに言われて、反省する。■■
曲解するとタラシのような発言だが、彼は本当に爽やかだ。■■
(……捻くれているのは、私よね)■■
(こんな、いかにもいい人そうなのに裏を勘ぐっちゃうなんて……)■■
(爽やかオーラ出まくりなのに、馬鹿じゃないの、私。
嫌な奴だわ……)■■
誤魔化すようににこりと笑うと、にこにこと返された。■■
(……うん、やっぱりいい人)■■
「もうすぐ着くからね」■■
(…………)■■
なんだか、おかしな具合だ。
私はビジターで、彼はここに住んでいる。■■
得手不得手は人それぞれとはいえ、立場的におかしい。■■
【エース】
「アリス、君って頼りになるなあ……」■■
「そうかしら……」■■
おまえが頼りにならなさすぎるんだよ……とは、思っただけで言えなかった……。■■
(……こんな爽やかな人に皮肉を考えちゃうなんて、私ってどこまで嫌な奴なの)■■
【【【時間経過】】】
◆ハートの城・城内◆
城に到着し、城内に入った。
エースは感心しきりといった様子だ。■■
【エース】
「すげえ。
本当に着いちゃったよ」■■
「丘の上に見えているんだもの。
着くに決まっているわよ」■■
【エース】
「でも、初めて来る場所だろう?
すごいぜ」■■
「初めてだろうと、丘の上に見えていれば誰だって行けるに決まって……。
あー……、いいわ、どういたしまして」■■
時計塔からここに着くまで200回も時間帯が変わるような人にしてみれば、確かに偉業だろう。
賞賛は受け取っておく。■■
私からしてみれば、そんなに時間をかけられるほうが偉業だ。
とても真似できない。■■
【エース】
「さて、と。
久々の我が家だ」■■
「……俺の部屋はどこだったかな」■■
「……知らない」■■
かわいそうなことに、この人は自分の部屋も分からないらしい。■■
【エース】
「え~と、俺はこれから自分の部屋を捜しに旅に出るが……、君はどうする?」■■
「謁見室に行きたいなら、連れて行ってやってもいいぜ?
……確実に迷うけど」■■
自分の部屋捜しの旅……。■■
(自分捜しの旅なら聞いたことがあるけど……)■■
(あれも、よく分からないのよね。
旅なんかで自分がみつかりっこないでしょ)■■
しかし、それ以上に自分の部屋捜しの旅というのも謎だ。
そんな旅をしている人間には、生まれて初めて出会った。■■
(どこをどうやって、自分の部屋を捜して迷えるのよ……)■■
「謹んで遠慮申し上げるわ……。
いいかげんに、足が痛い……」■■
「そもそも、私、謁見室なんか行きたくないもの。
ペーターと会いたくない」■■
【エース】
「そうか。
じゃ、この辺でお別れだな」■■
「お~い、誰か!」■■
【【【演出】】】・・・手を叩く音
エースはぱんぱんと手を叩いて、人を呼んだ。■■
【【【演出】】】・・・ベルの音
エースは何も持っていないのに、ちりりーんと、ベルの音がする。
その音に、メイドが駆けつける。■■
【メイドA】
「お久しぶりです、エース様。
お戻りになられましたのね」■■
【メイドB】
「どうなさいました?」■■
【エース】
「この子は、俺とペーターさんの客人なんだ。
おもてなししてやってくれ」■■
「間違っても、銃を向けないようにな。
頼むぜ?」■■
【メイドA】
「分かりました」■■
【メイドB】
「お任せください」■■
銃を向けないようになんて、メイドへの注意としてはどうかと思う。■■
しかし、的外れでもない。
メイド達は、しっかりと銃を携帯していた。■■
【エース】
「俺は行くけど、用があったら使用人達に頼めばやってくれるから」■■
「運がよければ、又会えるだろう。
じゃあな、アリス!」■■
「……城内にいて、運がよくないと会えないってどうなの……」■■
確かに城は馬鹿でかく広いが、エースはここの住人のはずだ。
筋金入りの方向音痴で、しかも本人がそれを受け入れてしまっている。■■
(自分の家……城の中で行き倒れないか心配だわ)■■
はたと、横に佇むメイド達を見て気付く。■■
「あなた達に案内してもらえばよかったんじゃないの?
使用人なら、エースの部屋も知っているわよね?」■■
【メイドA】
「もちろん、存じておりますけど……」■■
【メイドB】
「エース様は道案内をお望みになりませんから……」■■
「?
そうなの?」■■
「でも、ここまでは私が道案内してきたのよ?
拒否されたりしなかったけど」■■
(道案内がないほうが楽しいとは言われたけど)■■
でも、拒否されたりはしなかった。
とにかく爽やかで、女性を無碍に扱ったりしなさそうな印象だ。■■
【メイドA】
「それは、あなた様を気に入れられたからではないでしょうか」■■
【メイドB】
「わたくし達は、お仕えするだけです。
ご命令がなければ、動きかねますわ」■■
「…………」■■
同じような顔で、同じような服装。
美人だが不気味なメイド達。■■
敵意などは感じなくとも、エースと違って、どうも仲良くなりにくそうな印象を受ける。
どうにも、無機質な……。■■
【メイドA】
「あなた様は、道案内をお望みですか?」■■
【メイドB】
「お望みなら、ご案内いたします」■■
「え~と……、じゃあ、お願いできますか?」■■
畏まってしまう。
自然と話し方が他人行儀になった。■■
【メイドA】
「では、こちらです」■■
【メイドB】
「ついてきてください」■■
メイドは、すすっと滑るように廊下を歩いていく。
慌てて追いかけた。■■
【メイドA】
「こちらが、兵士の詰め所になっておりまして……」■■
【メイドB】
「あちらに、食堂がございます。
料理は使用人に言ってくださればご用意いたしますが、自由に使えるキッチンもございまして……」■■
メイド達はそれぞれに右を指したり左を指したりする。■■
【メイドA】
「あそこの角から、メイドの住み込み部屋で……」■■
【メイドB】
「あちらは、すべて客室です。
お客様など滅多にいらっしゃいませんけど、常にルームクリーニングは欠かしておりませんので……」■■
【メイドA】
「そこの角が……」■■
「ま、待って待って……!」■■
「私はエースほど方向音痴じゃないけど、そんなに一気に教えられても覚えきれないわ!
頭がこんがらがっちゃう!」■■
とても広い城の上、廊下はどこも似たり寄ったりだ。
廊下の先にある重厚な扉を開けると、また同じような廊下が続いている。■■
その繰り返しな上、メイド達は立て続けに解説していく。
覚えきれない。■■
【メイドA】
「左様ですか……」■■
【メイドB】
「それでは、最初からもう一度……」■■
【メイドA】
「今度はゆっくりと……」■■
方向転換して元の場所へ戻ろうとするのを慌てて留める。■■
「いらないいらない!
兵士の詰め所やメイドさんの住み込み部屋なんか教えてもらっても、用事なんてないもの!」■■
「そこって、入っちゃいけない場所でしょう?
行ってもいい場所だけ教えてくれない?」■■
【メイドA】
「入ってはいけない場所?
そんな場所はございません」■■
「どこへお入りになっても構いませんわ」■■
【メイドB】
「そうです。
好きな場所へ好きなだけいらっしゃってください」■■
【メイドA】
「あなた様はお客様ですもの」■■
【メイドB】
「どこへ入るのも自由です」■■
【メイドA】
「どこへ行くのも自由」■■
【メイドB】
「何をしてくださっても構いません」■■
メイドは、口を揃えて自由に、と繰り返す。
手放しの歓待といえるのかもしれないが、戸惑ってしまった。■■
「そんなこと言って……。
人の部屋に勝手に入って居座っちゃマズイでしょう?」■■
【メイドA】
「構いませんわ」■■
【メイドB】
「ご自由にどうぞ」■■
「……え?
いやいや……」■■
この城では、使用人より客の意思を尊重するらしい。
それにしても行き過ぎだ。■■
「たとえば、それが偉い人の部屋だったらどうするの?」■■
【メイドA】
「ホワイト卿なら、お喜びになるでしょう」■■
メイドの口から、さらりと変態ウサギの名前が飛び出す。■■
「ペーターが?」■■
【メイドB】
「あなた様より先に城へ戻っていらっしゃいました」■■
【メイドA】
「そして、わたくし達にお命じになられました」■■
【メイドB】
「丁重におもてなしするようにと。
ホワイト卿のお部屋にご案内するよう指示されておりますわ」■■
「……【大】げ【大】」■■
(まったく咎められないと思っていたら。
そういうことだったの?)■■
「冗談じゃないわ。
絶対嫌よ」■■
「あんな奴の部屋に滞在するくらいなら、他を当たる」■■
なぜペーターがあんなに私に固執するのか分からないが、迷惑なだけだ。■■
【メイドA】
「そうですか……」■■
【メイドB】
「でも、ご案内するようにと申し付かっておりますので……」■■
メイド達は、困り顔で食い下がってきた。■■
(あんなのでも、宰相だものね。
逆らえないか……)■■
(私のせいで、メイドさん達が叱られたら気の毒だし……)■■
先刻の件からしても、彼が部下に優しくないのは目に見えている。
叱られるどころか、あの手品のような手法で銃を撃ちかねない。■■
だが、ペーターの部屋に滞在する気などなかった。
別の意味で、私の身が危険だ。■■
「……案内しろって指示されたのよね?」■■
「いいわ、案内して。
ペーターは、まだ謁見室よね?」■■
【メイドA】
「はい、女王陛下に謁見なさっているはずです」■■
「なら、大丈夫ね。
急いで案内して」■■
「案内してもらったら、後は適当な部屋に滞在させてもらうから」■■
案内しろと指示されていても、そこに滞在させろとは言われていないらしい。
彼女達は反論しなかった。■■
忠実な使用人だ。
極端なまでに。■■
「客室はどれでも使ってかまわないのよね?」■■
【メイドB】
「ええ。あちらは、すべて客室です。
ご自由にお使いください」■■
「……あのフロア全部?」■■
【メイドA】
「二階と三階もほとんどが客室ですわ」■■
【メイドB】
「このお城は広いので……」■■
【メイドA】
「お掃除が大変なんです」■■
これだけの広さがあれば、大変だろう。
何人くらいいるか知らないが、メイドに同情する。■■
「今の時期、お客さんはいないの?」■■
【メイドB】
「女王陛下は、誰とも親しくなさいません」■■
【メイドA】
「でも、もうすぐ舞踏会がひらかれますの。
そのときにはお客様で溢れかえることでしょう」■■
舞踏会。
またメルヘンな言葉が出てきた。■■
「舞踏会は、いつ頃ひらかれるのかしら」■■
それまでに出て行こう。
心に決める。■■
そんなメルヘン空間で、間違って白馬の王子様とでも遭遇したら大変だ。
あまりの非現実具合に吐いてしまいかねない。■■
【メイドB】
「あと、500くらい時間が変わったらひらかれるのではないでしょうか」■■
【メイドA】
「違います。
あと600くらいだったはずですわ。
もっと先かもしれません」■■
「……どっちにしても、それがどれくらい先のことなのか分からないわ」■■
何週間先とか何ヶ月先とかいう、具体的な時間ではないのだ。
500回時間帯が変わるとしたら、単純計算なら約166日強。■■
600回なら、200日後。しかし、ここの時間はあてにならない。
だから、彼女達も「~くらい」という表現しか出来ないのだろう。■■
ころころ時間帯が変わるかと思えば、まったく変わらない時期もあるらしい。■■
法則性もない時間変化。
体内時計も狂って当然だ。■■
【メイドB】
「開催時期は女王陛下がお決めになります」■■
【メイドA】
「中止になることもございます。
女王陛下のお心次第ですわ」■■
「ペーターも、女王様に叱られるとか言っていた……」■■
「女王様が支配している国って珍しいわ。
王様はいないのね」■■
【メイドB】
「いいえ、王様もいらっしゃいます」■■
「それなのに、女王様がこの城を支配しているの?」■■
【メイドA】
「いいえ、第一の権力者は王様です」■■
「?
でも、ペーターもあなた達も口にするのは女王様のことばかりじゃない」■■
今の今まで、王様がいるということ自体、気付かなかった。■■
(上位の人の名前が出てこないっていうのは、恐れられているか蔑ろにされているかのどちらかだけど)■■
私は、王族に知り合いなどいない。
裕福な家の生まれとはいえ、平民だ。■■
だから、基準はもっと身近な集団生活の場、学校等の話になる。■■
学校で一番偉いはずなのに会話に名前の出てこない校長先生、学級で一番なはずなのに話題にならない学級委員長。
そんな感じだ。■■
「第一の権力者は王様でも、実権は女王様にあるのね」■■
そういうことだろうと、内緒話をするように話しかける。■■
そこで、ようやくメイド達は笑ってくれた。
雰囲気が和らぐ。■■
【メイドA】
「ふふ、女王陛下はお強い方なんです」■■
【メイドB】
「ふふ、王様は押され気味なんです」■■
彼女達は砕けた様子で、くすくす笑う。■■
きっかけさえ掴めば、とても話しやすい。
しばらく歩くうちに、雑談を出来るくらいには仲良くなれた。■■
【メイドA】
「おかしいわ」■■
【メイドB】
「ええ、本当に。
ねえ……、ふふふっ」■■
「なあに?
私だけのけ者にしないでよ」■■
くすくすと笑うメイド達に混じり、私も笑う。
エースも気さくだったが、女同士だとまた違った気安さがある。■■
【メイドA】
「ふふ。
だって、わたくし達、いつもはこんなふうじゃないんですもの」■■
【メイドB】
「ハートのお城の人間は、みんなハートが凍っているみたいだって言われるんですよ」■■
【メイドA】
「とっても、冷酷だから」■■
【メイドB】
「そうそう、残酷だから」■■
歌うように繰り返す。
まるで、暗示でもかけられているかのようだ。■■
「そんなふうには見えないわ。
あなた達はいい人よ」■■
「最初はちょっと取っ付きにくいかと思ったけど、勘違いだった。
今は、冷たい感じなんて全然しない」■■
【メイドA】
「…………」■■
【メイドB】
「…………」■■
「私みたいに、勘違いしてそのままな人が多いんじゃない?
第一印象って難しいわよね」■■
メイド達は、赤くなった。
照れているのだか、複雑そうな顔をしている。■■
「知れば、好かれるわよ。
あなた達って、可愛いもの」■■
【メイドA】
「…………」■■
【メイドB】
「…………」■■
【メイドA】
「あなた様が、ホワイト卿に好かれる理由が分かりますわ」■■
【メイドB】
「わたくし達も、あなた様が好きになってしまいそう」■■
「?」■■
「私は、ペーターよりあなた達のほうが好きだわ。
あの人、嫌いなの」■■
口だけでなく、彼女達が好きになった。
そして、彼女達も私を好いてくれているのが分かる。■■
どうしてだろう。
不思議に思う。■■
わずかに違和感を覚え始めた。
エースのときにも感じた違和感だ。■■
(私は、人に好かれるほうだったかしら?
そんなことはなかったはずなのに……)■■
【メイドA】
「ふふ……、ありがとう」■■
【メイドB】
「ホワイト卿にも手に入らないものがあるのね」■■
くすくす笑う彼女達に、冷酷とか残酷とかいう言葉は似合わない。
腰につけた銃には存在感があるが……、それを除けば綺麗なメイド達だ。■■
【メイドA】
「ねえ、どこへ行ってもあなた様の自由ですけど、女王陛下のお部屋には近付かないようにしてくださいね?」■■
【メイドB】
「入りたいのなら入ってもいいのですけど、危険だから……」■■
ペーターの部屋を案内してくれた後、他の主要な場所へも案内してもらう。
道中、こそこそと囁かれた。■■
(危険って、どういうことだろう。
警備が厳しいとか???)■■
「部屋を間違えちゃわない限り、入るつもりはないわ。
女王陛下の部屋なんて、入っちゃまずいでしょう」■■
「でも、ご挨拶くらいすべきなのかしら」■■
【メイドA】
「よしたほうがいいですよ」■■
【メイドB】
「危険です」■■
(危険???)■■
「どうして危険なの?」■■
【メイドA】
「もちろん、首を刎ねられてしまうからですわ」■■
「…………。
……なんですって?」■■
【メイドB】
「ご機嫌を損ねたら死刑にされてしまいます」■■
部下が部下なら、上司も上司だ。
ペーターが遅刻魔だと知ったときには、上司はさぞや苦労しているだろうと思ったが、女王様というのは随分な暴君らしい。■■
【メイドA】
「間違ってお部屋に入ったら、確実に首を斬られます。
入ってもいいのですけど、入ると危険です」■■
「入っちゃ駄目ってことでしょう、それは」■■
首を斬られてしまうような場所を、入ってもいいなんて言わないでほしい。
死刑になると分かっていて、誰が入るものか。■■
このメイド達も結構なものだ……。■■
足が疲れたので客室へひっこもうと思っていたところだったが、もう少し歩く必要ができてしまった。■■
「女王様の部屋の場所も案内してもらえる?」■■
万が一にも間違って近付いてしまわないよう、位置の確認をさせてもらう。
案内してもらった後は、くたくたになっていた。■■
【【【時間経過】】】
ハートの城・主人公の部屋
ハートの城の客室は……、なんというか……ハートの城らしい客室だった。■■
そこかしこに、ハート形の装飾が溢れている。■■
(城中、ハートを使わなきゃならないっていう決まりでもあるのかしら……)■■
(赤……)■■
(目に痛いな……)■■
【【【時間経過】】】
時間帯が何度も変わり、なんだかんだとハートの城での生活にも順応してしまった。■■
私は、たまに部屋を変えながら客室に滞在させてもらっている。
広い城内にある部屋は無数に近く、おとぎ話を連想させた。■■
(それにしても……順応できちゃうものなのね)■■
最初は無茶苦茶な世界だと思っていて、今でもそう思っているが、慣れればこの世界はそれほど特異でもない。■■
人は、意外と普通に生活している。(意外と、だ)■■
空を飛んだりできないし、魔法も使えない。
少なくとも、妖精さんは出てきそうになかった。■■
(……安心した)■■
しかし、ここの時間変化は、間違いなく無茶苦茶だ。
昼の次は夜、その次に昼がきたり、また夜がきたり夕方になったり。■■
法則性も何もなく、ころころ変わる。■■
変化する速さもそのときどきなので、時間感覚が徐々に狂っていく。
今分かるのは、城に来てから結構な時間が経過したということくらいだ。■■
ここのメイドにも兵士にも知り合いが増えた。
誰も彼も同じに見えても、全員が違う人だ。■■
親しくなれば、顔というものも見えてくる。
それまではのっぺらぼうだった顔に、個が出てくる。■■
個性が見えれば愛着もわき、人を好きになれば彼らがいる場所も好きになる。
私は、夢の中の場所、ハートの城が気に入り始めていた。■■
【【【時間経過】】】
城での生活にも慣れてきた。■■
危険な場所も覚えたし、何か違うことをしてみようか。
そう考える余裕も出てきた。■■
ハートの城・廊下
ひとところにいるのも飽きてきた。
城の他の場所も探索してみることにする。■■
入ってはいけない場所、まずい場所などはすでに把握済みだ。
メイド達の案内がなくとも、うまく避けられる。■■
特に行ってはいけないのが、女王陛下の部屋付近。
誰に注意されなくとも近寄ったりしない。■■
私だって、命が惜しい。(ここが夢の中だとしても、だ)
この城に住む女王様は、えらく暴君らしいからなるべく避けて通るのが無難だ。■■
出来れば、会わないまま過ごしたかった。
そういったわけで、ペーターの部屋と女王陛下の部屋を避けて城を探索する。■■
何度か、顔見知りになったメイドや兵士と行き違い、立ち話を楽しむ。
そうこうするうちに、時間も経った。■■
(そろそろ客室に戻ろうかしら……)■■
【???・ビバルディ】
「おまえは何者だ?
見ぬ顔じゃの」■■
部屋に帰りかけていたところを、呼び止められる。
こういった問いかけにも慣れた。■■
広い城だ。
いつもいる客室付近なら知り合いも多くなったが、まだまだ会ったこともない人はたくさんいる。■■
女性なのでメイドかと振り向くと(でもメイドにしては偉そう)、ものすごい美人が立っていた。■■
「…………」■■
ぽかんと口が開く。■■
綺麗な人だ。
ものすごく。■■
そして、私の周りにはいないタイプ。■■
年上の女性など、パーティーにでも行かないかぎり縁がない。■■
美人というのはいるようでいないもので、着飾っても限度がある。
着飾れば着飾るほど、その装飾が浮いて見える。■■
一口に美人といっても、派手なドレス姿が板につくような女性は少ない。
私の姉も美人だが、パーティーの似合う女性ではない。■■
姉に派手な衣装は似合わない。
楚々とした魅力をドレスが殺す。■■
世の女性の大体はそうだ。
衣装が豪華すぎると、それに負けて自身が霞んでしまう。■■
目の前に立つ彼女は、ドレス負けしていなかった。■■
【???・ビバルディ】
「なんじゃ、口がきけぬのか?」■■
「逃げ出さぬところをみると、侵入者ではないようだが……。
わらわの質問に答えぬとは、客だとしても容赦はせぬぞ?」■■
豪奢なドレス、不遜な物言いが実によく似合う。
彼女が謙遜している様を想像できない。■■
派手な衣装・気位の高い話し方がぴたりとくる。
こんな美人はそういない。■■
「綺麗な人だと思って……」■■
厳しい美しさだ。
彼女が一言も喋らなかったとしても、性格のきつさが伝わってくる。■■
物言わずとも周囲を威圧するような人だ。
服装からしても、高い身分に違いない。■■
【???・ビバルディ】
「ほう?
わらわを美しいと申すか」■■
「…………」■■
「そのような当然のこと、言われたとて機嫌はとれぬぞ?」■■
そう言いつつ、彼女も悪い気はしていないようだった。■■
少しのずれもなく整えられた口紅の形が和らぐ。
厳しさが幾分か抜ける。■■
「あなたはこの城の……、王女様?」■■
【???・ビバルディ】
「……王女」■■
「?」■■
彼女は、きょとんとした顔だ。
どこか呆然と、言葉を失う。■■
【???・ビバルディ】
「わらわが王女とな……」■■
無防備な表情になると、一層美しく見えた。■■
化粧をしてすましていると完璧なまでの美人だが、そういう表情をすると若くも見える。
可愛いと表現しても外れていないはずだ。■■
【???・ビバルディ】
「……ふ」■■
「ふふふ、面白いことを言う。
懐かしい呼ばれ方じゃ」■■
「おまえには、わらわが王女に見えるのかえ?」■■
「え……と、私、的外れなことを言いました?」■■
彼女はくすくす笑う。
高い身分だということは間違っていないだろうが、どうも見当を外したらしい。■■
【???・ビバルディ】
「いいや。
そんなには外れておらぬ」■■
どこか寂しげに表情が曇る。
この表情がまた、美女にはよく似合う。■■
気の強そうな目に影がさす様も美しい。
うっとりとその顔を見つめても、咎められることはなかった。■■
(綺麗な人……)■■
私は、年上の美女に弱い。■■
記憶の中の若い母に重ねているところもあるが、彼女に似すぎていると落ち込む。
母に似ていない自分に落ち込み、姉を思い出しては更に落ち込むのだ。■■
嫌いなわけではないのに、彼女達は近しすぎて、そうなれない自分というものを自覚させてしまう。■■
その点、目の前の女性は素直に称賛できる相手として理想に近い。
母にはまったく似ていない美女だ。■■
「私、アリス=リデルという者です」■■
【???・ビバルディ】
「……ほう?」■■
遅ればせながら自己紹介すると、弧を描いていた眉が持ち上がる。■■
【???・ビバルディ】
「余所者か」■■
「…………。
……これは珍しい」■■
(余所者)■■
ここに来て、何度か耳にした呼ばれ方だ。
聞こえが悪くて好きではない。■■
だいたい、どうしてここの人達は名前を聞いただけで余所者だと分かるのだろう。■■
【???・ビバルディ】
「そう呼ばれるのは嫌か」■■
彼女は、私の表情にすぐ反応した。
聡くて、反応も早い。■■
「ここに馴染めないと感じる呼ばれ方だから……」■■
余所者という呼ばれ方は、拒絶されているように感じる。■■
【???・ビバルディ】
「そうだな。
いい呼び名とは言えぬ」■■
彼女は、あっさりと同意した。■■
【???・ビバルディ】
「おまえが異世界の者であろうと、名前で呼んでやるべきであった」■■
「アリス。
名前で呼ぶことにしよう。よいな?」■■
「ええ、もちろん。
……あなたのお名前は?」■■
【???・ビバルディ】
「わらわの名か?」■■
「そう。
失礼でないのなら、教えてもらえますか」■■
身分が高いと分かっている相手だ。
微妙な敬語を使ってしまう。■■
初対面で敬語で話さないのは失礼だろうが、がっちりと丁寧な言葉で囲ってしまうと壁になる。■■
【ビバルディ】
「わらわはビバルディじゃ」■■
「ビバルディ」■■
名前まで、美しく、いかめしい。■■
私が名を呼ぶと、ビバルディはまたきょとんとした顔になる。■■
子供が初めての言葉を聞くような表情だ。
「それは何?」とでも言いたげな表情。■■
「あなたの名前でしょう?
どうして驚くの?」■■
【ビバルディ】
「奇妙な感じだ……」■■
「おまえのような小娘に名を呼ばれるとは……。
不快でないのがおかしい」■■
「……まあ、よい。わらわが名乗ったのじゃ。
好きに呼ぶがよいわ」■■
ビバルディはさっさと立ち去ってしまった。■■
どうも照れていたような節がある。
そんなに名前を呼ばれ慣れていないのだろうか。■■
(でも、それじゃあ、普段はなんて呼ばれているの???)■■
尋ねようにも、彼女はもういない。■■
【【【時間経過】】】
ハートの城・廊下
時間は、更に経過する。■■
無茶苦茶な時間変化に慣れ、自分なりのペースで生活できるまでになった。
なんだかんだと奇怪な事件があったものの、完全に慣れてしまったらしい。■■
【ペーター】
「城での生活には慣れましたか、アリス?」■■
前までのやりとりがなかったかのように、ペーターが話しかけてきた。■■
「変な場所だけど、慣れちゃった」■■
ここでの生活は悪くない。■■
認めてしまえば、敗北のような気もする。
これは夢で、現実から逃避をしているのかもしれない。■■
だが、悪くない。
悪くないのだ。■■
【ペーター】
「そうですか!
よかった!」■■
ペーターの表情が、ぱあっと明るくなった。■■
【【【演出】】】・・・ぴょこんと耳が動く音
ウサギ耳がぴょこんと動く。
そんなに喜ばれると、なんだかこちらも嬉しくなってしまう。■■
【ペーター】
「嬉しいです……。
早く、もっともっと慣れてくださいね」■■
「これからも、ずうっとこの城に滞在することになるんですから……」■■
(……ずっと?)■■
(すぐに夢から覚めるわよ)■■
「そうね。
どうせ滞在させてもらうのなら、楽しく過ごしたいもの」■■
【【【演出】】】・・・ぴょこぴょこと耳が動く音
好意的に対応すると、ペーターの耳はますますぴょこぴょこ動いた。■■
【ペーター】
「そうですよね!
僕も、どうせいてもらうなら、快適に過ごしてもらいたいと思います!」■■
(……歓迎してくれているのね、これでも)■■
【ペーター】
「……ここにいてくれるならどう思われてもいいと思っていたけど、やっぱり気持ちが通じ合うって嬉しいものですね」■■
(…………)■■
(……通じ合ってないよ?)■■
【【【時間経過】】】
ハートの城・主人公の部屋
この世界、この場所にも慣れてきた。
メルヘンな城に住むという、特異な状況にも。■■
ペーターに尋ねられ、答えたことで自分の中での認識も強まる。
おかしな部分、おかしくない部分。■■
私の常識と違う部分も多いが、同じような部分もある。■■
(……慣れって怖い)■■
恐ろしいほど都合のいいことに、この世界では服の替えが必要ない。
汚れても、よれてしまっても、時間を戻したように元に戻せる。■■
汗をかいたら、お風呂に入らなくてもいつの間にか清潔になっている。(好きだから入るけど)
時間が進んでいないかのようだが、ちゃんと進んでいて……、しかし戻りもする。■■
まだまだ知らないこと、分からないことはたくさんあった。
でも、これ以上詳しくなるのが怖い気もする。■■
これは、夢だ。
はまりすぎてはいけない。■■
(ここでは、時間が狂っているのね……)■■
(進んでいるにしても、正確じゃない。
とにかく、狂っている)■■
それだけ分かっていればいい。
追求しても意味がない。■■
これは一時の夢で、真剣に深く知ろうとするのは間違っている。
私の頭の中の作り事なのだ。■■
【【【演出】】】・・・ごそごそ探る音
ごそごそと、ガラス瓶……クリスタルにも見える透明な薬瓶を取り出す。
なくしたと思っても、傍にある。■■
常に忘れられない。■■
「…………」■■
ペーター=ホワイト。■■
あの馬鹿ウサギに強引に飲まされたもの。
今は中身もなく、ただの空き瓶だ。■■
きれいな作りだが、特に惹かれるようなものはない。■■
(どうして、必要だって思うのかしら……)■■
私には瓶の収集癖などないはずなのに、なぜか……手放せない。■■
(う~~~ん……)■■
(夢から覚めるためのアイテムなのかな?)■■
物語にはよくある、キーアイテムではないだろうか。
このアイテムをどうにかすればどうにかなる……。■■
(どうにかすればどうにかなる……)■■
えらく曖昧だ。■■
(どうでもいいから、早く目が覚めないかな……)■■
しばらく考えたが、どうでもよくなってくる。
不思議な小瓶、不思議な世界。■■
たいして不思議に思わず順応してしまった私。■■
「…………」■■
「変だわ……」■■
変なのは最初から分かっている。
この世界は、夢だ。■■
頭がふわふわして、体もふわふわする。
現実かと思うこともあるが、浮いているような感覚は夢特有のものだ。■■
これは夢。
長く、想像力に富んだ夢だ。■■
自分の想像力に驚くと同時に、これが夢でも納得ができない。
この世界でそれなりの時間が過ぎたが、会う人は皆私を好いてくれる。■■
好かれていると分かる好意は心地よく、だからこそ私はこれが夢だと強く実感する。
現実では、ありえない。■■
(私は、誰からも好かれるような人間じゃない)■■
それに相応しいのは、優しい姉のような人間であり可愛い妹のような人間であって、私ではない。
適度に猫を被っているが、それでも私には毒がある。■■
こんなひらひらした格好をしていても見抜く人は見抜くし、私だって騙し通せるとは思っていない。
私は、姉のように根っからの善人でもなければ、妹のように甘え上手でもなかった。■■
この世界にきて、別人に変わったということもない。
私は私。■■
皮肉びた考え方しか出来ない、斜に構えた人間だ。
根暗で見栄っぱり。■■
自分を強く見せようとする卑小な人間。
……深く考えると、落ち込む。■■
(夢だとしても、納得がいかない)■■
夢だからこそ、かもしれない。
自分の心を映すはずのものだから、こういう夢を認めたくない。■■
「…………」■■
(私は……)■■
(たくさんの人に好かれるような人間じゃないわ……)■■
そんなことは、望んでもいないはずだ。■■
(だって、私が好かれたかったのは……)■■
顔の見えないたくさんの人じゃなく、具体的な一人だ。
そして、それは叶わなかった。■■
その人に代わるものなどないはずで、誰かを代わりにしたいとも思えなかった。■■
【【【時間経過】】】
◆ナイトメアの夢の中◆
その夜、私は初めて夢をみた。
初めてというのは、もちろん生まれてから初めてとかいう意味ではない。■■
この世界に来てから初めてという意味だ。■■
「夢の中で夢をみるなんて奇妙な現象はそう起こるものじゃないものね」■■
心の中で思った言葉が、そのまま声に出る。■■
「あれ……?」■■
【???・ナイトメア】
「私に隠し事は出来ないよ、アリス。
隠そうとしても無駄なことだ」■■
「え……?」■■
一人だった空間に、ふわりと男性が現れる。
いきなりだと感じなかったのは、空気のように場に馴染んでいたからだ。■■
その人は、あまりに夢に馴染みすぎていた。
最初からここにいた私のほうが異質に思えるほどに。■■
【ナイトメア】
「私は、ナイトメアだ。
悪夢を体現させる夢魔」■■
「名前はない。
どういうふうにでも、好きなように呼ぶといいよ」■■
この人は誰だろうと思ったら、尋ねる前に返事がかえってきた。
そんなふうに名乗られて、ナイトメア以外に呼べるだろうか。■■
トムとかジョンとかいうふうに呼べるわけがない。■■
「夢魔か……。
この変な夢なら、そういうのが出てきてもおかしくはないわね」■■
また、思ったことが口から飛び出す。
思うだけに留めることが出来ないらしい。■■
夢なのだから、もっともだ。■■
【ナイトメア】
「これが夢だと思っている?」■■
「夢だもの」■■
【ナイトメア】
「そうだね。
これは夢だ」■■
もう分かっていることを確認する。
馬鹿馬鹿しい。■■
【ナイトメア】
「そう馬鹿馬鹿しくもないさ。
これは夢だが、夢から覚めたら夢でなくなるんだ」■■
「…………。
この世界の人は誰も彼も気が狂っているんじゃないの?」■■
言っていることが支離滅裂だ。
それに、考えを読まないでほしい。■■
「夢から覚めたら、現実に決まっているでしょう」■■
【ナイトメア】
「その通り。
今は夢だけど、目が覚めたらそれは現実」■■
「君は分かっているのに、分かろうとしていない」■■
「分かっているわよ。
こんなおかしな世界が、現実じゃないことくらい」■■
【ナイトメア】
「…………。
君って、頭はいいのに馬鹿なんだね」■■
むっとする。
この男もふざけている。■■
【ナイトメア】
「頭がいいからこそ、分からないのかな」■■
「私は君が好きだから、からかったりしないよ。
君のことが好きだから、裏切ったりもしない」■■
それがとても素敵なことのように言うが、私はぞっとした。■■
【ナイトメア】
「ここでは、みんな君を好きになる」■■
「……都合のいい夢なのね」■■
そして、それが私の願望か。
そう思うと、改めてぞっとした。■■
心の底で、私は誰からも好かれたいと思っていたのか。■■
【ナイトメア】
「誰だって、嫌われるよりは好かれたいと願うさ。
どうして、それが悪いことのように思うんだい?」■■
全部が筒抜け。
口に出さずにすんだことまで、この男には聞こえてしまうらしい。■■
【ナイトメア】
「悪いね、それがナイトメアだからどうしようもない」■■
「人にとって、なによりの悪夢は自分だってことさ、アリス。
君も内側に踏み込まれるのをなにより嫌っている」■■
「…………。
私は俗物でくだらない人間だから、心を読まれるなんて堪らないのよ」■■
【ナイトメア】
「アリス。
自分がくだらない人間なんて、どうして思えるんだ?」■■
「君は好かれている。
これから、もっと好かれることになる」■■
「君と知り合えば、誰もが君を好きになり、君を愛するようになる」■■
「誰からも愛される世界ってわけ。
気持ち悪いわね」■■
気持ち悪いのは自分だ。
そんな願望を持っていたなんて恥ずかしい。■■
子供じゃない。
好意より悪意を向けられる可能性のほうが高いことくらい、理解する年齢だ。■■
【ナイトメア】
「子供じゃないから、望むんだよ。
君はもう、孤独を知っている」■■
「満たされている者には知りえない闇の色を見ただろう?」■■
「一人が寂しいから、こんな夢をみているの?
そんなに弱くないつもりだったわ」■■
「自惚れだったのね。
自分がそこまで弱いとは思わなかった」■■
これが夢なら、この男も私だ。
自問自答していることになる。■■
私は強いつもりだった。
誰にでも勝てるなんて思っていない。■■
それでも、逃げ出さないだけの強さは持ち合わせていると思っていた。
それがどうだ。■■
こんなに深い夢をみて、望んだことは「誰からも愛されたい」なんて。■■
【ナイトメア】
「そうじゃない。
そうじゃないよ、アリス」■■
ナイトメアにはすべて聞こえているらしく、即座に否定した。■■
【ナイトメア】
「君は、誰からも愛されたいわけじゃない。
誰かに愛されたいんだ」■■
「しかも、誰でもいいというわけじゃない。
自分が愛する人に愛されたいんだ」■■
「わがままな話ね」■■
そうやって条件を羅列されると、自分がひどくわがままな人間に思えてくる。
事実、私はわがままな人間だ。■■
自分のことが優先で、思いやりが少なく、常識と警戒心だけを前に押し出す。
そういう人間だ。■■
【ナイトメア】
「普通のことだよ」■■
「誰もが自分の考えを優先する。
そして、理解者を求めているんだ」■■
「そうかしら」■■
そうだとしても、それを夢に求めるなんてどうかしている。■■
【ナイトメア】
「誰からも愛されたいという人もいるけど、君はそんなに欲張りじゃない。
謙虚ではないけど、強欲でもない」■■
「私の知る人間の中では慎ましいほうさ。
何も恥じ入ることはない」■■
「恥じ入ってなんかいないわ。
自分に虫唾が走っているだけよ」■■
「私、現実主義のつもりだったのに、こんなメルヘンな夢をみるなんて……」■■
(愛に飢えた子供のような……)■■
がっくりする。
自分では大人になったつもりでいた。■■
とんだ自惚れ。
こんな夢をみるなんて、私はまだまだ子供だったのだ。■■
得られないものを自分の夢に探す、愚鈍な子。■■
【ナイトメア】
「子供じゃないと認めたから、この世界に入れてあげたんだよ。
完全な大人でもないが、子供とも違う。不完全だから入れた」■■
「この世界は、君が勝手に作り出したわけじゃない。
私がつなげてあげただけで、最初からある世界だよ」■■
「そうね、最初からある……妄想の世界よね」■■
私の願望で出来た、夢の世界だ。
何もかもが都合よくというわけにはいかないが、それすらも私らしい。■■
「夢の国……。
ハートの国っていうのは的確だわ」■■
赤く染まった妄想の国だ。■■
【ナイトメア】
「…………」■■
「夢というなら夢の世界で間違いないよ。
君が望まれている世界だ」■■
「君は、自分が望まれることを望んでいた。
だから、私は君が一番望まれる世界とつないであげた」■■
「分かりやすいだろう?」■■
「ちっとも。
あなたが言うことは、ペーターみたいに的を射ないわ」■■
説明する気がある分、彼よりましだろうか。■■
【ナイトメア】
「ペーターね……」■■
「彼は、君を一番望んでいる。
だから、彼が迎えに行けたのさ」■■
「あの人、おかしいわよね。
望まれたくなんかないわ」■■
ばっさり言うと、ナイトメアはくくっと笑った。■■
【ナイトメア】
「……くくっ。
ペーター、あいつもかわいそうに」■■
「そんなに嫌ってやるものじゃない。
人を好きになったことがないから、うまいやり方なんて知らないんだよ」■■
「性格が破綻しているもの。
好かれっこない」■■
【ナイトメア】
「好かれはするさ。
好いたことがないだけで」■■
「顔はいいものね」■■
【ナイトメア】
「力もあるよ。
でも、君はそこには惹かれなかった」■■
「そんなことない。
力のある人は好きよ」■■
「権力だろうと、物理的な力だろうと……。
そういう力のある人と仲良くなれば、助けてもらえる」■■
【ナイトメア】
「それは打算だろ」■■
分かっているくせに、と、ナイトメアは続けた。■■
【ナイトメア】
「打算と好意は別のものだ。
打算的な好意はありうるとしてもね」■■
「あいにく、私は打算的なの。
だから、考えも読まれたくない」■■
「見られたくない部分がたくさんあるの。
綺麗な人間じゃないのよ」■■
だから、私は好かれない。
醜い部分を前面に出して好かれるなんて、そんな世界は有り得ない。■■
【ナイトメア】
「この世界には在り得るよ。
君は自分が汚い人間だと思っているようだけど、もっと汚い奴なんていくらでもいる」■■
「あなたは、私が聖人君子にでも見えるの?」■■
心が暴けるのなら、分かるはずだ。
私は綺麗じゃない。■■
好かれるべき人間には当てはまらない。■■
【ナイトメア】
「綺麗じゃないね。
真っ白とは程遠い」■■
ナイトメアは、じっと私を見た。
なんとなくばつが悪い。■■
「分かっているのならいいわ。
ひらひらの服を着た汚れ一つない女の子なんてものを装うのは、現実世界だけで充分よ」■■
現実でさえ、無理があるのだ。
夢でまで装いきれるとは思えない。■■
【ナイトメア】
「君は自分が好きじゃないみたいだ。
真っ白ではないけど、真っ黒でもないのに」■■
「誰もが真っ白な人間を好きになるわけじゃない。
君の灰色にくすんだ部分を愛しく思うような人間もいる」■■
「そんな人は……」■■
【ナイトメア】
「いるよ」■■
断言されると、そんな気になってくる。■■
「いたとして、その人は私以上に濁った人ね。
まともな人は、私なんか選ばないわ」■■
私にも選ぶ権利はあるから、たとえ私のことを好きだという人が現れても、そんなろくでもない人を好きになったりしない。■■
(好いた人に好かれるなんて難しいのよ。
私みたいな奴には)■■
【ナイトメア】
「私なんかというような言い方、よしたほうがいい。
自分を、水準より下の人間だと思っている?」■■
「…………。
私は、コンプレックスの塊でもなければ、心に傷を負ったかわいそうな女の子でもないわ」■■
「自分を下等な人間だと思ったことはないの。
私は私で優秀な面があることも、私よりもっと低レベルな人間がいることも知っている」■■
家は裕福で恵まれている。
教育も受け、家庭環境も最高。■■
優しい姉と可愛く明るい妹がいる。
父は仕事に忙しいが、虐待するような親より何倍もいい。■■
【ナイトメア】
「不幸せでないことが幸せとは限らないよ」■■
ナイトメアは私の目を覗き込んだ。
見透かすような視線が不快だ。■■
【ナイトメア】
「自分が嫌いなんだね、アリス。
だけど、この世界ではそんな君を好きになる人が現れる」■■
「……人の考えを読まないでと言ったでしょう」■■
「あなたの話によると、そりゃあもう、うじゃうじゃ現れそうね。
ご都合主義の夢だから」■■
「求婚者の行列ができたらどうすればいいのかしら」■■
どうすれば、だって。
決まっている。■■
追い返す。■■
求婚者の行列ができる。
私を望み、私でないと駄目だという人が列をなす。■■
そんなことになったら、頭を掻き毟りたくなるだろう。■■
こんな妄想を抱いているのだと目の前に突きつけられたら、壊れてしまいそうだ。■■
【ナイトメア】
「安心してよ、アリス。
この世界の人間が皆、君を見た瞬間から好きになるわけじゃない」■■
「誰からも好かれるなんて、君の思うとおり、有り得ないことだ」■■
「この世界でも、全員が君を愛したりはしない。
最初は君を嫌うものだっているかもしれない」■■
「まったく意思の疎通がはかれないほど、気の合わない人間も中にはいるはずさ。
通り過ぎていくだけの人間も、同じくらいにいるだろう」■■
続いた言葉は、ちっとも安心できるようなものじゃなかった。■■
【ナイトメア】
「だけど、ほとんどの人間は、知り合えば知り合うほどに君を好きになっていく」■■
「話して触れ合って、何もしなくても傍にいるだけで好意が深まる」■■
「どんどんと好きになっていくんだ。
何故なら、彼らも君を望んでいたから」■■
「…………」■■
「……私は麻薬か何かなの」■■
「あなたも、やばい薬をやっていそうよね。
狂っているわ」■■
(……顔色悪い)■■
揶揄だったが、実際にこの人は血色が悪い。
肌艶はそれほど悪くないが、唇の色など死人のようだ。■■
私が言ったようなやばい薬ではなく、普通の薬が必要に見える。■■
【ナイトメア】
「そうかもね」■■
嫌味も通じない。■■
【ナイトメア】
「……嫌われようとしても無駄さ。
知り合うほどに、君を好きになる」■■
「君を好きになるんだ。
他の誰でもなく、君をね」■■
ナイトメアと名乗る男は、囁いた。■■
【ナイトメア】
「お姉さんでも妹でもない、君だけを好きになる」■■
甘ったるい砂糖水でも流し込まれたかのようだ。
べたつく。■■
「……あんたは悪魔だわ」■■
心を読んで、私の触れられたくない部分に触れてくる。
話して触れ合って、何もしなくても傍にいるだけで好意が深まる?■■
私は触れ合いたくなどない。■■
【ナイトメア】
「私はナイトメアだよ、アリス。
悪魔じゃない」■■
「悪魔なんかより、よほど怖いものさ」■■
「言っただろう、なににも勝る悪夢は自分なんだ。
悪魔は人を地獄に落とすけど、夢魔は人を夢に落とす」■■
「夢は覚めるものよ。
地獄ほど怖くないわ」■■
眠気を誘う、日曜日の礼拝で散々聞かされた。
地獄ほど怖いものはないと。■■
私は熱心な教徒ではないものの、教会へは通っている。
通わされているというのが正しいか。■■
【ナイトメア】
「君は賢いけど、見落としている。
地獄は果てしない。夢は果てがある」■■
「だから恐ろしいんだよ、夢は。
自分というものには果てがある」■■
「その内、君にも分かるだろう」■■
ナイトメアは、真っ暗な世界の先を指した。■■
【ナイトメア】
「夢の先には何があると思う?
君のよく知るものさ」■■
「夢の先……?」■■
愚かな問いかけだ。
私は、その答えを知っている。■■
そのつもりで、この世界を楽しんでいるのだ。■■
「夢の先には、何もないわ。
終わるだけよ」■■
「覚めたら、何も残らない」■■
どんなに夢の中で好かれても、覚めたら終わり。
何も持って帰れはしない。■■
【ナイトメア】
「よく出来ました。
夢の先には何もない」■■
「……夢から覚めたら現実だ」■■
【【【演出】】】・・・指を鳴らす音
ナイトメアは、ぱちんと指を鳴らした。■■
【【【時間経過】】】
◆ハートの城・主人公の部屋◆
ぱちんと、目が覚める。
起きた途端に、それまで明確だった夢の輪郭がぼやける。■■
まるで、本物の夢のように。■■
だが、今も夢なのだ。
ここは私の部屋ではない。■■
ペーター=ホワイトというウサギ男に引き込まれた、不思議な世界のままだ。■■
変な夢はまだ継続中。
つまり、私は変な夢の中で更に夢を見たことになる。■■
(だめだ……)■■
(この夢、なかなか覚めない気がする……)■■
頭がぼんやりする。
ぼんやりした中でも、しっかりと分かる。■■
【ナイトメア】
「夢だよ」■■
「……夢」■■
【ナイトメア】
「これは、夢だ」■■
そう、これは夢だ。
この声は、ナイトメアと名乗った、夢の中の夢の声。■■
(……ややこしい)■■
(……とにかく夢なのよね)■■
夢だろうと、夢の中の夢だろうと、夢であることに変わりない。
夢の中の夢は、やはり夢だ。■■
【【【時間経過】】】
【【【演出】】】・・・扉の開く音
【【【演出】】】・・・扉の閉まる音
身支度をしていると、メイドが入ってきた。■■
【メイドA】
「失礼します……」■■
【メイドB】
「失礼します……」■■
「どうぞー」■■
【メイドA】
「お部屋を掃除させていただいても構いませんか?」■■
「え?
自分でやるわよ。掃除は得意だもの」■■
【メイドA】
「そういうわけには……」■■
【メイドB】
「……今起床されたんですか?
眠そうなお顔ですわよ?」■■
「うん、そうなの。
眠るなら夜じゃないと落ち着かなくて……」■■
「あなた達みたいに、どの時間帯でも寝られるってすごいわよね」■■
この世界では時間帯がころころ変わる。
彼女達使用人は、昼夜関係なく働いているらしい。■■
【メイドA】
「慣れですよ。
私達は慣れているだけです」■■
【メイドB】
「あなた様も、この世界に慣れれば時間帯など気にならなくなりますわ」■■
「それはそれで、ちょっと……」■■
「でも、あなた達が働いている間に寝ていたりして申し訳ないわ」■■
【メイドA】
「気にしないでください。
私達も好きな時間に睡眠をとっていますから」■■
【メイドB】
「交代して眠っているんです。
活動時間にずれがあるだけで、お互い様ですわ」■■
「それに、私のような役なしのカードに気を遣っていただかなくても……」■■
使用人の人達、そして兵士達も、よくそういう言葉を使う。
最初は身分を卑下しているのかとも思ったが、そうではないらしい。■■
「私は居候なんだから、気を遣って当然でしょう」■■
【メイドA】
「そんな……。あなた様はお客様です。
何も気を遣ったりしないでください」■■
【メイドB】
「私のような者にまでいろいろとお心を砕いていただき、かえって恐縮してしまいますわ」■■
これまでの態度からして、彼女達が私に悪い感情を持っていないことは分かる。
彼女達は使用人で私は客。■■
でも、好き嫌いくらいなら察することができた。
客に察せられてしまうあたり、彼女達は熟練した使用人とは言い難い。■■
だが、好かれているとなると悪いふうには思えなかった。
好意を利用して、構ってもらっている。■■
ここしばらく、居候とはいえやることもないので、彼女達の仕事の手伝いをさせてもらったりして過ごしていたのだ。■■
私は暇をつぶさせてもらい、しかも何もしない居候ではないという免罪符までもらった形だが、これはあまりよくないことだと知っている。■■
彼女達の仕事の邪魔にはなっていないと思うし、手伝えたとも思うが、それはあくまで彼女達の仕事だ。
人の仕事をとってはいけない。■■
自分の家に来る通いの家政婦さんへの対応でも学んでいる。■■
「仕事の邪魔ばかりしちゃってごめんね」■■
【メイドA】
「とんでもないっ」■■
【メイドB】
「そうです、そうですっ。
とても助かりましたわっ」■■
「助かりましたけど、申し訳なくて……」■■
そういう返事をしてくれることを期待して言った。
こずるいが、メイド達の返事に安心する。■■
(邪魔……ではなくても、気を遣わせちゃうわよね)■■
彼女達にとって、結局私は客。
仕事を手伝われても対応に困る部分が多いはずだ。■■
この部屋だって客室。
客に掃除されると、彼女達の立場がない。■■
ほどほどにしておこうにも、そうなると、私のすることがなくなる。
かといって、日がなだらだらと過ごしたくもない。■■
城内で……、彼女達のいうところの「役なしのカード」でない相手に時間つぶしに付き合ってもらうのもいいが……。■■
「今日は……、お客さんらしくあなた達に掃除してもらっている間に出掛けようかしら」■■
【メイドA】
「お出かけ?」■■
【メイドB】
「……いいかもしれませんわね。
城にこもりきりで退屈されていらっしゃるでしょうし……」■■
【メイドA】
「でも、まだ外をあまりよくご存知でないのでしょう?」■■
【メイドB】
「ああ、でもそうすると危険かも……」■■
【メイドA】
「…………」■■
【メイドB】
「…………」■■
「お出かけなら……、ホワイト卿にご相談されたらよろしいかと思います」■■
「ペーターに?」■■
思わず顔を顰めてしまう。
むしろ、あいつにだけは内緒で行きたいと思っていた。■■
【メイドA】
「それがいいですわ!
お出かけになるのなら、この国について詳しく知ってからのほうがよろしいかと思いますっ」■■
「それはそうなんでしょうけど……」■■
【メイドB】
「ご相談なさるべきですっ。
何も知らずに外へ出るのは危険ですわっ」■■
さあさあと、背中を押される。■■
(危険はなくなるかもしれないけど……)■■
(相談したが最後、出してもらえないような気がする……)■■
【【【時間経過】】】
◆ハートの城・一室◆
【ペーター】
「出かける?」■■
「ああ、それなら主だった場所を教えておいてあげますよ」■■
予想に反し、ペーターは外出に協力的だった。■■
「止めないの?」■■
もっと大騒ぎするかと思っていた。
自惚れなどではなく、このウサギ耳男の私への執着度合いは異常だ。■■
外出して戻ったときに大騒ぎでもされては困るから先に言っておく。■■
【ペーター】
「止めてほしいんですか?」■■
「止めてほしいのなら、遠慮なく……。
僕だって、本音はあなたにどこにも行ってほしくないですし、そのためなら監禁したって……」■■
「いらない、いらない、いらない!
出かけたいの、私は!」■■
「城内も広くていいけど、せっかくだから外も出たい!
教えてくれるなら有難いから、さっさと説明して!」■■
【ペーター】
「止めてほしいのなら止めてあげるのに……」■■
「……出かけたいなら止めませんよ。
そういうルールですし、あなたはこの城に滞在しているわけだから、ちゃんと帰ってきてくれる」■■
「……帰ってきてくれますよね?」■■
「……はい。
ちゃんと帰ってきます」■■
そう答えないと、絶対に外に出さないと赤い目が言っている。■■
【ペーター】
「では、主だった場所を説明してあげます。
説明なしでゲームをするのはフェアじゃないですからね」■■
「私は、なんのゲームにも参加していないわよ」■■
【ペーター】
「この世界に来た時点で、あなたもゲームをしているんです」■■
「これは夢で……」■■
【ペーター】
「あなたが参加してくれて、僕はとても嬉しいです」■■
「…………」■■
(いつものごとく、聞く気はないわけね)■■
何はともあれ、この夢は、ゲーム仕様らしい。
ペーターが説明を始めた。■■
【ペーター】
「この国は、三勢力に分かれて領土争いをしています。
決着はなかなかつかないですし、これからも当分解決しないでしょう」■■
「三つ巴状態ってやつ。
そうなっちゃうと、進展しなくなるわよね」■■
【ペーター】
「よくご存知で」■■
「歴史ものの小説が好きなの」■■
独裁や二手に分かれた状態というのは、革命や戦争で壊れやすい。
しかし、三つ巴になってしまうと動きがとれなくなるものだ。■■
「牽制し合って、動けなくなるのよね」■■
【ペーター】
「その通り。
同じくらいの勢力で、領土を奪ったり奪われたりしているんです」■■
「余所者であるあなたには関係ない争いなので、巻き込まれないようにしてください」■■
「……?」■■
「ゲームに参加しろとか言っていなかった?」■■
参加しろとかいうから、壮大なスペクタクルロマンもどきの夢なのかと思った。
ヒロイックファンタジーとか、分類はどうでもいいが、そういう括りのものだ。■■
私が戦力になるとも思えないが、そこは夢、都合でどうとでもなる。■■
【ペーター】
「あなたのゲームは、勢力争いとは無関係ですよ。
元の世界へ帰るか否か。そういうゲームをしているんです」■■
「……なんだ。
つまらないゲームね」■■
【ペーター】
「どうしてです?」■■
「だって、そんなの、最後には帰れるに決まっているもの」■■
最後は、夢から覚める。
結末が分かっている脱出劇など、いまいち気合が入らない。■■
「今だって、帰れるならすぐにでも帰りたいわ」■■
【ペーター】
「……ふふ。
そうですか?」■■
「結末はまだ決まっていませんよ。
今の状態では、あなたはやや不利です」■■
「……私が帰りたいと思っていないみたいなことを言わないでよ。
こんなわけの分からない世界から、早く帰りたいのに」■■
【ペーター】
「では、そのうち帰れるんじゃないですか」■■
思わせぶりに言われて、むっとする。
問い質す間もなく、ペーターは説明の続きに入った。■■
地図まで出されたので、従うしかない。
臍を曲げられ、説明をやめられても困る。■■
【ペーター】
「まず、ハートの城。
ここのことです」■■
「我らが女王陛下が治め、不肖この僕が宰相を務める領土……」■■
「あんたが宰相な時点で、相当に人材不足な場所よね。
この城の行く末が心配だわ」■■
【ペーター】
「酷いな……」■■
「ここは三勢力の中でもっとも分かりやすい権力を持っています」■■
「城だものね」■■
【ペーター】
「分かりやすく誇示することも大切なんですよ」■■
「税金の徴収も堂々と行えるし、多少の荒事は公然と行えます。
民衆は権力者に弱い」■■
(こういう権力者には治められたくないだろうなあ……)■■
ペーターは、地図をなぞった。■■
【ペーター】
「そして、帽子屋の屋敷。
この近辺は、ブラッド=デュプレの領土です」■■
帽子屋。
どちらかというと、差別的な意味合いの言葉だ。■■
スラングに近く、気が狂っているとか頭がおかしいとか、そういう意味がある。
呼び名としては敬遠されるものだ。■■
地位が高いはずなのに、そんな名前を受け入れる人というのも珍しい。■■
【ペーター】
「帽子屋の屋敷は見た目は私有地ですが、腕利きの門番を立てたり、作りは要塞のようになっています」■■
「屋敷というには広大すぎない?
この土地が全部、個人の持ち物なの???」■■
【ペーター】
「屋敷だけでなく、周囲の土地もすべて彼の領土です」■■
「城だ屋敷だと名目をどう付けているにしろ、有力者の一人の本拠。
領土を三分割して睨み合っている中の一勢力だけあって所有物も多いんです」■■
「……ここの領土の持ち主の写真もありますよ。
見ます?」■■
ペーターは写真を出した。■■
【ペーター】
「これが、ブラッド=デュプレ。
通称、帽子屋です」■■
「……!?」■■
写真を見せられ、なんの嫌がらせかと思う。■■
「っ……」■■
「この人……」■■
【ペーター】
「あなたの初恋の君、元家庭教師にそっくりでしょう?」■■
「…………」■■
「あんた、私に恨みでもあるの?」■■
自分をふった恋人にそっくりな男。
顔は瓜二つといっていい。■■
嫌がらせとしか思えない。■■
【ペーター】
「この世界では、マフィアのボスですよ」■■
「……は?」■■
私をふった恋人、そして元の家庭教師。
今は、就職したか起業したか、どこかで働いているのだと噂で聞いた。■■
働き先はマフィアなんていうやくざなものではなかったはずだ。
それに、彼の性格的にも難しいだろう。■■
優しくて、少し優柔不断な人だった。
そんな思い切った仕事には就けそうもない。■■
【ペーター】
「帽子屋ファミリーという、ふざけた名前のマフィアグループのボスなんです」■■
「表立っているのは彼の腹心ですが、裏で糸をひいているのはこの男です。
非常に頭がきれますが、気分屋」■■
「常にだるそうにしているのに退屈が嫌いという厄介な性格だ」■■
「……私の知っている人とは、まるで違う」■■
【ペーター】
「別人ですよ。
でも、顔はよく似ているでしょう?」■■
「……顔はね」■■
(それにしても似ている……)■■
最悪だ。
夢で見るということは、まるでふっきれていないということじゃないか。■■
(…………)■■
(それに、なんだか……)■■
(……できすぎていない?)■■
夢だとしても、現実の知人と似た人が出てくるというのは、いかにもありがちで芸がない。
仕組まれたような感がある。■■
誰にでも思いつきそうな、くだらない展開。
頭の悪そうな人が思いつきそうなことだ。■■
(……そうか、私って頭が悪かったんだ……)■■
「顔は……似ているどころか、本人みたい……」■■
顔も背格好もそっくり。
派手な帽子と、胡散臭い服装(貴族だか乗馬服だかよく分からないまぜこぜのスタイルだ)を除けば、別れた恋人そのままだ。■■
こんな人が登場するなんて最悪だ。
私のせいじゃない。■■
……私のせいでないわけがない。
これは私の夢で、私の深層心理。■■
だとしたら、私のせいだ。■■
【ペーター】
「ブラッド=デュプレに会ったら嫌いになりますよ、元家庭教師のことも」■■
「だから、是非会って、嫌いになってください。
嫌な奴ですから」■■
「…………」■■
「そんなふうに言われて、会いたくなるわけないでしょう」■■
ただでさえ、似ている。
中身が似ていなくとも、外見だけで充分だ。■■
(古傷を抉らないでほしい……)■■
失恋を乗り越えろとでもいうのだろうか。
一生引きずるとは思わないが、まだ、かさぶたになるにも早い。■■
顔を見ても平然とできるほど、傷が癒えていないのだ。
あえて抉る必要がどこにある。■■
まったく、嫌な夢だ。
私の反応に満足したようで、ペーターは地図に戻る。■■
【ペーター】
「これは、遊園地です」■■
「……見れば分かるわ」■■
「分かるけど……、なんで遊園地???
この遊園地がどうかしたの?」■■
【ペーター】
「ここも、三勢力の内の一つなんです」■■
「……遊園地が?」■■
【ペーター】
「そう、遊園地が」■■
「どういった勢力争いをしているのよ、一体」■■
マフィアまでは、まだ分かる。
光と影。■■
時の権力者とならず者が勢力図を描くのは、歴史でもよくある話だ。
しかし、遊園地……。■■
「遊園地が勢力争いする話なんて、聞いたことがないわよ」■■
【ペーター】
「あんまり聞きませんよね」■■
「あんまりどころか、お城やマフィアと向こうを張るような遊園地なんてないでしょう」■■
「なんの勢力だか、わけが分からない……。
遊園地なんて争いと無縁なはずなのに」■■
【ペーター】
「土地を争っているので、無縁ではありません。
遊園地というのは土地が必要なものですから」■■
「そういう問題なの?」■■
必要かもしれないが、遊園地が城やマフィアに対抗できるとは思えない。■■
【ペーター】
「僕のところの勢力が領土を掌握したら、まずここから潰しますね。
遊園地なんて土地の無駄遣いです」■■
「夢がない……」■■
「ほのぼのした場所は残しておくべきよ。
心のゆとりっていうのも大切なんだから」■■
【ペーター】
「ここの従業員、みんな銃を携帯していますよ?」■■
「……それは取り潰したくなるかもね」■■
子供が遊べない、そんな遊園地に意味があるのか。■■
【ペーター】
「やっていることはマフィアと大差ありません」■■
「ここのボスは、メリー=ゴーランドという男です」■■
「…………」■■
「なにそれ。
冗談?」■■
名前にも驚くが、服装も髪型も持ち物も、なにもかもが冗談みたいだ。■■
【ペーター】
「本名らしいです」■■
「…………。
それは……、気の毒ね」■■
絶対に、子供の頃は一度といわずからかわれたことだろう。
大人になったらなったで恥ずかしい。■■
【ペーター】
「本人も名前が嫌いで、フルネームでは名乗らないようにしたり、ゴーランドと呼ぶよう部下にも言っているみたいです。
でも、有名すぎて周知の秘密ですけどね~……」■■
「こんな面白いネタ、からかわない手はないでしょう?」■■
「ひど……」■■
【ペーター】
「からかいたくなりません?」■■
「…………」■■
「……なるわね」■■
身近にいて、勢力を三分するような有力者でなければ、まずからかっている。
「長いものには巻かれろ主義なんで、実際にはからかったりしないけど」■■
【ペーター】
「……あなたのそういうところ、大好きです」■■
うっとりと見つめられ、毎度のことながら悪寒が走る。■■
(こいつ……、やっぱりおかしい……)■■
【ペーター】
「でも、馬鹿みたいにからかいやすい名前なのに、こいつもまた嫌~な奴なんですよ」■■
「あんたにかかると、どいつもこいつも嫌な奴なのね」■■
【ペーター】
「敵ですから」■■
「それもそうか……。
でも、敵でなくても、評価が辛くない?」■■
上司に当たるはずの女王への態度からして、尊敬や敬愛、親しみとは程遠く感じられる。
仲がいいゆえの悪口にも聞こえない。■■
【ペーター】
「僕は……、あなた以外はみんな大っっっ嫌いなんですよ」■■
「あなただけが好きです。
あなた以外、どいつもこいつもいなくなってしまえばいいのに」■■
「…………」■■
(私は、【大】あんたにいなくなってほしい……【大】)■■
【ペーター】
「あとは、時計塔広場……」■■
「あんたが私をこの世界に引っ張り込んだ場所ね」■■
【ペーター】
「あそこに引っ張り込みたかったわけではないです」■■
「どこへ引っ張り込もうと、引っ張り込んだこと自体が問題なのよ!」■■
【ペーター】
「はははっ、まあまあ……」■■
「……また殴りたくなってきた」■■
【ペーター】
「そ、それはちょっと……」■■
「僕、いたぶられることにあまり快感を持てなくて……」■■
「私だって、いたぶることに快感なんて持てないわよ!」■■
【ペーター】
「じゃあ、双方合意の上でやめておきましょう……」■■
すすっと後ろに引いて、ペーターは説明を続けた。■■
【ペーター】
「え~と……、説明の続きを。
時計塔広場は中央に位置していて、立場も中立です」■■
「どことも争っておらず、勢力争いもしていない場所。
害がない限り、他所での争いも不干渉。他勢力側も放置しています」■■
「ここは誰かの場所というより、市街地のど真ん中にあるただの広場です。
三勢力のどこの領土にも入っていません」■■
「周りの市街地で税金などの徴収は行いますが、誰の支配下というわけでもない。
他の市街地と違い、この近辺は誰も治められない」■■
「休戦の特別地区なのね」■■
戦争中などによくある、争いの禁止地区だ。
私の世界の戦争のような大規模な悲惨さや仰々しさはないものの、争いごとの基本は押さえている。■■
【ペーター】
「ここの主は知っていますよね?」■■
「最初に会ったから覚えているわ」■■
またムカムカしてくる。
ユリウスにではなく、ペーターに、だ。■■
よくもこんな危険な世界に引きずり込んでくれた。■■
【ペーター】
「最初に会ったのは、僕ですよっ」■■
「変なところで争わなくていいわよ……」■■
(殴りたい殴りたい……)■■
(……この世界に来てから、ずいぶんと暴力的になっちゃったな、私)■■
【ペーター】
「ユリウス=モンレー。通称は、時計屋。
時計塔の番人とも呼ばれます」■■
ペーターは危険を感じたのか、慌てて説明を続けた。■■
【ペーター】
「暗くて、口が悪い。
すごく嫌な奴です」■■
「結局、全員が嫌な奴なんじゃない」■■
【ペーター】
「だって、嫌な奴なんですよ。
話して、そう思いませんでした?」■■
「あんたよりマシに思えたわ」■■
やや暗い人だったが、言うことはまだまともなほうで、ウサギ耳も付いていなかった。
他の人も、写真を見る限りでは変なところはない。■■
別れた恋人のそっくりさんとか、趣味の悪い服とかを抜かせば、ペーターよりもずっと正常だ。■■
【ペーター】
「酷い……」■■
「ああ……、でも、そんな酷いあなたも好きですよ……。
僕の気をひくためにわざと冷たくしてくれているんでしょう?」■■
「…………」■■
「……死ねばいいのに」■■
【ペーター】
「……以上です」■■
「今の説明で、この国のことが大体分かったでしょう?」■■
「…………」■■
「……【大】ううん、全然【大】」■■
清々しく断言できる。
城とマフィアと遊園地が勢力を三分する国なんて意味不明だ。■■
街や人はたくさんあるようだが……。
どういう産業で成り立っているのか、政治経済はどうなっているのかとか、突っ込みどころが多すぎる。■■
現実主義者を気取っている私の夢にしては穴だらけじゃないか。■■
……すべて「夢だから」の一言で片付けられてしまう。■■
「よく分からない国だなあということは分かったけどね」■■
【ペーター】
「……よく分からない国だということが分かれば充分ですよ。
油断ならない奴ばかりです」■■
「全員が嫌な奴ですから、あなたが僕以外を好きになるような心配だけはなさそうです」■■
死ねばいいのに発言は、ペーターには届かなかったようだ。■■
【ペーター】
「でも……、あなたが好きにならなくても、相手があなたを好きになるかもしれない……」■■
「あなたが他の奴にも好かれるのは面白くないな……。
あなたのことを一番好きなのは、僕なのに」■■
「はあ……」■■
「あんたみたいに頭のおかしなウサギはそんなにいないわよ」■■
【ペーター】
「そんなことないです。みんな、あなたを好きになりますよ。
僕には止められない……」■■
「でも、僕が一番あなたを好きなんですからねっ」■■
「分かった分かった……」■■
夢でナイトメアが言っていたことを思い出す。
ここでは、そうらしい。■■
大体の人間が私を気に入って、好きになってくれる。
都合がいい夢だと思ったが、面倒かもしれない。■■
まさか、誰も彼もがペーターのようにはなるまいが、好意より無関心のほうが有難いこともある。■■
【ペーター】
「出かけるのは仕方ないですけど、早く戻ってきてください……」■■
「…………」■■
「……これをあげます」■■
ペーターが何か、小さなものを私に差し出す。■■
「なにこれ?
……砂時計???」■■
(外に出て紅茶の蒸らし時間を計ることなんてないと思うから、そんなものいらない……)■■
【ペーター】
「時間帯を自由に変えることが出来るアイテムです。
あると便利ですよ」■■
ユリウスの銃のようなものだろうか。
時間帯を変えることが出来るだなんて、私からしてみれば大掛かりな手品のアイテムだ。■■
便利というか、魔法のようでにわかに信じ難い。■■
「ええっ?
そんな貴重なもの、貰っていいの!?」■■
……とかなんとか言いつつ、ちゃっかりポケットに入れておく。■■
【ペーター】
「…………」■■
「くれるって言ったんだからいいじゃない。
返さないわよ」■■
【ペーター】
「…………」■■
「行ってらっしゃい……」■■
【【【時間経過】】】
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