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ハートの国のアリス
~Wonderful Wonder World~

『OP ■02話(時計塔)』

★1:「断って、他に行く」(滞在地確定)

(自分の夢なのに、困ることばかりが起こるのね……。
ままならないのは現実と一緒か)■■
初めて会った男達からお茶の誘いを受けるなんて、困るだけだ。
ここで承諾するのは、淑女のすることじゃない。■■
年頃になってから姉に注意を受けたが、言われるまでもなく普段の私ならついていったりしない。
ペーターの件は、引きずり込まれただけで本意じゃなかった。■■
(夢といえども、節度は守らなきゃね……)■■
これは、夢だ。
しかし、夢だからこそ自分というものを具現化している。■■
少なからず想っていた人と似た顔をした男性。
ウサギ耳をした、綺麗な髪の男性。■■
(これは心理学的にどういうことを表しているのかしら)■■
(心理学なんて馬鹿にしていたけど、かじっておけばよかったかも。
何を表しているのか分からないわ)■■
「…………。
せっかくだけど、他の場所へ行かなきゃならないの」■■
【エリオット】
「なんだよ、祝ってやるって言っているのに」■■
【ブラッド】
「残念だ。
だが、旅の途中のお嬢さんに強制は出来ないな」■■
ぶうたれるエリオットと違い、ブラッドはあっさりと引いてくれた。■■
【エリオット】
「付き合い悪いなあ……」■■
エリオットのほうはというと、銃に手をかけ、私を上から見下ろす。■■
「な、なによ……。
脅すの?」■■
「すぐに銃を出すなんて……」■■
【ブラッド】
「……エリオット」■■
【【【演出】】】・・・ステッキで銃を叩く音
ブラッドが、ステッキで銃をぱしりと叩く。
エリオットは、ますます膨れた。■■
【エリオット】
「え~~~……。
なんだよ、なんだよ。行かせちまうのかよ」■■
「余所者なんて珍しいのに……」■■
「つまんねえ……。
ブラッドだって、つまんねえのは嫌いだろ?」■■
【ブラッド】
「退屈は嫌いだが、他にも解消法はある。
それに、女性に無理強いをしないのが、私のルールだ」■■
【エリオット】
「ルール……」■■
「…………」■■
「……そっか、ルールなら守らなきゃな」■■
ぴょこっと、耳が垂れた。
エリオットは、あっさり引き下がる。■■
私の目は、エリオットの頭に釘付けだ。
耳が垂れてしまったのが、気になって仕方ない。■■
(な、なんだか……、可愛い……。
なんで……)■■
(不気味ならともかく、こんな男が可愛く見えちゃうなんて……。
ウサギ耳マジックなの……?)■■
(可愛く見えちゃう自分が不気味……)■■
【ブラッド】
「……だろう。
だから、気が向いたらまた来るといい」■■
「耳が……ウサギ耳が……」■■
「……え?
何???」■■
聞いていなかった。■■
【ブラッド】
「……いいや、なんでもない。
気が向いたらまたおいでって言ったのさ」■■
ブラッドは苦笑する。
……やけに軽い言い方が芝居じみて聞えた。■■
「うん、ありがとう。
機会があったら又」■■
初対面では誘いに応じようと思わないが、面識が出来ればお茶くらい楽しめそうだ。
夢なのだし、そのへんはルーズでも構わないと思う。■■
【ブラッド】
「……どうせ、すぐには帰れないだろうから」■■
「え……」■■
【ブラッド】
「なんでもない。
またな、アリス」■■
「な、なんで名前を……!?」■■
名乗った覚えなどない。
だが、ブラッドはとても自然に呼ぶ。■■
【ブラッド】
「そうだろう?
私はブラッド=デュプレだ」■■
【エリオット】
「俺は、エリオット=マーチ。
よろしくな、アリス」■■
当然のように名前を呼ばれ、自己紹介される。■■
(夢だものね……)■■
すべて、それで解決してしまう。
夢の中では、なんでも有りだ。■■
「……よろしく」■■
一通り自己紹介をして、軽く今までの経緯を立ち話してから、二人と別れた。■■
【【【時間経過】】】
◆時計塔・展望台◆
「……というわけで、ここに滞在させて」■■
【ユリウス】
「……どういうわけだ」■■
私は、再びあの長ったらしい階段を上って、塔の上まで来ていた。■■
本当に、長い階段だ。
おまけに、ユリウスを大声で呼びながら登ったのだ。■■
疲れた。■■
おかげさまで、最高に嫌な気分だ。
結局は戻ってくるのなら、下りるんじゃなかった。■■
「だから……、外に出たら、変な人たちに殺されかけた上にナンパされたのよ。
あんなふうに誘われることが続いたら面倒臭いわ」■■
ざっとかいつまんで話したが、かいつまみすぎたかもしれない。
これだと、私がものすごい自惚れ屋みたいだ。■■
【ユリウス】
「……結構じゃないか。
誘われたのなら、ついていけばいい」■■
「共に時間を過ごせば、その内に帰れるぞ」■■
「夢とはいえ、そこまではっちゃけられないわ」■■
【ユリウス】
「話を聞く限りでは、おまえが行き着いたのはこの国の有力者の屋敷だな」■■
「タチは悪いが、力と金はある。
女一人くらいいくらでも滞在させられるだろう」■■
「……向こうに、その気があればの話だが」■■
「そうね。
お金はありそうだった。
あれだけの門構えだもの、屋敷も推して知るべしよね」■■
「貴族なの?
割と気のいい人達だったけど」■■
門だけ見ても立派な身分だろうと想像できたが、気取ったところはなかった。■■
彼らが屋敷の主だとしたら、どういう身分なのか気になるところだ。
貴族にしては偉そうな感じは受けず、不思議な迫力があった。■■
【ユリウス】
「気のいい?
……帽子屋達がか?」■■
「私の知る奴らとは別人のような形容だな……」■■
「帽子屋達が貴族に見えたのなら、おまえの目は節穴だ」■■
「帽子屋って、ブラッドっていう人のこと?
エリオットっていう人のほう?」■■
「双子の門番達じゃないわよね???」■■
【ユリウス】
「その二人、両方に会ったのか?
最悪な組み合わせだ……」■■
「ブラッディー・ツインズにまで会って、よく生きていたものだな」■■
「ブラッディー・ツインズ……」■■
血まみれの双子か。
大層な名前だ。■■
【ユリウス】
「すぐに斧を振り回す、双子の門番のことだ。
どうしてそう呼ばれるかは……分かるだろう?」■■
「え~と、なんとなくは……」■■
私も、実際にスプラッタなめにあいかけた。■■
【ユリウス】
「あとの二人も、両方とも頭がおかしいが、帽子屋というのは格別におかしいほう……。
派手な帽子を着けたほうの男だ」■■
「……それは、悪くいいすぎよ。
ちょっと怖い感じだったけど、いい人だったわよ?」■■
スプラッタなめにあうのを免れたのは、彼のおかげだ。
顔は嫌い……というか苦手だが、恩人なので聞き流せない。■■
「へえ、あの人って帽子屋さんなの」■■
だから、あんな派手な帽子を身に着けていたのだろうか。
あれでは客は集まりそうにない。■■
屋敷は立派だったが、職業的にそんなに儲かるようにも思えなかった。■■
【ユリウス】
「そのままの意味にとるな……」■■
「奴らは……、マフィアだ」■■
「は?」■■
【ユリウス】
「帽子屋ファミリーというのが通称で、ブラッド=デュプレがボスで帽子屋と呼ばれている」■■
「マフィア……」■■
いわれてみれば、堅気じゃない雰囲気を持っていた。
思いつく限りの記憶と比べてみても明確だ。■■
クラスメイトに父親がマフィアだという子がいたけど、威張る割には下っ端で……。■■
それでも充分に恐れられたものだけど、マフィアのボスとなると一般市民には想像するしかない。■■
むしろ、縁がなくて幸いだ。
これからもお近づきになりたくない人種に違いない。■■
【ユリウス】
「もう一人の、金髪にウサギの耳をつけたふざけた男。
エリオット=マーチは、組織のナンバー2だ」■■
「通称、三月ウサギ。帽子屋の懐刀だ。
頭はよくないが、帽子屋に心酔していて信任が厚い」■■
「奴は……、脱獄囚で、私とは浅からぬ因縁がある」■■
ユリウスは、憎らしげにエリオットのことを口にした。■■
「……エリオットのほうも、あなたのこと嫌っているみたいだったわ」■■
【ユリウス】
「それはそうだろう。
私が奴を投獄した」■■
「ユリウスが?」■■
意外だ。
彼が銃を持っているのは知っているが(手品みたいに時間帯を変える不思議銃だ)、とても強そうには見えない。■■
内向的に見える彼が、いかにも凶暴そうなエリオットを捕らえられるとは思えなかった。■■
【ユリウス】
「私が命じ、部下が捕らえたんだ。
恨まれている」■■
「ああ、なるほど。
それなら納得」■■
【ユリウス】
「……なんだ?」■■
「あなたって、エリオットより強そうには見えないもの」■■
【ユリウス】
「…………」■■
「……弱くはないぞ」■■
「えー……。
でも、強くも見えないわよ」■■
【ユリウス】
「…………」■■
「投獄したってことは、あなたはこの世界の警察か何か?」■■
ユリウスが警察だとしたら、いささか頼りない。
部下というのは強いのだろうか。■■
【ユリウス】
「……時間の番人だ」■■
「……?
ペーターもあなたのことをそう呼んでいたけど、それって何をするの?」■■
「警察みたいに市民の平和を守るわけ?」■■
【ユリウス】
「市民の平和など、どうでもいい。
時間の番人は、時間を守るんだ」■■
「…………」■■
「あなたって、時間にきちんとしていそうだものね。
でも、時間を守るのって、一般常識よ?」■■
それは、職業として成り立たないだろう。■■
【ユリウス】
「そういう意味ではない。
時間という定義を守るんだ。
時間を乱す者がいれば正さなくてはならない」■■
「…………。
……規則正しい生活をおくろうってこと?」■■
【ユリウス】
「…………。
もう、それでいい」■■
「時間を守り、時計を修理する。
それが私の仕事だ。
だから、時計屋とも呼ばれている」■■
「ふうん。
……似合っているわね」■■
一日中、部屋にこもって仕事をしている職人さん。
そういうイメージは、ユリウスにぴったりだ。■■
彼と、投獄だの警察だのという単語は結びつかない。■■
「投獄するとか、そういうの、あなたに似合っていないわ」■■
【ユリウス】
「時間を乱した者に罰を与えるのも、私の仕事だ」■■
「奴は、大罪人だ。
一万回の時間帯を牢獄で過ごさなくてはならなかった」■■
「でも、エリオットは外に出ているじゃない。
刑期を終えたの?」■■
一万回の時間帯。
この世界の時間の基準はよく分からないが、短くはないだろう。■■
【ユリウス】
「……脱獄したんだ」■■
ユリウスは、むっつりとした。
もともと、怒っているような態度だが、更に輪をかけて不機嫌そうだ。■■
【ユリウス】
「帽子屋が、まんまと脱獄させた。
そして、めでたく、奴は脱獄囚のマフィアとなったわけだ」■■
「……もっとも、時間を乱した罪に限らず、叩けばいくらでも埃が出てきそうな奴らだがな」■■
「マフィアとかぴんとこないけど、悪い人達なのね」■■
そんなところに誘われたのだから、間一髪だった。
滞在させてもらっていたら、何に巻き込まれていたか分かったものではない。■■
【ユリウス】
「いや……、あいつらは下衆だが、女にだらしがないとは聞かない。
気に入られたんだよ、おまえは」■■
「…………」■■
「危険な人にちやほやされたいっていう願望なのかしら。
気色悪い……」■■
自分の空想にうっとりするという気色の悪い事態は避けたい。■■
マフィアのボスの屋敷に滞在するなんて、よく分からない願望だ。
私の中に、そんな潜在願望があったのだろうか。■■
【ユリウス】
「…………。
おまえは……、夢の見られない女だな、アリス」■■
「女というのは、もっと夢見がちなものじゃないのか」■■
「女だからって、一括りにするのはどうかと思うわ。
夢見る乙女ばかりが女じゃない」■■
「悪いけど、私って現実主義者なの」■■
【ユリウス】
「これは……、夢なんだろう?」■■
「そうよ。
夢の中だから遠慮なく言えるんじゃない」■■
「このぴらぴらした服も、長い髪も、私には似合っていないわ。
姉さんの趣味だから付き合っているけど、私は姉さんじゃないもの」■■
【ユリウス】
「……そうか?
似合っていないとは思わないが」■■
「……いや、似合っているとも言っていないぞ?」■■
「女らしい格好が好き?
男の人は大体そうね……」■■
【ユリウス】
「似合っていると言ったわけではない。
俗めいた男扱いするな」■■
私が遠い目をしたのを、ユリウスは呆れたのだと勘違いしたらしい。■■
(そうじゃないわ)■■
ちょっと思い出しただけだ。
大体の男は、女らしい女性が好き。■■
媚びているわけではないが、こういう格好は世渡りがしやすい。■■
「誉められたと解釈しておくわ。
私って、楽観的でもあるから」■■
「……ありがとう。あなたもなかなか格好いいわよ。
これも、何かの願望の表れなのかしら」■■
ユリウスは顔を赤くした。■■
【ユリウス】
「言われ慣れない言葉だ……」■■
俯き、ぽつりと呟く。■■
「そう?
すぐに下を向いたり、こっちを見たかと思えば睨むからじゃないの?」■■
言った先から睨まれ、再び俯かれてしまった。■■
「あなたって、悪くないわよ?」■■
ブラッドみたいに伊達男風でもないし、ウサギ耳達(タイプが違うから親戚ではなさそうだ)みたいに美形でも男前でもない。
だが、もう少し気安さがあれば、普通に好かれそうだ。■■
悪く言えば平凡だが、手が届きそうな身近さがある。
長い階段を上ってここに戻って来たのも、そういうわけだ。■■
ユリウスには、奇抜さがない。
そんなものを求めていない私には嬉しいかぎりだ。■■
髪が長すぎで口が悪すぎるが、そんなものは変質者やマフィアに比べれば然したる問題ではない。■■
「顔を見て話をしてくれれば、もっといいのに」■■
【ユリウス】
「……そんな言葉がそれだけすらすらと出てくるとは、相当な遊び人なんだろう。
やはり、ついていってしまえばよかったんだ」■■
「私程度を、よく持ち上げようという気になれるものだな……」■■
そう言いつつ、ユリウスは顔を上げてくれた。■■
(そういうあなたは、間違っても遊び人ではなさそうね)■■
こんな歯の浮きそうな台詞、本物の美形にはまず言えない。
それが女でも男でも、相手が気安いと思うからこそ言える言葉だ。■■
「ユリウス、あなたのところに滞在させてもらいたいの。
他の場所より、ここのほうが安心できる」■■
下りるだけでも大儀だった階段を、わざわざ上ってきたのだ。
追い出そうとされても、元より動くつもりはない。■■
それでも、拒否されない限りは神妙にする。
この分でいくと、押し切れそうだ。■■
【ユリウス】
「私には仕事が……」■■
「邪魔はしないわ」■■
【ユリウス】
「それに、私の部屋は広くは……」■■
「お願い」■■
【ユリウス】
「…………」■■
「はあ……」
【【【演出】】】・・・カツ、と歩き出す足音
ユリウスは溜め息をついて、階段に向かった。■■
【ユリウス】
「……仕事の邪魔をしたら、すぐに追い出すからな」■■
「!
ありがと!」■■
【【【演出】】】・・・カツカツ、と小走りの足音
急いで、ユリウスの後を追いかける。■■
【【【時間経過】】】
◆時計塔・ユリウスの部屋◆
ユリウスの部屋は、個人の部屋というより半分以上職場だった。■■
作業場らしく、いろんな資料、時計の部品などが転がっている。
室内は雑然としているが、この手の職人にしてみれば、まだ片付いているほうかもしれない。■■
【ユリウス】
「なんだ。
じろじろ見るな」■■
それは無理な相談だろう。
これから、ここに住まわせてもらうのだ。■■
「客室なんかはない……わよね」■■
【ユリウス】
「客など、滅多に来ないから必要ない」■■
「…………」■■
それは、偉そうに言うことなのだろうか。■■
ユリウスの人柄を見るに、ブラッド=デュプレの屋敷とは違った意味で、客が少なそうだ。■■
「部下を持つような、偉い人の部屋には見えないわね」■■
ベッドも一つしかない。
それも、小さくはないが、場所をとらない上段にある形のものだ。■■
「私は、どこで寝ればいいの?
同じ部屋で暮らさせてもらうにしても、同じベッドっていうのはさすがに……」■■
【ユリウス】
「……当たり前だ」■■
「そのベッドは使っていいぞ」■■
「え、でも、じゃああなたはどこで寝るの?」■■
【ユリウス】
「客が来たときのために余分のマットレスがあるから、床に敷けばいい」■■
「そんなの悪いわ」■■
客が来たときに、マットレスを床に敷いて寝かせるのか……。
それでは、客も少ないはずだ。■■
【ユリウス】
「では、どうしろというんだ。
一緒に寝るとでもいう気か」■■
「別に、おまえが床でもいいんだぞ?」■■
「……居候の身として、とりあえず遠慮しておいただけ」■■
この男は、やるといったら平気で女の子を床に寝かせる。
形だけの遠慮はやめておく。■■
「ベッド、借ります」■■
【ユリウス】
「……そうしておけ。
どうせ、私は、仕事でベッドなどほとんど使わない」■■
「仕事、忙しいのね」■■
【ユリウス】
「そうだ。
私は、おまえのような暇人と違って多忙なんだ」■■
「私だって、普段は忙しいのよ。
今だって、帰れるものなら、さっさと帰るのに」■■
夢は、なかなか覚めてくれない。■■
【ユリウス】
「ふん、どうだか」■■
「…………」■■
本当に、この人相手に遠慮をするのはやめておこう。■■
【【【時間経過】】】
時間帯が何度も変わり、なんだかんだと時計塔での生活にも順応してしまった。■■
この世界の時間変化は、本当に無茶苦茶だ。■■
昼の次は夜、その次に昼がきたり、また夜がきたり夕方になったり。
法則性も何もなく、ころころ変わる。■■
変化する早さもその時々なので、時間感覚が徐々に狂っていく。
今分かるのは、時計塔で寝起きし始めてから結構な時間が経過したということくらいだ。■■
ユリウスは当初予想していた通りに偏屈な男だったが、それでも長い時間共に過ごせば愛着もわく。■■
男性との共同生活なんてしたことがないし、これが夢でなければ有り得ない。■■
しかし、夢だと割り切ってしまえば、ユリウス=モンレーは非常にいいシェア仲間だった。■■
彼は常に時計いじりの仕事に忙しく、こちらが話しかけない限り干渉してこない。
同じ部屋で生活していて、これほど気を遣わないでいい相手というのも珍しいだろう。■■
異性の偏屈者。
合わないだろうと思ったのだが、拍子抜けするほど馴染んでしまった。■■
ユリウスには気を遣わなくていい。
猫を被らなくても彼は気にしないし、そもそも私への関心が薄い。■■
同じ部屋にいても、適度な距離感が崩れない。
家にいたときよりも寛げるくらいだ。■■
生活は快適。
だが、ちょっとした問題もある。■■
【【【演出】】】・・・時計の修理の音
いつものように、ユリウスは作業台で時計の修理をしている。
もうどれくらい、そこに座り続けているだろうか。■■
(立っている姿を見るほうが少ないわよね)■■
「ユリウスー、今夜も寝ないで仕事するの?」■■
私は不規則な生活に慣れていない。
夜がくれば、眠い。■■
【ユリウス】
「ああ……」■■
【【【演出】】】・・・時計の修理の音
ユリウスは、こちらを見ない。
これにも慣れた。■■
「電気消しちゃうけど、構わない?」■■
【ユリウス】
「ああ……」■■
「視力落ちちゃうわよ?」■■
【ユリウス】
「ああ……」■■
「…………」■■
「ユリウスのむっつりすけべー」■■
【ユリウス】
「ああ……」■■
「…………。
~~~~ー」■■
【ユリウス】
「ああ……」■■
(聞いてないな……)■■
この状態のユリウスに何を話しかけても無駄だ。■■
今もまた眼中に入れられていないことはよく分かったが、何となくムキになってくる。■■
「…………」■■
「【大】お・や・す・み!!【大】」■■
馬鹿がつくほどの大声で叫んでみた。■■
さすがに聞こえた……というか意識に割り込んだらしく、ユリウスはびくっと肩を震わせる。■■
【ユリウス】
「な、なんだ、いきなり?
大声を出すな」■■
「ごめん。
だって、お休みの挨拶くらいしたかったんだもの」■■
【ユリウス】
「はあ?
だからそんなもの、大声を出す必要はないだろう」■■
「まあね」■■
大声で言わずとも、生返事の挨拶は返ってくる。
別にそれでも同じといえば同じなのだが、今はふと、もの寂しくなった。■■
「……同居人なんだもの。
たまにはちゃんと挨拶をかわしたいなって思ったのよ」■■
ぽつりと呟く。■■
【ユリウス】
「……ごほん」■■
ユリウスはバツが悪そうに咳払いをした。
生返事を返していた認識はあるのかもしれない。■■
【ユリウス】
「くだらない……、私に過剰な期待などするな。
親しみ溢れる歓待を求めていたのなら、私のところになど住むべきではないだろう」■■
「……ええ、そうね。
ごめんなさい、私が悪かったわ」■■
こういう人だと承知で住み始めたのは、私。
何となくムキになったとはいえ、ユリウスの言う通りだ。■■
【ユリウス】
「いや、別に謝らなくてもいいが……」■■
【ユリウス】
「…………」■■
【ユリウス】
「……とにかく、もう寝ろ。
……おやすみ」■■
「……おやすみ」■■
ぶっきらぼうに吐き出された挨拶。
言うなり、ユリウスは作業を再開する。■■
【【【演出】】】・・・時計の修理の音
(…………)■■
(やっぱりいい人だわ、この人)■■
(こういう人だから……、くだらない我儘も言いたくなってしまうのよね)■■
「…………」■■
【ユリウス】
「…………」■■
私が大人しくなれば、ユリウスももう、忘れたように作業に没頭している。■■
「……あなたも、少しは寝ないと駄目よ?」■■
【ユリウス】
「……ああ」■■
(もう、先刻のことも忘れていそう)■■
「…………」■■
「ふぁあ……」■■
「もう……。
明日に響いても知らないからね……」■■
(明日というか……、明確な日付の変化もない世界だけど)■■
ユリウスも、区切りをつけることなく延々と仕事をしている。■■
【ユリウス】
「ああ……」■■
「…………」■■
(やっぱり聞いてない……)■■
気にせず、照明を落とす。■■
最初の頃はそれでも遠慮していたものだが、最近は気にしないことにしている。
ユリウスもユリウスで、そのほうがやりやすいようだ。■■
彼は最初に自身で言っていた通り、ほとんど横になって眠ることがない。
たまにマットレスを出して眠ることもあるが、大半は仕事が一段落して机でうたた寝する程度だ。■■
日中も外に出ることもなく、ひたすら室内作業。
その上、暗いところのほうが作業がはかどると言って、夜は照明を落とした薄暗い状態で作業を続ける。■■
あえて自分の体をいじめているとしか思えないような不健康生活っぷりだ。
居候として始めの頃は心配もしたが、今では忠告しても無駄だと分かっている。■■
「…………」■■
恐ろしいほど都合のいいことに、この世界では服の替えが必要ない。
汚れても、よれてしまっても、時間を戻したように元に戻せる。■■
汗をかいたら、お風呂に入らなくてもいつの間にか清潔になっている。(好きだから入るけど)
時間が進んでいないかのようだが、ちゃんと進んでいて……、しかし戻りもする。■■
まだまだ知らないこと、分からないことはたくさんあった。
でも、これ以上詳しくなるのが怖い気もする。■■
これは夢だ。
はまりすぎてはいけない。■■
(ここでは、時間が狂っているのね……)■■
(進んでいるにしても、正確じゃない。
とにかく、狂っている)■■
それだけ分かっていればいい。
追求しても意味がない。■■
これは一時の夢で、真剣に深く知ろうとするのは間違っている。
私の頭の中の作り事なのだ。■■
【【【演出】】】・・・ごそごそと探る音
ごそごそと、ガラス瓶……クリスタルにも見える透明な薬瓶を取り出す。
なくしたと思っても、傍にある。■■
常に忘れられない。■■
「…………」■■
ペーター=ホワイト。■■
あの馬鹿ウサギに強引に飲まされたもの。
今は中身もなく、ただの空き瓶だ。■■
きれいな作りだが、特に惹かれるようなものはない。■■
(どうして、必要だって思うのかしら……)■■
私には瓶の収集癖などないはずなのに、なぜか……手放せない。■■
(う~~~ん……)■■
(夢から覚めるためのアイテムなのかな?)■■
物語にはよくある、キーアイテムではないだろうか。
このアイテムをどうにかすればどうにかなる……。■■
(どうにかすればどうにかなる……)■■
えらく曖昧だ。■■
(どうでもいいから、早く目が覚めないかな……)■■
しばらく考えたが、どうでもよくなってくる。
不思議な小瓶、不思議な世界。■■
たいして不思議に思わず順応してしまった私。■■
「…………」■■
「変だわ……」■■
変なのは最初から分かっている。
この世界は、夢だ。■■
頭がふわふわして、体もふわふわする。
現実かと思うこともあるが、浮いているような感覚は夢特有のものだ。■■
これは夢。
長く、想像力に富んだ夢だ。■■
自分の想像力に驚くと同時に、これが夢でも納得ができない。
この世界でそれなりの時間が過ぎたが、会う人は皆私を好いてくれる。■■
好かれていると分かる好意は心地よく、だからこそ私はこれが夢だと強く実感する。
現実では、ありえない。■■
(私は、誰からも好かれるような人間じゃない)■■
それに相応しいのは、優しい姉のような人間であり可愛い妹のような人間であって、私ではない。
適度に猫を被っているが、それでも私には毒がある。■■
こんなひらひらした格好をしていても見抜く人は見抜くし、私だって騙し通せるとは思っていない。
私は、姉のように根っからの善人でもなければ、妹のように甘え上手でもなかった。■■
この世界にきて、別人に変わったということもない。
私は私。■■
皮肉びた考え方しか出来ない、斜に構えた人間だ。
根暗で見栄っぱり。■■
自分を強く見せようとする卑小な人間。
……深く考えると、落ち込む。■■
(夢だとしても、納得がいかない)■■
夢だからこそ、かもしれない。
自分の心を映すはずのものだから、こういう夢を認めたくない。■■
「…………」■■
(私は……)■■
(たくさんの人に好かれるような人間じゃないわ……)■■
そんなことは、望んでもいないはずだ。■■
(だって、私が好かれたかったのは……)■■
顔の見えないたくさんの人じゃなく、具体的な一人だ。
そして、それは叶わなかった。■■
その人に代わるものなどないはずで、誰かを代わりにしたいとも思えなかった。■■
【【【時間経過】】】
◆ナイトメアの夢の中◆
その夜、私は初めて夢をみた。
初めてというのは、もちろん生まれてから初めてとかいう意味ではない。■■
この世界に来てから初めてという意味だ。■■
「夢の中で夢をみるなんて奇妙な現象はそう起こるものじゃないものね」■■
心の中で思った言葉が、そのまま声に出る。■■
「あれ……?」■■
【???・ナイトメア】
「私に隠し事は出来ないよ、アリス。
隠そうとしても無駄なことだ」■■
「え……?」■■

op_nai 一人だった空間に、ふわりと男性が現れる。
いきなりだと感じなかったのは、空気のように場に馴染んでいたからだ。■■
その人は、あまりに夢に馴染みすぎていた。
最初からここにいた私のほうが異質に思えるほどに。■■
【ナイトメア】
「私は、ナイトメアだ。
悪夢を体現させる夢魔」■■
「名前はない。
どういうふうにでも、好きなように呼ぶといいよ」■■
この人は誰だろうと思ったら、尋ねる前に返事がかえってきた。
そんなふうに名乗られて、ナイトメア以外に呼べるだろうか。■■
トムとかジョンとかいうふうに呼べるわけがない。■■
「夢魔か……。
この変な夢なら、そういうのが出てきてもおかしくはないわね」■■
また、思ったことが口から飛び出す。
思うだけに留めることが出来ないらしい。■■
夢なのだから、もっともだ。■■
【ナイトメア】
「これが夢だと思っている?」■■
「夢だもの」■■
【ナイトメア】
「そうだね。
これは夢だ」■■
もう分かっていることを確認する。
馬鹿馬鹿しい。■■
【ナイトメア】
「そう馬鹿馬鹿しくもないさ。
これは夢だが、夢から覚めたら夢でなくなるんだ」■■
「…………。
この世界の人は誰も彼も気が狂っているんじゃないの?」■■
言っていることが支離滅裂だ。
それに、考えを読まないでほしい。■■
「夢から覚めたら、現実に決まっているでしょう」■■
【ナイトメア】
「その通り。
今は夢だけど、目が覚めたらそれは現実」■■
「君は分かっているのに、分かろうとしていない」■■
「分かっているわよ。
こんなおかしな世界が、現実じゃないことくらい」■■
【ナイトメア】
「…………。
君って、頭はいいのに馬鹿なんだね」■■
むっとする。
この男もふざけている。■■
【ナイトメア】
「頭がいいからこそ、分からないのかな」■■
「私は君が好きだから、からかったりしないよ。
君のことが好きだから、裏切ったりもしない」■■
それがとても素敵なことのように言うが、私はぞっとした。■■
【ナイトメア】
「ここでは、みんな君を好きになる」■■
「……都合のいい夢なのね」■■
そして、それが私の願望か。
そう思うと、改めてぞっとした。■■
心の底で、私は誰からも好かれたいと思っていたのか。■■
【ナイトメア】
「誰だって、嫌われるよりは好かれたいと願うさ。
どうして、それが悪いことのように思うんだい?」■■
全部が筒抜け。
口に出さずにすんだことまで、この男には聞こえてしまうらしい。■■
【ナイトメア】
「悪いね、それがナイトメアだからどうしようもない」■■
「人にとって、なによりの悪夢は自分だってことさ、アリス。
君も内側に踏み込まれるのをなにより嫌っている」■■
「…………。
私は俗物でくだらない人間だから、心を読まれるなんて堪らないのよ」■■
【ナイトメア】
「アリス。
自分がくだらない人間なんて、どうして思えるんだ?」■■
「君は好かれている。
これから、もっと好かれることになる」■■
「君と知り合えば、誰もが君を好きになり、君を愛するようになる」■■
「誰からも愛される世界ってわけ。
気持ち悪いわね」■■
気持ち悪いのは自分だ。
そんな願望を持っていたなんて恥ずかしい。■■
子供じゃない。
好意より悪意を向けられる可能性のほうが高いことくらい、理解する年齢だ。■■
【ナイトメア】
「子供じゃないから、望むんだよ。
君はもう、孤独を知っている」■■
「満たされている者には知りえない闇の色を見ただろう?」■■
「一人が寂しいから、こんな夢をみているの?
そんなに弱くないつもりだったわ」■■
「自惚れだったのね。
自分がそこまで弱いとは思わなかった」■■
これが夢なら、この男も私だ。
自問自答していることになる。■■
私は強いつもりだった。
誰にでも勝てるなんて思っていない。■■
それでも、逃げ出さないだけの強さは持ち合わせていると思っていた。
それがどうだ。■■
こんなに深い夢をみて、望んだことは「誰からも愛されたい」なんて。■■
【ナイトメア】
「そうじゃない。
そうじゃないよ、アリス」■■
ナイトメアにはすべて聞こえているらしく、即座に否定した。■■
【ナイトメア】
「君は、誰からも愛されたいわけじゃない。
誰かに愛されたいんだ」■■
「しかも、誰でもいいというわけじゃない。
自分が愛する人に愛されたいんだ」■■
「わがままな話ね」■■
そうやって条件を羅列されると、自分がひどくわがままな人間に思えてくる。
事実、私はわがままな人間だ。■■
自分のことが優先で、思いやりが少なく、常識と警戒心だけを前に押し出す。
そういう人間だ。■■
【ナイトメア】
「普通のことだよ」■■
「誰もが自分の考えを優先する。
そして、理解者を求めているんだ」■■
「そうかしら」■■
そうだとしても、それを夢に求めるなんてどうかしている。■■
【ナイトメア】
「誰からも愛されたいという人もいるけど、君はそんなに欲張りじゃない。
謙虚ではないけど、強欲でもない」■■
「私の知る人間の中では慎ましいほうさ。
何も恥じ入ることはない」■■
「恥じ入ってなんかいないわ。
自分に虫唾が走っているだけよ」■■
「私、現実主義のつもりだったのに、こんなメルヘンな夢をみるなんて……」■■
(愛に飢えた子供のような……)■■
がっくりする。
自分では大人になったつもりでいた。■■
とんだ自惚れ。
こんな夢をみるなんて、私はまだまだ子供だったのだ。■■
得られないものを自分の夢に探す、愚鈍な子。■■
【ナイトメア】
「子供じゃないと認めたから、この世界に入れてあげたんだよ。
完全な大人でもないが、子供とも違う。不完全だから入れた」■■
「この世界は、君が勝手に作り出したわけじゃない。
私がつなげてあげただけで、最初からある世界だよ」■■
「そうね、最初からある……妄想の世界よね」■■
私の願望で出来た、夢の世界だ。
何もかもが都合よくというわけにはいかないが、それすらも私らしい。■■
「夢の国……。
ハートの国っていうのは的確だわ」■■
赤く染まった妄想の国だ。■■
【ナイトメア】
「…………」■■
「夢というなら夢の世界で間違いないよ。
君が望まれている世界だ」■■
「君は、自分が望まれることを望んでいた。
だから、私は君が一番望まれる世界とつないであげた」■■
「分かりやすいだろう?」■■
「ちっとも。
あなたが言うことは、ペーターみたいに的を射ないわ」■■
説明する気がある分、彼よりましだろうか。■■
【ナイトメア】
「ペーターね……」■■
「彼は、君を一番望んでいる。
だから、彼が迎えに行けたのさ」■■
「あの人、おかしいわよね。
望まれたくなんかないわ」■■
ばっさり言うと、ナイトメアはくくっと笑った。■■
【ナイトメア】
「……くくっ。
ペーター、あいつもかわいそうに」■■
「そんなに嫌ってやるものじゃない。
人を好きになったことがないから、うまいやり方なんて知らないんだよ」■■
「性格が破綻しているもの。
好かれっこない」■■
【ナイトメア】
「好かれはするさ。
好いたことがないだけで」■■
「顔はいいものね」■■
【ナイトメア】
「力もあるよ。
でも、君はそこには惹かれなかった」■■
「そんなことない。
力のある人は好きよ」■■
「権力だろうと、物理的な力だろうと……。
そういう力のある人と仲良くなれば、助けてもらえる」■■
【ナイトメア】
「それは打算だろ」■■
分かっているくせに、と、ナイトメアは続けた。■■
【ナイトメア】
「打算と好意は別のものだ。
打算的な好意はありうるとしてもね」■■
「あいにく、私は打算的なの。
だから、考えも読まれたくない」■■
「見られたくない部分がたくさんあるの。
綺麗な人間じゃないのよ」■■
だから、私は好かれない。
醜い部分を前面に出して好かれるなんて、そんな世界は有り得ない。■■
【ナイトメア】
「この世界には在り得るよ。
君は自分が汚い人間だと思っているようだけど、もっと汚い奴なんていくらでもいる」■■
「あなたは、私が聖人君子にでも見えるの?」■■
心が暴けるのなら、分かるはずだ。
私は綺麗じゃない。■■
好かれるべき人間には当てはまらない。■■
【ナイトメア】
「綺麗じゃないね。
真っ白とは程遠い」■■
ナイトメアは、じっと私を見た。
なんとなくばつが悪い。■■
「分かっているのならいいわ。
ひらひらの服を着た汚れ一つない女の子なんてものを装うのは、現実世界だけで充分よ」■■
現実でさえ、無理があるのだ。
夢でまで装いきれるとは思えない。■■
【ナイトメア】
「君は自分が好きじゃないみたいだ。
真っ白ではないけど、真っ黒でもないのに」■■
「誰もが真っ白な人間を好きになるわけじゃない。
君の灰色にくすんだ部分を愛しく思うような人間もいる」■■
「そんな人は……」■■
【ナイトメア】
「いるよ」■■
断言されると、そんな気になってくる。■■
「いたとして、その人は私以上に濁った人ね。
まともな人は、私なんか選ばないわ」■■
私にも選ぶ権利はあるから、たとえ私のことを好きだという人が現れても、そんなろくでもない人を好きになったりしない。■■
(好いた人に好かれるなんて難しいのよ。
私みたいな奴には)■■
【ナイトメア】
「私なんかというような言い方、よしたほうがいい。
自分を、水準より下の人間だと思っている?」■■
「…………。
私は、コンプレックスの塊でもなければ、心に傷を負ったかわいそうな女の子でもないわ」■■
「自分を下等な人間だと思ったことはないの。
私は私で優秀な面があることも、私よりもっと低レベルな人間がいることも知っている」■■
家は裕福で恵まれている。
教育も受け、家庭環境も最高。■■
優しい姉と可愛く明るい妹がいる。
父は仕事に忙しいが、虐待するような親より何倍もいい。■■
【ナイトメア】
「不幸せでないことが幸せとは限らないよ」■■
ナイトメアは私の目を覗き込んだ。
見透かすような視線が不快だ。■■
【ナイトメア】
「自分が嫌いなんだね、アリス。
だけど、この世界ではそんな君を好きになる人が現れる」■■
「……人の考えを読まないでと言ったでしょう」■■
「あなたの話によると、そりゃあもう、うじゃうじゃ現れそうね。
ご都合主義の夢だから」■■
「求婚者の行列ができたらどうすればいいのかしら」■■
どうすれば、だって。
決まっている。■■
追い返す。■■
求婚者の行列ができる。
私を望み、私でないと駄目だという人が列をなす。■■
そんなことになったら、頭を掻き毟りたくなるだろう。■■
こんな妄想を抱いているのだと目の前に突きつけられたら、壊れてしまいそうだ。■■
【ナイトメア】
「安心してよ、アリス。
この世界の人間が皆、君を見た瞬間から好きになるわけじゃない」■■
「誰からも好かれるなんて、君の思うとおり、有り得ないことだ」■■
「この世界でも、全員が君を愛したりはしない。
最初は君を嫌うものだっているかもしれない」■■
「まったく意思の疎通がはかれないほど、気の合わない人間も中にはいるはずさ。
通り過ぎていくだけの人間も、同じくらいにいるだろう」■■
続いた言葉は、ちっとも安心できるようなものじゃなかった。■■
【ナイトメア】
「だけど、ほとんどの人間は、知り合えば知り合うほどに君を好きになっていく」■■
「話して触れ合って、何もしなくても傍にいるだけで好意が深まる」■■
「どんどんと好きになっていくんだ。
何故なら、彼らも君を望んでいたから」■■
「…………」■■
「……私は麻薬か何かなの」■■
「あなたも、やばい薬をやっていそうよね。
狂っているわ」■■
(……顔色悪い)■■
揶揄だったが、実際にこの人は血色が悪い。
肌艶はそれほど悪くないが、唇の色など死人のようだ。■■
私が言ったようなやばい薬ではなく、普通の薬が必要に見える。■■
【ナイトメア】
「そうかもね」■■
嫌味も通じない。■■
【ナイトメア】
「……嫌われようとしても無駄さ。
知り合うほどに、君を好きになる」■■
「君を好きになるんだ。
他の誰でもなく、君をね」■■
ナイトメアと名乗る男は、囁いた。■■
【ナイトメア】
「お姉さんでも妹でもない、君だけを好きになる」■■
甘ったるい砂糖水でも流し込まれたかのようだ。
べたつく。■■
「……あんたは悪魔だわ」■■
心を読んで、私の触れられたくない部分に触れてくる。
話して触れ合って、何もしなくても傍にいるだけで好意が深まる?■■
私は触れ合いたくなどない。■■
【ナイトメア】
「私はナイトメアだよ、アリス。
悪魔じゃない」■■
「悪魔なんかより、よほど怖いものさ」■■
「言っただろう、なににも勝る悪夢は自分なんだ。
悪魔は人を地獄に落とすけど、夢魔は人を夢に落とす」■■
「夢は覚めるものよ。
地獄ほど怖くないわ」■■
眠気を誘う、日曜日の礼拝で散々聞かされた。
地獄ほど怖いものはないと。■■
私は熱心な教徒ではないものの、教会へは通っている。
通わされているというのが正しいか。■■
【ナイトメア】
「君は賢いけど、見落としている。
地獄は果てしない。夢は果てがある」■■
「だから恐ろしいんだよ、夢は。
自分というものには果てがある」■■
「その内、君にも分かるだろう」■■
ナイトメアは、真っ暗な世界の先を指した。■■
【ナイトメア】
「夢の先には何があると思う?
君のよく知るものさ」■■
「夢の先……?」■■
愚かな問いかけだ。
私は、その答えを知っている。■■
そのつもりで、この世界を楽しんでいるのだ。■■
「夢の先には、何もないわ。
終わるだけよ」■■
「覚めたら、何も残らない」■■
どんなに夢の中で好かれても、覚めたら終わり。
何も持って帰れはしない。■■
【ナイトメア】
「よく出来ました。
夢の先には何もない」■■
「……夢から覚めたら現実だ」■■
【【【演出】】】・・・指を鳴らす音
ナイトメアは、ぱちんと指を鳴らした。■■
【【【時間経過】】】
◆時計塔・ユリウスの作業場◆
ぱちんと、目が覚める。
起きた途端に、それまで明確だった夢の輪郭がぼやける。■■
まるで、本物の夢のように。■■
だが、今も夢なのだ。
ここは私の部屋ではない。■■
ペーター=ホワイトというウサギ男に引き込まれた、不思議な世界のままだ。■■
変な夢はまだ継続中。
つまり、私は変な夢の中で更に夢を見たことになる。■■
(だめだ……)■■
(この夢、なかなか覚めない気がする……)■■
頭がぼんやりする。
ぼんやりした中でも、しっかりと分かる。■■
【ナイトメア】
「夢だよ」■■
「……夢」■■
【ナイトメア】
「これは、夢だ」■■
そう、これは夢だ。
この声は、ナイトメアと名乗った、夢の中の夢の声。■■
(……ややこしい)■■
(……とにかく夢なのよね)■■
夢だろうと、夢の中の夢だろうと、夢であることに変わりない。
夢の中の夢は、やはり夢だ。■■
【【【時間経過】】】
この世界、この場所にも慣れてきた。
男性と共に暮らすという、特異な状況にも。■■
おかしな部分、おかしくない部分。
私の常識と違う部分も多いが、同じような部分もある。■■
(……慣れって怖い)■■
「…………」■■
「……さすがに、マズイな」■■
(このままだとマズイ)■■
ユリウスは滅多に外に出ないし、私も根は暗い性格だ。
こもりきりの生活でも、誰も咎めない。■■
このままでは引きこもりになってしまう。
そんなわけで、私は外出を思い立った。■■
ユリウスは相変わらず、作業台で仕事中。
その俯いた顔に、「出掛けるから」と呼び掛ける。■■
【ユリウス】
「出かける?」■■
「そうか、気をつけろよ」■■
予想通り、ユリウスは私の外出に無関心だった。■■
「心配しているようなことを言って……、なんだか嬉しそうね」■■
居候の身だ。
大騒ぎされるとは思っていなかったが、少しくらい案じてほしい。■■
【ユリウス】
「誰も傍にいないほうが仕事がはかどる。
一人のほうが落ち着くし、集中できるんだ」■■
「暗いわねー」■■
【ユリウス】
「おまえだってそうだろう?
何か作業しているときは、人がいないほうがいい」■■
「そういうときもあるけど、あなたの場合、いつだって一人がいいという態度なんだもの」■■
【ユリウス】
「否定はしない。
私は一人が好きだ」■■
「……私はおまえを好きになったりしないぞ」■■
「誰も、あなたが私を好きになるなんて思っていないわよ」■■
【ユリウス】
「だが、余所者とはそういう存在らしい」■■
「この世界の者なら誰もが好感を持ち、親しくなりたいと思う。
余所者とはそういうものだと聞いている」■■
「そ、そうなの……」■■
夢でナイトメアが言っていたことを思い出す。■■
ここでは、そうらしい。
大体の人間が私を気に入って、好きになってくれる。■■
都合がいい夢だと思ったが、面倒かもしれない。
まさか、誰も彼もがペーターのようにはなるまいが、好意より無関心のほうが有難いこともある。■■
「今まで会った余所者というのも、そういう好感の持てる人物ばかりだったの?」■■
【ユリウス】
「知らん」■■
「え……?」■■
短く答えられ、ぽかんとした。
ユリウスは僅かに手元から顔を上げ、付け加える。■■
【ユリウス】
「余所者についての知識はある。
だが、非常に珍しいんだ」■■
「私だって実際に遭遇したのは、おまえが初めてだ」■■
「そうなんだ……。
余所者余所者っていうから、もっとたくさんいるのかと思っていた」■■
【ユリウス】
「そんなにたくさんいるのなら、もっと気を使った呼び方になるだろう」■■
「……たくさんいなくても、そういう呼び方はしてほしくないわ」■■
余所者という言い方は、呼ばれて気持ちのいいものではない。■■
【ユリウス】
「呼び方がなんであれ、余所者というのは好かれる存在らしい。
どういう理由からか、この世界の者にとっては好意を持たずにいられない存在……」■■
「余所者が好かれるというよりは、この国の人間に好かれやすい者が余所者としてやってくるということだ」■■
「知識にあっても、どこまで本当のことかは知らないが……」■■
「……おまえを見ていると、でまかせではないかと思う」■■
「どういう意味よ……」■■
【ユリウス】
「…………。
自分が、誰にでも好感を持たれやすい人間だと思うか?」■■
「……思わないけど」■■
それは、ナイトメアにも疑問を投げかけたことだ。
私は、誰からも好かれるようなタイプの人間じゃない。■■
【ユリウス】
「……だろう?」■■
「私と共に生活できるくらいだ。
おまえは相当に性格破綻した、嫌な奴に決まっている」■■
「…………」■■
それってどうなの……と思わないでもない。
私のことをけなしながら、自分のことも思い切り卑下している。■■
「性格破綻しているかどうかはともかく、図太いことは確かね。
あなたと生活できるくらいだもの」■■
ユリウスと生活するのは、彼の言うように性格が悪くないと無理だろう。
始終、嫌味や小言を言われ続ける。■■
仕事中は邪魔者扱いされ、平時は完全無視。
図太くなければ逃げ出しているはずだ。■■
【ユリウス】
「誰かと生活なんて面倒だと思っていたが、余所者と思えばそれなりに興味深い。
耐えられるものだな」■■
「あなたって、嫌味ばっかりよねー……。
口が悪い……」■■
「私は居候の身だから、その口の悪さに耐えられるのよ?」■■
【ユリウス】
「ははっ、気に食わない部分があるのもお互い様ということだ」■■
「おまえは余所者だが、話に聞いていたように誰にでも好かれるような要素はなさそうだ。
仕方ないから、これからもここに置いてやる」■■
「私と同じように嫌な部分のある奴だから、気を使わなくていい。
……おまえは馬鹿じゃないしな」■■
まだそんなに長い時間を過ごしたわけではないが、私の生活スタイルや性格はユリウスのお気に召したらしい。■■
「追い払われたら滞在場所がなくなるし、有難いわ。
私も、ユリウスとの生活は気楽だし……」■■
【ユリウス】
「外に出るなら、この国の基本知識くらい教えてやろう」■■
「助かる」■■
(……ん?)■■
(私は、誰にでも好かれるタイプじゃないし、ユリウスもそう言っているけど……)■■
(……結局、ユリウスは私を気に入ってくれているってことになるわよね???)■■
【ユリウス】
「おまえが行き倒れたりして、居候を見捨てたとかいわれては体裁が悪いからな……」■■
口は悪いが、私を手助けしてくれる。
滞在することも許可してくれた。■■
(……気に入られたってことよね)■■
そう思って間違いはないだろう。
ユリウスは、説明を始めた。■■
【ユリウス】
「この国は、三勢力に分かれて領土争いをしている。
決着はなかなかつかず、これからも当分解決しないだろう」■■
「解決のめどもたたない不毛なゲームだ」■■
「ゲームなど、どれもくだらないものだが……。
おまえも、この世界に来たからにはなんらかのゲームに参加しなくてはならない。それがルールだ」■■
この世界は、ゲーム仕様で成り立っているらしい。■■
戦いが繰り広げられる世界。
小説なんかでもよくある設定だ。■■
「三つ巴状態ってやつ。
そうなっちゃうと、進展しなくなるわよね」■■
【ユリウス】
「やはり、馬鹿ではないな」■■
「歴史ものの小説が好きなの」■■
独裁や二手に分かれた状態というのは、革命や戦争で壊れやすい。
しかし、三つ巴になってしまうと動きがとれなくなるものだ。■■
「牽制し合って、動けなくなるのよね」■■
【ユリウス】
「そういうことだ。
同じくらいの勢力で、領土を奪ったり奪われたり……、三つに分かれると睨み合いが続きやすくなる」■■
「いわゆる三竦み状態だが……」■■
「余所者であるおまえには関係のない争いだ。
巻き込まれることはないだろう」■■
「……?」■■
「ゲームに参加しろとか言っていなかった?」■■
参加しろとかいうから、壮大なスペクタクルロマンもどきの夢なのかと思った。
ヒロイックファンタジーとか、分類はどうでもいいが、そういう括りのものだ。■■
私が戦力になるとも思えないが、そこは夢、都合でどうとでもなる。■■
【ユリウス】
「勢力争いをしているのは、その三勢力であっておまえではない」■■
「おまえのゲームは、勢力争いとは無関係だ。
元の世界へ帰るか否か。そういうゲームになるだろう」■■
「……なんだ。
つまらないゲームね」■■
【ユリウス】
「つまらない?
それなりに切実だと思うが?」■■
「だって、そんなの、最後には帰れるに決まっているもの」■■
最後は、夢から覚める。
結末が分かっている脱出劇など、いまいち気合が入らない。■■
「今だって、帰れるならすぐにでも帰りたいわ」■■
【ユリウス】
「……そう思っているのなら、ゲームはもっと簡単に終わっている」■■
「ゲームの結末はまだ決まっていない。
今の状態では、おまえは不利だぞ」■■
「……私が帰りたいと思っていないみたいなことを言わないでよ。
こんなわけの分からない世界から、早く帰りたいのに」■■
【ユリウス】
「そうか?」■■
思わせぶりに言われて、むっとする。■■
問い質す間もなく、ユリウスは説明の続きに入った。
地図まで出されたので、従うしかない。■■
臍を曲げられ、説明をやめられても困る。■■
【ユリウス】
「まず、時計塔広場だ。
今いる場所だな……」■■
「時計塔広場は中央に位置していて、立場も中立。
どことも争っておらず、勢力争いもしていない唯一の場所になる」■■
「害がない限り、他所での争いも不干渉。
他勢力側も放置している」■■
【ユリウス】
「ここは誰かの場所ではなく、市街地のど真ん中にあるただの広場だ。
三勢力のどこの領土にも入っていない」■■
「周りの市街地で税金などの徴収は行うが、誰の支配下というわけでもない。
他の市街地と違い、この近辺は誰も治められない」■■
「休戦の特別地区なのね」■■
戦争中などによくある、争いの禁止地区だ。
私の世界の戦争のような大規模な悲惨さや仰々しさはないものの、争いごとの基本は押さえている。■■
【ユリウス】
「歴史ものが好きなだけある。
奇特な女だな」■■
「誉めてないわよね、それ……」■■
【ユリウス】
「女にしては珍しいと言っているんだ。
女らしく童話のような夢物語を読むより、よほど実用的だ」■■
「現実的で無駄がない選択だと思うぞ」■■
「誉めてないわよ、やっぱり……」■■
ようするに、女らしくないと言っているんじゃないか。
ユリウスは私の抗議を無視して、地図に戻った。■■
【ユリウス】
「そして、ハートの城」■■
「ハートの女王が治め、ペーター=ホワイトが宰相を務める領土……」■■
「……なんですって?」■■
ハートの城。
なんてメルヘンな……とうんざりする前に、更なる引っ掛かりがあった。■■
「……ペーターが、何?」■■
【ユリウス】
「…………。
信じ難いことに、ペーター=ホワイトはこの城で宰相を務めている」■■
「宰相……。
……ペーターが宰相!?」■■
「う、嘘でしょう……?」■■
【ユリウス】
「嘘だと感じるなら、おまえの感性は正常だな。
だが、嘘のような真実もある……」■■
ユリウスは、嫌そうに俯いた。
私もつられそうになる。■■
(あの変質者ウサギが宰相……)■■
「あんなのが宰相で……よくもっているわよね、そのお城……」■■
【ユリウス】
「あんなのが宰相でもつような城ということだ……」■■
「内部はかなり無茶苦茶なんでしょうね……」■■
【ユリウス】
「……とはいえ、ここは三勢力の中でもっとも分かりやすい権力を持っている」■■
「城だものね」■■
【ユリウス】
「ああ、形態によるところが大きい。
……統治者が無茶苦茶でもな」■■
「税金の徴収も堂々と行えるし、多少の荒事は公然と行える。
民衆は権力者に弱い」■■
「分かりやすく力を誇示すればなんとかなるものだという見本だな」■■
(でも、そういう権力者には治められたくないなあ……)■■
ユリウスは写真を出した。■■
【ユリウス】
「これが、ハートの女王・ビバルディだ」■■
「…………。
きれいな人……。
ものすごい美人じゃない」■■
ペーターの上司にあたり、あの男を宰相に据えるような女王様だ。
どんな無茶な人なのかと思ったが、拍子抜けする。■■
写真を見る限り、女王様らしい女王様。
気の強そうな美女だった。■■
【ユリウス】
「外見など、どうでもいい」■■
「凶暴かつ残忍な女だ。
おまけに頭が悪い」■■
「この女は危険だから、気をつけろよ?」■■
「えー……。
そんなふうには見えないわよ?」■■
「気は強そうだし、女王様らしいから残酷っていうのは納得するけど、理知的な感じじゃない。
頭が悪いようには見えない」■■
【ユリウス】
「感情が理性を上回るという点で愚かなんだ」■■
「でも、美人だし……」■■
我ながら脈略がないと思うが、美人には点数が甘くなる。■■
【ユリウス】
「それがどうした。
この女は、外見が内面と一致しないいい例だ」■■
「いや……、一致しているか。
この写真でも、いかにも傲慢そうな顔をしているじゃないか」■■
「……気分しだいで、敵だろうと部下だろうと処刑しまくる女だぞ?」■■
「そ、そうなの?
暴君ね」■■
「だけど……、そうね、外見と一致しているかもしれない。
善政をしくような統治者には見えないもの」■■
「でも、美人だし……」■■
……本当に脈略がない。■■
「……暴君な女王様。
似合いそう……」■■
「会ってみたいかも……」■■
夢ならではの気軽さだ。
こんな美女なら会ってみたい。■■
【ユリウス】
「口癖は、首を刎ねろ……だぞ?」■■
「…………」
「やっぱり、よしておこうかな……」■■
【ユリウス】
「なるべく近づかないほうが無難だろう……」■■
ユリウスは指を滑らせ、地図の上を移動する。■■
【ユリウス】
「……これは、帽子屋の屋敷。
この近辺は、ブラッド=デュプレという男の領土だ」■■
「ここには一度行ったんだろう?
覚えているな」■■
「ええ……」■■
帽子屋。
どちらかというと、差別的な意味合いの言葉だ。■■
スラングに近く、気が狂っているとか頭がおかしいとか、そういう意味がある。■■
呼び名としては敬遠されるものだ。
地位が高いはずなのに、そんな名前を受け入れる人というのも珍しい。■■
「あのブラッドっていう人、変わった人なんでしょうね」■■
【ユリウス】
「変人だ」■■
「変人って……。
ユリウス、あなた、本当にずばずばと言うわね」■■
「あの人って、この国の有力者なんでしょう?」■■
【ユリウス】
「……私もな。
領土といえば、この広場だけだが、地位的には同等にあたる」■■
「そういえばそうだっけ……」■■
「でも、そんな感じしないわね……。
あなたって、偉い人オーラがない」■■
【ユリウス】
「悪かったな」■■
「親しみやすいってことよ」■■
【ユリウス】
「ものは言いようだ」■■
「ほんっと、口が悪いなー……。
皮肉しか言えないの」■■
と言いつつ、私も頭の中では結構酷いことを考えている。■■
ユリウスは、有力者というより、そのまま気難しい職人だ。
権力に無縁で、黙々と部屋にこもって仕事をしている図がよく似合う。■■
(この人ほど、暗い場所、暗い作業が似合う人もいないと思うのよね)■■
【ユリウス】
「……変人だが、間違いなく有力者」■■
「帽子屋の屋敷は見た目は私有地だが、腕利きの門番を立て、作りは要塞のようになっている」■■
「屋敷というには広大すぎない?
この土地が全部、個人の持ち物なの???」■■
【ユリウス】
「屋敷だけでなく、周囲の土地もすべて奴の領土だ」■■
「城だ屋敷だと名目をどう付けているにしろ、有力者の一人の本拠。
領土を三分割して睨み合っている中の一勢力だけあって所有物も多い」■■
「会ったなら必要ないだろうが、ここの領土の持ち主の写真もあるぞ」■■
見たくない顔だ。
本当に必要なかったが、ユリウスは既に写真を出している。■■
【ユリウス】
「ここを仕切っている男。
ブラッド=デュプレ。通称、帽子屋だ」■■
「……会ったのは、この男に間違いないな?」■■
「……うん」■■
なんの嫌がらせかと思う。
見返すほどにそっくりだ。■■
写真という媒体を通し、客観的に見て余計にそう思う。■■
【ユリウス】
「どうした?」■■
「…………」■■
ユリウスに悪気はないらしい。
彼は、ペーターのように私の過去までは知らない。■■
この人物は、この世界・この国に実在するのだ。■■
目が霞み、視線をはずした。
この顔は、私が元の世界で一番逃げ出したい・会いたくないと思う人の顔そのままだ。■■
【ユリウス】
「……ブラッドに何かされたのか?」■■
私の様子を不審がって、ユリウスが聞いてくる。■■
「……違う」■■
「思い出しただけよ……」■■
【ユリウス】
「???
この国に知り合いなどいないはずだろう?」■■
「……別れた恋人にそっくりなの」■■
【ユリウス】
「……は?」■■
呆けたような反応に、かっと頬が熱くなった。■■
「別れた恋人にそっくりなのよ。
私のせいじゃないわっ」■■
繰り返すが、私のせいじゃない。■■
……私のせいでないわけがない。■■
これは私の夢で、私の深層心理。
だとしたら、私のせいだ。■■
「…………」■■
「……そっくりなの」■■
「こんな夢、最悪よ……」■■
自分をふった恋人にそっくりな男。
顔は瓜二つといっていい。■■
嫌がらせとしか思えない。■■
【ユリウス】
「おまえの恋人がどういう男だったかはしらないが……、この世界では、マフィアのボスだぞ」■■
「帽子屋ファミリーという、ふざけた名前のマフィアグループのボスだと言っただろう?」■■
「……そう言っていたわね」■■
同じ顔でも、随分と違うものだ。■■
私をふった恋人、そして元の家庭教師。
今は、就職したか起業したか、どこかで働いているのだと噂で聞いた。■■
働き先はマフィアなんていうやくざなものではなかったはずだ。
それに、彼の性格的にも難しいだろう。■■
優しくて、少し優柔不断な人だった。
そんな思い切った仕事には就けそうもない。■■
【ユリウス】
「表立っているのはエリオット=マーチだが、裏で糸をひいているのはこの男。
非常に頭がきれるが、気分屋」■■
「常にだるそうにしているのに退屈が嫌いという厄介な性格だ」■■
「……私の知っている人とは、まるで違うわ」■■
【ユリウス】
「別人だろう?」■■
「……中身はね」■■
「顔は……似ているどころか、本人みたい……」■■
顔も背格好もそっくり。
派手な帽子と、胡散臭い服装(貴族だか乗馬服だかよく分からないまぜこぜのスタイルだ)を除けば、別れた恋人そのままだ。■■
【ユリウス】
「未練があるようだが、ブラッド=デュプレに会えば、別れた恋人のことも嫌いになるんじゃないか?」■■
「顔が一緒でも、うんざりするぞ。
ショック療法というやつだ」■■
ユリウスは、馬鹿にしたりしなかった。■■
呆れられるか、冷たいことを言われると思って構えていたが、やはりこの人はそんなに悪い人じゃない。■■
【ユリウス】
「元の世界の男はおまえをふったかもしれないが、この世界の同じ顔の男はおまえと付き合いたがるかもしれないぞ。
感性がおかしいからな」■■
悪い人じゃない。
……ただし、最高に口が悪いが。■■
「感性がおかしくないと、私なんかとは付き合わないっていうの」■■
【ユリウス】
「気持ちが向く率が高いと言ったんだ」■■
「要は、そういうことでしょう」■■
【ユリウス】
「悪く取るな」■■
悪いふうにしかとりようがないことを言っておいて、白々しい。■■
「…………」■■
「付き合いたいなんて思わないわよ。
元彼と同じ顔なんてうんざりする」■■
中身が似ていなくとも、外見だけで充分だ。■■
(古傷を抉らないでほしい……)■■
「それに、恋愛なんてもう御免だわ。
一生しないとは言わないけど、当分はいい」■■
失恋を乗り越えろとでもいうのだろうか。
一生引きずるとは思わないが、まだ、かさぶたになるにも早い。■■
顔を見ても平然とできるほど、傷が癒えていないのだ。
あえて抉る必要がどこにある。■■
まったく、嫌な夢だ。■■
「誰にも好かれたくなんかないの」■■
友情なら心地いいが、恋愛はいらない。■■
「今は一人だって平気だし、困らない。
連れ合いがいなくても、友達がいればもっと楽しいこともある」■■
【ユリウス】
「……いい心構えだ。
私も、人が生きていく上において他者など必要がないと思うぞ」■■
「……そこまでは言ってない」■■
誉めているつもりのようだが、そんなところで同類扱いされても嬉しくない。■■
「友達や家族は大事に思うべきよ」■■
【ユリウス】
「やはり、女だな……」■■
「くだらないものを大切にする……」■■
「女とか男とか関係なく、あなたが歪みすぎなの」■■
【ユリウス】
「この話も、くだらない……」■■
いつまで話しても平行線だと思ったのか、ユリウスは再び地図に向かった。■■
【ユリウス】
「これは、遊園地だ」■■
「……見れば分かるわ」■■
「分かるけど……、なんで遊園地???
この遊園地がどうかしたの?」■■
【ユリウス】
「ここも、三勢力の内の一つなんだ」■■
「……遊園地が?」■■
【ユリウス】
「そう、遊園地が」■■
「どういった勢力争いをしているのよ、一体」■■
マフィアまでは、まだ分かる。■■
光と影。
時の権力者とならず者が勢力図を描くのは、歴史でもよくある話だ。■■
しかし、遊園地……。■■
「遊園地が勢力争いする話なんて、聞いたことがないわよ」■■
【ユリウス】
「あまり聞かないな」■■
「あんまりどころか、お城やマフィアと向こうを張るような遊園地なんてないでしょう」■■
「なんの勢力だか、わけが分からない……。
遊園地なんて争いと無縁なはずなのに」■■
【ユリウス】
「土地を争っているので、無縁ではない。
遊園地というのは土地が必要なものだから」■■
「そういう問題なの?」■■
必要かもしれないが、遊園地が城やマフィアに対抗できるとは思えない。■■
【ユリウス】
「一番くだらん勢力だとは思う。
遊園地なんて土地の無駄遣いだ」■■
「夢がない……」■■
「ほのぼのした場所は残しておくべきよ。
心のゆとりっていうのも大切なんだから」■■
【ユリウス】
「ここの従業員は、みんな銃を携帯しているぞ?」■■
「……子供は遊びに行かなさそうね」■■
子供が遊べない、そんな遊園地に意味があるのか。■■
【ユリウス】
「集客状況はいいようだ。
家族連れや子供も多いそうだぞ」■■
「…………。
……信じられない」■■
従業員がみんな武装している遊園地に連れていくなんて、この世界の親は何を考えているのだろう。■■
【ユリウス】
「有力者のお膝元だからこそ安全ということだろう」■■
「マフィアの地元が治安がいいのと同じような現象ね……」■■
この世界にもマフィアはいるようだが、私が言っているのは私の世界のマフィアだ。■■
【ユリウス】
「そんなところだな……」■■
「だが、遊園地の形をとっているのはあくまで持ち主の趣味だ。
集客の目的などないだろう」■■
「やっていることはマフィアと大差ない」■■
「ここのボスは、メリー=ゴーランドという男だ」■■
「…………」■■
「なにそれ。
冗談?」■■
名前にも驚くが、服装も髪型も持ち物も、なにもかもが冗談みたいだ。■■
【ユリウス】
「本名らしい」■■
「…………。
それは……、気の毒ね」■■
絶対に、子供の頃は一度といわずからかわれたことだろう。
大人になったらなったで恥ずかしい。■■
【ユリウス】
「本人も名前を嫌って、フルネームでは名乗らないようにしたり、ゴーランドと呼ぶよう部下にも言っているみたいだな。
だが、有名すぎて周知の秘密になっている……」■■
「こんなくだらないネタで、どうして盛り上がれるのか謎だな」■■
「こんな面白いネタで、どうしてそんなに冷めていられるのかのほうが謎よ」■■
「からかいたくならない?
私だったら……身近にいて、勢力を三分するような有力者でなければ、まずからかっているわよ」■■
【ユリウス】
「……くだらない」■■
ユリウスは悪口・冷やかしの類が好きではないらしい。
やはり、根がいい人なせいだろう。■■
(子供の頃は、いじめるよりいじめられるタイプかしら……。
あるいは、まったく不干渉……)■■
「長いものには巻かれろ主義なんで、私も実際にはからかったりしないけどね」■■
自分をフォローするつもりが、まったくフォローになっていなかったらしく、ますます見下したような顔をされた。■■
【ユリウス】
「おまえは……、私以上に陰険なんじゃないか?」■■
「自分が陰険ってことは認めているんだ」■■
【ユリウス】
「…………」■■
「……嫌な奴だな」■■
「……あなたもね」■■
(微妙に気があっちゃう時点で同類か……)■■
【ユリウス】
「……以上だ」■■
「今の説明で、この国のことが大体分かっただろう?」■■
「…………」■■
「……【大】ううん、全然【大】」■■
清々しく断言できる。
城とマフィアと遊園地が勢力を三分する国なんて意味不明だ。■■
街や人はたくさんあるようだが……。
どういう産業で成り立っているのか、政治経済はどうなっているのかとか、突っ込みどころが多すぎる。■■
現実主義者を気取っている私の夢にしては穴だらけじゃないか。■■
……すべて「夢だから」の一言で片付けられてしまう。■■
「よく分からない国だなあということは分かったけどね」■■
【ユリウス】
「……よく分からない国だということが分かれば充分だ」■■
「出かけるなら遠出してこい。
滞在するのは構わないが、帰ってこなくても構わないぞ」■■
「好きなように過ごすといい」■■
「はあ……」■■
「それだけ危険な世界で、居候が単独で出かけようとしているんだから、形だけでも心配してよ……」■■
【ユリウス】
「……おまえは余所者ということを抜いても、充分にこの国でやっていけそうだ」■■
「うう、なんだか嬉しくない……」■■
【ユリウス】
「…………」■■
「……これをやる」■■
ユリウスが何か、小さなものを私に差し出す。■■
「なにこれ?
砂時計???」■■
(外に出て紅茶の蒸らし時間を計ることなんてないと思うから、そんなものいらない……)■■
【ユリウス】
「時間帯を自由に変えることが出来るものだ。
あると便利だぞ」■■
ユリウスの銃のようなものだろうか。■■
時間帯を変えることが出来るだなんて、私からしてみれば大掛かりな手品のアイテムだ。■■
便利というか、魔法のようでにわかに信じ難い。■■
「ええっ?
そんな貴重なもの、貰っていいの!?」■■
……とかなんとか言いつつ、ちゃっかりポケットに入れておく。■■
【ユリウス】
「おまえ……」■■
「くれるって言ったんだからいいじゃない。
返さないわよ」■■
【ユリウス】
「…………」■■
「もういいから、とっとと行け」■■
【【【時間経過】】】

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