■ 全問正解イベント8
【【【時間経過】】】
◆クイズ時と同じ背景。クイズ終了後に、そのままイベントに入ります。
【ヴィンセント】
「8回目の全問正解おめでとう、エリカ。
今回もよく頑張ったな」■■
「……なんというか、微妙な気分だな。
そうやって満点を取るぐらい、おまえが俺を理解しているんだと思うと、なんだか……」■■
「……何よ」■■
【ヴィンセント】
「……照れるもんだと思ってな。
あ~……、なんか変な感じだ」■■
「……そ、そういう変な言い方するからいけないんでしょうっ!
こっちまで照れるじゃない」■■
【ヴィンセント】
「…………」■■
「…………」■■
本当に、変な具合だ。
照れてしまう。■■
【ヴィンセント】
「しかし……、ここまでこれたのは驚いたし、嬉しいぜ?
理解なんかしてもらえっこないと思っていたからな」■■
いつもより、素直な言葉。
そんなふうに言われたら、私も嬉しい。■■
「……でも、後2回しかないわよ?
後2回、私が満点をとったら……、私は元の世界に戻らないといけないわ」■■
戻らないといけない。
まるで、そちらのほうが嫌だというような言い方になる。■■
だが、ヴィンセントには、嫌だと思ってもらいたかった。■■
【ヴィンセント】
「知っている。
……だからといって、頑張るなとも言えないんだよな」■■
「どうしてよ。
10回満点を取るまでは、私はここに居られるのよ?」■■
【ヴィンセント】
「そのかわり、おまえはいつまでも俺を理解しないままでいるのか?
それはそれで寂しいだろ」■■
「そう……、よね。
あなたについて知れば、帰らなければいけない」■■
彼は、本の中の人。
あるいは、本そのものだ。■■
知らないままで曖昧に終わらせるなんてことを望むはずがない。■■
「帰りたくないけれど、知りたいだなんて。
……難儀だわ」■■
【ヴィンセント】
「仕方ないだろう。
まさか、おまえのことを気に入るとも思っていなかったしな」■■
「あっさり忘れやがって、記憶力のない薄情な奴としか……」■■
「……あ、思い出したら腹がたってきたわ。
最初の頃のあなたの態度ときたら、本当に酷いものだったわよね」■■
【ヴィンセント】
「し、仕方ないだろう。
俺にはおまえが、いろんなものを無駄遣いしているように見えて我慢ならなかったんだ」■■
「……無駄遣い?」■■
【ヴィンセント】
「ああ。
よし、今回の褒美ということで、おまえをいいところに案内してやるよ」■■
「……今までのは、いいところじゃなかったの?」■■
【ヴィンセント】
「ああ言えば、こう言う……。
俺達、こんなやりとりばかりだな、素直じゃないっていうか……」■■
「……今までのも、いいところだったって言いたかったの。
素直でしょう?」■■
【ヴィンセント】
「…………」■■
「それはそれで……、反応に困る」■■
(どうしろっていうのよ)■■
【【【時間経過】】】
◆二人が立っているのは、十字路の隅。
◆周囲にはレンガ造りの建物(二階~三階建てぐらい)がある。
◆人も賑やかに通っている。
彼が私を案内して連れてきたのは、一際賑やかな十字路だった。
馬車や人が忙しそうに行きかっている。■■
「ここが、あなたの言う、いいところなの?」■■
【ヴィンセント】
「ここ、おまえには何に見える?」■■
「……何に、って。
活気づいた十字路に見えるわ」■■
「そうじゃないの?
何か特別な曰くでもあるの???」■■
【ヴィンセント】
「おまえ、俺が本好きなの、知っているだろ?」■■
「……?
ええ、知っているわ」■■
「よく、館の図書室で本を探したり、借りたりしているもの。
それがどうかした?」■■
【ヴィンセント】
「俺はとある本を読んで以来、こういった十字路を見ると暗い気持ちになるんだ。
それが、最初おまえに対して反感を抱いていた理由でもある」■■
「本を読んだ結果、十字路を見ると暗くなって、それが理由で私に反発?
……何それ、意味不明すぎる」■■
【ヴィンセント】
「はは、そりゃそうだ。
……前回のご褒美で、シェイクスピアの劇を見に行ったじゃないか」■■
「ええ、そうね。
悲しくて……、素敵な劇だったわ」■■
【ヴィンセント】
「そのシェイクスピアに、妹がいたって知っていたか?」■■
「……え?
シェイクスピアに妹?」■■
【ヴィンセント】
「彼女には、兄に負けないだけの才能と、好奇心があった。
兄の所有している本を読みあさっては、彼女はその知的好奇心を満足させていた」■■
「初めの内はそれだけでよかったんだろうが、彼女は自分でも物語を書きたいと思うようになる」■■
「だが、当時のイギリスにおいて女性が文筆活動なんて、許されてはいなかったんだ。
女に物語など書けるわけがない、書いてはいけない……というふうにな」■■
「……男女差別だわ。
優れた女性作家なら、たくさんいるのに」■■
【ヴィンセント】
「おまえの世界ではそうなんだろう。
だが、当時は違った」■■
「女性が男と同じぐらいに活躍するには、まだまだ女性の立場が弱すぎる。
シェイクスピアの妹も、そうだった」■■
「彼女は、兄と同じように作家になることを希望したが、そんなことを許す親がいるわけもない。
父親は父親で真剣に娘の幸せを考えた結果、縁談が彼女の元に舞い込む」■■
「女は結婚して家庭を守ればそれでいいってこと?
失礼な話だわ」■■
【ヴィンセント】
「それが当たり前で、女性の幸せだといわれていたんだ。
シェイクスピアの妹は、それでも書くことへの情熱を諦めきれずにある晩、家を飛び出してしまう」■■
「彼女は芝居小屋に駆け込み、自分を脚本家として使ってほしいと訴えるが無碍に断られるんだ。
何せ、その当時は誰も女に創作活動が出来るとは思っていなかった」■■
「それで、彼女はどうなったの?
諦めて実家に戻ったの?」■■
【ヴィンセント】
「もっと、悪い。
彼女は、寒い冬の晩にその命を絶った」■■
「死んじゃったの!?」■■
【ヴィンセント】
「ああ、そうだ。
彼女は、書くことが許されない世界に絶望しながら、死んでいったんだ」■■
「どれだけの才能があったのか知るすべもないが……、女にも命をかけるほどの文学への情熱があったのだと彼女は身をもって証明した」■■
「その彼女の亡骸は、十字路に埋葬されたとある。
珍しい埋葬場所だから、これも曰くありげだな」■■
「それが……、もしかして、この十字路なの?」■■
【ヴィンセント】
「違う違う、イギリスでの話だ。
ここじゃあない」■■
「…………」■■
(考えさせられるなあ)■■
【ヴィンセント】
「……と、いうのは全部、とある女流作家の書いた架空の女性の生涯なんだけどな」■■
「……【大】え?【大】」■■
「か、架空って今話したシェイクスピアの妹の一生が嘘だったってこと?」■■
【ヴィンセント】
「いや、そもそもシェイクスピアに妹はいない」■■
「……ど、どういうこと?」■■
【ヴィンセント】
「その作家は、才能を持ちながらも女であったが故に執筆活動を許されず、最終的に死を選んだ不幸な女性としてシェイクスピアの妹の伝記を捏造したんだ」■■
「や、捏造というと響きが悪いな。
実際の伝記のようにして、架空の女性の生涯を書き綴った」■■
「どうして、そんなことを?」■■
【ヴィンセント】
「悪戯半分に書いたわけじゃない。
それが、ある意味ではまぎれもない事実だったからだ」■■
「彼女は、この西洋にはたくさんの『シェイクスピアの妹達』がいると訴えたんだよ。
有名人の架空の血縁を主人公にした、問題提議だな」■■
「才能を持ち、書くことで生計をたてることに憧れながら、世に出ることなく死んでいった女性達がたくさんいる。
勿体ないことだろう?」■■
「もしも彼女達に書くことが許されていたならば、きっと、俺はもっとたくさんの本を読むことが出来たはずだ。
もっとたくさんの、知らない世界をその本から読み取ることが出来ただろう」■■
「だが、社会はそれを彼女達に許さず、たくさんの妹達が何も書き出すことなく十字路に埋められていったんだ。
そう思うと……、残念な気持ちになるだろう?」■■
「……そうね。
だからあなたは、書くことも学ぶことも自由に許されている私が、あなた達を読み解こうとしないことに腹をたてたのね?」■■
【ヴィンセント】
「ああ。
おまえには自由があるのに、その権利を無駄遣いしていると思ったんだ」■■
「……今でも、そう思っている?」■■
【ヴィンセント】
「いや?
今は、おまえを羨ましく思う」■■
「おまえにはきっと、学ぶための選択肢がたくさんあるんだろう。
たくさんありすぎた結果、たまたまおまえは俺を選ばなかった」■■
「……ええ。
でもここに来て、あなたを知ることが出来てよかったと思っているわ」■■
「もっと早く出会っていればと思うぐらい。
あなた自身も、あなたが教えてくれるいろいろなことも、どれも面白いもの」■■
【ヴィンセント】
「……そうか。
だが……、おまえが最初から勤勉だったら、こうした形で会うこともなかっただろう」■■
「物語は何から始まるか分からない。
……さて、そろそろ館に戻ろう」■■
「送ってくれる?」■■
【ヴィンセント】
「ああ……、次の試験も頑張れよ?
俺も、いろいろ準備をしておく」■■
「……ええ」■■
(準備……)■■
(それはきっと、心の準備も含めてのこと……、よね?)■■
そう思うと、なんだか館に戻る足取りが重くなってしまった。
十字路に差し掛かり、暗い気持ちになっていく。■■
【【【時間経過】】】