■ 全問正解イベント5
【【【時間経過】】】
◆クイズ時と同じ背景。クイズ終了後に、そのままイベントに入ります。
【ヴィンセント】
「よくやったな、エリカ。
今回も全問正解だ」■■
「5回目か……、おまえ、やればこれだけ出来るんじゃないか。
なんで最初からやる気になれなかったんだ?」■■
「……そもそも、どうして忘れたんだ。
記憶力も悪くはないだろう」■■
「……だから、興味の問題よ。
あなたには悪いけど、興味がなかっただけなの」■■
【ヴィンセント】
「…………」■■
「……それで、今はどうなんだ?
今も、興味ないか?」■■
ヴィンセントの声は、どこか、不安そうに聞こえた。■■
「いえ、今は楽しいと思っているわ。
だから、こうしていい成績もとれているし……」■■
「それに、あなたが用意してくれるご褒美も結構楽しみなのよね」■■
【ヴィンセント】
「え、あ、あんなのでいいのか……。
いや、ごほん、褒美を用意すると約束した手前、その責任を果たしているだけだ」■■
(……はいはい)■■
なんでも憎まれ口を叩かずにはいられない男だ。
愚かしくも思うが、慣れてしまえば腹立たしくはなくなった。■■
「あなた、なんだかんだ言いながら面倒見よくいろいろとしてくれるでしょう?
……だから、そう悪くもないわ、ご褒美っていうのも」■■
【ヴィンセント】
「…………」■■
「その……、褒美のことで提案があるんだが。
おまえは、どんなことに興味あるんだ?」■■
「え?」■■
【ヴィンセント】
「褒美というからには、おまえが喜びそうなネタを用意しようと思ったんだが……。
女の喜ぶネタというのが分からない」■■
「…………」■■
(呆れるほどに……)■■
(…………)■■
(……まあ、でも、悪くない)■■
女友達とか、少なさそうだ。
もてないという以前に、交流しなさそう。■■
女の子に興味がないというわけではないが、同性の友達といるほうが楽で、楽なほうが安心できる。
典型的な『男の子』だ。■■
外見は大人に近い青年で、言動にも幼さなど感じない。
だが、女に対しては気がまわりそうにない。■■
(そこも、まあ……)■■
悪くない、と思う。
女性慣れしたヴィンセントなんて気持ち悪い。■■
「……別に何でもいいわよ。
気分転換できるようなものなら、なんでも」■■
【ヴィンセント】
「今のままで、いいのか?
あまり面白いものを見せたり出来ていないようだし、面白い話をっていう希望も叶えていない気が……」■■
「いいのよ。
今のままで」■■
「……変にすごいことをされても、戸惑っちゃうだけだし。
気軽なのがいい」■■
【ヴィンセント】
「それなら……、今日は図書室に付き合ってもらってもいいか?
ちょっと探したい本があるんだ」■■
「いいわよ。
探すの、手伝ってあげる」■■
【【【時間経過】】】
◆私設図書室なので、そんなに広くはない。
◆一部屋すべての壁が書架で埋まり、中央に大きめの机が一つある以外は本棚がずらずらと並んでいる。
「それで、誰の本を探しているの?」■■
【ヴィンセント】
「アシュレイ=ウィリアムの本だ。
彼の本なら何でもいい」■■
「分かったわ。
アシュレイ=ウィリアムね」■■
適当な本棚へと歩みより、上から順に名前を探していく。■■
「ウィリアム……、ウィリアム……」■■
「あ!」■■
【ヴィンセント】
「あったか?」■■
「……ごめん、ハズレだわ。
ウィリアム=レスリーの本だった」■■
「名前の綴りが似ているから、見つけたと思ったのに……」■■
【ヴィンセント】
「ウィリアムは多い名前だからな……」■■
「似た名前が多いと、探すのもひと苦労だ。
俺もよく、似たような間違いをする」■■
「ウィリアムって、特に多いわよね。
しかも、名前にも苗字にもある」■■
「名前のウィリアムと苗字のウィリアムなんて、ややこしくない?
どうしてそんなよく似たものを、名前にしたり苗字にしたりしたのかしら」■■
ウィリアムに限らず、そういう名前は多い。■■
「どちらか一つに決めて使ってくれたらいいのに」■■
【ヴィンセント】
「仕方ないだろう。
なんとかウィリアムはウィリアムの息子だ」■■
「……はい?」■■
つい、本を探す手が止まった。
振り返った先、ヴィンセントはなんでもないように本を探し続けている。■■
「え?
なんとかウィリアムがウィリアムの息子ってどういうこと?」■■
【ヴィンセント】
「昔、西洋にも平民には苗字という概念がなかったんだ。
村で固まって暮らしている間は、名前だけでも個人が識別できたからな」■■
「だが、次第に人口が増えて、大きな村、街を形成するようになると名前だけでは識別が難しくなっていった」■■
「……そりゃそうよね。
ジョンとかジムとか、いっぱいいそうだもの」■■
「苗字がないと、区別できないわ」■■
【ヴィンセント】
「それで、苗字を作ることになっていったわけなんだが……。
ないのだから、考えるしかない」■■
「創作でもいいわけだが、思いつきでは決めにくい。
どこから引っ張ってくるかといったら、身近なところから引っ張ってくる者が多かった」■■
「身近?」■■
【ヴィンセント】
「それこそ、父親の名前だとかだな。
もしくは出身地の名前だったり、川や山の名前だったり、地域を治める貴族の名前だったり」■■
「ああ、それで。
父親がウィリアムだったから、そのまま父親の名前であるウィリアムを苗字にしたわけなのね?」■■
【ヴィンセント】
「そういうことだ。
似たような系統では、息子という意味の単語『サン(son)』をつけるというやり方があるな」■■
「ええと……。
ジョンソンとかジェイソンとかアンダーソンとか、そういう名前?」■■
【ヴィンセント】
「ああ。
ジョンソンはジョンの息子で、ジェイソンはジェイの息子で、アンダーソンはアンダーの息子だ」■■
「……直訳すると、なんともいえないわね」■■
【ヴィンセント】
「マクドナルドだって、そうなんだぜ?
『Mc』というのは、スコットランドでは『~の息子の』って意味があるんだ」■■
「つまりそうなると、マクドナルドっていうのは、ドナルドさんちの息子って意味になるの?」■■
【ヴィンセント】
「そういうことだ。
俺の苗字はノーブル(Noble)だから……」■■
「おそらく、その苗字を作ろうとしていた時代ではそれなりに金持ちだったか、身分が高かったんだろう。
だから、『高貴』を意味する苗字を名乗っているんだろうな」■■
「うわ……。
自分で金持ちです、って名乗っちゃっているわけなのね」■■
【ヴィンセント】
「俺の先祖が決めた苗字なんだ、そんな目で俺を見るな。
恥ずかしいことは恥ずかしいが……、結構分かりやすい名前が多いんだよ、日本と違って」■■
「私だって、日系っていうだけで日本の感覚とは……。
……ああ、でも、周囲にも分かりやすい名前の人が多いわね」■■
【ヴィンセント】
「英語圏では、一般的で珍しくもない名前のつけ方だからな。
……あ、あった」■■
「ああ、見つかったの?
よかったわね」■■
【ヴィンセント】
「だが、ちょっと位置が高いな……。
おい、エリカ、ちょっと来てくれ」■■
「……え?
あなたが届かないところにある本を、私がとれるはずないじゃない」■■
それでも、手招かれたのでそちらへと歩みよる。
すると、ヴィンセントはいきなり私のウェストに手をかけると、そのままひょいと持ち上げた。■■
「……っ!」■■
「!?」■■
【ヴィンセント】
「届くか?」■■
「と……っ、届くけど……!!」■■
(な、なんて男……)■■
ウェストにかかる手の体温に、心臓が跳ねる。■■
前回、押し倒してしまったときも同じ。
ヴィンセントは分かりやすく動揺しているものの、同時にきょとんとして不思議そうだった。■■
(いや、なんていうか、免疫がなさすぎて……)■■
(…………)■■
(……悪くない)■■
私が共学校だったからか、彼は周囲の男子生徒と違う感じがした。■■
もちろん共学校だろうと何だろうと、学生が男女の駆け引きにそれほど長けているわけはない。
だが、拙いながらも共学の場合は男女の意識を持ちつつ過ごす。■■
ヴィンセントが純朴というつもりはない。
しかし、ぶっきらぼうに戸惑う様は、悪い印象がなかった。■■
(純情……、とは違うな。
素直な感じで、接していても悪くないっていうか……)■■
【ヴィンセント】
「取ったか?」■■
「……っ!」■■
はっとなる。
慌てて、目的の本を探して棚から引き出す。■■
「取った……!
取ったから下ろして!」■■
【ヴィンセント】
「なんだ、おまえは高所恐怖症なのか?」■■
とん、と爪先が床についた。■■
「違うわよっ。
いきなり人を持ち上げるなんて……!」■■
【ヴィンセント】
「おまえが軽いというのは前回学んでいたからな。
……というか、軽いだけじゃなくて細くもあるんだな」■■
「そ、それは……」■■
「……どうも?」■■
疑問符がつく。■■
馬鹿にされてはいないようだ。
礼を言う場面でもない気がしたが、それ以外に出てこない。■■
「……あんた、一回デリカシーって言葉についても学んだほうがいいわよ」■■
【ヴィンセント】
「?
なんだよ、それ」■■
「女性と接するのに必要なマナーでしょう」■■
【ヴィンセント】
「はっ、女っていうのは面倒だな」■■
皮肉のように言うくせに、あまり面倒そうではない。
彼はやはり、どこかきょとんとしていた。■■
【【【時間経過】】】