★以下の条件を満たす場合、「ブラッド・女王END2」ここから↓
・「女王・ブラッド」6回目まで発生
・ブラッド滞在12で「2:お許しください、女王様」を選択している
【【【時間経過】】】
◆帽子屋屋敷・薔薇園◆
私は、何かに誘われるように薔薇園に向かった。■■
そうしなくてはならない。
誰かを待たせている気がする。■■
早く行かなくては……。■■
【ブラッド】
「……アリス。
来てくれると思っていた」■■
「……私も。
待っていてくれると思っていたわ」■■
ここは、特別な場所だ。■■
彼と、彼が敵対する女王しか入れない場所。■■
ブラッドは、ここへ私も入れてくれた。
立ち入るのを許してくれたのだ。■■
【ブラッド】
「帰るのか?」■■
「ええ。
元の世界に戻らないと……」■■
瓶が一杯になってしまった。
帰らなくてはいけない。■■
【ブラッド】
「君は、帰りたいのか?
ここでなく、元の世界のほうがいいと思っているのか?」■■
「…………」■■
「……ここより、元の世界がいいとは思っていないわ」■■
無茶苦茶な世界だ。
自分まで狂っていくのが分かる。■■
だが、ここはブラッドがいる世界だ。
元の世界には、彼はいない。■■
彼に似た人がいるだけだ。■■
【ブラッド】
「それなら、帰らなければいい」■■
どこかほっとしたように言ってくれる、この人が愛しい。■■
彼を置いて、どこへも行きたくないと思う。
こんなことを思う自分など、最初の頃は想像もつかなかった。■■
「帰るしかないの」■■
それでも、タイムリミットがきてしまった。■■
帰るしかない。
帰りたくなくても。■■
【ビバルディ】
「どうしてだ?帰りたくないのなら、帰らなければよい。
簡単なことじゃ」■■
「……え」■■
「な、なんでビバルディが、ここに……」■■
いきなり女王様の声がかかり、私は非常に驚いた。■■
【ビバルディ】
「ずいぶんではないか?
ここで過ごしたのは、わらわも同じ」■■
「どうして、ここにいてはいけないのだ?」■■
「いや、いて悪いということはないんだけど……」■■
会う確率からすると、そう高くはない。■■
ビバルディがよく来るとはいえ、ここはブラッドの屋敷内で、彼女はハートの城の女王。
自由に出入りしていても、ずっとここに住んでいるわけではないのだ。■■
それでも、彼女がここに来ることはよくあることで、私も何度も会って時間を過ごしてきた。■■
「だけど、今いるとは思わなかった」■■
ブラッドに、お別れの挨拶をしにきたところだ。■■
彼女のことも好きだし、薄情だとは思うが……。■■
「……邪魔」■■
【ビバルディ】
「……素直な子」■■
「だって……、雰囲気をみて、遠慮してよ!?
クライマックスのお別れシーンなのよ!?」■■
「最後くらい……」■■
【ビバルディ】
「わらわは、しめっぽいのは嫌いじゃ」■■
私の苦情を、女王様は一言で切り捨てた。■■
【ビバルディ】
「それにな、アリス。
今回は偶然居合わせたわけではない」■■
「わらわをここに呼んだのはブラッドの奴なのじゃぞ?」■■
「え……」■■
ブラッドを見ると、先刻のシリアスな雰囲気はどこへやら、にまにま笑っている。■■
【ブラッド】
「そう。
私が呼んでおいたんだ」■■
(?????)■■
(お姉さんと一緒に送り出してくれるつもりなのかな)■■
ブラッドなりの配慮なのだろうと思うが、悲しい。
ビバルディには悪いが、最後はブラッドにだけ二人きりでお別れを言いたかった。■■
(だって、私は……)■■
(…………)■■
「……この顔の人には、二度ふられる運命にありそうね」■■
割り切るしかない。
懲りずに二度も恋をして、二度ともふられる運命だ。■■
なるべく明るく言うと、ブラッドの身にまとう空気が冷たくなった。■■
【ブラッド】
「私は、君の家庭教師とは違う」■■
あえてなのか、恋人という言い方はしない。
未だ、私もそう言っていいものか分からないので指摘はしなかった。■■
「……元、家庭教師よ」■■
「今は違うわ」■■
元の家庭教師。
元の……恋人だったのかも分からない相手。■■
【ブラッド】
「ともかく、その……、元家庭教師とやらとは違う。
そんなに愚かではない」■■
「言われるまでもなく、あなたは彼とはまったく違うわ」■■
彼が愚かだったかどうかは疑問だが、ブラッドと顔は似ていても別人であることは確かだ。■■
私の元家庭教師は穏やかで明るい人だった。
ブラッドは、暗いとはいわないが日の光の似合わない……そういう部分のある人。■■
彼とは違う。
二人の違いは、元の世界とこの世界をそのまま映し出しているようだ。■■
【ブラッド】
「私なら、君を手放したりしない」■■
【【【演出】】】……ブラッドがステッキを叩く音
ぱしんと、手の平をステッキの先でうつ。■■
彼の癖だ。
けして乱暴でもないし、大きな音でもないのにびくついてしまう。■■
【ブラッド】
「君も、離れたくないようじゃないか?
帰ることに前向きには聞こえなかった」■■
「この世界は、それほど居心地が悪くないだろう?」■■
「ええ……、でも帰らないと……」■■
ロマンスを囁かれているはずなのに、怖い。
びくびくと後退する。■■
【ブラッド】
「帰らなくていい。
……帰りたいと言っても、帰さない」■■
「君は、ずっとこの世界で暮らすんだ。
私の屋敷で、ずっと私と共に過ごしてくれ」■■
「……ブラッド、なんだか怖い……」■■
ブラッドが怖いのなんか、いつものことだ。
だが、今はいつもよりもっと怖い。■■
【ブラッド】
「どうして?
私は、ずっとここにいてほしいと、君に『お願い』しているだけだぞ、アリス」■■
「…………」■■
じりじりと下がるが、歩幅も違う。
追い詰められる感覚は、物理的なものだけではない。■■
【ブラッド】
「帰さない」■■
【【【演出】】】・・・抱き締める音
ブラッドに、ぎゅうっと抱きしめられる。■■
冷や汗が出る。
言葉といい、シチュエーションといい、文句なしにロマンチックなのに私はひたすら怖がっていた。■■
単に、照れ臭いとか、こういうのが苦手だという問題ではない気がした。■■
(なんでこんなに怖いかって……、それは……)■■
怖いと感じる理由に、ようやく思い至る。■■
ブラッドは、同意を求めていない。
言葉は、「そうしてくれ」と言っているが、それは決定事項だ。■■
「そうしろ」という命令ですらない。
「そうすることにした」と断言している。■■
「わ、私だって、ここにいたい気持ちはあるわ……。
でも、帰らなきゃ」■■
ブラッドのことは、好きだ。(怖いけど)■■
彼といるとドキドキするのは、多分、恋愛感情だと思う。(怖いからかもしれないけど)■■
【ブラッド】
「帰ったって、いいことなんかないだろう。
君は、この世界のほうが合っている」■■
それも、言われるまでもないことだった。■■
この世界は、私に合っている。
それはそうだろう。■■
ナイトメアは、私に合う世界を選んだのだから。■■
ここの世界にいる大多数の人間……ブラッドも含め……は、私に好意を持ってくれる。
余所者に好意を持つような人ばかりの世界に落とされたからだ。■■
ここには私のコンプレックスを刺激する姉妹もおらず、誰もが私を好いてくれる。■■
なんて……、歪な世界。■■
「私は、戻らなきゃいけない。
コンプレックスは自分で片付けなきゃならないし、けじめだってつけたい」■■
世話になった姉に礼を言わなくてはならないし、土下座してでも詫びて許してもらわなければならない。■■
家を出る準備と覚悟は、そのときのためにあったのだ。
唐突にいなくなり、別世界で暮らすなど道理に反している。■■
「いいことなんかなくっても、それほど過酷だったわけでもないわ」■■
「いい環境で……、今まで育ててくれた場所なのよ。
なし崩しに捨てられない」■■
「ここに残るのは、正しくないわ」■■
【ブラッド】
「正しいに決まっている。
この私がそう決めたんだからな」■■
きっぱりと言った私に、ブラッドもきっぱり答えた。■■
彼は、私の事情にはとんと興味がないようだ……。
熱弁も、綺麗に無視されてしまった。■■
「戻ってくるわ。
私はここが好きだし……、あなたのことも好きなのよ」■■
【ブラッド】
「…………」■■
「だから、きちんと筋を通して独立してから、必ずここに……」■■
【ブラッド】
「……戻ってこれるという保証はない」■■
「…………」■■
その通りだ。
戻ってきたいと思っていても、戻れることを保証するものは何もない。■■
来たときだって、ペーターに引きずられて無理やりだったのだ。
ここに再び戻ってくる方法など分からない。■■
「……戻ってきたいと思っている」■■
【ブラッド】
「そんな不確かなものが信じられるか。
約束にもならない」■■
【【【演出】】】・・・抱き締める音
抱きしめられる力が強まった。■■
「…………」■■
彼の言う通り、嘘になる確率の高い約束だ。■■
「……それでも、私は……」■■
【ブラッド】
「…………。
私のことが好きだと言ったな?」■■
「それ以上に、君の意見など求めない。
私も君のことが好きだ、アリス」■■
安心させるように、言い聞かせる声。
優しい声だ。■■
そして、たまらなく怖い声。■■
安心どころか、ぞわぞわと不安が駆け上がるのを感じる。
抱きしめられて、柔らかく言い聞かせられても、安心するどころか不安になるばかりだ。■■
【ブラッド】
「……姉貴、どうだ?
できそうか?」■■
【ビバルディ】
「うむ……、大丈夫だ」■■
そこで、やっとビバルディがいたことを思い出す。■■
間抜けにも、私はブラッドしか見えておらず、彼女の存在を忘れていた。
恋は盲目というよりも、かなりの恐怖から、彼以外が頭から抜け落ちてしまっていたのだ。■■
「……ちょっと!
離して、ブラッド!?」■■
【ブラッド】
「断る」■■
「こ、断るじゃないわよ!
お姉さんの目の前なのよ!?」■■
【ブラッド】
「誰の前だろうが、私は構わない」■■
【ビバルディ】
「わらわも気にしない。
好きにすればいい」■■
(こ、この姉弟は……)■■
ブラッドが構わなくても私は構うし、ビバルディが気にしなくても私が気にする。■■
【ビバルディ】
「わらわに遠慮せず、安心して続きをおやり。
鬱陶しければ殺すが、おまえ達のことは今のところ鬱陶しく思っていないから殺さぬよ」■■
「安心できるわけがないでしょう!?」■■
人前でラブシーンを演じたくもないし、「今のところ」とか「殺さぬ」とか、安心とはほど遠い。■■
「っ!?
そ、それ……!?」■■
視界をふさぐブラッドを押し退け、目に入ったものに青褪める。■■
ビバルディが持っているのは……、ガラスの薬瓶だ。
いつのまに奪われたのか、気付きもしなかった。■■
薔薇の香りに頭がぼんやりする。■■
「返して……!」■■
取り返そうとするが、ブラッドに阻まれ動けない。
柔らかく抱きしめられているようで、拘束はきつかった。■■
【ビバルディ】
「悪く思うなよ、アリス?
ブラッドに請われてな……」■■
「なんせ、可愛い弟の頼みじゃ。
無碍にもできぬ」■■
【ブラッド】
「よく言う……。
領地だ貢物だと、散々ぼったくったくせに」■■
「大体、姉貴はいつも……」■■
私をしっかりと抱きしめながら、ブラッドは愚痴をこぼし始める。■■
【ビバルディ】
「うるさい子。
美談は美談のままにしておけんのか」■■
【ブラッド】
「どの道、後で奪い返してやるが……」■■
「あれだけ貢がされたんだ。
働いてくれよ、姉貴?」■■
【ビバルディ】
「この子はわらわにとってもお気に入り。
もちろん、協力してあげよう」■■
【ブラッド】
「それなら、ただでやってくれればいいだろう」■■
【ビバルディ】
「ふふ。
貢物なしに女を動かそうなど甘いわ」■■
ビバルディは、弟をあしらいながら瓶の蓋をこすった。■■
開かないはず。
私が、何をしても瓶は開かなかった。■■
しかし、マニキュアで綺麗にコーティングされた彼女の爪が滑ると、蓋は容易く開いた。■■
「あ……!」■■
【ビバルディ】
「せっかく溜めたのに、残念なこと」■■
ビバルディは、躊躇いもせず瓶を逆さにした。■■
【【【演出】】】……とぽとぽ薬のこぼれる音
蓋のない瓶だ。
当然、中身はこぼれる。■■
「駄目……!」■■
薬は、とぽとぽと音をたてて地に染みこんだ。■■
口が狭いので一気にはなくならない。
しかし、時間をかけて溜まった液体はどんどんと失われていく。■■
「やめて、ビバルディ!
ブラッド、離して……!」■■
【ブラッド】
「それも、断る。
すまないな、アリス。私は君が好きなんだ」■■
「……君の意思など、どうでもよくなってしまうほど……、愛している」■■
「っつ……!」■■
じたばたと暴れる私を、ブラッドは難なく押さえ込む。■■
「私は帰らなきゃいけないの!
やめて!」■■
【ブラッド】
「希望を聞いてやれなくて、すまない……」■■
「だが、そんなに帰りたいと言うものじゃない。
どうにかなってしまいそうだ」■■
「元の世界には、私と似ているという奴もいるんだろう?
嫉妬のあまり、君に酷いことをしてしまう」■■
「……酷いめにあいたいのか?」■■
顔を寄せられ、彼の言うところの愛を囁かれた。
私にとって、それは愛などではなく脅迫にしか聞こえない。■■
軽く、震えが走る。
抱きしめているブラッドにも伝わったはずだ。■■
【ブラッド】
「脅えなくてもいい。
痛いことは避けてあげよう」■■
「酷いめといっても、癖になるかもしれないぞ?
君もきっと気に入る……」■■
ぞわぞわぞわっと、悪寒がする。■■
あまやかな囁きはどう解釈しても脅しであり、その声の響きがどんなに彼の言うところの愛情に満ち溢れていても、到底受け入れがたかった。■■
動きが止まったのは、恐怖のためだ。
瓶の中身が消えていくのを見ながら、泣きそうになる。■■
【ビバルディ】
「からっぽ」■■
最後の一滴まで地に捨ててから、ビバルディは瓶を振った。■■
【ブラッド】
「さあ、これで安心しただろう?
君は、もう帰らなくていい」■■
「ずっと、ここにいられる」■■
呆然と、空になった瓶を見る私に、ブラッドは更に囁いた。■■
【ブラッド】
「心配しなくていい。また溜まったら、また捨てる。
何度でも繰り返してやる」■■
【ビバルディ】
「それに、ブラッドに頼まれたから、この瓶はわらわが保管してあげる。
勝手におまえの手に戻らないように、念入りにな」■■
「私達姉弟が、絶対におまえの手には戻さない。
だから、安心おし」■■
【ブラッド】
「嬉しいだろう?
アリス」■■
姉弟は、とても優しく親切そうに言葉を紡ぐ。
愛情がこもっているといってもいい、温かな声だ。■■
こもっているのかもしれない。
彼らなりの愛情が。■■
私の考えるそれとは、違ったものが。■■
「ブラッド……、なんて……なんて酷いことをするの……。
なんで……」■■
「なんで、私の話を聞いてくれないのよ……!」■■
帰してもらえないことより、まったく言うことを聞いてもらえないことに腹がたつ。
憤りと悲しみに、頭の中でスパークが起こる。■■
ここに来て、別れを言おうと決めたとき、悲しかった。
ブラッドを好きで、離れるのが辛い。■■
どこかで止めてもらえることを期待していたのかもしれない。
ずるいと思うが、私には自分で元の世界を捨てることが出来ない。■■
義理があり恩がある。
どうしても、自分ではふんぎりがつかなかった。■■
好きな人に止めてもらえたら。
そういう甘えがなかったとは言い切れない。■■
(……いいえ。
あったんだわ)■■
認めることにも言い訳が必要な、自分に一番腹がたつ。■■
帰らなければならないと決めて、同じくらい……それ以上にブラッドに止めてほしいと思っていた。■■
何故って、決まっている。■■
好きだからだ。
私は、ブラッドを好きになっていた。■■
元の世界の何にも希望が見出せないほど、好きになり、ここにいたいと思ってしまった。
こんなときに、やっと自覚した。■■
「あんたなんて……っ」■■
【ブラッド】
「……しいっ、アリス、黙るんだ。
それ以上は言ってはいけない」■■
自分に腹がたち、許せなくて。
ブラッドに八つ当たりをする。■■
話を聞いてくれなかったブラッドが嫌で、何より、安心している自分が嫌だ。■■
自分勝手なブラッド。
私の意見などまるで聞いてくれない酷い男だ。■■
だが、そのことを喜んでいる私もいる。■■
【ブラッド】
「好きだと言ってくれたのと同じ口から否定が飛び出したら、私は何をしてしまうか分からない。
私に、酷いことをさせないでくれ」■■
「……っ……。
今だって、充分に酷いわ」■■
酷いのは私だ。■■
「私の言うことなんて、聞いてくれなくて……」■■
それを望んでいた。
帰ると決めたくせに、本心では帰りたくなかった。■■
止めてくれることを期待して、失恋しても逃げ道がある。
傷つくことが少ないように。■■
他力本願で、ずるくて嫌な奴だ。
涙まで出てくる。■■
なんて、ずるくて酷い……。■■
このまま黙っていれば、私は被害者だ。
望んでいなかったのに残らされた、哀れな被害者。■■
さすがに、反吐が出る。■■
「…………」■■
「……私のほうが酷い」■■
「……あなたのことを悪者にしている。
最低だわ、好きな人を悪者にするなんて」■■
【ブラッド】
「…………」■■
「何を今更。
私は、マフィアだぞ?」■■
「そうじゃなくて……、私のほうがよっぽど酷いの。
だって、私、本当は……」■■
(帰りたくなかった)■■
止めてほしかった。■■
ずるいだけではない。
酷くて汚いのは、全部、私だ。■■
【ブラッド】
「君が何を考えていても、関係ない」■■
「言っただろう。
私は、君が私を好きだと言ってくれたこと以外、君の意思なんてどうでもいいんだ」■■
……ブラッドは、私の期待を分かって非道ぶってくれたのかもしれない。
そうなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。■■
彼は、自分のやりたいことをする。
私の意思が反していても、やはり同じようにしただろう。■■
だが、それは免罪符にならない。■■
「……どうでもよくない」■■
「私、ずるいし、最低だわ。
あなたのことが好きなのに……」■■
他の世界に来ても変わらない。
どこへ行こうと、変わらない。■■
私は変わらず最悪な女だ。
ブラッドといると忘れそうになる。■■
「ブラッドは私のことを価値のある女みたいに扱ってくれるけど、私にはそんな価値ないわ」■■
「根暗だし、いいところなんかない。
今だって、あなたのことを貶めた」■■
好きなのに。■■
被害者ぶって、ブラッドに選ばせた。
私が決めるべきだったのに、自分で決められなかった。■■
姉に申し訳ないとか、元の世界に戻らなくてはならないとか、全部が偽善だ。
常識ぶって、本音では帰りたくない・帰さないでいてくれればと望んでいた。■■
【ブラッド】
「……アリス」■■
「好きな人も大切に出来ないなんて、私って最低よ……」■■
「ブラッドのこと、大好きなのに……。ちっとも大事に出来てない。
自分の保身を優先させて……」■■
【ブラッド】
「アリス」■■
強く名前を呼ばれた。
見上げると、ブラッドは目元を赤らめている。■■
「……なに」■■
「…………」■■
「……なんで赤くなっているの」■■
人が真剣に懺悔しているのに、ブラッドは変な反応をしている。
ありていに言うと、にやけていた。■■
【ブラッド】
「そんなに好きだと連呼されると、別の意味でどうにかなってしまいそうだ」■■
「…………」■■
【ブラッド】
「君は冷めているし、その分私が押せばいいかと思っていたが……、口説いてもらえるとはな。
こんなに嬉しいものだとは予想していなかった」■■
「…………」■■
【ブラッド】
「ああ、私も愛しているぞ、アリス……」■■
「…………」■■
「……ブラッド、人の話を聞いてよ」■■
うっとりと、嬉しそうに愛を語るブラッドが、私の意図を汲んでくれたとはとても思えなかった。■■
好き合える気持ちは嬉しいが、私が言っていることにかすりもしていない。
どう聞いたら、口説いているように聞こえたのだろうか。■■
「私、謝っているのよ……」■■
「……本当は、私も帰りたくなかった。
あなたと一緒にいたかったから」■■
【ブラッド】
「私も、帰したくない」■■
「絶対に帰さないから、安心しろ。
もとより帰す気などなかったが、牢に閉じ込めてでも帰さない」■■
「死んでも離さないぞ。
ずっと一緒だ。嬉しいだろう?」■■
「…………」■■
(まったく聞く気がない上に、好き放題歪めていっている……)■■
罪悪感が消し飛んでいく。■■
ブラッドといると、自然体でいられる。■■
最低な自分を、そんなに気にしないでいられる。
どつぼに落ち込まなくていい。■■
……すぐ近くに、自分よりもっと最悪な男がいるという安堵感だろうか。■■
あまり感心できるようなものではない。
落ち込みかけるのに、肩透かしを食らう。■■
「あなたといると……、懺悔したくなるような卑屈具合をさらしても、そんなに自分のことを嫌いにならないでいられるわ」■■
もちろん、嫌味だ。■■
【ブラッド】
「それはよかった」■■
ブラッドは分かっているのか、分かっていないのか、やはりよく分からない。■■
【ブラッド】
「卑屈な君も好きだ」■■
「……趣味悪い」■■
「私なんかの、どこが好きなのよ。
まさか、卑屈なところを好きになったわけじゃないでしょう」■■
【ブラッド】
「さあ……。
どこが好きかなんて、どうでもいい……」■■
「好きなものは好きなんだ。理由なんか、後付けでいい。
私は、自分の欲しいものを手に入れる」■■
甘ったるく、そして脅迫のような響きのまま、吐息が絡む。■■
「は……」■■
【ブラッド】
「は……っ。
私に好かれ、好きだと告げた上で、帰してもらえると思ったのか?」■■
私と同じような吐息ではなく、ブラッドの吐いた息は嘲笑のようだった。■■
【ブラッド】
「……帰せるわけがないだろう」■■
真剣な響きは、どんな脅しよりも効果的だった。
拘束され、帰ろうという気を奪われる。■■
キスの合間に、薬を落とされたあたりの土に目を落とす。
染みこんで、元には戻らない。■■
薔薇園の一部になってしまった。■■
再び溜まったらまた捨てると言われたが、もう薬は溜まらないのではないかと思う。
私は、もう帰りたいと願ったりしないのではないか、と。■■
【ブラッド】
「アリス、余所見をするな」■■
「ブラッド……」■■
角度を変えられ、視線を上げさせられる。
苦しくて、目を瞑ってしまう。■■
「はあ……」■■
意識が朦朧とする。■■
キスのせいなのか、それとも薬が失われたせいで再び夢心地に陥っているのか。■■
姉に感じていた恩義のことも、家を出ようと固めた決意のことも、頭から抜け落ちていく。
なんて都合のいい……、どこまでも最低な自分……。■■
だが、分かっている。
姉は泣くだろうし、妹や父も嘆くかもしれないが、それでも元の世界は私がいなくても回っていく。■■
最初、穴に落ちて死ぬかもしれないと思ったとき、感じたのは孤独だった。■■
私がいなくても、動いていく。
私がいないと死んでしまうような人はいない。■■
「ね……え……、ブラッド」■■
【ブラッド】
「うん?」■■
「…………。
いつか……、私がいないと生きていけなくなって」■■
そんな人は出来ないと思っていた。
私には、そんな人は現れない。■■
だが、今、ブラッドにそうなってほしいと思っている。
彼でなくては駄目だ。■■
「私がいなくなったら、死んでしまうくらいに悲しんでほしい」■■
【ブラッド】
「…………」■■
「……今だって」■■
「君がいない世界など、考えられない」■■
……甘い。
甘いのに、それでもどこか脅しめいている。■■
こんなに甘く口説かれて、怖いと思う自分はどこかおかしいのではないかと思う。■■
それでも、甘い言葉の裏に別の声が聞こえるのだ。
いなくなろうとしたら、許さない。■■
ただでは帰さない。
どんなめにあわせてでも。■■
初対面のときに、怖そうな人だと感じた。
親しくなった今では、もっと怖く感じる。■■
(とんでもない人を好きになった気がする……)■■
同じ顔なのに、元家庭教師とは比較できない。
誰とも比べられないくらい……怖い人だ。■■
(普通、誰とも比べられないくらい好きとか、愛しいって感じるものじゃないのかしら……)■■
ブラッドは、私だけを見てくれている。■■
久しぶりの恋。
初めての、安寧な恋のはずだった。■■
……安寧な恋など、ないのかもしれない。
それにしても、怖すぎる。■■
「ん……」■■
【ブラッド】
「……アリス、他のことを考えるな」■■
「あまり私を妬かせないでくれ……。
紳士のままでいたいんだ」■■
「……し……紳士はこんなふうにしないわ」■■
【ブラッド】
「こんなふうにって?」■■
ブラッドは意地悪く、にやにや笑った。■■
「紳士的なキスじゃない」■■
それに、なんだかキスで終わりそうにない。
先刻から、手があらぬほうに向かっている。■■
押し返して、ずいぶんと服が乱れているのにも気付いた。■■
【ブラッド】
「こういった、非紳士的な行いなら歓迎してくれるだろう?
ちっとも暴力的じゃない」■■
「平和的だとでも言うつもり?」■■
【ブラッド】
「そう、平和的だ。
愛に満ちた行いだからな」■■
さらっと、寒々しいことを言われる。■■
「……言っていて、鳥肌がたたない?」■■
【ブラッド】
「別に?
愛しているのは本当のことだ」■■
(……なんか嘘くさいな~……)■■
引っかかりながらも、与えられるキスの甘さに酔っていく。
色々なことがどうでもよくなっていってしまう。■■
(……これでよかったのかしら)■■
「…………」■■
【ブラッド】
「…………」■■
「……ところで、姉貴」■■
「……!!!」■■
ぱちりと、目が開く。■■
(そうだ……!
ビバルディ……!!!)■■
懲りずに、存在を忘れていた。
ブラッドのキスがうますぎるのだと、また人のせいにしておく。■■
……この性格は一生直らない気がする。■■
【ブラッド】
「……いつまでいる気なんだ?」■■
【ビバルディ】
「ああ、お構いなく」■■
ビバルディは平然としていた。
からかうというより、観察している。■■
見られていたのだと思うと、今更ながらに顔が赤くなる。■■
【ブラッド】
「姉貴でも、さすがに観察されるとやりにくい。
私の恋人も照れていることだ、そっと立ち去るとかしてくれよ……」■■
(やりにくいって、何がだ、何が……)■■
(やりにくいですませられちゃうことなの!?)■■
ビバルディはじいっと見るのをやめない。
私達だけを見ているわけではなく、空になったガラス瓶とを見比べている。■■
「な、何?」■■
【ビバルディ】
「思ったのだが……、わらわは別のところでも協力してやるべきではないか?」■■
【ブラッド】
「どういう意味だ」■■
【ビバルディ】
「この子が、心の底からこの世界でずっと暮らしたい・元の世界には二度と戻りたくないと願えば、このガラス瓶は砕けるはず」■■
「まだ砕けていないだろう?
ひびが入りはしたが、砕け散るには至っておらん」■■
【ブラッド】
「……アリス、まだ帰りたいのか?」■■
「そ、そんなことはない……」■■
(……こともない)■■
ブラッドは、ぎろっと私を睨む。
そのブラッドを、ビバルディが睨んだ。■■
【ビバルディ】
「うまくない。
そういうところがうまくないのじゃ」■■
「おまえときたら、鞭ばかり。
こういう場合、飴で埋め尽くしてやったほうが効果があるものじゃ」■■
「使い分けすれば、二度と帰る気などおこさんわ。
それを、おまえときたら……」■■
【ブラッド】
「どうしろと……」■■
【ビバルディ】
「はあ……。
分からないのか?」■■
「ブラッド、おまえはわらわの弟。
時間はあったであろうに、惚れた女の一人もろくにたらしこめぬとは情けなや……」■■
「今の経過を見る限りではそこまで下手くそだとも思えないが、手ほどきが必要なのでは?」■■
【ブラッド】
「ああ、そっちか……」■■
「……どうだろうな。
なあ、アリス、どうなんだ?」■■
先刻睨んできた鋭い目つきが、今は機嫌を窺うようなものに変わっている。■■
「どっ、どうなんだって……」■■
「どうもこうも……」■■
「……何を言い出すのよ、何をっ」■■
(この姉弟は……この姉弟は……っ)■■
【ブラッド】
「姉貴の手ほどきが必要だと思うか?」■■
ぶんぶんと、首を横に振る。■■
「じょ、冗談……!」■■
【ブラッド】
「私としては、この年になって姉貴に教えを請うのもどうかと思うんだが……」■■
「そう自信がないわけでもないし……。
なあ……?」■■
こくこくと、首を縦に振る。■■
「うん、自信を持っていい!
自信持っていいから、手ほどきなんかいらないわ!!!」■■
【ビバルディ】
「ブラッドがそんなに良いなら、瓶が割れてもよさそうなものじゃが?」■■
「そういう問題じゃないでしょう!?」■■
【ビバルディ】
「満足させられていないから、帰りたがるのだ」■■
「違うってば!」■■
恐ろしい。
怖い。逃げたい。■■
この美しい姉弟は、悪魔にも見える。
二人並ぶと、素材の良さも手伝って迫力倍増だ。■■
【ビバルディ】
「元の世界に未練があるということは、前の男に未練があるということだろう」■■
ぴくりと、ブラッドが反応した。■■
私は、「ぴくり」どころか「びくり」だ。
今すぐ逃げ出したい。■■
【ブラッド】
「……そうだな」■■
「そうじゃないっ、そうじゃないわよ!」■■
【ブラッド】
「私と、元家庭教師とやらは似ているんだろう?」■■
【ブラッド】
「……この世界に残ってもいいと私を選んでくれたのだから、劣ってはいないんだろう。
だが、選びきれないところをみると勝ってもいないということか」■■
「変なふうに納得しないで!!!」■■
何を言おうと無駄だった。
叫んで抗議しても、ブラッドは聞いちゃいない。■■
しばし冷めた目をして考え込んでから、にっこりと私に笑いかける。■■
それは、どんな冷たい表情より恐ろしい笑みだった。
凍りつく。■■
【ブラッド】
「向上心は大事だ。
新境地を開拓する必要があるだろうな」■■
「いらないいらないいらないいらないいらない!!!」■■
「いらな……【大】いだ!?【大】
舌噛んだ……」■■
【ブラッド】
「……かわいそうに」■■
「ん……」■■
ブラッドは、噛んだ場所を舐めてくれた。■■
……舌を舌で舐めて。■■
「~~~~~~~~~~!!!」■■
「でででで……!?」■■
再び、舌を噛む。■■
【ブラッド】
「どうしたんだ、アリス?」■■
「ど、どうしたって、あんた……!!!」■■
姉の前でなんということをするんだ。
羞恥心はないのか……というのも、厳しい。■■
先刻まで、その彼女を忘れて、いちゃついていたのだ。■■
だが……、気付いていてするのとでは訳が違う。■■
【ビバルディ】
「わらわの手ほどきが楽しみで、興奮が抑えきれぬのであろう?」■■
【ブラッド】
「なるほど?」■■
「ちちち……、違うわよ!!!」■■
舌が痛くて、うまく動いてくれない。■■
断じて、新境地になど目覚めたくはない。
ビバルディの言う手ほどきがキス程度ではすまないのは明らかだ。■■
【ビバルディ】
「ふふふ、わらわの技巧はすごいぞ?
なんせ王室仕込みじゃ。知っておいて損はない」■■
「なあ、アリス。
おまえも、とろけて元に戻れないような経験をしてみたいだろう?」■■
「めっ、めっそうもない!!!」■■
【ビバルディ】
「ふふ……、初な子には刺激が強すぎるかもしれないな」■■
「だが、恥ずかしがることはない。
帰りたいなどと、二度と思えないようにしてやろうぞ」■■
ぶんぶんぶんぶんぶんと勢いよく首を左右に振るが、ビバルディはポーズとして聞いているだけで私の意見など求めていないらしい。■■
この姉弟は恐ろしいところがそっくりだが、彼女はブラッドなど比ではない。■■
本当に、私の意見などどうでもいいのだ。
聞いちゃいない。■■
(怖い怖い怖い怖い怖い……)■■
【ビバルディ】
「ふふふ。
緊張せずともよい」■■
【ブラッド】
「そうだぞ?
何も怖いことなんかしない」■■
「君を喜ばせて、帰る気を失わせてやるだけだ」■■
「喜ばせて」が「悦ばせて」に聞こえる。
さああっと、血が下がる音まで聞こえてきた。■■
ブラッドはすっとぼけているのだか、本気なのだか分からない。■■
私は、もう帰る気などない。
最初からなかったのかもしれない。■■
「ガラス瓶が壊れないのは……多分、私の理性っていうか思い切りの悪さで、帰りたいと思っているわけじゃないわ」■■
【ブラッド】
「……そうだろうな」■■
「わ、分かっているのなら……」■■
【ブラッド】
「分かっている。
君は優柔不断で、思い切りが悪い」■■
「…………」■■
【ブラッド】
「だが、私はそういう君も好きだ」■■
「……ブラッド」■■
【ブラッド】
「実に……、いたぶりがいがある」■■
「…………」■■
「……怒っている?」■■
【ブラッド】
「……まさか」■■
「私は君のことが好きなんだ。
君がなかなか私だけのものになってくれないからといって、怒ったりしない」■■
その微笑は、とてもとても……恐ろしい。■■
【ビバルディ】
「……何から教えてほしい?」■■
【ブラッド】
「……癖になりそうなのを」■■
「時間がかかってもいいぞ?
これから、時間はたっぷりあるんだ」■■
「なあ、アリス?」■■
「~~~~~~~~~っ」■■
この世界で生きていこう。
そう思ったことは本当だ。■■
だが、当分ガラス瓶は割れないだろう。■■
(帰りたい)■■
今、私は心底そう思っている。■■
【【【時間経過】】】
「ブラッド・女王END2」ここまで↑