TOP>Game Novel> 「 ハートの国のアリス 」> ブラッド=デュプレ ■13話

ハートの国のアリス
~Wonderful Wonder World~

『ブラッド=デュプレ ■13話』

◆帽子屋屋敷・エントランス◆
【【【時間経過】】】
【ブラッド】
「……さて、行くか」■■
【エリオット】
「おし、準備はできたぜ」■■
以前話を聞いた、舞踏会のときがやって来た。
出発を前に、私は屋敷の面々とエントランスに集まっている。■■
「……本当に行くの」■■
【ブラッド】
「もちろん」■■
【ディー】
「あ~……、嬉しいな嬉しいな。
お休み、お休み」■■
【ダム】
「有休だよね?
だよね?」■■
【エリオット】
「てめえら、普段からさぼりまくりだろ」■■
【ディー】
「休みっていうのは、また違うんだよ」■■
【ダム】
「そうだよ、馬鹿ウサギ」■■
【エリオット】
「俺はウサギじゃねえ!
誰が馬鹿だ!!!」■■
【ブラッド】
「……ふ。
はしゃがなくても舞踏会は逃げないぞ」■■
「……とか言いながら、あんたが一番うきうきしているわよね」■■
ブラッドはすましているが、そわそわと落ち着かない。■■
【ブラッド】
「どんなブレンドが出されるのか……」■■
【エリオット】
「俺、にんじん茶がいいなー……」■■
「舞踏会のときくらい、にんじん尽くしは諦めましょうよ……」■■
【ディー】
「そうだよ。
夜のパーティって言ったら酒だろ?」■■
【ダム】
「アルコール飲料って、買うと高いんだよね。
高級酒飲みまくっちゃおっと」■■
「あなた達は、飲んでいい年齢なの……?」■■
【ディー】
「さあ?」■■
【ダム】
「よく分からないや」■■
【エリオット】
「保護者同伴だから、いいんじゃねーの」■■
双子の年はよく分からないが、イベントごとで、保護者同伴となれば問題はないのだろう。■■
貴族の子供なら嗜みとして、下町の子供なら自然に、私のように中間の富裕層でもそれなりに覚えさせられる。■■
【エリオット】
「こいつらの場合、酔うと見境なしに刃物振り回すのが、ちょいと難点だけどな」■■
「……ちょっとどころじゃないわよ」■■
「そんなの、目が離せないじゃないの!
大問題よ!」■■
【ディー】
「お姉さんになら、監視されてもいいな」■■
【ダム】
「僕達から目を離さないでね?」■■
離したくても、離せそうにない。
関わりたくもないのに……。■■
「目を離しても安心させてよ。
あんた達って本当に危険なんだから……」■■
【ディー】
「えー」■■
【ダム】
「そんなことないよ。
僕ら、すごく安全だよ?」■■
【エリオット】
「どの口がほざくか……」■■
ぎゃあぎゃあと、またいつものように喧嘩が勃発しかけている。
なんとかならないものかと、彼らのボスを見るが……。■■
【ブラッド】
「ブレンド……」■■
「…………」■■
「出かけましょう……」■■
本当は、敵地での舞踏会など危険そうなので、ぞろぞろと行きたくない。
だが、この場において私が引率しないといけないような状態だ。■■
(いつも、どうしているんだろう、この人達……)■■
マフィアだけあって、強いことは分かっている。
しかし、なんだか放っておけない……。■■
【【【時間経過】】】
◆ハートの城・全景◆
ハートの城の敷地に着いた。■■
「……このまま入るの?」■■
【エリオット】
「?
引き返してどうするんだよ」■■
「それはそうなんだけど……」■■
【エリオット】
「あ!
ブラッド、待てよ」■■
【ブラッド】
「紅茶……」■■
ブラッドは、すたすたと進んでいってしまう。
部下達も、従わざるをえない。■■
【【【時間経過】】】
ハートの城・門前
ハートの城前だ。
「……本っっっっっ当にこのまま入るの?」■■
【エリオット】
「そりゃあ入るに決まっているだろ。
おい、ブラッド、待てって……!」■■
「紅茶は逃げないって……!!!」■■
【ブラッド】
「私の紅茶が飲み尽くされてしまったらどうするんだ……!?」■■
【エリオット】
「おまえ以外、舞踏会でそんなに紅茶にこだわる奴いねえよっ」■■
【ディー】
「ああ、休みっていいよね」■■
【ダム】
「金目の物あるかなー」■■
「…………」■■
【メイド1】
「お疲れですか?」■■
【使用人】
「休憩しましょうか?
ボス達は、揃っていればまず間違いは起きませんから」■■
「あの四人が揃っていらっしゃれば無敵です」■■
【メイド1】
「別の意味でも無敵ですから、違った間違いが起きそうですけどね……」■■
「ありがとう……。
皆がいてくれたら安心できるわ」■■
「…………」■■
「……って、そうじゃない!
こんなのマズイでしょう!?」■■
【メイド1】
「???」■■
【使用人】
「???」■■
【メイド1】
「大丈夫ですよ、私達も選抜された者です。
腕はそれなりにたちますわ」■■
【使用人】
「ちゃんとお守りしますよ。
ご安心を」■■
「…………」■■
「……服装がマズイのよ」■■
【メイド1】
「え?」■■
「あら……、後で着替えますわよ?
こんな格好では踊れませんもの」■■
【使用人】
「仕事着ですからね……」■■
「【大】出発前に着替えておこうよ【大】」■■
エリオットは言葉通り部下の都合をつけ、ぞろぞろと連れてきていた。
ぞろぞろ。■■
なんの変装もせずに、普段どおりの格好でぞろぞろ。■■
「これ、あからさま過ぎると思うんだけど」■■
【メイド1】
「そうですか?」■■
【使用人】
「兵士達も咎めだてしないですし、いいんじゃないでしょうか?」■■
実際、幾人もの兵士達とすれ違ったが、問い質されることもなかった。
そのおかげで余裕もできたのだが……。■■
「それにしても……、なんの変装もなくぞろぞろと入り込むっていうのは……」■■
【メイド1】
「問題ありませんって。
催し物の時間帯っていうのはそういうものなんです」■■
【使用人】
「普段なら、敵地に入り込むなんて抗争ものですけどねー」■■
【メイド1】
「そうね、普段なら血の雨よね。
銃をホルスターに収めている暇なんかないでしょう」■■
「あ、でも、今は全然気にしなくても大丈夫ですよ?
安心してください」■■
そんなことを言われて、気にしないでいられる人なんかいるのだろうか。■■
「気にするわよ!
まともな神経をしていれば!」■■
まともな神経をしていない人に言っても無駄だろうが、突っ込まずにはいられない。
他所の領土の者だというのが明らかすぎる……。■■
使用人達はもちろん、ブラッドやエリオット・双子達も普段どおり。
なんの変装もしていない。■■
「いくら見逃してくれるって言っても、敵の本拠でしょ!?
もうちょっと、変装するとかなんとか……」■■
【メイド1】
「あらあら。
心配性なんですね」■■
【使用人】
「用心深いのはいいことですよー」■■
「普通よ、普通。
普通の感覚……」■■
【【【時間経過】】】
ハートの城・舞踏会会場
会場に入る。
本当に、そのまま入り込んでしまった……。■■
大きな城だけあって、舞踏会会場も立派なものだ。
結構な人数が収容できる広さの会場には、すでに招待客が集まっていた。■■
「いつ着替えるのよ?」■■
ちなみに、私達は未だ着替えていない。■■
【メイド1】
「ええ、その内……」■■
「その内っていつ」■■
【メイド1】
「ボス達が戻ってこられたら……」■■
「いつ戻ってくるの」■■
【メイド1】
「……いつでしょう」■■
ブラッド達は、勝手に先を急ぎ、どこかへ行ってしまった。■■
(どこかって……、ブラッドの場合は紅茶へ一直線に決まっているけど)■■
【使用人】
「ボス達はどこへ行ったんでしょうねー……」■■
【メイド1】
「紅茶を漁っているんじゃないかしら。
門番さん達はもっと違うものを漁っているのだろうけど……」■■
「はあ……」■■
「目を離すとか以前の問題よね……」■■
【使用人】
「あの方々って、護衛なんかいらないと思う……」■■
【メイド1】
「エリオット様に怒られるわよ」■■
【使用人】
「なんだかんだ言って、一番真面目だよな、エリオット様……」■■
【メイド1】
「うちの上層部の中では……、ね」■■
「はあ……」■■
使用人一同と私は、手持ち無沙汰にぼけ~っと過ごす。
だんだんと、周囲に招待客らしき着飾った男女が増えていく。■■
「なんだか……、開会が近いような気がするんだけど……」■■
【メイド1】
「そのようですね」■■
【使用人】
「ボス達、まだかな……」■■
「え~~~、ちょっと、さすがにこの格好じゃ場にそぐわないわよ!?
ブラッド達が戻ってこなかったら、どうするの?」■■
【メイド1】
「どうしましょうか……」■■
【使用人】
「困るよなあー……」■■
「……適当にそのへんのを撃って、時間稼ぎしときます?」■■
「【大】しなくていい【大】」■■
【使用人】
「……えー、でも、退屈ですよ?」■■
【メイド1】
「こっそり遊んでいきません?」■■
「【大】何もしなくていい【大】」■■
ちょっと共感できた気がしたが、気のせいだった。■■
彼らはブラッド=デュプレの部下。
上司が上司なら、部下も部下だ。■■
【使用人】
「退屈だー……」■■
【メイド1】
「私達、暇って耐えられないんですよね……」■■
【使用人】
「退屈……」■■
【メイド1】
「暇……」■■
「……落ち着こう。
ね?」■■
「退屈で暇だからって、見知らぬ人に銃を向けちゃ駄目」■■
【使用人】
「知っている人ならいいですか?」■■
【メイド1】
「暇つぶししません?」■■
「……【大】落ち着け【大】」■■
大人しくできない子供みたいなことを言い始めた使用人達を宥める。■■
間違いなく、彼らはブラッドの部下だった。
しみじみ分かるが、分かりたくなんかなかった。■■
(この人達って、マフィアの構成員なんだよね……?
しかも、かなりの手練れ……)■■
(これでも……)■■
ちぐはぐ具合もまた、ブラッドの部下らしい……。■■
【使用人】
「だって、退屈じゃないですかー。
ボス達だって、俺らのいないところでお楽しみなんですよ?」■■
「俺らも遊びたいです。
遊んじゃいませんか?」■■
【メイド1】
「そうそう、お供するのはいいんですけど、いつも忘れられちゃって……。
暇ですわ」■■
「え。
なに?いつもそうなの?」■■
「じゃ、今回も帰ってこなかったりする?」■■
(置いてきぼり……!?
ひど……っ)■■
一体、なんのために連れて来られたのだか分からない。■■
【使用人】
「大体は……」■■
「あー、でも、今回は違いそうですね」■■
【メイド1】
「あなたがいらっしゃいますもの」■■
「……?」■■
【使用人】
「戻ってくるってことですよ」■■
【【【時間経過】】】
彼らの予想した通り、ブラッド達は戻ってきた。■■
「……遅い!」■■
「もう……!
どこへ行っていたのよ」■■
使用人達の話を聞く限り、戻ってきただけでも良しとしなければならないが、不安になったのは確かだ。■■
【エリオット】
「すまん、アリス。
ブラッドがティールームに一直線で……」■■
【ブラッド】
「……うまかった」■■
「土産も確保したし、安心だ……」■■
ブラッドは、恍惚とした表情だ。
満足したらしい。■■
【ディー】
「ばっちりだよ、ボス」■■
【ダム】
「茶葉はたんまりとかっぱらって……いや、貰ってきたよ」■■
「もう……」■■
「まだ着替えていないのよ?
もう始まっちゃうみたいだし……どうするの」■■
ブラッドやエリオット、双子の服はクラシックな舞踏会には合わないし、従業員達も言わずもがな。
私だって、どう見ても舞踏会向けの服装ではない。■■
【エリオット】
「あ~、それなら……」■■
【ブラッド】
「……お出ましだぞ」■■
【ディー】
「女王だ」■■
【ダム】
「いつ見ても偉そうなおばさんだよね~」■■
「……!」■■
【エリオット】
「開会だな……」■■
【【【時間経過】】】
【【【演出】】】……ラッパの音
ラッパの音が鳴った。■■
【ペーター】
「……静粛に」■■
ざわついていた場内が、静まる。■■
【ビバルディ】
「…………」■■
ハートの女王、ビバルディは美しかった。
彼女は、そこにいるだけで華がある。■■
主催者という理由だけではなく、その存在感ゆえ誰も彼女を無視できない。■■
【ビバルディ】
「よく集まったな」■■
広い場内を、女王の視線が舐める。
ざっと見ただけで、全体を把握したようだ。■■
【ビバルディ】
「招かれざる客もいるようだが……」■■
「……今宵は、宴じゃ。
すべてを忘れて楽しむがよい」■■
今は、昼。
だが、彼女は宵という言葉を用いた。■■
【【【演出】】】……ぱんと手を叩く音
ぱん。
彼女は、手を叩く。■■
【【【演出】】】……不思議サウンド?(時間帯が昼から夕方に変わる)
【ビバルディ】
「わらわは、夕暮れ時を好むが……」■■
「……夕方の舞踏会というわけにはいくまいな」■■
【【【演出】】】……ぱんと手を叩く音
ぱん。■■
【【【演出】】】……不思議サウンド?(時間帯が夕方から夜に変わる)
彼女が手を叩くと、時間帯が変わる。
外は夜になり、場内は暗くなった。■■
【ビバルディ】
「……灯りを」■■
【【【演出】】】……ぱんと手を叩く音
ぱん。■■
【【【演出】】】……不思議サウンド?(ぱあっと、会場の明かりがつく)
最後の合図で、照明がついた。
ぱあっと、会場全体が明るくなる。■■
【ビバルディ】
「……今宵限りかも知れぬその生を謳歌するがよい」■■
「わらわからは、以上じゃ」■■
従者が慌てるのも気にせずに、ビバルディはとっとと演説を終えてしまった。
演説というほどのものでもない。■■
短すぎるが、彼女に続ける気はないようだ。■■
後は、こういった大きな催し物につきものの、開会の挨拶。
女王は下りてしまったので王が続けたが、彼女の後では否応なしに存在が霞む。■■
客も、後は聞き流しているようで酒や軽食を楽しんでいる者もいた。
会場には立食形式で、食事のスペースも備え付けられている。■■
なるほど、規模は大きいが畏まった催しではないようだ。■■
【【【時間経過】】】
【ブラッド】
「……相変わらずだな」■■
【エリオット】
「きっつい女……」■■
【ディー】
「香水もきつそー」■■
【ダム】
「性格わるそー」■■
「お姉さんは、あんなふうになっちゃ駄目だよ?」■■
【ディー】
「お姉さん……?」■■
「…………」■■
「……か、かっこいい」■■
【エリオット】
「え……」■■
「女王様……」■■
【エリオット】
「ええ……!?」■■
「お、おい、アリス!?
なに言い出すんだよ!?」■■
「かっこいいじゃない……」■■
「ああ、男には分からないかしら……。
あのかっこよさ……」■■
女王・ビバルディには、威厳があった。
美人で、毅然としている彼女は、残忍だということを知っていてもかっこよく映る。■■
「主催者にご挨拶に行かなくてもいいのかしら」■■
【エリオット】
「……あの女に?」■■
正気かというような目で見られた。■■
【ブラッド】
「女王のほうも私達に挨拶などされたくないさ」■■
「……敵対しているんだものね」■■
客ならば手土産のひとつでも……。
女王のような高貴な身分の人にならば、貢物でも献上してしかるべきだ。■■
遠目に見ていても、招待客がご機嫌伺いに行く様子が見てとれる。■■
主催者に挨拶なんて初歩の礼儀、私みたいな中流に毛が生えたような身分の者でも常識だ。
だが、私たちは招かれざる客。■■
敵なのにせっかく黙認してくれているのだから、挨拶には行かないほうがいいだろう。
薮蛇になる。■■
「…………」■■
「開会したことだし、もういい加減に着替えましょう」■■
気持ちを切り替える。
無礼も割り切って、舞踏会を楽しむことにした。■■
【ブラッド】
「そうだな。
黙認されているとはいえ、この格好はあからさますぎる」■■
【エリオット】
「目立つもんな……」■■
【ブラッド】
「おまえに言われたくない……」■■
【ディー】
「着替えるんなら、従業員を集めて……」■■
【ブラッド】
「ぐでぐでだな、うちの連中は……」■■
【エリオット】
「それこそ、言われたくないと……」■■
【ダム】
「皆、散らばっちゃってるよー……」■■
【ディー】
「おーい……」■■
【ダム】
「着替えるんだってー」■■
【【【時間経過】】】
皆の注意が他の方向へ向く。■■
そんなに距離が離れていたわけではない。
だが、その隙間のような時を突いて、引っ張られた。■■
「……っ!?」■■
「な……?!?」■■
【ペーター】
「お久しぶりです、アリス……」■■
「ペーター!?
どうしたの……??」■■
(……って、どうしたのも何もないか)■■
「あなた、こんなところにいていいの?
宰相なんだから、主催者側でしょう?」■■
何度も会いに来ている。
城にペーターがいるのは当然だとは分かっているが、今ここにいるのは問題だった。■■
【ペーター】
「いいんですよ」■■
「いいって……」■■
「仕事があるでしょう?
接待だって忙しいはずなのに」■■
これだけの規模の舞踏会で、主催に近い人間がふらふらしていていいわけがない。■■
【ペーター】
「あなたより優先するべきことじゃない」■■
「……ペーター?」■■
彼のこういった言動は珍しくない。■■
しかし、今は違和感を覚える。
いつもの調子のはずれた陽気さはなく、より狂気に近いものを感じた。■■
私をこの世界に引っ張り込んだのがこの人だということを、急に思い出す。■■
【ペーター】
「僕は、平気だったのに……」■■
「……あなたが悪いんですよ」■■
「……え?」■■
【ペーター】
「あなたが、悪いんです」■■
言い含めるように繰り返す。
表情はどこか意地悪そうに微笑んでいるのに、身にまとう空気にはひどく悲壮感があった。■■
【ペーター】
「あなたが同じ世界にいてくれるだけでよかった。
帰らないでいてくれれば、僕は幸せだったんです……」■■
「離れていたって、平気でした。
我慢できた。元の世界に帰らないでいてくれるなら」■■
「なのに、あなたが僕に会いにきてくれるから……、もっと傍にいてほしいと願ってしまう」■■
「期待をさせる、あなたが悪い」■■
「……傍にいるじゃない」■■
「結構頻繁に会っているし、仲良くもなれた……」■■
落ち着かせるように、静かに言う。■■
【ペーター】
「そうですね。
たまに会いにきてくれて……、そのときだけ傍にいてくれる」■■
「そのときだけ……ですよね」■■
「いつもは、他の奴の傍にいて……」■■
「今も……あなたが他の奴らといるのを見て、ムカムカしました。
全然平気じゃなかった……」■■
【ペーター】
「……僕、やきもちをやいているんでしょうか」■■
「……っ……」■■
壁に背中を押し付けられ、キスをされる。■■
【ペーター】
「……ねえ、アリス。
どうなんでしょう?」■■
「……そっ、んなこと……、知らないわよっ」■■
【ペーター】
「意地悪しないで、教えてください。
知りたいんです」■■
冷静なんだか、切羽詰まっているんだか。
舞踏会の会場で……、仕切りも何もない物陰でキスをしてくるなんて、正気とは思えない。■■
「自分の気持ちは、自分が一番よく分かっているでしょう?
私に聞かれても……」■■
下手なことを自覚されても困るが、何も考えずこんなふうに迫られるのも困る。
この男が何を考え、どう行動するか、分かりかねた。■■
【ペーター】
「分からないから、教えてほしいんです」■■
「自分でも分からないあんたの気持ちなんて、私が知るわけない」■■
嘘ではない。
とぼけているわけではなかった。■■
(何を考えているんだか、未だに分からない……)■■
付き合いは長くなったが、理解したつもりで理解できていない。
ペーターという男は、そういう男だった。■■
状況から見れば、嫉妬しているととれるのだがそうとも限らない。
こんなことをしてきても、次に会うときにはけろりとしているのが今から目に浮かぶ。■■
【ペーター】
「僕は、あなたが好きです。
愛しています」■■
これは、愛の告白なのだろうか。
何度も言われすぎて、それもよく分からない。■■
ペーターの言葉は、いつだってそうだ。
中身があるのだかないのだか、分からない。■■
からっぽなようでもあるし、ぎっしり詰まっているようにも思える。
どちらともとれる。■■
「あんたね……、ペーター……」■■
「嫉妬だかなんだか自分でも分からないって言っているのと同じように、意味も分からず愛しているとか言っているでしょう?」■■
【ペーター】
「……愛しているかどうかなら、分かります」■■
「僕は、あなたを愛している。
愛してるんです……」■■
「ペーター……」■■
分かっていないか、意味が違うか。
愛しているのだとしても、その愛情はキスをかわすような類のものではない気がした。■■
もっと別のものか、あるいはもっと深い。
恋愛と同じようで、違うもの。■■
【ペーター】
「この世界に、いてくれるだけでいい」■■
「あなたが幸せなら、それだけで、僕は……」■■
「……でも、今はそれ以上を望んでいる」■■
ペーターが私に抱いている気持ちがなんなのか、私にも分からない。
本人にも分からないだろう。■■
だけど、好意であることは間違いない。■■
好意であるからこそ、受け入れられない。■■
「ペーター……、あなたの気持ちは勘違いよ」■■
【ペーター】
「勘違い?」■■
(……分からないんだけどね)■■
本当は、分からない。
勘違いではなく、ペーターは私のことを恋愛感情で好きなのかもしれない。■■
だが、ペーターだって分かっていないのだ。
それに乗じて、決め付けた。■■
【ペーター】
「これって、勘違いなんですか?」■■
「そうよ、勘違い」■■
【ペーター】
「あなたを好きなのが……?」■■
「それは、勘違いじゃないと思う。
あれだけ好き好き言えちゃうくらいなんだから、好意は持ってくれているんでしょう」■■
「あんたって非常識な奴だけど……。
好意もなく、あんな態度がとれるとは思っていないわ」■■
【ペーター】
「じゃあ、やっぱり勘違いなんかじゃなく、僕は……」■■
「私を好きでいてくれるのは分かるけど、恋愛感情じゃないわ」■■
「キスも……、親愛の情なら分かるけど、こういうキスをかわす間柄じゃない。
あなたは、勘違いしているの」■■
「これは、恋愛感情じゃないわ」■■
【ペーター】
「恋愛感情じゃない……?」■■
「でも、あなたが他の奴といるところを見てイラつくのに……」■■
ひそひそと、唇を触れ合わせながら会話する。■■
【ペーター】
「僕は、あなたが好きなんですよ」■■
(私だって、嫌いじゃないわ)■■
(好きだと思う)■■
こうして、キスをしても、ちっとも不快にならない。■■
最初のときとはずいぶん違う。■■
「私だって、あなたが好きよ」■■
【ペーター】
「アリス……」■■
「……友達としてね」■■
【ペーター】
「アリス、僕は……」■■
「友達よ、ペーター」■■
「あなたのことが好き。
あなただって、私のことを好きでいてくれる」■■
「友達だって、他の人と仲良くしていたらやきもちをやくわ。
恋人のような人が別にいれば、自分を蔑ろにされているような気もするでしょう」■■
【ペーター】
「…………」■■
「そう……なんでしょうか」■■
(分からないわ)■■
「そうよ、ペーター」■■
【ペーター】
「そうか……。
勘違い……」■■
「好きだけど……、恋愛感情じゃない……」■■
「そう」■■
(分からない)■■
ペーターに分からないものを、私が分かるはずがない。■■
でも、勘違いにしておいてほしかった。
勘違いならいいと思う。■■
勘違いであれば、私はペーターを決定的に拒絶しなくていい。
友達のままでいられる。■■
(もし勘違いでないのなら……)■■
(……ごめんね)■■
私はずるい。
だけど、ペーターが確信を持って告白してきたのなら、きちんと拒絶してあげるつもりだ。■■
友達だから。
勘違いだと言われてそうなのかなと彼が思ううちは、ぬるま湯に浸ったままでいさせてほしい。■■
そう思うくらいに、私もペーターが好きだった。
いつかは怒るだけだったキスも、心地いい。■■
(私にも分からない……)■■
(……これは、本当に勘違いで、恋愛感情じゃないのかしら)■■
「……戻らなきゃ」■■
【ペーター】
「あっ、すみません、アリス」■■
「……楽しんでいってくださいね?
楽しんで、この世界を好きになって、ずっといてほしいんです」■■
「元の世界に戻らないでいてくれたら何だっていい……そう思っていたのに、僕って駄目なウサギです……」■■
「……あなたの言う通り、勘違いでした」■■
「僕はあなたを愛しています。
恋愛感情なんかじゃなく、もっと純粋に愛していますよ」■■
「…………」■■
【ペーター】
「……では、また」■■
「……また、会いに来てくれますよね、アリス?」■■
「ええ。
またね、ペーター」■■
【ブラッド】
「では……」■■
【【【演出】】】……ぱんと手を叩く音
ぱん。■■
【【【演出】】】……時計の針が定刻をさすような機械音
かしゃん。■■
ブラッドが手を叩くと、時計の針が定刻をさすような機械音がした。
同時に、全員の服が変わる。■■
「わ……っ」■■
この世界の、手品のような出来事には慣れたつもりだったが、それでも驚いてしまう。■■
「すごい……。
早変わり……」■■
【エリオット】
「首が絞まる……」■■
「ネクタイってのは落ちつかねえな……」■■
【ブラッド】
「帽子がないと落ち着かない……」■■
私は驚いたが、さすがにこの世界の住人は驚きもしない。
冷静に、服装に対しての反応だけだ。■■
【ディー】
「タキシードだよ、兄弟」■■
【ダム】
「なんだか窮屈だよね、兄弟」■■
【エリオット】
「窮屈つーか、おまえら……」■■
【ブラッド】
「うむ……」■■
「なんか、ねえ……」■■
【ディー】
「なに?」■■
【ダム】
「なになに?」■■
「いやあ……」■■
「【大】漫才コンビみたいだな……って【大】」■■
【ディー】
「え」■■
【ダム】
「ええ?」■■
【ディー】
「え~?
なにそれ、なにそれ?」■■
【ダム】
「なんで、なんで???」■■
「ぱりっとしてて、惚れ直すところでしょ、ここは……!
お姉さん、反応間違ってるよ!」■■
「だ、だってさ……」■■
【エリオット】
「実は、俺も同じこと……」■■
【ブラッド】
「……私も思った」■■
「色が……。
色が悪いと思うのよね、色が」■■
リボンの色が赤青で黒服……。■■
コメディアンみたいな色彩だ。■■
【ブラッド】
「そうだな、組み合わせの問題だ」■■
【エリオット】
「最悪の組み合わせ……」■■
「黄色とかよりましじゃないかしら」■■
【エリオット】
「おまえら、三つ子じゃなくてよかったな。
三色だったら完全にアウトだぜ」■■
【ディー】
「なんだよ、馬鹿ウサギ!」■■
【ダム】
「ひよこウサギのくせして……!」■■
「エリオットは……、マフィアらしいわよね」■■
元からそれなりだったが、こうして白スーツを着ているところはマフィアそのものだ。■■
(耳さえなければ完璧)■■
(耳さえなければ……)■■
耳があるからこその彼なのだが、耳を取っ払ったところを見てみたい気もする。
洒落にならない、完璧なマフィアだろう。■■
「この中で、誰よりソレらしい……」■■
【ブラッド】
「おいおい、お嬢さん。
それでは、私はどうなるんだ?」■■
「私がボスなんだが……?」■■
「ブラッドは……」■■
「……若いわよね」■■
【ディー】
「ぷぷ……」■■
【ダム】
「……はは」■■
【ブラッド】
「その感想には、おおいに不満があるな……」■■
「だって、なんだか……若いわよ」■■
「……ね?」■■
【ディー】
「ボス、子供っぽいって」■■
【ダム】
「ぷぷぷぷ……」■■
(いるわよね、ちゃんとした格好すると若返る人って……)■■
スーツなどの改まった服装をすると、大概の場合は落ち着いて年嵩に見えるものだ。■■
しかし、逆のパターンもある。
ブラッドは逆パターンの人だった。■■
元から、若いのだろう。
普段は奇抜な帽子とちぐはぐな服装で誤魔化されている。■■
【ブラッド】
「そうか?」■■
若いと言われ、戸惑いを浮かべた顔はやはり若い。
だるそうな表情も、帽子の影がなければ青年らしいものだった。■■
【エリオット】
「若く見えるのはいいことだぜ」■■
フォローだかなんだかなことを言うエリオットはお兄さんらしく、いつもの立ち位置とは違って見えた。■■
【ブラッド】
「君は大人びて見えるな、アリス」■■
「……そう?」■■
「いつもはひらひらの服装だものね……」■■
自分の服を見下ろす。■■
いつもの、あまり好きではないふりふりした服装ではない。
フォーマルなドレスだ。■■
「……こっちのほうがいいな」■■
【ブラッド】
「ああ、似合っているよ」■■
「ブラッドが見立ててくれたの?」■■
【ブラッド】
「悪くないだろう?」■■
「……ちょっと露出が多いけどね」■■
【ブラッド】
「こんなときくらい、大人っぽい格好をしてもいいはずだ」■■
じろりと睨むと、軽く肩をすくめられた。■■
【ディー】
「うんうん。
いいよね」■■
【ダム】
「お姉さまって感じだよね」■■
「どんな感じよ……」■■
【ディー】
「えー?
いい感じだよねー」■■
【ダム】
「ねー。
いい感じだよー」■■
くすくす笑う双子に、この二人は本格的に教育方針が間違っているということを再認識した。■■
向けられる視線のいやらしさときたら……。
この子達の将来が相当に心配だ。■■
【エリオット】
「そうだな!
すごく似合っていると思うぜ!」■■
「いつもの服もいいけど、大人っぽいドレスだと印象が変わるよな!」■■
エリオットは、これまた分かっているんだか分かっていないんだかな賛辞をおくってくれる。■■
(……いや、分かっていないな、この人……いや、ウサギさんは)■■
(裏表なさそう……)■■
もっともマフィアらしくて、らしくない人だ。■■
双子達のほうが、よほどタチが悪い。
彼らは、裏だらけといえる。■■
【ブラッド】
「ああ。気分も変わっていいだろう?
一役買えて嬉しいよ」■■
(この人も……なあ)■■
かなり……、かなりな面子だ。■■
お近づきになるべきではない人の集まり。
後ろに控える使用人達もそう……。■■
マフィアのトップと、その関係者、構成員。
本来なら共に生活などすべきではない、距離を置くべき人達だ。■■
そんなこと、とっくに知っていたけど……。■■
(やっぱり疲れるなー……)■■
長く共に過ごしても、マフィアだというのには慣れない。
現実感がないとはいえ、ついていけないものを感じる。■■
やはり、こういうところは馴染めない。■■
【ブラッド】
「さて……」■■
「では、各々で楽しむか」■■
【エリオット】
「そうだな。
この人数でつるんでても、面倒だ」■■
「え、ばらばらになるの?」■■
【ブラッド】
「一緒にいてもいいが、適当だ。
集団でぞろぞろといても、そのうちはぐれるさ」■■
「いいの、そんなに適当で……」■■
ここは敵地だろうに、あまりに気軽だ。
舞踏会に参加している時点で分かっていたが、アバウトにも程がある。■■
【ディー】
「適当、適当。
帰りの時間に集合すればいいよ」■■
【ダム】
「子供じゃないんだから」■■
「…………」■■
双子に言われてしまった……。■■
【【【時間経過】】】
賑やかに騒ぎつつも、やっと着替えられた。■■
舞踏会も始まり、各々が社交にダンスに散らばっていく。
私はといえば……。■■
「……こう?」■■
【使用人】
「そうそう、そんな感じです~」■■
【メイド】
「いい感じです~」■■
「あ」■■
【【【演出】】】……倒れる音
【使用人】
「っわ……」■■
「ごめんなさい……っ」■■
「踏んじゃった……っ」■■
普段から親しくしているメイドや使用人の皆に、ダンスのレッスンを受けていた。
が……、うまくいかない。■■
【使用人】
「ん~……、勘が鈍っているんでしょう……。
ダンスのステップ自体は間違っていませんよ~」■■
【メイド】
「ふふ。
ちょっと覚束ないですけどね~」■■
「う~ん……。
ダンスなんてそう頻繁に踊る機会がないから……」■■
「うまく踊れるようになるかしら……」■■
【メイド】
「大丈夫。
勘さえ取り戻せば~……」■■
【使用人】
「一度覚えたら忘れないものですよ~」■■
「……だといいんだけど」■■
【【【時間経過】】】
練習を兼ねたダンスも一段落し、落ち着いた頃。
見計らったように、声をかけられる。■■
【ブラッド】
「踊らないか?
アリス」■■
「……あなたと?」■■
【ブラッド】
「他に踊りたい相手でも?」■■
「いないけど……」■■
だが、ブラッドに誘われるとは思わなかった。■■
だるそうに、離れた場所で酒か紅茶でも飲んでいそうな男だ。
ダンスなど傍目で見る程度で、参加しそうに見えない。■■
【ブラッド】
「いないなら、受けてくれ」■■
「君の体をあけておくとろくなことにならない。
他の奴に誘われる前に、誘っておかないとな」■■
「そ、その言い方……」■■
【ブラッド】
「侮辱しているわけじゃない。
心配なだけだ」■■
むっとしかけたが、そんなふうに言われては断れない。■■
【ブラッド】
「……お手をどうぞ?
お嬢さん」■■
「…………」■■
「……いいわ。
付き合ってあげる」■■
しぶしぶという態度で、手を重ねた。■■
【【【時間経過】】】
【ブラッド】
「足を踏まれそうで怖いな」■■
「踏んであげましょうか?」■■
【ブラッド】
「遠慮しておこう。
いつもより凶悪なことに、今の君はヒールのある靴だからな」■■
「ヒールのない靴でなら、踏まれたいんだ?」■■
憎まれ口をたたきながら、ステップを踏む。■■
【ブラッド】
「へえ……。
意外にうまいじゃないか」■■
「嗜み程度には、ね」■■
【ブラッド】
「さすがに、お嬢さんだ」■■
「そんなにいいところのお嬢様じゃないってば。
公立の学校でも、教養として習うわ」■■
言葉に棘を感じて、言い訳がましくなる。
ダンスが下手でないことに対して、皮肉を言われる覚えはない。■■
【ブラッド】
「私からしてみれば、お嬢さんだよ、君は。
いい育ちのお嬢様だ」■■
「若いのに、いろんなことを嗜んでいるじゃないか?
ダンスにも、男のあしらいにも慣れている」■■
「……あなたもでしょう。
マフィアにしては、ダンスがお上手ですこと」■■
【ブラッド】
「どれくらいダンスを重ねたら、こういう歯切れのいい切り返しが出来るのか知りたいものだ」■■
「私によく似た男というのは、ダンスもうまかったのか?」■■
「どうだと思う?
昔から、人のことを気にする人は自分に自信がないからだというわよね」■■
【ブラッド】
「嫌なお嬢さんだ」■■
表面上はにこやかに、ごく普通の仲の良いカップルのように踊る。
完璧に近いように、油断なく。■■
互いにきりきりと、隙をみせまいとする。
ミスをしたら罰則でもあるかのいうように、むきになった。■■
【ブラッド】
「なあ、お嬢さん。
この後のご予定は?」■■
「この後……?」■■
【ブラッド】
「一晩中、ダンスをする気か?」■■
それこそ一晩中でも続けそうなくらい集中している中、ブラッドはだるそうに聞いてきた。■■
「なんなの?
もうダンスに飽きたの」■■
【ブラッド】
「君との緊張感のあるダンスも悪くないがな……。
一晩続けようという気にはならない」■■
「それなら、早々に打ち切ってしまわないか」■■
(自分から誘っておいて、なんて奴なの……)■■
「いいわよ。
私だって、一晩中、こんな疲れるダンスを続けたくないわ」■■
【ブラッド】
「そうか、気が合うな。
私も疲れた」■■
「体力ないわね……」■■
まだ数曲しかこなしていない。■■
体力がない……わけがないので、単に飽きっぽいのだろう。
ブラッドらしい。■■
【ブラッド】
「……ああ、私は体力がなくてね」■■
「休憩が必要だと思わないか、アリス?」■■
「……ふう。
いいわよ?紅茶でも飲む?」■■
【ブラッド】
「紅茶はもう飲んだ」■■
「じゃあ、何か食べに行く?」■■
【ブラッド】
「腹は減ってない。
君は?」■■
「すいてないわ」■■
(今度は何がしたいのかしら)■■
彼に振り回されるのは、いつものことだ。
今夜も、気まぐれに付き合わされるのだろう。■■
【ブラッド】
「この舞踏会は一晩中行われる」■■
ひそっと、秘密を囁くように顔を近づけられる。■■
そんなに近づかなくても聞こえるし、賑やかにダンスが繰り広げられているせいで周りには聞こえるはずないのに。■■
【ブラッド】
「客が疲れても休めるよう、客室が開放されているんだ」■■
「……へえ」■■
【ブラッド】
「客思いだと思わないか?」■■
「そうね……」■■
よけいな気遣いだと思う。
しかし、よく考えれば宿泊の準備が整えられているのは当然だ。■■
疲れた客のために……。
善意での準備だ。■■
この男の悪意を手伝うための準備ではないはず。
それでも、利用客次第で意味が変わる。■■
【ブラッド】
「……さあ、お手をどうぞ。
お嬢さん」■■
ダンスに誘ったときのように、ブラッドは優雅に手を差し伸べた。■■
【ブラッド】
「ああ……、今度は君が私の手をひいてくれ。
私は疲れている」■■
「…………」■■
ダンスを受けるのと同じように不承不承を装って、その手をとってしまう。
……自分から。■■
【【【時間経過】】】
ハートの城・客室
【ブラッド】
「おいで、アリス」■■
「…………」■■
【ブラッド】
「私を介抱してくれないのか?」■■
「……病人にしては、元気そうね」■■
やはり自分から、手を差し伸べて。■■
【ブラッド】
「そんなことはない。
私は疲れて動けないんだ」■■
「君が振り回すからいけないんだぞ……?」■■
「振り回されているのは私のほうだと思うんだけど」■■
どうして、手をとってしまうのだろう。■■
拒絶したいと思うのに、自分から手を出しているようでは言い訳も出来ない。
させてもらえない。■■
【ブラッド】
「いいや、私のほうだ」■■
「振り回されている……」■■
差し伸べた手をぎゅっと握るくせに、ブラッドは座ったまま何も仕掛けてこない。■■
「……何もしないの」■■
【ブラッド】
「……何をしてほしい?」■■
「何も……」■■
私だって、自分から何かを仕掛ける気などない。■■
【ブラッド】
「君がしてほしいことは分からないが、自分がしてほしいことなら分かる」■■
「私は疲れている。
看病してもらいたいんだ、アリス」■■
「ぬけぬけと……。
仮病でしょ」■■
【ブラッド】
「本当だよ。
まったく動けない」■■
「動けるのなら、すぐに……そうだな、君を抱き寄せてキスする」■■
「……っ……」■■
何もされていないのに、じっと見上げられて、キスをされたときのように顔がほてった。■■
【ブラッド】
「それから抱き寄せて、君の背に手を回すよ。
そのまま背をなでて……」■■
「……ブラッド」■■
【ブラッド】
「キスをしながら髪をすいて……」■■
「だが、きっとそれだけではすまないな。
私の見立てたドレスを着た君と二人、邪魔者もいないし、きっと……」■■
「……ブラッドっ!」■■
指を絡められ、しかし引き寄せられはしない。■■
ブラッドは、じっと見上げているだけだ。■■
【ブラッド】
「きっと……、君は抵抗しない」■■
「…………」■■
【ブラッド】
「だが、それだけでは不満だ」■■
「私は疲れている。
抱き寄せたくとも、動けない」■■
「…………」■■
「……私は、今の状況が不満よ」■■
【ブラッド】
「だろうな」■■
「……だけど、私、病人には甘くなっちゃうの」■■
【ブラッド】
「…………」■■
「……っ……」■■
私から、ブラッドにキスをする。■■
動けないはずの彼は、宣言どおり、私の背に手を回す。
そのまま背をなでて、髪をすいて……。■■
【ブラッド】
「……ふ。
……優しいじゃないか、アリス」■■
「珍しくサービスのいい……。
場所が変わると気分も変わるものらしい」■■
「場所のせいじゃないわ」■■
「……病人にだけよ。
あなたが動けないっていうから、代わりにしてあげただけ」■■
そう、代わりにしてあげただけだ。■■
「あなたが、キスしてほしそうにしていたから……」■■
「……病人だからよ」■■
【ブラッド】
「ふうん……?
病人相手だと興奮するのか?」■■
「ば……っ」■■
馬鹿なことを、と、立ち上がろうとしたが動けない。■■
えらく力の強い病人にがっちりとつかまれ、身動きできなくなっていた。■■
【ブラッド】
「君に興奮してもらえるのなら、ずっと病人のままでもいいな」■■
「……あんたは、頭が病気だわ」■■
【ブラッド】
「ふふ……」■■
毒づいても、キスをしたのは私から。
ブラッドが堪えないのも仕方がない。■■
【ブラッド】
「なあ、私はキスしてほしそうだったのか?」■■
「そう見えたけど……」■■
あんなふうに言っておいて、キスされたくなかったとでも言い出す気だろうか。■■
【ブラッド】
「私には、君がキスしてほしそうに見えたぞ?」■■
「……~~~~~~~~っ」■■
「……そ、そういう顔をしてた?」■■
【ブラッド】
「……ああ」■■
「気のせいよ、気のせいっ」■■
この期に及んでも恥ずかしい。■■
ブラッドの言い回しがいけないのだ。
わざと羞恥心を煽ってくる。■■
【ブラッド】
「……そうだな、気のせいかもな」■■
「私は、ダンスの最中から君にキスしたかった。
君は違ったらしい」■■
「え……」■■
【ブラッド】
「睨まれて、ぞくぞくしたよ」■■
「周りなんかどうでもいいからキスしてやろうかと思った」■■
「あ、あなた、そんなこと考えながらダンスをしていたの……」■■
だるそうに、億劫そうに、いつものように見えたのに、恐ろしいことを考える男だ。
実際にやりかねないのが、尚怖い。■■
【ブラッド】
「ふふ……。
ちゃんと我慢したぞ?」■■
「当たり前でしょ……!?」■■
大規模な舞踏会、衆人環視の中でキスなどされたら殴り飛ばしてやる。■■
【ブラッド】
「いいじゃないか。
可愛らしい戯れだ」■■
「あなたの場合、絶対に可愛らしいキスじゃすまないわっ」■■
ブラッドのキスが可愛らしかったことなど、一度としてない。■■
舞踏会で仲睦まじい恋人同士が可愛らしくかわすバードキス。
そんなものでは、絶対にすまない。■■
【ブラッド】
「君がそう言うと思ったから我慢したんだ。
自制しすぎて疲れた……」■■
「やっとキスできて、眩暈がしそうだ。
嬉しくて……」■■
「……倒れそうだな」■■
「わ……!?」■■
ブラッドは、私の背に腕を回して後ろに倒れこんだ。
私も一緒に倒れこんでしまう。■■
【【【演出】】】……ベッドに倒れこむ音
party_bra_b4b 「わわわ……!?」■■
倒れて動揺したところ、ぺろりと顎を舐められる。■■
【ブラッド】
「積極的じゃないか、アリス」■■
「ななな、何が!?」■■
【ブラッド】
「……押し倒されてしまった」■■
「ばばばば、馬鹿馬鹿馬鹿!」■■
【ブラッド】
「……すごい慌てようだな」■■
今更という口調で言われて、頭が冷める。■■
「そ、そうよね。
こんなの、慌てるようなことじゃない……」■■
【ブラッド】
「……場所が変わったせいか?
嬉しいぞ?」■■
「振り回されてくれて……、嬉しい」■■
驚くほどの優しい声。
冷えた頭が再び熱くなる。■■
「ブラッドも、なんだかいつもと違う……」■■
【ブラッド】
「場所が変わると気分も変わる。
正直になれるんじゃないか?」■■
「……いつも、そうでいてくれればいいのに」■■
「…………」■■
言い訳は出来そうにない。
だって、キスは私のほうからしてしまったのだ。■■
【【【時間経過】】】
舞踏会の夜が終わり、朝がくる。■■
夜の後に、朝。
そして、時間経過までが珍しく正常に。■■
この世界での特別な夜が明けた。■■
【【【時間経過】】】
帽子屋屋敷・主人公の部屋
【【【演出】】】・・・小鳥のさえずり
小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む光。
本当に、絵に描いたように平和で典型的な、朝。■■
そっとベッドの上に体を起こす。
サイドボードの引き出しを、静かに開けた。■■
中には、あの小瓶がしまってある。■■
「…………」■■
小瓶をじっと見る。■■
(もうすぐね……)■■
「…………」■■
小瓶の中の液体は、一杯に近くなっている。■■
「…………」■■
「……もうすぐ」■■
「…………」■■
(もうすぐ、覚めてしまうのね……)■■
特別な舞踏会の夜も、いつまでも続いてはくれないように。
どんなに名残を惜しんでも、覚めてしまうときは来る。■■
だって、これは夢なのだから。■■
(覚めるとき……、お別れのときが来たら、私は……)■■
(…………)■■
【【【時間経過】】】

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