TOP>Game Novel> 「 ハートの国のアリス 」> ブラッド=デュプレ ■11話

ハートの国のアリス
~Wonderful Wonder World~

『ブラッド=デュプレ ■11話』

【【【時間経過】】】
◆森◆
「……!!!」■■
……また、だ。
倒れている男性がいる。■■
森の中の小道。
以前と、同じ場所。■■
同じ外見、たぶん……同じ人。
死んだように、ぴくりとも動かない。■■
事実、死んでいるのかもしれない。
前も、その前も、そう思った。■■
(……ん?)■■
(前も、その前も……???)■■
何度見たのだろう。
思い出せない。■■
忘れているだけで、もう何度も見ている気がする。■■
(倒れている人がいたことを忘れるだなんて……)■■
自分が信じられない。
生きているか死んでいるかすら分からない人を見て、そのまま何事もなかったかのように素通りできる。■■
私は、そこまでは薄情な人間ではなかったはずだ。
見知らぬ相手とはいえ、無関心に死体(?)を見過ごせるはずがない。■■
(だけど、現に何度も見過ごしてしまっているのよね……)■■
何度も。
……何度だった?■■
何度も繰り返し見た気もするが、今回が初めてのような気もしてきた。■■
(……?)■■
私は、何を考えているのだろう。
これが初めてのわけがない。■■
過去にも見たのだ、いつだったかは思い出せないが……。■■
(どうして思い出せないの?)■■
時間が経ったとはいえ、遠い過去というわけではない。
私は、今、この場で同じシーンを見た。■■
デジャヴだ。
……倒れている人。■■
前回も、その前も、私は近寄れなかった。
平然と、助け起こしもせず、見ているだけ。■■
見ているだけで……それから?
見ているだけだった。■■
今のように。■■
「……!?」■■
【【【演出】】】……ユリウスの部下(残像が現れる音?)
これは、前回なかった光景だ。
影のようなものが、倒れた男性に群がる。■■
男性は薄れていく。
残されたのは……。■■
【【【演出】】】……心音・連続
(怖い……)■■
私は……。
私は、ただ見ている。■■
悲鳴も上げず、動揺もせず。
心臓だけがどくどくと脈打つ。■■
過ぎるのを、じっと待つだけ。■■
【【【時間経過】】】
ナイトメアの夢
【ナイトメア】
「見たのか、あれを」■■
「わっ!?」■■
いきなり後ろから抱きつかれる。■■
(こ、この世界の人は、変質者ばっかりなの……!?)■■
誘拐されるわストーキングされるわ、最初からろくなことがない。
夢の中の夢でまで抱きつかれる始末……。■■
「は、離してよっ」■■
(ナイトメアまでが、こうだったとは……)■■
(もう、どいつもこいつも信じられない……っ)■■
【ナイトメア】
「見たんだろう?」■■
「何を……」■■
【ナイトメア】
「残像だよ」■■
「残像……」■■
思い出す。
怖いと思った出来事を。■■
この世界に来て、何よりも恐ろしく感じ、寒気が走った出来事だった。■■
【ナイトメア】
「恐れることはない。
あれは……影のような、実体のないものだ」■■
「見たんだろう?
この世界の住人の死体が姿を維持できず、時計だけが残る様を……」■■
ナイトメアは、言葉を切った。■■
【ナイトメア】
「そして、残像が後始末をしていく様を……な」■■
ぞわりと寒気がした。
無機質な、決まりごとのようだ。■■
人が人でないかのように。
一連の流れのようだった。■■
【ナイトメア】
「その通りだよ、アリス。
あれはルールの一環だ」■■
「離してよ……っっ」■■
【【【演出】】】……跳ね除けた時の布ずれ音
ナイトメアの手を跳ね除ける。
何故だか、無性に気に障った。■■
【ナイトメア】
「…………」■■
「これは夢だ。
そうだろう?」■■
(夢……)■■
そうだ。
これは、夢だ。■■
ただの夢。
ここにいるのは、人ではない。■■
私の頭の中だけの……空想だ。
だけど、夢だとしても、人を人でないもののように片付けるのは嫌な感じだった。■■
「夢だからって、人間だわ。
物みたいに言うのはよして」■■
【ナイトメア】
「……夢なんだぞ?」■■
「夢だったら、私に従いなさいよ。
私の頭の中のことなはずでしょう」■■
夢だからといって、思い通りになるとは限らない。
その最たるもの……悪夢という名前の男に言っても無駄そうなことだ。■■
「夢でまで、自己嫌悪に陥りたくないのよ」■■
【ナイトメア】
「……死んでいたのは、見知らぬ人間だっただろう?」■■
現実世界だって、見過ごせる。
他人の死など、通り過ぎることが出来る。■■
私は、平凡な人間だから。
無関心が得意技だ。■■
「でも、夢でまでも平気でいたくないわ」■■
通り過ぎるとき、ほんの少しでも心は痛むのだ。■■
【【【時間経過】】】
帽子屋屋敷・主人公の部屋
何となく、屋敷にいるより外に出たい気分だ。
時間もあるので、どこかに出掛けることにする。■■
ハートの城を訪ねる。
またもやペーターが私を迎えた。■■
【ペーター】
「こんにちは、アリス」
「あなたがここに来てくれるだけで、僕は幸せになれます。
本当にあなたに会いたくて仕方がないんですよ」■■
赤い瞳で真っすぐに私を見るペーターは、本当に嬉しそう。■■
(こいつ……)■■
(気色の悪いだけのストーカーだと思っていたのに。
こんな顔をされちゃ、ちょっと絆されちゃうじゃないの)■■
一瞬でも可愛いじゃないか、と思ってしまった自分にくらりと来てしまう。■■
(エリオットのせいで、ウサギ耳に甘くなっちゃっているのかしら?)■■
【ペーター】
「アリス……?
ふらふらしていますよ」■■
「大丈夫ですか?
もしかして、仕事疲れでは……」■■
「……あなたをこき使うなんて、許せません。
あなたの滞在地の連中に何か報復をしなくては……」■■
「……っ?
違う違う、こき使われてなんかいないから!」■■
「だから、余計なことはしないでよ!?」■■
【【【時間経過】】】
帽子屋屋敷・ブラッドの部屋
【エリオット】
「ごめんな~、ブラッド……」■■
【ブラッド】
「ミスは誰にでもある。
おまえが書類作成を不得手としていることは分かっているから構わないさ」■■
「見直しを繰り返していれば、そのうちに覚える。
気長にいけ」■■
【エリオット】
「ブラッド……」■■
「おまえって、いい奴……」■■
「美しい、上司の思いやりね……」■■
エリオットはその通りだと相槌を打つが、これは嫌味だ。■■
ブラッドはまたしても、私とエリオットを部屋でかち合わせた。
いつぞやとまったく同じような構図になっている。■■
ブラッドがいい上司のようなことを言い、仕事場なのに青春っぽい雰囲気まで醸し出していた。■■
(あくまで、『っぽい』だけどね)■■
エリオットはきらきらしているが、ブラッドは相変わらずだらっとしていてやる気なさげなので、かなり嘘くさい。■■
上司と部下の友愛だか戦友意識だか知らないが、勝手にやっていてほしい。■■
「それじゃ、お仕事もあるようだから私はこの辺で……」■■
【ブラッド】
「すぐ済むから、いなさい」■■
「…………」■■
【エリオット】
「そーだよ、アリス。
気を遣うな」■■
「別にまずい仕事内容の話をするわけじゃねえし、俺に気を遣ったりしなくていい」■■
「や~、その~……」■■
(【大】気を遣わせてください【大】)■■
【ブラッド】
「エリオットもこう言っている。
終わるまで待っていろ」■■
「…………」■■
拒否権はないらしい。■■
ブラッドは、今回もエリオットにソファの例の位置に座るよう指定している。
自由にしていいのなら、今すぐにここを逃げ出したい。■■
(この×××、この××××、この×××……!)■■
思いつく限りの罵詈雑言を頭の中でリピートするが、今この場で口に出す勇気はなかった。■■
エリオットに追及されるだろうし……。
ブラッドと二人きりのときにも別の意味で言う勇気がない。■■
【ブラッド】
「前と同じように、10ページ以降だ。
見直してみろ、エリオット」■■
【エリオット】
「分かった……。
あー……、金勘定の部分か……」■■
「苦手なんだよなあ……」■■
【ブラッド】
「克服しろ」■■
投げそうになっているエリオットを叱るブラッドは、それなりに上司らしかった。
もう少ししゃきっとしていれば、もっとそれらしいのだが、だらっとしているあたりに変化はない。■■
【エリオット】
「む~~~……」■■
「くそお……。
こんなの一朝一夕じゃ無理だって……」■■
【ブラッド】
「では、地道に努力するんだな」■■
【エリオット】
「うう~~~……」■■
エリオットは頭をかきむしりながらも、書類を見直し始める。■■
【ブラッド】
「…………」■■
(あら……。
意外とまともに仕事している……)■■
杞憂だったのかと、胸を撫で下ろす。
定位置に座らせるとか、紛らわしいことをしないでほしい。■■
【ブラッド】
「…………」■■
「…………」■■
ブラッドが黙っているので、私も静かにする。■■
エリオットは集中しているのだ。
邪魔をしてはいけない。■■
【ブラッド】
「…………」■■
「…………」■■
「……?」■■

bra16_2 「……!?」■■
「ブラッド……。
な、なにを……」■■
【ブラッド】
「……何って?」■■
「~~~~~~~~っ」■■
こいつは、本物の××××だ……。■■
「……べたべたしてこないでよね!?
エリオットがいるのよ!?」■■
【ブラッド】
「……ははは。
小声だと怒られても迫力がないな」■■
「……こ、この……」■■
【ブラッド】
「……ふふ」■■
「……大声で助けでも求めてみたらどうだ?」■■
【【【時間経過】】】
【エリオット】
「ん~~~……。
わっかんねえなあ……」■■
しばらく集中しても、エリオットはミスの箇所が分からなかったらしい。■■
【ブラッド】
「今回のミスは、分かりにくいだろう?
ゆっくり探していいぞ、エリオット」■■
「は、早くして、エリオット……」■■
【エリオット】
「……?
んだよ、前と言っていることが逆だぜ」■■
「まったく、二人とも気まぐれなんだからな……」■■
(気まぐれなのは、この男だけよ……!)■■
「いいから、早くして、早く!」■■
【ブラッド】
「そんなに急かさなくても……」■■
「あんたのことは急かしてない!」■■
【エリオット】
「???」■■
「もー、うるさいな。
集中できないだろ……」■■
【ブラッド】
「そうだぞ。
集中しなさい、アリス……」■■
【エリオット】
「?????
集中しなくちゃならねえのは俺だろ?」■■
【ブラッド】
「ふふ……」■■
「……急いで、エリオット」■■
【【【時間経過】】】
帽子屋屋敷・廊下
【帽子屋・メイド・女1】
「……では、この仕事が終わってから始めましょうか~」■■
【帽子屋・メイド・女2】
「そうですね~。
早めに取り掛かっておくにこしたことはありません~」■■
「了解。
私もその仕事、加わるわ」■■
【帽子屋・メイド・女1】
「あら、いいんですか?
助かります~」■■
【エリオット】
「おう、アリス!
今はあんたがメイドの仕事中か」■■
「……エリオット」■■
庭園で水やりの仕事をして、屋敷に戻って来る。
次の仕事に関することを同僚と話しながら歩いていると、エリオットに声を掛けられた。■■
「そうよ。
メイド見習い、だけどね」■■
微妙な気恥ずかしさを感じながら答える。■■
エリオットがこんな言い回しをしたのは、最近何度か、ブラッドの部屋で彼が書類仕事をしているのを私が見ているからだ。■■
彼は気付いていないと思うが、あの場で私がしている(されている)ことを思うと、居た堪れない。■■
(……本当に、まったく気付いていないのかしら?)■■
【エリオット】
「見習いでも、色々と手伝ってくれてるらしいじゃねえか。
この間街の見回りに連れてた部下が言ってたぜ」■■
「そ、そうなんだ?」■■
【帽子屋・メイド・女1】
「ええ、お嬢様はとても優秀で、ずいぶん助かっています~」■■
【帽子屋・メイド・女2】
「物覚えがすごく速いんですよ~」■■
「ええ?
そんなことないわよ!」■■
同僚までもが褒めてくれ、恐縮する。
私がしているのは誰にでもできるような雑用だ。■■
手際よく行うには慣れが必要で、だいぶその域に入ってきたという自負はあるが、それでもまだまだ。■■
【エリオット】
「あんた、頭の回転よさそうだもんな。
ブラッドが持ってる本を気に入って読んでるくらいだし」■■
「えっ」■■
いきなりブラッドの名前が出たので、どきりとしてしまった。
エリオットは気付かなかったらしく、にこやかに続ける。■■
【エリオット】
「俺なんかあそこにある本、多分どれ読んでも寝ちまうぜ。
あんたもブラッドも、すげえよ!」■■
「そんなことないわよ」■■
【エリオット】
「いやいや、すげえって!
難しいことしか書いてないってのに、ブラッドもすらすら~っと涼しい顔で読んじまう」■■
【エリオット】
「あいつは努力家な上に天才だからな~!
そのブラッドの蔵書を読みこなすなんて、なかなかできることじゃねえ!」■■
「読みこなすって……そんな大層なもんじゃ……」■■
(私というより、ブラッドがすごいのね)■■
エリオットはブラッドを尊敬しているから、彼の本を読んでいる私も必然的に尊敬に値するようだ。■■
(私も、ひたすら本ばかり読んでいるように思われているのかしら?)■■
(その認識は微妙だけど……。
関係には、まったく気付かれていなさそうね……)■■
帽子屋屋敷・ブラッドの部屋
二度あることは三度ある。
またもや私がいるところに呼ばれていたエリオットが入ってきて、彼の書類作業を見守る形になった。■■
【エリオット】
「……っし、直し終わりっと!」■■
書類作成でのひっかかりが分かってきたらしく、エリオットは手直しが早くなってきていた。■■
【ブラッド】
「……頑張ったじゃないか、エリオット」■■
「もう、ほとんど直す部分はなくなったな」■■
「……つ、疲れた……」■■
【エリオット】
「……?
なんで、あんたが疲れてるんだよ?」■■
「心労とか心労とかその他の要因とかでよ!」■■
【エリオット】
「へえ、お大事に……」■■
「……???
なんか、服までよれてねえ?」■■
「疲れているからよ!」■■
【エリオット】
「……?????
な、なんで怒るんだよ?」■■
【ブラッド】
「ふふ、疲れると機嫌が悪くなるんだろう」■■
【エリオット】
「そういうもんか……」■■
「じゃあな、アリス。
ブラッドに本を借りるのはいいが、あんまり熱中しすぎるなよ?」■■
【ブラッド】
「私としては、大いに熱くなってもらいたいところだが……」■■
【エリオット】
「?」■■
「わ~~~~!?
待って待って、エリオット!」■■
「私も!
私も出るから!」■■
慌ててエリオットの後を追おうとすると、がしっと襟首をつかまれた。■■
【ブラッド】
「私との用事が終わっていないだろう?」■■
けだるそうな微笑みが怖すぎる……。■■
「エ、エリオット……」■■
(【大】助けろ【大】)■■
念じてみたが、エリオットにはさっぱりまったく通じていないようだった。■■
【エリオット】
「???
ブラッドに本を借りるんだろ?」■■
「俺、仕事あるから……。
また、時間があるときにでも遊ぼうぜ」■■
【ブラッド】
「私が遊んでやるから結構だ」■■
【エリオット】
「?????
そう?」■■
「ま、いいや。
じゃあな~」■■
エリオットは、非情にも退室してしまう。■■
「く、くそう……。
鈍ウサギめ……」■■
【ブラッド】
「なんだ?
エリオットにいてほしかったのか」■■
「人に見られたいなんて、君もなかなか……」■■
【【【演出】】】……足を踏む音
げしっと、足を踏んでやる。■■
【ブラッド】
「……った……!?」■■
「【大】一億回くらい死んでこい【大】」■■
知りたくもないのに、殺意というものを知ってしまった。■■
(こいつ、本気で殺したい……)■■
【ブラッド】
「……怒るなよ」■■
「怒らなかったら、よっぽど頭がおめでたいわよ……!」■■
「あんたの頭は、元からおめでたいみたいだけどね!」■■
ヒステリーのようだと思いつつも、きいきい怒る。
怒るだけのことはされたのだから、問題あるまい。■■
「何考えているわけ!?
この×××××××!××××!!!」■■
【ブラッド】
「女の子がそんな言葉を使っちゃいけない」■■
「その、いたいけな女に何をするのよ、何を!」■■
【ブラッド】
「いたいけとは言っていない……」■■
「それでは、私が××××みたいじゃないか……」■■
「××××でなくても××××であることは間違いないわよ!
××××!!!」■■
恥も外聞もなく、怒り散らす。■■
【ブラッド】
「……キレてるなあ……」■■
「キレもするわよ!
なんだって、あんな……」■■
【ブラッド】
「私だって怒っているんだぞ……?」■■
「は……?」■■
怒っているのは私だ。
怒られる覚えなどない。■■
【ブラッド】
「エリオットが好きなんだろう?」■■
「あれは……。
なに、まだ根に持っているの」■■
エリオットを好きだと言ったのはかなり前のことで、邪推されるようなものでもなかった。■■
「そういう意味じゃないわよ。
会話の流れで分かるでしょう」■■
ブラッドの足を再び踏んでやる。■■
【【【演出】】】……足を踏む音
【ブラッド】
「……っ!?
……君は……、足癖が悪いな」■■
「痛いぞ……」■■
「へえ?
痛覚はまともなのね」■■
「あまりの無神経っぷりに、神経が通っていないのかと思ったわ」■■
【ブラッド】
「口の悪いお嬢さんだ……」■■
「性格が悪いよりマシ」■■
「……私もいいとはいえないけど。
あなたといると、自分がまっとうに思えてくるわ」■■
「…………」■■
「……そんなに妬いたの?」■■
【ブラッド】
「…………」■■
【ブラッド】
「……どうして、私には好きと言わないんだ?」■■
唖然とする。■■
「……なんで、私があなたに好きって言わなくちゃならないのよ」■■
私とブラッドは恋人でもなんでもない。■■
彼の気まぐれと支配欲で成り立っているような、不安定な関係だ。
好きだなんだと囁きあうような関係ではない。■■
【ブラッド】
「……私は、君が好きだよ」■■
「そういうの、やめてってば」■■
ブラッドは、戯れに好意を口に乗せることがある。
言われたほうはたまったものではない。■■
長くなった付き合いで、私だって、好意は持っていた。
だが、口に出したりするのは避けたい。■■
【ブラッド】
「言ってもおかしくないだろう」■■
「おかしいわよ。
……困るの」■■
「女のほうが、言葉の依存度が高いのよ?
好きだって言ったり言われたりして、本当に好きになったらどうするの」■■
【ブラッド】
「エリオットには言うくせに……」■■
「意味が違うって言っているでしょう」■■
【ブラッド】
「つまり、私にだと、違った意味で好きになる可能性があるということか?
恋愛の意味で」■■
「……そうよ」■■
まったく心が揺らがなかったら、そちらのほうが異常だと思う。■■
長い時間を一緒に過ごし、親密になれば気持ちも動く。
たとえ、人格を疑うような男だとしても。■■
【ブラッド】
「面白い。
なおさら、言ってもらいたいな」■■
(面白い……ですって?)■■
私は、これっぽっちも面白くない。■■
「それで?
好きになったらどうするの?」■■
【ブラッド】
「責任はとるよ」■■
だるそうに話すブラッドは、何を考えているのかつかませない。
少なくとも、誠実さとは無縁に思えた。■■
【【【時間経過】】】
◆帽子屋屋敷・庭園◆
【【【演出】】】・・・ガサガサと木が揺れる音
【ボリス】
「よっ、アリス!
ひっさしぶり~!」■■
庭園を散歩していると、いきなり目の前に植え込みを揺らして猫が現れた。■■
喋る、大きなピンクの猫……ボリスだ。
前にもこんなことがあったのを思い出す。■■
「ボ、ボリス……」■■
(どうしてまた、このタイミングで……!)■■
前回同様、今は私一人ではない。
ブラッドが一緒にいる。■■
私は一人で庭に出るときも多い。
ボリスもディーとダムの友人なので、よく来ているのだという。■■
それなのになぜこの猫は、ブラッドといるときに限って声を掛けて来るのか。■■
(狙ってやっているんじゃないでしょうね???)■■
そう思いじっとボリスを見上げると、何を思ったか彼は私に抱きついていた。■■
【ボリス】
「ここしばらく遊園地には来てないんじゃない?
どうしたんだよ……、あんたが来ないとつまらないぜ」■■
「!!?」■■
「な、何しているのよ。
離して!」■■
泡を食って叫ぶ。
視界の端で、ブラッドが表情を歪めているのが見えた。■■
【ボリス】
「おっさんも寂しがってるぜ?
俺のほうが、もっと寂しがってるけど」■■
放すどころか、頬を摺り寄せてくる猫。
猫が頬を摺り寄せたところで字面だけならほのぼのする図だが、チェシャ猫ではそうはいかない。■■
【ブラッド】
「…………」■■
何も言わないが、ブラッドの視線が痛い。■■
痛すぎる。
冷気まで感じる気がした。■■
「ボリス!
いいかげんにして!」■■
ぎろりと、間近にある顔を睨み付ける。■■
【ボリス】
「そんな怖い目で見ないでよ」■■
抱きつく腕を緩めずに、ボリスはあっけらかんと言った。■■
「見られたくなかったら、離しなさいよ」■■
【ブラッド】
「……まったくだ」■■
「私に喧嘩を売っているのか、おチビさん」■■
ブラッドは、もはやイライラを隠す気もないらしい。■■
【ボリス】
「チビはよせって」■■
【ブラッド】
「では、何か?
子猫ちゃんとでも言ってほしいのか?」■■
【ボリス】
「こ、子猫ちゃ……?」■■
「……やめてよ?
そんなこと言われたら、びっくりしすぎて、あんたがここのボスだってことも忘れて撃っちゃいそうだ」■■
【ブラッド】
「……いいぞ?
やってみるか?」■■
「ただし、抜いた段階で屋敷から出られないと思えよ」■■
とか言いながら、ブラッドのほうが先に仕掛けそうだ。
明らかにイライラしている。■■
【ボリス】
「マジなんだもんなぁ……。
帽子屋さん、大人の余裕はどうしたのさ……」■■
「……よかったね、アリス。
あんた、愛されてるっぽいよ」■■
「ど、ども……」■■
【ブラッド】
「いいから、離せ。
私は自分のしたいことをするのは好きだが、他人のしたいようにされるのは嫌いだ」■■
【ボリス】
「俺も、いつものだる~っとして余裕ありげなあんたはそんなに好きじゃなかったよ。
見下されるのって嫌いなんだよね」■■
【ブラッド】
「身長のせいだろう。
手遅れかもしれないが、カルシウムをとることをお勧めする」■■
どこかで聞いたような言い回しだ。■■
【ボリス】
「……あんたって、怒るとウサギ耳さんと同じレベルだよね」■■
「…………」■■
「あ。
なるほど、エリオットか」■■
ぽんっと手を打つ。
言われてみれば、エリオットが双子に対するときと似ている。■■
【ボリス】
「……あんたは緊張感ないよ、アリス」■■
ボリスは呆れたように話しかけてきた。
それだけなのに、ブラッドはぎっとボリスを睨む。■■
(は、早く離れなきゃ)■■
これ以上、ブラッドの苛立ちが募る前に。■■
「放してってば、ボリス。
もう……っ」■■
【【【演出】】】・・・足を踏む音
どうするかしばし考え、ボリスの片足をむぎゅっと踏んだ。
強くは押していないが、それなりに痛いはずだ。■■
【ボリス】
「!!?」■■
【ボリス】
「ってて……っ!いきなり何するんだよ、アリス!
あんた、そんなに攻撃的だったっけ!?」■■
【【【演出】】】・・・抱き寄せる音
痛がるというより、驚いたボリスの腕の力が弱まる。
その隙に振り解いて逃げると、すかさずブラッドが私の片腕を掴み、ぐいっと自分のほうに抱き寄せた。■■
【ブラッド】
「よくやった、アリス。
君の足癖が悪いのにはどうしたものかと思っていたが、今に限っては褒めてやろう」■■
「……嬉しくないわ、それ」■■
しかし、実際のところブラッドに鍛えられたかもしれない。■■
とはいえ、ボリスから離れられたのはよかった。
ブラッドは私をしっかり抱いたまま、ボリスに向かって告げる。■■
【ブラッド】
「このお嬢さんは私のものだ。
馴れ馴れしくしないでもらおう」■■
「門番の友人だろうと、関係ない。
奴らに命じて片付けてやってもいいんだぞ」■■
【ボリス】
「酷いこと言うね。
……でも、今のあんたは結構好きかも」■■
【ブラッド】
「私は、君が嫌いになったよ」■■
「…………。
あのさ……、ややこしくなりそうだから黙って聞いていたけど、私はものじゃないんだけど」■■
なんだか喧嘩のネタにされているようで居心地が悪かった。■■
……いや、「なんだか」どころか明らかに。■■
「もの扱いされるのって気に食わないのよね」■■
【ボリス】
「…………。
あんたって、ほんと緊張感ないね、アリス」■■
「なんでよ」■■
【ボリス】
「いや、だってさ、そんなこと言われちゃ男としてはさあ……」■■
【ブラッド】
「立つ瀬がない」■■
【ボリス】
「……よね」■■
「そんなこと、知ったことじゃないわ」■■
男の見栄の材料にされてやる気はない。■■
【ブラッド】
「君は、私のものではないと言うんだな」■■
「そ、そんなふうに言うのはずるいと思……」■■
寂しそうな声に、騙されかける。
慌てて覗き込んだ顔は、かわいそうな男のものではなかった。■■
【ブラッド】
「……私のものでないのなら、誰のものなんだ?
言ってみろ」■■
冷たい威圧感と共に、更に強く抱き寄せられ、いかにも親密だというふうに迫られる。■■
「な、なに……?」■■
「ボリスが見て……」■■
軽く錯乱状態になる。
人に見せ付けるような趣味はないし、そんな状況には慣れてもいない。■■
【ブラッド】
「もの扱いしたのは悪かった。
訂正するよ」■■
「君は、私のものではなく……私の女だ。
それでいいだろう?」■■
ぶわっと、冷や汗と共に、涙が出そうになる。■■
「き、気は確かなの……!?
ボリスがいるのに、べたべたしてこないでよっ」■■
【ブラッド】
「こいつに見られるのが嫌なのか……?」■■
囁かれる言葉に、ぞわぞわっとした。
ぞくぞくではない、ぞわぞわだ。■■
何をする気だろうと、悪寒が走る。■■
この男は、とんでもない。
だるそうにとんでもないことをやらかす、とんでもない男だ。■■
「ぶ、ブラッド……」■■
【ブラッド】
「ん……?」■■
【ボリス】
「……ごほん」■■
「あー……、ごめん。俺が悪かった。
俺が悪かったから許してやんなよ……」■■
「アリス、かわいそうだろ……」■■
ボリスは……、彼は何も悪くないのだが謝った。■■
【ブラッド】
「ふん。
君に同情などされたくない」■■
【ボリス】
「俺が同情してんのは、あんたじゃないよ」■■
ボリスはちらりと私を見た。
その視線の意味は……。■■
かっと赤くなる。
羞恥と苛立ちと、諸々の感情だ。■■
「離して!!」■■
じたばたと暴れるが、ブラッドは私を放そうとしない。■■
今更離してくれたところで、私達がどういう関係か、ボリスにはばれてしまった。
恥ずかしいやら悔しいやらで、顔から火が出そうだ。■■
【ボリス】
「……好きなら大事にしてやれよな」■■
【ブラッド】
「しているさ」■■
【ボリス】
「それで?」■■
【ブラッド】
「ああ、これでも」■■
【ボリス】
「…………」■■
「見えないね……」■■
「……あんまり酷いことすると、俺がもらっちゃうぜ?」■■
【ブラッド】
「……やらないよ」■■
【【【時間経過】】】
ナイトメアの夢
【ナイトメア】
「誰かに愛されることが不安なのか、アリス。
不安というより不満かな……」■■
「君は愛情というものが分かっていないようだ」■■
「あなただって、分かっていなさそうよ」■■
【ナイトメア】
「もちろん、私だって分からないよ。
愛情なんて、それがなんだかよく分からない」■■
「……必要のないものだしね。
ここで必要なのは、ゲームにルール、役割だけだ」■■
「……ここの世界の人には理解してもらえないでしょうね」■■
「私は、完成された愛情を見たことがあるの」■■
完成された愛情。
なんて、綺麗で報われない言葉だろう。■■
【ナイトメア】
「完成された愛情……か。
つまり、終わっているってことだね」■■
「分かるの?」■■
理解されないかと思っていた。■■
【ナイトメア】
「分かるよ。完結するのは、それが完全に終了したときだけだ。
それがなんであれね」■■
完全な形で、終わった愛情。■■
「…………」■■
「世界で一番美しいと思ったわ」■■
あんなに美しいものを見たことがない。
そういうものを、私は見たことがある。■■
雨に濡れて、泥がはねて、汚れたスーツ姿の中年の男性。
べたつく湿気と、質素な墓地。■■
惨めたらしく、淀んでいる。
むっとするような雨の葬式。■■
美しいと思った。
あんなに綺麗で、完成されたものを見たことがない。■■
父は美男子ではなかったし、母も煌びやかな美女ではなかった。
母は病死で、流行病はよくあることだったから、そこに特別なドラマがあったわけでもない。■■
身内の死。
ただ、それだけのことだ。■■
私や家族にとっては泣き喚きたい出来事でも、一区画離れた別の家族には影響しない。
そういうものに胸打たれたのは、血縁だからなのだろう。■■
身内以外には感動も何も生まれそうにない死。
なんの変哲もない悪天候の墓地で、見せ付けられた。■■
泣き崩れる妹よりも、慰める姉よりも、無言で立ちつくしている父から愛情を感じた。■■
「私には無理だと思った」■■
なんといえばいいのだろう。■■
絶望かもしれないし、妬みかもしれない。
それほど想われていた母を、それほど想っていた父を羨ましく感じた。■■
私には無理だ。
私には、あんなふうに愛せもしないし、愛されることも出来ない。■■
【ナイトメア】
「そんなにまで美しかったんだね……。
つまり……、それほどまでに完結されていたんだ」■■
心を読めるナイトメアには多くを語らなくとも、思うことがダイレクトに伝わっているのだろう。
彼の目は、少し陶酔した色を浮かべている。■■
「あんなに特別に思われる人間にはなれないと思ったの。
特別になれない」■■
再婚でもしてくれていれば、別の生きがいを見つけてくれれば。
私は父を責め、そして安心しただろう。■■
ずっと続く愛などない。
完成された特別なものでも、いつかは壊れる、と。■■
だけど、特別なものは壊れなかった。
父は、屍のように生きていた。■■
生きなくてはいけないことに絶望していた。
それを見て、私はそのたびに絶望した。■■
なんて、美しい。■■
私には無理だ。
私には無理。■■
あんなふうには歩いていけない。
私なら、きっともっと楽な道を行く。■■
忘れる道を歩いていくはずだ。■■
【ナイトメア】
「ああ……、彼か」■■
知り合いのような口をきく。
私が不審げに見ると、ナイトメアは微笑んだ。■■
私には、彼のように心を覗き見する能力はない。■■
【ナイトメア】
「……きっと、君のお父さんは後悔をしていたんだな」■■
「後悔……。
そうかしら」■■
【ナイトメア】
「そうだよ。
人は……時間を止めることで完璧になれる」■■
「死人を悪くは思えないものね」■■
【ナイトメア】
「そうだ。
後は美化されていくばかりで、汚れることもない」■■
「お父さんの愛情は思い出の中に住んでいる。
だから、美しいんだ。欠点など見えなくなっていく」■■
完璧に見えた母親を思い出す。
彼女ははたして完璧だったのか。■■
今となっては確かめるすべもない。■■
【ナイトメア】
「死人は美しい。そして、償いを許してはくれない。
懺悔は受け入れもされず、聞き入れてももらえない」■■
「生者は醜い。
自分を責めて、後悔だけが大きくなるんだ」■■
父は、母に何か謝りたかったのだろうか。
許してもらいたかった?■■
【ナイトメア】
「君と同じさ、アリス」■■
「……どこが同じなの?」■■
【ナイトメア】
「君のお父さんがなにかしらの後悔を抱えて妻を想うように、君も同じだ。
もう謝れない、償いのできない後悔をしている」■■
だから、君も美しい……とナイトメアは呟いた。
もがいているのが美しい、と。■■
【ナイトメア】
「アリス、死人っていうものはね、残像にすぎないんだ。
思い出すことは出来ても、取り戻すことも出来なければ、そこから先も一切ない」■■
「返事なんて、かえしてくれない……残酷なものなんだよ」■■
【【【時間経過】】】

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