TOP>Game Novel> 「 ハートの国のアリス 」> ブラッド=デュプレ ■09話

ハートの国のアリス
~Wonderful Wonder World~

『ブラッド=デュプレ ■09話』

◆帽子屋屋敷・ブラッドの部屋◆
【【【演出】】】……上着を脱ぐ音
気まぐれなブラッドはまだ私に飽きず、私も未だ元の世界へ帰れていない。■■
そういったわけで、前々回も前回も今回もソファだ。
それ以前は省き、これ以後はカウントしたくない。■■
ずっとではないだろうが、ブラッドが飽きるか私が帰るかするまでは、延々とソファな気がする。■■
【ブラッド】
「ソファはお気に召さないか?」■■
「……背中は痛くないだろう?」■■
「ええ。
背中は痛くないわ」■■
さすがに高級品だ。
柔らかすぎず固すぎず、長時間横になっていても苦痛はない。■■
だが、ソファというのは長時間横になるためのものではないのだ。
使用目的が違う。■■
「落ちそうなことを除けば、悪くない寝心地よ」■■
【ブラッド】
「それはよかった」■■
「落ちそうな部分は、しっかりつかまっていれば解消される。
問題ないな」■■
「…………」■■
やっぱり、何を言ってもソファなのか。■■
慣れたし、気にならなくなった感もあるが……。
そんなにソファが好きなら止めないが、どうも、安っぽく扱われているような気分になる。■■
「問題はなくても……」■■
おざなりにしていいと思われていることだけは確かだろう。■■
「こんなふうに扱われていると、愛されている気がしない」■■
(愛されてなんかいないから当然だけど……)■■
自分に価値がないのを認識させられているようで、悔し紛れに出た言葉だ。■■
【ブラッド】
「……っ!?
え……?」■■
「……え???」■■
(……どうして、そこで赤くなるの)■■
ブラッドの頬が赤く染まっているのを、ぼうっと見上げる。■■
【ブラッド】
「…………」■■
「…………」■■
【ブラッド】
「…………」■■
「アリス……」■■
「……ん?」■■
【ブラッド】
「君は、その……」■■
「なに……」■■
はたと止まる。■■
もしかしたら、「ちゃんとしてほしい」とか、甘えて聞こえたのかもしれない。
積極的な意味でとられているかもしれないと考えて、青くなる。■■
「ち、違うからね……!?
変な意味はないから!」■■
「こんなふうに扱われていると軽い子みたいで嫌だなっていうだけで……っ」■■
それも、なんだか今更だ。■■
今の時点で、ブラッドに身持ちの固い子だとは夢にも思われていないだろう。
軽く扱われても仕方ないのかもしれない。■■
【ブラッド】
「…………」■■
ブラッドの不機嫌のポイントはよく分からない。
また威圧感全開になるのかと、身構える。■■
しかし、今回は威圧されるということはなかった。
沈黙は重いが、それはこちらを押さえ込むようなものではなく……。■■
「ブラッド?」■■
(…………)■■
(……落ち込んでいる?)■■
なんと表現していいものか。
そう、あえて言うなら落ち込んで見えた。■■
(ブラッドが?)■■
不似合いすぎる。■■
【ブラッド】
「移動しよう……」■■
似合わないのだが、やはり彼は落ち込んで見えた。■■
私を組み敷いていた体を起こす。
真っすぐ起き上がると、次に私を起こすべく手を差し伸べた。■■
……本気で移動する気らしい。■■
「……ソファじゃなくてもいいのね」■■
【ブラッド】
「当たり前だろう。
ソファにこだわってなどいない」■■
(……それなら、最初から移動してくれればいいのに)■■
文句を言うと、また威圧されそうな気がするので大人しくしておく。■■
ブラッドは私の背が少し浮くと手を差し入れて起こし、その後も肩を抱くようにしてベッドへ誘導した。■■
【【【演出】】】・・・ベッドに座る音
綺麗にメイキングされたベッドに座る。■■
「こっちのほうが落ち着くわ」■■
【ブラッド】
「…………。
君は、いつも余裕だな」■■
そんなことを言われるとは思わなかった。
目をしばたかせる。■■
「そんなに慣れていないと思うんだけど」■■
(すれているっていう意味?)■■
失礼な。■■
「初々しい反応を返してほしいなら、期待にそえなくてごめんなさいね」■■
謝る必要などないのにわざと強調して、嫌味をこめてやる。■■
初々しい反応を返せない原因は、彼にもある。
自分の行動には責任を持ってもらいたいものだ。■■
【ブラッド】
「そんな反応は求めていない」■■
「そう聞こえたわ」■■
「ブラッドこそ、人のことは言えないでしょう?
慣れすぎていると思うの」■■
女にとっては苦言でも、男にとっては誉め言葉にしかならないような文句だ。
不平等にできている。■■
【ブラッド】
「ぎこちないような男が好きなのか?」■■
案の定、ブラッドは馬鹿にするように尋ねてきた。■■
けだるそうな仕草に色気が混じっていて、わざとやっているに違いない。
わざとらしくとも、私を魅了する。■■
「ことの運びがうますぎるよりは誠実味があるんじゃない」■■
誰かと比べるような言い方。■■
私も、わざとらしく対抗した。
嫌な女だと思う。■■
【ブラッド】
「ふうん?
その……、私に似た男はそんなふうに君に触れたのか」■■
「ぎこちなく、誠実味のあるやり方で?」■■
効果などないと思ったが、ブラッドの対抗意識を刺激したらしい。■■
嫉妬だか独占欲だかで、明らかに苛立っているのが分かる。
目の奥に揺れるものがなければ、威圧感に動けなくなっていた。■■
「そうよ。
あなたとは全然違う」■■
比べるなんて最低だが、比べずにはいられない。■■
「あなたと彼とは全然違うわ」■■
(全然違う)■■
(あなたのほうが、ずっといい)■■
心の声が読まれなくてよかったと、心底思う。
これがナイトメアなら、苦笑いするだろう。■■
だが、ブラッドに読心術の能力はない。
本音を見抜くことも出来ず、苛立ったまま。■■
【ブラッド】
「私には真似できそうにないな」■■
「そうでしょうね」■■
真似する必要もない。■■
【【【時間経過】】】
ナイトメアの夢
【ナイトメア】
「…………」■■
「……【大】何も言わないでいいからね?【大】」■■
どうせまた心を読まれて筒抜けなのだろうが、何も言ってほしくない。■■
突っ込まれたところで弁解もできないし、ますます自己嫌悪に陥るだけだ。■■
【ナイトメア】
「……複雑なようだな。
いかにもあの男らしいといえば、あの男らしいが……」■■
「言わなくていいってば」■■
【ナイトメア】
「そうは言われてもね……。
では、君もその鮮明なイメージをどうにかしてくれないか……、対処に困る」■■
「勝手に読んでおいて、文句をつけないでよ」■■
疲れて眠りに落ちた私の夢に来るほうが悪い。■■
(とにかく疲れているんだから。
こっちだって、ゆっくり休みたいのに)■■
【ナイトメア】
「そんなに疲れているのか……。
……あ、いや、いい。詳しくは聞かない」■■
【ナイトメア】
「それなら、夢の中でだけでも、疲れの薄れるような癒しを提供しよう」■■
いつものように心を読まれて会話が進む。
本当に、ブラッドが彼のような読心能力を持っていなくてよかった。■■
ブラッドに私の心の内全部を曝け出すなど、死んでも御免だ。■■
無体を働かれ、人の傷を抉るようなことを何度も言われているのに、私は彼を嫌えない。
嫌うどころか、むしろ……。■■
……こんなこと、気付かれたくない。■■
「……癒し?」■■
意識を逸らすため、ナイトメアの言葉に注意を向ける。
夢魔は薄く微笑んだ。■■
【ナイトメア】
「ああ、素敵な夢をみせてあげるよ。
今夜はゆっくり休むといい」■■
「あなたは?
帰っちゃうの?」■■
【ナイトメア】
「今夜はね……、私はいないほうがいいだろう。
また会いに来るよ」■■
ナイトメアがそういうと同時に、視界がぼやけ始めた。
意識が遠退いていく。■■
私は一度、何もない真っ白な空間に放り投げられ……。
そこに、ひらひらと何かが舞い始めた。■■
(これは……、薔薇の花?)■■
赤い薔薇の花弁と薔薇の香りが、空間を満たしていく。
ふわふわと、体はその中を漂っている。■■
(薔薇のお風呂に浮いているみたい)■■
(……気持ちいい)■■
こんなふうに包んでもらえるのなら、どんなにか……。
そんなことを思うが、気持ちよくて自分でも何を考えているのかすぐに分からなくなった。■■
ふわふわ、ふわふわ。
甘い香りに酔いながら、夢の中の夢の、更に奥へと落ちて行く。■■
【【【時間経過】】】
※「帽子屋ファミリー」イベント2まで発生している場合、3回目ここから↓
帽子屋屋敷・街
「いただきます」■■
【ブラッド】
「…………」■■
【エリオット】
「……っす」■■
【ディー】
「いただきま~す」■■
【ダム】
「わ~……、おなかすいた~……」■■
帽子屋領の街。
広場のようなところで、私達は再び広げたシートの上に落ち着いていた。■■
彼らの言うところのピクニックは、もう何度目かになる。■■
耐性とは恐ろしいもので、街の人の視線にも街の中心で食事をすることにも、すっかり慣れてしまった。■■
【エリオット】
「……あれ?
ブラッド、食が進んでねえな」■■
「さっきから、紅茶しか飲んでねえ……」■■
「俺の食うか?
多めに持ってきてるから、やるぜ?」■■
【ブラッド】
「……気持ちだけ受け取っておく。
もう満腹だ」■■
「おまえの食事を見ているだけで胸が一杯なんだ……」■■
【エリオット】
「?
んだよ、遠慮すんなって」■■
「見てるだけで腹が膨れるわきゃないだろー」■■
【ブラッド】
「いらん。
いらんから押し付けるな」■■
「胸焼けが……」■■
【エリオット】
「ブラッドは夜型だし、すぐ体調悪くなるよな~。
不健康だ」■■
「原因は、カロチン不足だと思うぜ。
ほら、食えよ」■■
【ブラッド】
「いらん!
カロチン不足で胸焼けがするなど、聞いたことがない……」■■
「これはな、不足しているのではなく、過多気味なんだ。
見ているだけで一杯だ……」■■
【エリオット】
「遠慮深いよな~、ブラッドって……。
部下の好物に手を出さないなんてさすがだぜ」■■
「……ん?どうした、アリス?
欲しいのか?」■■
エリオット用・特別仕様のサンドイッチを見ていた私に、それが差し出された。■■
「い、いらない……」■■
【エリオット】
「なんだよ、あんたまで。
奥ゆかしい奴が多いよな……」■■
「だって、それ……」■■
「なんだか、オレンジ色のが一杯はみ出している……」■■
私の知る限り、そんなオレンジ色たっぷりのサンドイッチはサンドイッチではない。■■
オレンジ色の正体はもちろんにんじんで、茎の部分まで入っている。
とても食べようという気にはなれない。■■
【ディー】
「お姉さんに変なもの押し付けるなよ」■■
【ダム】
「お姉さんにウサギ病がうつったらどうするんだよ」■■
【エリオット】
「んな病気があるか!」■■
【ディー】
「あるよ、あるある」■■
【ダム】
「お姉さんが、おまえみたいに馬鹿になっちゃったらどうするんだよ」■■
【エリオット】
「このクソチビ共……」■■
「……!おまえらも栄養不足だろ。
だから、延々と身長が伸びねえんだ」■■
「これ食えば?
俺みたいに背が伸びるぜ」■■
【ディー】
「背が伸びるかわりに耳まではえそうだから嫌だ」■■
【エリオット】
「栄養たっぷりなのに……」■■
【ダム】
「カロチンたっぷりなんだろ?
栄養っていうか、カロチンしか入ってないよ、それ」■■
【ディー】
「カロチンで身長は伸びない……」■■
【エリオット】
「細かいことを気にするから背が伸びねえんだよ」■■
(細かくないでしょ……)■■
【ブラッド】
「…………」■■
エリオットが双子と騒いでいる間に、ブラッドはちゃっかり普通のサンドイッチを食べている。■■
いつの間にか、サンドイッチはほとんど残っていない。
エリオット仕様のものは除く。■■
【ディー】
「……ああ!
サンドイッチが残ってない!」■■
【ダム】
「僕達の好きなライ麦のサンドイッチ!!」■■
「……あ、それ、私もまだ食べてない」■■
ライ麦のサンドイッチは、残り2つだけだ。■■
【ディー】
「…………」■■
【ダム】
「……一つはお姉さんにあげるよ」■■
「え。
でも、そうしたら、ディーとダムのが……」■■
二人は仲良し双子だ。
仲良く半分こというほのぼのした図を考えたが、そうはならなかった。■■
【ディー】
「安心して、お姉さん。
僕がお姉さんとお揃いのを食べるから」■■
「いただき!」■■
【ダム】
「あ!待てよ、兄弟!
ずるいぞ!」■■
【ディー】
「はっ、女性と食べ物の前には、兄弟愛なんて脆いものさ!」■■
【ダム】
「僕だって譲らないぞ!
お姉さんとサンドイッチは僕のものだ!」■■
ディーとダムは、斧でも持ち出しそうな勢いで喧嘩を始めた。■■
「元気ねえ……」■■
【エリオット】
「絶対、カロチン不足なんだぜ、奴ら。
だから、あんなにキレやすいんだ」■■
「……それ、カルシウムね」■■
「エリオットも人のこと言えないくせに。
すぐディーとダムと喧嘩するでしょう」■■
【エリオット】
「俺は、栄養ばっちりだぜ」■■
「カロチンだけじゃないの……」■■
「ブラッド、あなたも紅茶ばっかり飲んでいないでなんとか言いなさいよ。
部下達のことでしょ?」■■
ブラッドは我関せずと、あさってのほうを向いている。
催促すると、一言。■■
【ブラッド】
「…………」■■
「……茶がうまい」■■
「どこのご隠居よ、あんたは……」■■
【【【時間経過】】】
※「帽子屋ファミリー」イベント3回目ここまで↑
◆帽子屋屋敷・街◆
【【【演出】】】・・・足音×複数
ピクニック擬きの食事が終わると、皆で帽子屋屋敷へと戻る。■■
ぞろぞろと歩くのにも慣れた。
領土内の見回りを兼ね、わざと遠回りして歩いている。■■
(もしかして私って……、すっかりマフィアの女?)■■
(初めて同行したときには、囁かれる周囲の声にも動揺していたのにな。
最近じゃ、前ほど気にならなくなっている……)■■
周囲からどういう目で見られるかも承知の上で、彼等と一緒に外出している。
その程度には、彼等のことを好きになっている。■■
(でも、マフィアの女っていうのは嫌だ……)■■
【ブラッド】
「……アリス」■■
「!」■■
ぴくり、と体が震えた。
隣を歩いているブラッドの手が、さり気なく私の手に触れている。■■
握るというほどではなく、指を絡み合わせるような感じで。
手袋の布の感触が冷たい。■■
(なっ、何して……っ)■■
すぐ後ろを、エリオットと双子が歩いているのに。■■
「…………」■■
ブラッドが私を逃がすはずもない。
無駄に動いても、背後の三人に気付かれる可能性を高めるだけだ。■■
そう思い、じっとしていた。■■
【ブラッド】
「…………」■■
ちらりと横に視線をやると、ブラッドは満足げな表情で、またすっと私の指を撫でる。
先刻までより動きが大きい。■■
焦って後方を窺う。
彼等はまた、サボりたがる双子にエリオットが説教するという、定番の会話を繰り返していた。■■
【ディー】
「はあ……、疲れたね、兄弟」■■
【ダム】
「うん、疲れたね」■■
【ディー】
「あ~あ。
お姉さんの膝枕で寝たいなあ」■■
【ダム】
「ずるいよ、兄弟。
僕もお姉さんの膝枕で寝たい」■■
(なんで、私が膝を貸さなきゃいけないのよ……)■■
【エリオット】
「ちっ、好き勝手なこと言ってんじゃねえぞ、おまえら!
今だって歩いてるだけで休憩みたいなもんだろ、なんで疲れるんだよ!」■■
【エリオット】
「帰っても、おまえらはそのまま仕事だ。
ちゃんと門の前に立てよ?」■■
双子はすかさず「え~っ」と非難の声を上げ、エリオットがまた何やら言い返す。■■
【ブラッド】
「…………」■■
「……っ」■■
「~~~……っ!」■■
後ろの三人が気付いていないのをいいことに、ブラッドは私の指を絡め取る。■■
指の付け根や関節の辺りを撫でるように、何度も動いて、軽く握ってみたり放したり。■■
「~~~~~~っ」■■
【エリオット】
「俺だって、戻ったらブラッドと書類をまとめる仕事が入ってんだ。
自分達だけ働いてるみたいな言い方すんじゃねえ!」■■
【エリオット】
「ああ、立ちっ放しが嫌だってんなら、その書類仕事と代わってやってもいいぜ?
おまえらにできるならな」■■
【ダム】
「!!」■■
【ディー】
「!!
それは……っ」■■
双子は憎々しげにエリオットを睨む。
彼等は、ブラッドとまとめ上げるほどの重要な書類には関わっていないのだろう。■■
【ブラッド】
「……エリオット、その書類仕事だがな」■■
言い返し掛けていた双子の声を遮って、ブラッドが前を向いたまま呼び掛ける。
それと同時に、絡む指先はすいっと離れた。■■
【エリオット】
「ん?なんだ、ブラッド?
あの書類がどうかしたか?」■■
【ブラッド】
「ああ……、まとめ上げる前に、もう少し考察したい点ができた。
もうしばらく時期をずらそう」■■
(……なんですって?
まさかと思うけど……)■■
【エリオット】
「考察したい点……?
そうなのか?何か問題になるようなこと、残ってたっけ?」■■
【ブラッド】
「あったから言っている。
……何か不都合があるか?」■■
【エリオット】
「ああ、いや、不都合なんかあるわけねえよ。
ブラッドがそう言うなら、俺はもちろん構わねえぜ」■■
忠実なエリオットは笑顔で快諾する。■■
【ブラッド】
「では、そういうことに。
代わりにおまえは、街の東から南東の区画の見回りに出てくれ」■■
【ブラッド】
「例の書類については、また改めて私から指示を出す。
それまでは保留案件だ」■■
【エリオット】
「東から南東の見回りだな。
ああ、分かった!」■■
今いるのとは反対のエリアの見回りだ。■■
私達も見回りを兼ねて、既に結構な距離を歩いている。
歩き通しの仕事を命じられたわけだが、エリオットは気にする様子もない。■■
(ほんと、忠犬ね)■■
【ブラッド】
「……一度自室に戻ったら、後で私の部屋においで」■■
エリオットを眺めていた耳元に、私にしか聞こえないような小声が囁きかける。
部下を働かせて、ボスはサボる気満々だ。■■
【【【時間経過】】】
帽子屋屋敷・ブラッドの部屋
拒んで怒らせて、揉めるだけの勇気と気力がない。
いつもそうだ。■■
結局私は今回も、素直にブラッドの部屋に来た。■■
「…………」■■
「何もしないの?」■■
【ブラッド】
「しているだろう?」■■
「…………」■■
べたべたされて、だらだらする。■■
(……何やっているんだろう、私)■■
そして、何をしているのだろう、この人は。■■
【ブラッド】
「どうした、これだけでは不満か?」■■
意味ありげに囁かれて、ぶんぶんと首を振る。■■
【ブラッド】
「不満なら、もっと色々としてやるぞ?」■■
「いらない、いらない!」■■
伸びてきた手に、慌てた。
穏やかに過ごすことに不満があるわけではない。■■
【ブラッド】
「気が向いたら言ってくれ。
いつでも、暇つぶしに付き合ってやるよ」■■
悪戯っぽく言いながら、ブラッドはそれ以上何もしてこなかった。■■
気が向いたりなどしないと心中では文句を並べながら、おとなしくする。
ブラッドはつかず離れずな感じにべたべたしてくる。■■
「……ねえ」■■
【ブラッド】
「うん?」■■
「…………」■■
「……何がしたいの」■■
目的もなく、だらだらと。
ブラッドらしくもあり、そうでなくもある。■■
無意味に過ごす時間だ。■■
こうやって過ごす時間が増えてきた。
目的があってもなくても、触れ合っている。■■
「触れていないとペナルティーでもあるわけ?」■■
照れ隠しに強がった。
悪い気がしないことが恥ずかしい。■■
【ブラッド】
「気持ちよくないか?」■■
「わ、悪くはないけど……」■■
【ブラッド】
「私は気持ちいい」■■
本当に気持ちよさそうに言われて、ますます恥ずかしくなる。■■
(なんなの、なんなの?
何がしたいの?)■■
目的もなく、裏もなく、触れ合うだけ。
だらだらと、べたべたと、柔らかく。■■
「…………」■■
【ブラッド】
「誠実味とやらを持たせようと思ってな……」■■
「は……?」■■
【ブラッド】
「……我慢している」■■
「していないじゃない」■■
禁欲しているかといえば、そういうわけでもない。
こういう、目的のない触れ合いの時間が増えたが、目的付きの時間が減ったかというとそんなことはなかった。■■
【ブラッド】
「しようかと思ったが、出来ていない」■■
「……だが、我慢しようと思って触れるだけに留めているのも気持ちがいい」■■
べたべたと遠慮なく触ってくるブラッドに、我慢など感じられない。■■
(この男は……)■■
「我慢っていうのは、もっと……耐えるとかそういうものでしょう」■■
こういうのを、我慢とはいわない。
おまけに、やることはやっているのだから、かけ離れている。■■
【ブラッド】
「我慢しようかという気はあるんだ。
出来ないだけで」■■
けだるそうな様子からは、やる気など感じられない。■■
「我慢しようなんて、本気で思っていないでしょう」■■
これだけ、口だけだということが分かりやすい我慢も珍しい。■■
【ブラッド】
「したいことをする主義なので、難しいな」■■
「それに、我慢のしすぎは精神衛生上よくないんだ」■■
「よく、恥ずかしげもなくのたまえるわね……。
しすぎるほど、我慢なんかしたことないでしょう」■■
【ブラッド】
「したければするし、したくなければしないのが信条だからな。
おかげで、私の精神状態は良好だ」■■
恥ずかしげもなく、臆面もなく、よくぞ言えるものだ。■■
【ブラッド】
「我慢できるということは、したくないということになる。
よかったな、アリス?」■■
「何がいいのよ」■■
ちっともよくない。■■
【ブラッド】
「我慢できないほど、君が魅力的だということじゃないか。
喜べ」■■
「…………」■■
「……屁理屈を並べる」■■
言っていることは無茶苦茶で、自己中心的どころの話ではない。■■
しかし、あまりに傲岸不遜で堂々としているものだから、とてももっともなことを言われているような気になる。■■
【ブラッド】
「別の我慢をしている。
私の我慢強さに感謝してほしいくらいだぞ、アリス」■■
「どこが。何をよ?
我慢なんて無縁でしょう?」■■
【ブラッド】
「こんなにも気持ちいい君を触るのを我慢している」■■
「……これで?」■■
べたべた触ってくる、この状態が我慢といえるのだろうか。■■
べたべたではないが、外ででも手に触れてきた。
我慢どころか、いきすぎている。■■
【ブラッド】
「ああ。これでも我慢している。
ずっとは触っていないだろう」■■
「ほとんど、ずっとじゃないの」■■
【ブラッド】
「ほとんどかもしれないが、ずっとじゃない。
ずっと触っていたいのを我慢している。こんなに気持ちがいいのに」■■
すいっと、彼の指が髪を撫でる。■■
「……キューティクルが?」■■
【ブラッド】
「ふふ……。
どこもかしこもだ」■■
けだるそうに、髪をすかれる。
絡まった髪に何度か引っかかるが、櫛のようにとかされた。■■
【ブラッド】
「私はやりたいことをやる。
ずっと触っていたいのに実行しないのは、すごいことだ」■■
「その上、自由にさせているんだから、我慢強い。
拘束せず、出かけることも他の人間と話すことも許しているだろう?」■■
「…………。
面倒ごとは起こさない、でしょう?」■■
「最初に、暇つぶしだって言っていたわよね」■■
【ブラッド】
「……よく覚えている。
そうとも、これは暇つぶしだ」■■
「面倒ごとなど、何も起こらない」■■
「ずいぶんと暇なのね」■■
面倒ごとというなら、今だって面倒な事態に陥っていやしないだろうか。■■
暇つぶしというのは、毎日毎日、飽きもせずにずっと続けるものではない。
どれだけ暇なのだという話で、続ければ気分転換ではなく、日常になってしまう。■■
それ以前に今回など、入っていた予定を蹴ってまでの「暇つぶし」だ。■■
書類仕事を考察のためにずらすというのは本当かもしれないが、半分は疑っている。■■
【ブラッド】
「ああ、私は暇なんだ。
退屈が嫌いだから、暇など耐えられない」■■
ふわふわと、柔らかく触れられる。■■
ブラッドは触れるのが気持ちいいというが、私は触れられるのが気持ちいい。
これは、面倒なことではないのだろうか。■■
(本当に……気持ちいい)■■
ふわふわと、温かな湯の中を漂っているようだ。
同じような感覚を、前にもどこかで味わったように思う。■■
そのときは、こんなふうになれば、と願っていた。
はっきり思い出せないが、そんな気がする。■■
【ブラッド】
「とても楽しい暇つぶしだよ……」■■
面倒というには心地よすぎる時間が、とても面倒な事態のように思えてならない。■■
【【【時間経過】】】
★※条件を満たし「女王・ブラッド」イベントが発生中の場合、ここから3回目↓
帽子屋屋敷・薔薇園
【【【時間経過】】】
また、薔薇園を訪れていた。
最近、ふとした時に思い出し、つい足が向く。■■
赤に囲まれ佇む男女。
あの美しい光景が目に焼き付いてしまったから……。■■
「ブラッド」■■
【ブラッド】
「アリス」■■
今回は、ビバルディではなくブラッドがいた。■■
【ブラッド】
「ここが気にいったのか?」■■
許可なく入った私を責めるでもなく、ブラッドは尋ねてくる。■■
「…………。
ここに来ると、珍しいものが見られるから」■■
【ブラッド】
「……?
この薔薇の品種は珍しいものじゃないぞ?」■■
「もっと、別の薔薇よ」■■
「この薔薇園よりも、もっと綺麗な薔薇」■■
そういえば、ブラッドの帽子にも薔薇の飾りがついている。■■
最初会ったときは派手で趣味の悪い帽子だと思ったが(今もその意見は変わらないが)、彼も薔薇好きなのだろうか。■■
【ブラッド】
「?」■■
「ブラッドは、どうしてこの場所を特別に大切にしているの?」■■
【ブラッド】
「大切にしているわけではないが……、ここにいると、落ち着くんだ」■■
「だから、自然と足を運んでしまう。
ここに来ると、昔を思い出す」■■
ビバルディも、そんなことを言っていた。■■
昔。
ブラッドとビバルディには、どんな「昔」があったのだろう。■■
【ブラッド】
「今はありもしない平穏を思うんだ。
退屈は大嫌いだが、嫌いでなかった頃を思い出す」■■
「悪い気分じゃない……」■■
急に、ブラッドが幼く見える。
マフィアのボスになんて感想だと思うが、ビバルディと同じく薔薇色に頬が染まっていた。■■
「落ち着く……か」■■
確かに、落ち着く。
ここにいると、時間が止まったような感覚を思い出す。■■
(…………)■■
(……?)■■
(思い出す……?)■■
【ブラッド】
「君が、傍にいるからかもな」■■
「……女ったらし」■■
【ブラッド】
「ははは……、言うと思った」■■
(安らぐのは、私ではなくビバルディのおかげでしょう)■■
じくりと、胸が痛む。
薔薇の棘が刺さったようだ。■■
揃って同じようなことを言って、困らせないでほしい。
二人の間に入っていくには、私は劣りすぎている。■■
【【【時間経過】】】
★「女王・ブラッド」(3回目)ここまで↑
【【【時間経過】】】
◆ナイトメアの夢◆
【ナイトメア】
「この世界に愛着がわいてきた?」■■
唐突に尋ねられる。■■
しかし、彼との逢瀬自体がいつだって唐突だ。
予感がするときもあるが、彼に会えるかどうかは、基本眠ってみないと分からない。■■
「……まずまず、かしら」■■
【ナイトメア】
「ふうん……?」■■
「何よ、嫌な感じ」■■
【ナイトメア】
「いいや……、なんでもないけど」■■
「まずまず……か。
それにしては、とっても馴染んでいるみたいだね」■■
色白の顔がにまっと笑う。■■
「…………」■■
(ほんっと、嫌な感じ……)■■
私の考えていることなど、お見通し。
何も言わなくても、読んでしまう。■■
勝手に、許可なく。■■
……ナイトメアに、口先だけの言葉は通じない。■■
「馴染んでいるのは認めるわ」■■
「これだけ長く過ごしたんだもの。
愛着もわく」■■
「……でも、それは夢だからよ」■■
【ナイトメア】
「夢だから?」■■
「夢じゃなければ、この世界には馴染めない?
好きになれないか?」■■
「ええ……」■■
「……好きになれない」■■
自分でも、声が硬いと思う。■■
【ナイトメア】
「じゃあ、この世界は君にとって居心地の悪いものなんだね?」■■
「…………」■■
「……ええ、そうよ」■■
そう、答えなくてはならない。■■
長くいて、嫌いになれないこの世界。
でも、好きになってはいけない。■■
夢から覚めたときが辛すぎる。■■
【ナイトメア】
「そうか……」■■
(心を読めるあなたなら、お見通しなんでしょう?
ナイトメア)■■
だが、彼の表情は暗い。
いつもの通り、顔色が悪いだけだとは思えなかった。■■
【【【時間経過】】】

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