TOP>Game Novel> 「 ハートの国のアリス 」> ブラッド=デュプレ ■07話

ハートの国のアリス
~Wonderful Wonder World~

『ブラッド=デュプレ ■07話』

【【【時間経過】】】
◆帽子屋屋敷・主人公の部屋◆
(今回の休みは予定がないわね……)■■
(どこかに遊びに行こうかな?)■■
ハートの城を訪ねる。
今回も、なぜかペーターに真っ先に出会ってしまった。■■
彼は城を案内すると言って、勝手に歩き出す。■■
【ペーター】
「ここは無駄に広いですから、案内のしがいがありますよ」■■
「僕は住み飽きましたけど、あなたを案内するのは楽しいです。
ここを気に入って、住んでくれればもっといいのに……」■■
(私がハートの城に住む?)■■
(…………)■■
(……それはないな)■■
この距離感だから、たまには会おうと思えるのだ。
ペーターと同居だなんて、考えるだけで恐ろしい。■■
「……ところであなた、そんなに書類を持っているけど……。
もしかして、まだ仕事中なんじゃない?」■■
私を案内すると言いながら、ペーターは分厚い紙の束を手にしている。■■
【ペーター】
「書類じゃありませんよ、これは僕からあなたへ宛てた愛の手紙です」■■
「……【大】はい?【大】」■■
【ペーター】
「気付けばこんな量に……、でも、まだまだ全然足りません!!!
とりあえず、愛のプロローグとして受け取ってもらえます?」■■
「【大】始める気はこれっぽっちもないから、いらない【大】」■■
【【【時間経過】】】
帽子屋屋敷・庭園
(夕方でお願いします)
【【【演出】】】・・・茶器のカチャカチャ鳴る音
「こ、このお茶会って、何回開けば終わるの……?」■■
ゴーランドを招いてのお茶会。
私はまた、招待枠の客として同席していた。■■
【ゴーランド】
「主催者次第だな」■■
【ブラッド】
「客次第だろう」■■
「…………」■■
どっちだよ……。■■
(また、ルールがどうとかなのかしら……)■■
(なんでもいいから、早く終わってほしい……)■■
「はあ……」■■
【ブラッド】
「この男の顔にうんざりしたのなら、欠席してくれても構わないんだぞ?」■■
「……それは出来ない、かな」■■
【ブラッド】
「居心地悪そうにしているが?」■■
「だって、席をはずしたら、ブラッドは気まぐれでゴーランドを殺しちゃおうとするかもしれない」■■
正直、こんな寒々しいお茶会、欠席したいのは山々だ。■■
しかし、今席をはずしたら、「たまにしか」ルールを破らないというブラッドの「たまに」がきそうな気がするのだ。■■
【ブラッド】
「……こいつのために席についているというのか?」■■
【ゴーランド】
「優しいな~、アリス」■■
「俺なら大丈夫だぜ?
簡単にやられたりしないから」■■
ゴーランドは軽く言うが、彼にとって、ここは敵の本拠のはずだ。
ゲームだかルールだか知らないが、そんな訳の分からないもので友達を失いたくない。■■
「駄目よ。
席ははずさないわ」■■
【ブラッド】
「…………」■■
【ゴーランド】
「……じゃあ、俺が帰るとするよ」■■
「……え?」■■
【ゴーランド】
「主催者がお開きにしなくても、客が急用で帰ればいい」■■
【【【演出】】】・・・椅子から立つ音
そう言って、ゴーランドは席を立った。■■
帰ってくれるのは有難い。
こんなぎすぎすしたお茶会、楽しくもなんともない。■■
【ゴーランド】
「……またな、アリス」■■
「……!!」■■
ゴーランドは、私の頭頂部にキスをした。■■
「な、なに?」■■
【ゴーランド】
「いい匂いだ」■■
しかも、すぐに離れない。
その手はいつまでも私に触れたまま。■■
【ブラッド】
「おい……」■■
「……屋敷から生きて出られなくしてほしいのか?」■■
【ゴーランド】
「ただの挨拶だ。
主催者サイドのお嬢さんなら、別れの挨拶くらいして当然だろ?」■■
【ブラッド】
「……そこまでする必要がどこにある」■■
【ゴーランド】
「それだけ魅力的だってことだ。
つれてる女を評価されるのは、主催者として鼻が高いはずだぜ?」■■
「たかだか挨拶のキスで怒るなんて大人げないな、帽子屋」■■
ゴーランドは構える様子もなく軽く言い、笑みすら浮かべている。
対してブラッドは、刺せそうなほど剣呑な視線でゴーランドを睨み付けた。■■
【ブラッド】
「…………」■■
【ゴーランド】
「ガキじゃないんだ。
いつもの余裕を見せろよ」■■
【ブラッド】
「…………」■■
【ゴーランド】
「…………」■■
「…………」■■
止めてほしいような、揉めるから大人しくしていてほしいような複雑な気分だ。■■
ちらりとブラッドを見る。
目が合うと、彼は我慢できないというようにステッキをとった。■■
新_bra_07_01a 【ブラッド】
「…………」■■
「……いつまで触ってるんだ」■■
【ゴーランド】
「わ!?
なんだよ、挨拶の邪魔すんなよ!?」■■
【ブラッド】
「長すぎだ」■■
【ゴーランド】
「んなことねえって……」■■
【ブラッド】
「彼女は嫌がっている」■■
【ゴーランド】
「そうかあ……?
……顔赤いぜ、アリス」■■
【ブラッド】
「……っ!
夕日のせいだ!」■■
赤くなっているかもしれない。
頬が熱い。■■
ゴーランドは友人だが、キスされて意識しないほど対象外というわけでもなかった。■■
【ゴーランド】
「……ははっ。
意外と青いんだな、帽子屋」■■
「いつもの余裕が崩れまくってるぜ?
若きマフィアのドンも、恋に狂わされてちゃ形無しか」■■
【ブラッド】
「…………」■■
「ルールを破ってやる。
生きて外に出さん……」■■
「ブラッド!」■■
慌てて止める。
ブラッドはここのボスで、彼が命じればすぐにでも実行されてしまう。■■
【ゴーランド】
「悪い意味じゃねえよ。
だらけてるときより、よっぽど男前だ」■■
「ま……、あれだってポーズなんだろうけどな。
ポーズも保てないあんたってのも、なかなか……」■■
「……おもしれえ」■■
【ブラッド】
「……私は、自分が面白がるのは好きだが、面白がられるのは許せないな」■■
「ブラッドってば……!」■■
【ブラッド】
「…………」■■
「……止めるのか」■■
「当たり前でしょう!?」■■
【ゴーランド】
「……この子を困らすのもかわいそうだ。
またな、帽子屋」■■
【【【演出】】】・・・足音
言うなりゴーランドは踵を返し、出入口へと向かう。
敵に背中を向けたというのに、颯爽と歩き部屋を出て行った。■■
【ブラッド】
「…………」■■
「……アリス、君は……」■■
「……なに?」■■
【ブラッド】
「あいつのことを……」■■
「友達よ。
それだけ」■■
「友達に怪我をしてほしくないのは、普通でしょう?」■■
【ブラッド】
「…………」■■
恋に狂わされている?■■
(この人が……?)■■
余裕のなさそうなブラッドは、ゴーランドの言うとおり、だるそうなときよりよっぽど男前に見えた。■■
【【【時間経過】】】
◆帽子屋屋敷・廊下◆
【ブラッド】
「また退屈しているようだな、アリス」■■
「……ブラッド」■■
廊下を歩いていると、どこからかふらりとブラッドが現れた。■■
何時間帯か前のゴーランドとのお茶会のことなどなかったかのよう。
ゴーランド曰く「ポーズ」を保つことを取り戻せば、彼はもう隙をみせない。■■
(でも隙がないからこそ、いつも以上に装っているってことも有り得るのか……)■■
そうしなければいけないほどに、内心では取り乱しているということ。■■
(…………)■■
(……まさか、ね)■■
【ブラッド】
「退屈は憎むべきものだ。
うんざりするだろう」■■
「私も同意見だ。
退屈すると、イラついてどうしようもない」■■
「…………」■■
ブラッドは怠そうに、聞いたことのあるようなことを言い出した。
このパターンは、身に覚えがある。■■
【ブラッド】
「客人を退屈させるとは由々しき事態。
屋敷の主として……」■■
「……ブラッド」■■
「また、退屈しているのね?
仕事が予定より早く終わったの?」■■
私だけ気にしていても仕方がない。
同じように、なかったことのように装う。■■
【ブラッド】
「さすがだ、お嬢さん。
君は私のことをよく理解している」■■
「有能すぎるのも困ったもので、今やるべき仕事がすべて片付いてしまった。
退屈でたまらない」■■
前と同じで、悪びれもしない。■■
【ブラッド】
「暇つぶしに付き合ってくれ」■■
「……頼む態度じゃないわよね」■■
(常に、偉そうだなあ……)■■
【ブラッド】
「で、どうする?二人で出かけるか?
それとも、供をつけて賑やかにいくか」■■
「……出かけるのは、また決定事項なんだ」■■
二人で出かけるほうが気楽そうだ。■■
他の人が混じっていても楽しめるだろうが、おおごとになりそう……。■■
「二人で出かけない?」■■
【ブラッド】
「いいぞ。
どこへ行きたい?」■■
「そうね……。
前に連れて行ってくれた薔薇園は?」■■
そう提案すると、ブラッドは意表をつかれたようだ。■■
【ブラッド】
「あそこは敷地内で、たいした楽しみもない場所だ。
あんなところへ行きたいのか?」■■
「ええ、素敵な場所だったもの」■■
【ブラッド】
「何度も行って楽しめる場所ではないと思うが……」■■
「そうね。
楽しいと感じるような場所じゃない」■■
きゃっきゃっと騒ぎ立てるような楽しみ方をするような場所ではなかった。■■
「でも、綺麗な場所だわ」■■
「退屈を嫌うあなたが好きになる場所だもの。
何度行っても飽きない場所なんでしょう」■■
薔薇園自体に、それほど興味があるわけではない。
美しい場所だが、ブラッドの言う通り、何度も行って楽しめるような類の場所ではないだろう。■■
ブラッド=デュプレが飽きない場所。
そのことに興味がある。■■
【ブラッド】
「…………」■■
「ごく普通の薔薇園だ」■■
「ごく普通というには見事すぎるけど……。
それを除いても、興味があるわ」■■
花について、人並み以上に詳しいわけではない。
造園技術もないし、薔薇を見て美しいと思うくらいの感性しかない。■■
「いかにも飽きっぽいあなたを、退屈させない場所だものね」■■
私がそう言うと、ブラッドは嫌そうな顔をした。
彼は、この表情をちょくちょく見せる。■■
嫌味と皮肉の混じった表情。
それを押し込めている顔だ。■■
【ブラッド】
「そんなにすごい場所じゃない。
一度行ったんだから、分かるだろう」■■
「気に入ったのよ」■■
「……また連れて行ってくれるって、言ったわよね?」■■
【ブラッド】
「……そう言われると連れて行きたくなくなるな」■■
「性悪」■■
【ブラッド】
「…………」■■
「はあ……、分かった。
連れて行く」■■
「……そんなに気にいったのか?」■■
「ええ、とても」■■
【ブラッド】
「君は……、変わっているな」■■
「女性の好む場所って言ったのはあなたでしょう?
女なら、花が好きでもおかしくないわ」■■
【ブラッド】
「一度目はそうだろう。
だが、何度も行きたいと思うか?」■■
「思ったから、連れて行ってほしいって言っているのよ」■■
「……嫌なの?
嫌なら、無理にとは言わないわ」■■
前に、また連れて行ってあげようと言ったのは社交辞令だったのだろうか。■■
「社交辞令を言わない人だと思っていた」■■
連れて行ってもらえないと分かって、嫌味を言う。■■
もう一度行ってみたかった。
ブラッドのことを知りたかったのかもしれない。■■
【ブラッド】
「言わないよ。
私は、社交辞令が好きじゃないんだ」■■
「嫌いな人間は招かない。
行きたいのなら、連れて行こう」■■
無理に押し通した気もするが、本当に嫌なら言葉通り断るはずだ。
連れて行ってもらう。■■
【【【時間経過】】】
◆帽子屋屋敷・薔薇園◆
「……ごめんね」■■
【ブラッド】
「……ん?」■■
「ここに私を連れてくるの、気乗りがしなかったんでしょう?」■■
【ブラッド】
「……そうじゃない」■■
「……戸惑っているだけだ」■■
「私が薔薇園を気に入ったことがそんなに意外?」■■
私も女だ。
花に見惚れても不自然ではない。■■
それに、ブラッドだって私が気に入ると思ったから連れてきてくれたはずだ。
まさか、嫌がらせで連れてきたわけではあるまい。■■
【ブラッド】
「君がここを気に入ったこともそうだが……。
君をここに連れてきた自分に戸惑っている」■■
「…………」■■
「……戸惑うような場所に最初から連れてこないでよ」■■
【ブラッド】
「ふ……、そうだな。
ははっ、まったくだ」■■
私の切り返しが面白かったようで、ブラッドは笑った。
私としては、笑わせるつもりはなかったのだが。■■
【ブラッド】
「お察しの通り、ここは、私にとって特別な場所なんだ。
付き合いの長いエリオットでさえ、一度も入れたことがない」■■
「ここ、いわくのある場所なの?」■■
エリオットはブラッドの腹心だ。
なんだかんだ言っても、ブラッドは彼を一番信頼している。■■
【ブラッド】
「人に知られると面倒なことを隠してある」■■
(どう面倒なのかは知らないけど……)■■
「それ……、私なんかを連れてきちゃ駄目でしょう」■■
「エリオットも入れないような場所なのに私を入れてくれたって……。
……なんで?」■■
【ブラッド】
「さあ……?
だから、戸惑っているんだ」■■
そんなことを言われても、私のほうが戸惑う。■■
特別な場所に入れてもらったとなると、ときめいたり甘酸っぱい空気になったりするものかもしれない。■■
しかし、私達の間に流れる空気は困惑だけだった。■■
「私って、ただの客人よね?
余所者だから気軽だ……ってわけでもないんでしょう」■■
ただの客人にしては酷いことをされているが、触れない。■■
今はそのときとは違う。
こんなに美しい場所で、思い出したいことでもなかった。■■
【ブラッド】
「腹心も入れないような場に、外部の人間を気軽に入れるほど私は愚かじゃない」■■
「でも、私を招いたじゃない」■■
それなら、私はなんなのだ。
思いきり外部の人間だ。■■
【ブラッド】
「……君は余所者なのに」■■
「不思議だ……」■■
「……不思議なことを言っているのは、あなたよ」■■
矛盾しているのはブラッドなのに、彼は私のほうがおかしいと言う。■■
【ブラッド】
「君は、不思議なお嬢さんだ、アリス。
私を……、私だけでなく、ここにいる者達の警戒心を根こそぎとっていく」■■
「……私も、この屋敷の者達も、警戒心は人並み以上のはずだ」■■
「余所者で他の勢力の回し者という線はないとしても、……どんな技を使ったんだ?」■■
「何もしてやしないわ。
お客さんとして最低限の礼儀は守っているつもりだけど、ご機嫌取りをしたような覚えもない」■■
言いがかりだ。
ブラッドの言い方だと、私が敵対しているところからの刺客か何かみたいじゃないか。■■
「お屋敷の誰かの命を狙ったりしていないわよ?」■■
私にそんな能力も、特殊な使命もないし、あったとしても敵うとは思えない。■■
【ブラッド】
「そうだったら面白そうだが、疑っていない。
君は余所者だし……、刺客か何かだったとしても、防げないようなら自業自得だ」■■
聞こえはよくないものの、この世界での「余所者」というポジションは、それだけで疑いを晴らすものらしい。■■
【ブラッド】
「余所者は戦闘能力が低いんだ。
他国からの旅人ならともかく、この世界の住人でない者というのは一様に弱い」■■
ブラッドが説明してくれて、納得する。■■
「そうね。
ブラッド達とやりあって勝てるとは思えない」■■
【ブラッド】
「君なんかだと、対立関係に巻き込まれたらひとたまりもないだろうな」■■
「私なら、この世界に住んでいたとしても誰とも敵対せずに逃げ回っているわ」■■
【ブラッド】
「平和主義なのか?」■■
「面倒くさがりなの」■■
人を憎んだり憎まれたり、殺そうとしたりされたり、すごい労力だ。■■
「ブラッドは面倒じゃないの?
私なら、いざこざに参加したいとは思わないけどな」■■
大体、ここの人達が揉めるのはいいが原因がよく分からない。
とくにたいした理由なく反目しているように見える。■■
【ブラッド】
「そういうルールのゲームなんだ。
私は、抜けられない」■■
「ふうん……」■■
【ブラッド】
「…………」■■
【【【時間経過】】】
時間帯が変わるくらいに、薔薇園で過ごした。■■
特に何をするわけでもない。
だが、退屈ではない。■■
ブラッドもこういう時間の過ごし方を好むのかと、なんとなく分かった気がする。■■
【ブラッド】
「…………。
次から、この薔薇園に自由に入っていいぞ」■■
やはりこの薔薇園はいいと誉めると、ブラッドは照れた様子で許可してくれた。■■
【【【時間経過】】】
◆帽子屋屋敷・廊下◆
【ブラッド】
「ああ、君か……。
どうして折角君に会えたときに昼なんだろうな……」■■
廊下でかち合ったブラッドは、今にも寝入りそうな顔をしている。■■
【ブラッド】
「眠い……。
この眠ささえなければ、君と散歩が出来るのにな」■■
「どうだ。
散歩はかったるくて却下だが、共に惰眠を貪らないか?」■■
「……どういう意味?」■■
【ブラッド】
「ふふ、どういう意味とはどういう意味かな、お嬢さん。
私は君と同じ夢が見てみたいだけだよ」■■
「……ふん。
とっとと寝ちゃいなさいよ」■■
眠かろうが何だろうが、余裕は崩れない。
憎たらしい男だ。■■
【【【時間経過】】】
帽子屋屋敷・ブラッドの部屋
【【【演出】】】……上着を脱ぐ音
bra6_1 「飽きないわねー……」■■
【ブラッド】
「飽きるものでもないだろう」■■
例によって、例による。■■
寝惚けついでの誘いは流せても、結局はこうなってしまうのだ。■■
「毎回ソファで組み敷くのは、芸がないと思うの……」■■
【ブラッド】
「余裕がないもので、悪いな」■■
少しも悪びれず、余裕たっぷりにブラッドは皮肉を言った。■■
芸がないと言われたのが気に食わなかったのかもしれない。
存外、子供っぽい男だというのはすでに知っている。■■
「落ちそうになる……」■■
現に、今だって落っこちそうだ。
実際に危険だったことも、何度かある。■■
頭をぶつけそうになると、ブラッドが器用に防いでくれるが危なっかしいことこの上ない。■■
【ブラッド】
「スリルがあって、面白いだろう」■■
スリル、か。■■
(そんなもの、求めちゃいないのよ)■■
【ブラッド】
「……だから、なんでそこで泣くんだ」■■
「泣いてないったら……」■■
【ブラッド】
「…………」■■
「……なあ、アリス。
誰かが君のことを苦しめているんじゃないのか」■■
そこで、やっぱり自分を除外できるあたり、ブラッドは大物だ。■■
「マフィアのボスらしく、尋ねる前に探ったら?」■■
【ブラッド】
「探ってもたいしたものは出てこなかったから聞いているんだ」■■
「…………。
さらりとストーキング行為を暴露するわね」■■
【ブラッド】
「情報戦が私の売りなんだ。
仕事の一環だよ」■■
「あなたの仕事と私は無関係でしょう」■■
【ブラッド】
「……君が交流を持っている奴には私の商売敵が多いようだが?」■■
「…………」■■
それは、悪いと思っている。■■
ここで滞在させてもらっているからには、主人たるブラッドに恩がある。
無体を強いられようとも、だ。■■
一緒に暮らす使用人達や彼の部下とも親しくさせてもらっていた。
敵対勢力と親しくするのは、裏切り行為ともいえるのだ。■■
「ここの不利になるようなことは絶対にしないわ」■■
【ブラッド】
「他の場所のほうがよくなったのか」■■
同時に出た言葉は、ちぐはぐで噛み合わないものだった。■■
「……は?」■■
【ブラッド】
「…………。
なんでもない」■■
「……君が涙ぐんだりするからだ。
調子が狂う」■■
「面倒な女で、鬱陶しくなった?」■■
【ブラッド】
「そんなことは言ってない」■■
ブラッドは、面倒そうというよりはあからさまに嫌そうだ。■■
「泣きそうになるのは、誰かのせいじゃないわ。
あえて言うなら、自分のせいね」■■
「自己嫌悪みたいなものかしら……」■■
【ブラッド】
「自己嫌悪だと?」■■
馬鹿馬鹿しい。
顔がそう言っている。■■
「私って、救いがないなあって……」■■
【ブラッド】
「悲劇の主人公ぶりたいのか」■■
ますますもって馬鹿馬鹿しい。
私もそう思う。■■
「残念ながら、私に悲劇というほどの背景はないわ。
いいとこ出のお嬢さんだもの」■■
自分を皮肉る。
たいした苦労も知らない、上辺だけの人間だ。■■
「大層なコンプレックスも持ち合わせていない。
底が浅いの」■■
「だから、みっともなくて救いがない」■■
私の持つ傷なんて、たかが知れている。■■
母親を早くに喪って、好きで付き合った人は姉に恋をした。
それなりに「かわいそうな女の子」だが、それがどうしたといえばそれまでだ。■■
「もっと不幸な人なんていくらでもいるのに、くだらないことで落ち込む自分が嫌なの」■■
それくらいのことを引きずって、未だに乗り越えられない。■■
他の人にとって「それくらいのこと」かどうかは知らないし、悲劇というほどのものでなくとも、私にとってはそれが自分の人生だ。■■
しかし、「それくらいのこと」だと決めた。
それなら、割り切りたい。■■
……根暗な私には難しい。■■
【ブラッド】
「……ふん」■■
「悲劇の主人公ぶる奴は好きじゃない。
不幸は勲章にはならないさ」■■
目元をこすられて、ぱちぱちと瞼を上下させる。
拭われるほどの涙など浮かんでいない。■■
【ブラッド】
「不幸せであることが自慢にならないように、不幸せでないことに負い目を感じる必要もない。
恵まれていると思えるなら、恩知らずに生きてきたわけでもないんだろう」■■
「……慰めているの?」■■
【ブラッド】
「慰めてほしいのなら」■■
「…………。
痛いんだけど」■■
泣いてなどいない。
乾いた頬をこすられても、痛いだけだ。■■
【ブラッド】
「辛いなら、可愛らしく泣いてみせろよ。
うまく同情をひいて男を動かすのが女の技だろう?」■■
そういうのが嫌いで強がっているのに、さっぱり分からないらしい。
軽蔑した目で見ると、ブラッドは溜め息をついた。■■
【ブラッド】
「はあ……。
頼れと言っているんだ」■■
「男は、女に利用されるために存在する」■■
「……名言ね」■■
【ブラッド】
「身内の言い分だ。
男としては反論したいところだがな……」■■
「君みたいなプライドが高そうな女になら、利用されてやるのも悪くない。
どんな計算があるのかと、楽しませてくれそうだ」■■
(慰めて……いるのよね)■■
(これでも……)■■
ずいぶんと捻くれた慰め方だが、ブラッドらしい。
優しくされるよりも、彼の言葉として伝わってくる。■■
【ブラッド】
「甘やかしてやるし、強請るなら手助けしてやろう。
泣いてもいいぞ?」■■
「……辛いとき、泣かなきゃいけないなんて誰が決めたの」■■
だが、私は彼に慰められたくない。■■
「あなたなんかに助けられたくないわ」■■
理由も聞かずに慰めてくれようとしている人にずいぶんな言い草だ。
慰められたくないからといって、傷つけるようなことを言った。■■
「今になっていい人ぶられても、どんな裏があるのかって不安になるだけよ。
どんな見返りを請求する気?」■■
【ブラッド】
「…………」■■
「誤解してくれるなよ。
私は無害な男だ」■■
私の目元をしつこくこすってくるブラッドは、見せ掛けだけでも優しく見える。■■
【ブラッド】
「今だって、君を前にして何も出来ずにいる」■■
【【【時間経過】】】
◆帽子屋屋敷・薔薇園◆
薔薇園に近付いていた。■■
何度か連れてきてもらったが、ブラッド抜きで勝手に入ろうとは思わない。■■
にもかかわらず、足がそこへ向かった。■■
あの夢のような光景が忘れられない。
中毒性のある美しさだった。■■
【???・ビバルディ】
「あいもかわらず、見事なものじゃ……」■■
「……?」■■
聞き覚えのある声がした。■■
しかし、ここにいるはずのない人だ。
いてはいけない。■■
【ブラッド】
「なかなか上出来だろう」■■
【ビバルディ】
「ああ。
美しい……」■■
【ブラッド】
「あなたの、お気に入りの花だからな」■■
ハートの女王・ビバルディ。
冷酷な面を持ちつつも、私には優しく接してくれる高貴な人。■■
何度か遊びに行き、私も気安く話せる程度に親しくなっている。■■
(どうして、ここにビバルディが……??)■■
ブラッドが彼女に話しかけるのが、幻のようだ。■■
女王と彼は敵対していて、互いに反目し合っている。
いがみ合っていたはず。■■
ここにビバルディがいるなんて、あってはいけないことだ。
それを、ブラッドが穏やかに認めているということも。■■
【ビバルディ】
「……ここの庭は格別じゃ。
わらわの城の庭よりも美しいぞ」■■
「好きな色だ。
どんな色より、わらわは……」■■
「……赤を好む」■■
「他のどんな色よりも正直だ。
その色を流すときだけ、人は美しい」■■
【ブラッド】
「……そう言ってくれるから手入れをかかせない」■■
【ビバルディ】
「ふふ。
同じ色を好んで流させるおまえが育てたからこそ、より美しいのだろうな」■■
「……薔薇が一層、映えて見える」■■
ブラッドはマフィアの顔でなく、しがらみをすべて取り払っている。
ビバルディも同じく。■■
とても穏やかな顔をしている。
誰も邪魔できない、静かな時間が流れていた。■■
薔薇の香りと夕日と、赤色。
誰の領土でもなく、ただ美しいものが支配している。■■
【ビバルディ】
「帽子屋よ」■■
【ブラッド】
「なんだ、女王様?」■■
【ビバルディ】
「帽子屋……」■■
ビバルディは、薔薇だけを見ていた。
ブラッドのことも呼ぶだけで、他へは目を向けない。■■
【ビバルディ】
「帽子屋……。……ブラッド。
おまえは、今このとき、わらわを殺めるべきじゃ」■■
「それが出来んおまえには、ゲームに参加する資格がない」■■
静かな美しさが揺らぐ。■■
【ブラッド】
「私に命令するな」■■
【ビバルディ】
「命令ではない。
分かっておろうに」■■
【ブラッド】
「……私は、私のしたいことだけをする」■■
「面倒が嫌いで、ここまで上り詰めたんだ。
面倒なことは全部、部下にやらせる」■■
「あなたを害するのも、面倒だ。
部下達がやればいい」■■
【ビバルディ】
「おまえに殺せなくても、わらわには、おまえが殺せる」■■
「ここがわらわの庭であれば、おまえは赤く染まっておろう」■■
【ブラッド】
「私の腹心なら殺さないのにか」■■
【ビバルディ】
「交渉に送り込むような使者とは違う。
たとえ腹心だろうと、二番目であって頭ではない。
どんな組織でも、頂上に立つのは唯一人」■■
「敵対する組織の頭が単独で来たりすれば、躊躇ったりせぬ。
確実に仕留める」■■
「それが、ゲームに参加した者の義務というものじゃ。
わらわを殺さぬおまえは、義務に反している」■■
【ブラッド】
「……殺されるかもしれないのにやってくるあなたは、責務に反していないのか」■■
【ビバルディ】
「わらわはよいのじゃ」■■
【ブラッド】
「どうして」■■
【ビバルディ】
「わらわは女王だからな」■■
くくっと、ビバルディは意地悪く笑う。■■
【ブラッド】
「……理由になってないだろ」■■
ブラッドは呆気にとられ、その後、頭をがしがしと掻いた。
帽子がずれる。■■
【ビバルディ】
「みっともない男じゃ。
おまえは上に立つ器ではないよ。やめておしまい」■■
【ブラッド】
「あなたがやめたら考えてもいい」■■
【ビバルディ】
「おまえが先にやめたら、わらわも考えてやる」■■
【ブラッド】
「考えるだけでやめたりしないくせに」■■
【ビバルディ】
「ゲームとはそういうものじゃ」■■
「もう、わらわには役柄がついておる。
抜けることはかなわない」■■
【ブラッド】
「棄権ができないのは、私も同じことだ」■■
【ビバルディ】
「この薔薇園を出れば、また殺しあう。
どちらかが倒れるか、すべての領土を侵食するまで」■■
「放棄や棄権のできないゲーム」■■
【ブラッド】
「…………」■■
【ビバルディ】
「おまえと遊ぶのは、悪くないが……」■■
ぱきりと、ビバルディは薔薇を一本だけ摘んだ。■■
【ビバルディ】
「…………」■■
「……切った」■■
棘がささったらしく、指に血の粒ができる。■■
【ブラッド】
「薔薇には棘があるものだ」■■
ブラッドは騒ぎ立てもせず、手当てをしてやろうともしない。■■
ビバルディも反応少なく、血の出るままにして、摘んだ薔薇を弄んだ。
花びらがむしられていく。■■
花びらには、きっと女王の血がついている。■■
【ビバルディ】
「散るは容易い……か」■■
「わらわ達にはこういう遊び方しかできないらしい」■■
【ブラッド】
「そういう世界だ」■■
薔薇の花びらが燃えるようだ。
夕日に照らされ、風にあおられ飛んでいく。■■
【ビバルディ】
「難儀じゃのう……」■■
【ブラッド】
「難儀だな」■■
絵のようだ。■■
薔薇園も夕暮れも、散っていく花も。
中心となる二人がいて、完成された絵画のようだった。■■
美術館に迷い込んだような、厳かな気持ちになる。
我知らず、息を止め、すべての物音・気配さえ消そうと努めた。■■
絵画と違うのは、これが永遠ではないものだということだ。■■
【【【時間経過】】】
◆ナイトメアの夢◆
ぼんやりとした色の靄が立ち込める。
慣れてしまったこの空間で、現れた夢魔に尋ねた。■■
「この世界のゲームって、なんなの」■■
【ナイトメア】
「唐突だね」■■
「いいから、答えてよ。
この世界でいうところのゲームって、なんなの?」■■
何度かぶつかった言葉を、ナイトメアに向ける。■■
ゲームとはこの世界。
続けなくてはならない。■■
ナイトメアなら、また別の答えを出しそうだ。■■
【ナイトメア】
「生きる意味だ」■■
また、抽象的な言葉。■■
【ナイトメア】
「とても具体的だよ」■■
「この世界は『ゲーム』で成り立っている。
君の世界とは違う」■■
「ゲームが人生のすべてだ、って?」■■
ギャンブラーみたいだ。
遊びやギャンブル、一時なら楽しめるかもしれないが、そんなものが人生だったらたまらない。■■
【ナイトメア】
「ゲームがすべてではないが、ゲームがないと生きていけない。
この世界の住人にとってはね」■■
「ゲームがないと、生きる目的がなくなってしまう」■■
「目的なんかなくても生きていけるわよ」■■
私みたいにだらだらと、大した目的もなく生き続けるのなんか簡単だ。■■
【ナイトメア】
「そうはいかない。
目的がなければ、生きている意味がない。
生きている意味がなくなったら、死んでしまう」■■
「ゲームが必要なんだ。
彼らは他の目的を失っているから」■■
なんだか複雑だ。
精神世界だけあって、目的がない=死になるのだろうか。■■
私が住んだら、すぐに死んでしまいそうだ。■■
【ナイトメア】
「今も住んでいるだろう。
君には意志があって、目的がある」■■
「……読まないで」■■
「どうやって会話しているのか、訳が分からなくなるわ」■■
【ナイトメア】
「おや、失礼」■■
全然悪びれない。■■
「ナイトメアのそういうところ、他の住人に似ているわ」■■
【ナイトメア】
「この世界の人間は、皆どこか似ているんだよ。
根本が同じだからね」■■
「皆が皆、プレイヤーだ。
役付きの人間なんて、似たり寄ったりさ」■■
ゲーム。■■
プレイヤー。■■
ここでは、生きる目的がゲームで、ゲームがあるから生きていけるらしい。■■
【ナイトメア】
「ゲームの内容は、人によって違う。
ルールも様々」■■
「生きる目的さえあればいい。
皆、ばらばらなルールで、ばらばらにゲームに興じている」■■
ルールがばらばらなゲームなんて、ゲームといえないのではないだろうか。■■
【ナイトメア】
「誰かとゲームしたいわけじゃなくて、自分のためにゲームしているんだから関係ない。
自分のルールが有効ならいいわけだ」■■
「あるかないか分からないようなルールね。
そんなの無意味だわ」■■
【ナイトメア】
「ところが、ここの世界では意味がある。
それだけが、生きる意味といってもおかしくない」■■
生きる意味がゲームなんて、それこそ無意味に感じられる。■■
「領土争いがゲームにあたるのね」■■
【ナイトメア】
「そう。だが、それだけじゃない。
定期的に出会い、そして撃ち合うことがゲームだ」■■
「役柄は選べない。ゲームの元を支える役があり、陣地があり、支える役や対立関係がある。
ルールからは逸脱できない」■■
「役付きの者達はルールを作れる。
それを元に、皆がそれぞれのゲームを作り出している」■■
「元になっているから、彼らはどうやったってゲームから降りられない」■■
「……ややこしいわ」■■
「そんな楽しくもないゲーム、やめちゃえばいいのよ」■■
撃ち合うゲームなんて、楽しくもなんともない。■■
【ナイトメア】
「そうしたら、生きる意味がなくなるよ」■■
ナイトメアは楽しそうに、しかし、自嘲するようだった。■■
「それじゃ、勝敗をつけることも出来ないじゃない」■■
やめられないゲーム。
それがなくなると生きる意味までがなくなるというのなら、勝ち負けを決めることも出来ない。■■
【ナイトメア】
「そうだよ。勝者は決まらない。
勝敗がつけば、またすぐに次のゲームがスタートする」■■
「誰かが死んでも、すぐに代わりが現れる。
役持ちの人間も、そうでない人間も、欠けるわけにはいかない」■■
「ここは、終わらないゲームの世界なんだよ、アリス」■■
(そんなゲーム……)■■
(……ゲームと呼べないわ)■■
心を読めるはずのナイトメアは、答えてくれない。■■
【【【時間経過】】】

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