【【【時間経過】】】
時間は、更に経過する。■■
無茶苦茶な時間変化に慣れ、自分なりのペースで生活できるまでになった。■■
この屋敷の人間、特にブラッドやエリオットとは仲良くなれた。
なんだかんだと奇怪な事件があったものの、完全に慣れてしまったらしい。■■
【ブラッド】
「この屋敷での生活には慣れたか、アリス?」■■
確認するように、ブラッドが話しかけてきた。■■
「変な場所だけど、慣れちゃった」■■
ここでの生活は悪くない。■■
認めてしまえば、敗北のような気もする。
これは夢で、現実から逃避をしているのかもしれない。■■
だが、悪くない。
悪くないのだ。■■
【ブラッド】
「そうか。
よかった」■■
けだるそうに微笑まれる。
喜ばれているのだか、面倒くさがられているのか判断がつきにくい。■■
(もうちょっとしゃきっとしていたら、格好いい人なんだけどな……)■■
(……いや、駄目だ)■■
単に、私の好みの問題だ。
それでは、別れた恋人と同じになってしまう。■■
ブラッドは、だれているくらいでちょうどいい。
別人のままでいいのだ。■■
【ブラッド】
「早く、馴染みきるといいな」■■
「これからも、ずっと滞在することになるんだ。
慣れるなら早いほうがいい」■■
(……ずっと?)■■
(すぐに夢から覚めるわよ)■■
これは夢。
でも、滞在させてもらっていることには恩義を感じる。■■
「そうね。
どうせ滞在させてもらうのなら、楽しく過ごしたいもの」■■
「……ありがとうね?」■■
【ブラッド】
「ああ。
私も、余所者に滞在してもらえるのは嬉しい」■■
好意的に対応すると、ブラッドも機嫌よく応えてくれる。
聞こえはよくないが、余所者というのはそんなにいいものなのだろうか。■■
【ブラッド】
「……珍しくて面白いからな」■■
「…………」■■
【【【時間経過】】】
帽子屋屋敷・主人公の部屋
この世界、この場所にも慣れてきた。
マフィアの屋敷に住むという、特異な状況にも。■■
ブラッドに尋ねられ、答えたことで自分の中での認識も強まる。■■
おかしな部分、おかしくない部分。
私の常識と違う部分も多いが、同じような部分もある。■■
(……慣れって怖い)■■
※全キャラ共通ここから↓
恐ろしいほど都合のいいことに、この世界では服の替えが必要ない。
汚れても、よれてしまっても、時間を戻したように元に戻せる。■■
汗をかいたら、お風呂に入らなくてもいつの間にか清潔になっている。(好きだから入るけど)
時間が進んでいないかのようだが、ちゃんと進んでいて……、しかし戻りもする。■■
まだまだ知らないこと、分からないことはたくさんあった。
でも、これ以上詳しくなるのが怖い気もする。■■
これは夢だ。
はまりすぎてはいけない。■■
(ここでは、時間が狂っているのね……)■■
(進んでいるにしても、正確じゃない。
とにかく、狂っている)■■
それだけ分かっていればいい。
追求しても意味がない。■■
これは一時の夢で、真剣に深く知ろうとするのは間違っている。
私の頭の中の作り事なのだ。■■
【【【演出】】】・・・ごそごそ探る音
ごそごそと、ガラス瓶……クリスタルにも見える透明な薬瓶を取り出す。
なくしたと思っても、傍にある。■■
常に忘れられない。■■
「…………」■■
ペーター=ホワイト。■■
あの馬鹿ウサギに強引に飲まされたもの。
今は中身もなく、ただの空き瓶だ。■■
きれいな作りだが、特に惹かれるようなものはない。■■
(どうして、必要だって思うのかしら……)■■
私には瓶の収集癖などないはずなのに、なぜか……手放せない。■■
(う~~~ん……)■■
(夢から覚めるためのアイテムなのかな?)■■
物語にはよくある、キーアイテムではないだろうか。
このアイテムをどうにかすればどうにかなる……。■■
(どうにかすればどうにかなる……)■■
えらく曖昧だ。■■
(どうでもいいから、早く目が覚めないかな……)■■
しばらく考えたが、どうでもよくなってくる。
不思議な小瓶、不思議な世界。■■
たいして不思議に思わず順応してしまった私。■■
「…………」■■
「変だわ……」■■
変なのは最初から分かっている。
この世界は、夢だ。■■
頭がふわふわして、体もふわふわする。
現実かと思うこともあるが、浮いているような感覚は夢特有のものだ。■■
これは夢。
長く、想像力に富んだ夢だ。■■
自分の想像力に驚くと同時に、これが夢でも納得ができない。
この世界でそれなりの時間が過ぎたが、会う人は皆私を好いてくれる。■■
好かれていると分かる好意は心地よく、だからこそ私はこれが夢だと強く実感する。
現実では、ありえない。■■
(私は、誰からも好かれるような人間じゃない)■■
それに相応しいのは、優しい姉のような人間であり可愛い妹のような人間であって、私ではない。
適度に猫を被っているが、それでも私には毒がある。■■
こんなひらひらした格好をしていても見抜く人は見抜くし、私だって騙し通せるとは思っていない。
私は、姉のように根っからの善人でもなければ、妹のように甘え上手でもなかった。■■
この世界にきて、別人に変わったということもない。
私は私。■■
皮肉びた考え方しか出来ない、斜に構えた人間だ。
根暗で見栄っぱり。■■
自分を強く見せようとする卑小な人間。
……深く考えると、落ち込む。■■
(夢だとしても、納得がいかない)■■
夢だからこそ、かもしれない。
自分の心を映すはずのものだから、こういう夢を認めたくない。■■
「…………」■■
(私は……)■■
(たくさんの人に好かれるような人間じゃないわ……)■■
そんなことは、望んでもいないはずだ。■■
(だって、私が好かれたかったのは……)■■
顔の見えないたくさんの人じゃなく、具体的な一人だ。
そして、それは叶わなかった。■■
その人に代わるものなどないはずで、誰かを代わりにしたいとも思えなかった。■■
【【【時間経過】】】
◆ナイトメアの夢の中◆
その夜、私は初めて夢をみた。
初めてというのは、もちろん生まれてから初めてとかいう意味ではない。■■
この世界に来てから初めてという意味だ。■■
「夢の中で夢をみるなんて奇妙な現象はそう起こるものじゃないものね」■■
心の中で思った言葉が、そのまま声に出る。■■
「あれ……?」■■
【???・ナイトメア】
「私に隠し事は出来ないよ、アリス。
隠そうとしても無駄なことだ」■■
「え……?」■■
一人だった空間に、ふわりと男性が現れる。
いきなりだと感じなかったのは、空気のように場に馴染んでいたからだ。■■
その人は、あまりに夢に馴染みすぎていた。
最初からここにいた私のほうが異質に思えるほどに。■■
【ナイトメア】
「私は、ナイトメアだ。
悪夢を体現させる夢魔」■■
「名前はない。
どういうふうにでも、好きなように呼ぶといいよ」■■
この人は誰だろうと思ったら、尋ねる前に返事がかえってきた。
そんなふうに名乗られて、ナイトメア以外に呼べるだろうか。■■
トムとかジョンとかいうふうに呼べるわけがない。■■
「夢魔か……。
この変な夢なら、そういうのが出てきてもおかしくはないわね」■■
また、思ったことが口から飛び出す。
思うだけに留めることが出来ないらしい。■■
夢なのだから、もっともだ。■■
【ナイトメア】
「これが夢だと思っている?」■■
「夢だもの」■■
【ナイトメア】
「そうだね。
これは夢だ」■■
もう分かっていることを確認する。
馬鹿馬鹿しい。■■
【ナイトメア】
「そう馬鹿馬鹿しくもないさ。
これは夢だが、夢から覚めたら夢でなくなるんだ」■■
「…………。
この世界の人は誰も彼も気が狂っているんじゃないの?」■■
言っていることが支離滅裂だ。
それに、考えを読まないでほしい。■■
「夢から覚めたら、現実に決まっているでしょう」■■
【ナイトメア】
「その通り。
今は夢だけど、目が覚めたらそれは現実」■■
「君は分かっているのに、分かろうとしていない」■■
「分かっているわよ。
こんなおかしな世界が、現実じゃないことくらい」■■
【ナイトメア】
「…………。
君って、頭はいいのに馬鹿なんだね」■■
むっとする。
この男もふざけている。■■
【ナイトメア】
「頭がいいからこそ、分からないのかな」■■
「私は君が好きだから、からかったりしないよ。
君のことが好きだから、裏切ったりもしない」■■
それがとても素敵なことのように言うが、私はぞっとした。■■
【ナイトメア】
「ここでは、みんな君を好きになる」■■
「……都合のいい夢なのね」■■
そして、それが私の願望か。
そう思うと、改めてぞっとした。■■
心の底で、私は誰からも好かれたいと思っていたのか。■■
【ナイトメア】
「誰だって、嫌われるよりは好かれたいと願うさ。
どうして、それが悪いことのように思うんだい?」■■
全部が筒抜け。
口に出さずにすんだことまで、この男には聞こえてしまうらしい。■■
【ナイトメア】
「悪いね、それがナイトメアだからどうしようもない」■■
「人にとって、なによりの悪夢は自分だってことさ、アリス。
君も内側に踏み込まれるのをなにより嫌っている」■■
「…………。
私は俗物でくだらない人間だから、心を読まれるなんて堪らないのよ」■■
【ナイトメア】
「アリス。
自分がくだらない人間なんて、どうして思えるんだ?」■■
「君は好かれている。
これから、もっと好かれることになる」■■
「君と知り合えば、誰もが君を好きになり、君を愛するようになる」■■
「誰からも愛される世界ってわけ。
気持ち悪いわね」■■
気持ち悪いのは自分だ。
そんな願望を持っていたなんて恥ずかしい。■■
子供じゃない。
好意より悪意を向けられる可能性のほうが高いことくらい、理解する年齢だ。■■
【ナイトメア】
「子供じゃないから、望むんだよ。
君はもう、孤独を知っている」■■
「満たされている者には知りえない闇の色を見ただろう?」■■
「一人が寂しいから、こんな夢をみているの?
そんなに弱くないつもりだったわ」■■
「自惚れだったのね。
自分がそこまで弱いとは思わなかった」■■
これが夢なら、この男も私だ。
自問自答していることになる。■■
私は強いつもりだった。
誰にでも勝てるなんて思っていない。■■
それでも、逃げ出さないだけの強さは持ち合わせていると思っていた。
それがどうだ。■■
こんなに深い夢をみて、望んだことは「誰からも愛されたい」なんて。■■
【ナイトメア】
「そうじゃない。
そうじゃないよ、アリス」■■
ナイトメアにはすべて聞こえているらしく、即座に否定した。■■
【ナイトメア】
「君は、誰からも愛されたいわけじゃない。
誰かに愛されたいんだ」■■
「しかも、誰でもいいというわけじゃない。
自分が愛する人に愛されたいんだ」■■
「わがままな話ね」■■
そうやって条件を羅列されると、自分がひどくわがままな人間に思えてくる。
事実、私はわがままな人間だ。■■
自分のことが優先で、思いやりが少なく、常識と警戒心だけを前に押し出す。
そういう人間だ。■■
【ナイトメア】
「普通のことだよ」■■
「誰もが自分の考えを優先する。
そして、理解者を求めているんだ」■■
「そうかしら」■■
そうだとしても、それを夢に求めるなんてどうかしている。■■
【ナイトメア】
「誰からも愛されたいという人もいるけど、君はそんなに欲張りじゃない。
謙虚ではないけど、強欲でもない」■■
「私の知る人間の中では慎ましいほうさ。
何も恥じ入ることはない」■■
「恥じ入ってなんかいないわ。
自分に虫唾が走っているだけよ」■■
「私、現実主義のつもりだったのに、こんなメルヘンな夢をみるなんて……」■■
(愛に飢えた子供のような……)■■
がっくりする。
自分では大人になったつもりでいた。■■
とんだ自惚れ。
こんな夢をみるなんて、私はまだまだ子供だったのだ。■■
得られないものを自分の夢に探す、愚鈍な子。■■
【ナイトメア】
「子供じゃないと認めたから、この世界に入れてあげたんだよ。
完全な大人でもないが、子供とも違う。不完全だから入れた」■■
「この世界は、君が勝手に作り出したわけじゃない。
私がつなげてあげただけで、最初からある世界だよ」■■
「そうね、最初からある……妄想の世界よね」■■
私の願望で出来た、夢の世界だ。
何もかもが都合よくというわけにはいかないが、それすらも私らしい。■■
「夢の国……。
ハートの国っていうのは的確だわ」■■
赤く染まった妄想の国だ。■■
【ナイトメア】
「…………」■■
「夢というなら夢の世界で間違いないよ。
君が望まれている世界だ」■■
「君は、自分が望まれることを望んでいた。
だから、私は君が一番望まれる世界とつないであげた」■■
「分かりやすいだろう?」■■
「ちっとも。
あなたが言うことは、ペーターみたいに的を射ないわ」■■
説明する気がある分、彼よりましだろうか。■■
【ナイトメア】
「ペーターね……」■■
「彼は、君を一番望んでいる。
だから、彼が迎えに行けたのさ」■■
「あの人、おかしいわよね。
望まれたくなんかないわ」■■
ばっさり言うと、ナイトメアはくくっと笑った。■■
【ナイトメア】
「……くくっ。
ペーター、あいつもかわいそうに」■■
「そんなに嫌ってやるものじゃない。
人を好きになったことがないから、うまいやり方なんて知らないんだよ」■■
「性格が破綻しているもの。
好かれっこない」■■
【ナイトメア】
「好かれはするさ。
好いたことがないだけで」■■
「顔はいいものね」■■
【ナイトメア】
「力もあるよ。
でも、君はそこには惹かれなかった」■■
「そんなことない。
力のある人は好きよ」■■
「権力だろうと、物理的な力だろうと……。
そういう力のある人と仲良くなれば、助けてもらえる」■■
【ナイトメア】
「それは打算だろ」■■
分かっているくせに、と、ナイトメアは続けた。■■
【ナイトメア】
「打算と好意は別のものだ。
打算的な好意はありうるとしてもね」■■
「あいにく、私は打算的なの。
だから、考えも読まれたくない」■■
「見られたくない部分がたくさんあるの。
綺麗な人間じゃないのよ」■■
だから、私は好かれない。
醜い部分を前面に出して好かれるなんて、そんな世界は有り得ない。■■
【ナイトメア】
「この世界には在り得るよ。
君は自分が汚い人間だと思っているようだけど、もっと汚い奴なんていくらでもいる」■■
「あなたは、私が聖人君子にでも見えるの?」■■
心が暴けるのなら、分かるはずだ。
私は綺麗じゃない。■■
好かれるべき人間には当てはまらない。■■
【ナイトメア】
「綺麗じゃないね。
真っ白とは程遠い」■■
ナイトメアは、じっと私を見た。
なんとなくばつが悪い。■■
「分かっているのならいいわ。
ひらひらの服を着た汚れ一つない女の子なんてものを装うのは、現実世界だけで充分よ」■■
現実でさえ、無理があるのだ。
夢でまで装いきれるとは思えない。■■
【ナイトメア】
「君は自分が好きじゃないみたいだ。
真っ白ではないけど、真っ黒でもないのに」■■
「誰もが真っ白な人間を好きになるわけじゃない。
君の灰色にくすんだ部分を愛しく思うような人間もいる」■■
「そんな人は……」■■
【ナイトメア】
「いるよ」■■
断言されると、そんな気になってくる。■■
「いたとして、その人は私以上に濁った人ね。
まともな人は、私なんか選ばないわ」■■
私にも選ぶ権利はあるから、たとえ私のことを好きだという人が現れても、そんなろくでもない人を好きになったりしない。■■
(好いた人に好かれるなんて難しいのよ。
私みたいな奴には)■■
【ナイトメア】
「私なんかというような言い方、よしたほうがいい。
自分を、水準より下の人間だと思っている?」■■
「…………。
私は、コンプレックスの塊でもなければ、心に傷を負ったかわいそうな女の子でもないわ」■■
「自分を下等な人間だと思ったことはないの。
私は私で優秀な面があることも、私よりもっと低レベルな人間がいることも知っている」■■
家は裕福で恵まれている。
教育も受け、家庭環境も最高。■■
優しい姉と可愛く明るい妹がいる。
父は仕事に忙しいが、虐待するような親より何倍もいい。■■
【ナイトメア】
「不幸せでないことが幸せとは限らないよ」■■
ナイトメアは私の目を覗き込んだ。
見透かすような視線が不快だ。■■
【ナイトメア】
「自分が嫌いなんだね、アリス。
だけど、この世界ではそんな君を好きになる人が現れる」■■
「……人の考えを読まないでと言ったでしょう」■■
「あなたの話によると、そりゃあもう、うじゃうじゃ現れそうね。
ご都合主義の夢だから」■■
「求婚者の行列ができたらどうすればいいのかしら」■■
どうすれば、だって。
決まっている。■■
追い返す。■■
求婚者の行列ができる。
私を望み、私でないと駄目だという人が列をなす。■■
そんなことになったら、頭を掻き毟りたくなるだろう。■■
こんな妄想を抱いているのだと目の前に突きつけられたら、壊れてしまいそうだ。■■
【ナイトメア】
「安心してよ、アリス。
この世界の人間が皆、君を見た瞬間から好きになるわけじゃない」■■
「誰からも好かれるなんて、君の思うとおり、有り得ないことだ」■■
「この世界でも、全員が君を愛したりはしない。
最初は君を嫌うものだっているかもしれない」■■
「まったく意思の疎通がはかれないほど、気の合わない人間も中にはいるはずさ。
通り過ぎていくだけの人間も、同じくらいにいるだろう」■■
続いた言葉は、ちっとも安心できるようなものじゃなかった。■■
【ナイトメア】
「だけど、ほとんどの人間は、知り合えば知り合うほどに君を好きになっていく」■■
「話して触れ合って、何もしなくても傍にいるだけで好意が深まる」■■
「どんどんと好きになっていくんだ。
何故なら、彼らも君を望んでいたから」■■
「…………」■■
「……私は麻薬か何かなの」■■
「あなたも、やばい薬をやっていそうよね。
狂っているわ」■■
(……顔色悪い)■■
揶揄だったが、実際にこの人は血色が悪い。
肌艶はそれほど悪くないが、唇の色など死人のようだ。■■
私が言ったようなやばい薬ではなく、普通の薬が必要に見える。■■
【ナイトメア】
「そうかもね」■■
嫌味も通じない。■■
【ナイトメア】
「……嫌われようとしても無駄さ。
知り合うほどに、君を好きになる」■■
「君を好きになるんだ。
他の誰でもなく、君をね」■■
ナイトメアと名乗る男は、囁いた。■■
【ナイトメア】
「お姉さんでも妹でもない、君だけを好きになる」■■
甘ったるい砂糖水でも流し込まれたかのようだ。
べたつく。■■
「……あんたは悪魔だわ」■■
心を読んで、私の触れられたくない部分に触れてくる。
話して触れ合って、何もしなくても傍にいるだけで好意が深まる?■■
私は触れ合いたくなどない。■■
【ナイトメア】
「私はナイトメアだよ、アリス。
悪魔じゃない」■■
「悪魔なんかより、よほど怖いものさ」■■
「言っただろう、なににも勝る悪夢は自分なんだ。
悪魔は人を地獄に落とすけど、夢魔は人を夢に落とす」■■
「夢は覚めるものよ。
地獄ほど怖くないわ」■■
眠気を誘う、日曜日の礼拝で散々聞かされた。
地獄ほど怖いものはないと。■■
私は熱心な教徒ではないものの、教会へは通っている。
通わされているというのが正しいか。■■
【ナイトメア】
「君は賢いけど、見落としている。
地獄は果てしない。夢は果てがある」■■
「だから恐ろしいんだよ、夢は。
自分というものには果てがある」■■
「その内、君にも分かるだろう」■■
ナイトメアは、真っ暗な世界の先を指した。■■
【ナイトメア】
「夢の先には何があると思う?
君のよく知るものさ」■■
「夢の先……?」■■
愚かな問いかけだ。
私は、その答えを知っている。■■
そのつもりで、この世界を楽しんでいるのだ。■■
「夢の先には、何もないわ。
終わるだけよ」■■
「覚めたら、何も残らない」■■
どんなに夢の中で好かれても、覚めたら終わり。
何も持って帰れはしない。■■
【ナイトメア】
「よく出来ました。
夢の先には何もない」■■
「……夢から覚めたら現実だ」■■
【【【演出】】】・・・指を鳴らす音
ナイトメアは、ぱちんと指を鳴らした。■■
【【【時間経過】】】
◆帽子屋屋敷・主人公の部屋◆
ぱちんと、目が覚める。
起きた途端に、それまで明確だった夢の輪郭がぼやける。■■
まるで、本物の夢のように。■■
だが、今も夢なのだ。
ここは私の部屋ではない。■■
ペーター=ホワイトというウサギ男に引き込まれた、不思議な世界のままだ。■■
変な夢はまだ継続中。
つまり、私は変な夢の中で更に夢を見たことになる。■■
(だめだ……)■■
(この夢、なかなか覚めない気がする……)■■
頭がぼんやりする。
ぼんやりした中でも、しっかりと分かる。■■
【ナイトメア】
「夢だよ」■■
「……夢」■■
【ナイトメア】
「これは、夢だ」■■
そう、これは夢だ。
この声は、ナイトメアと名乗った、夢の中の夢の声。■■
(……ややこしい)■■
(……とにかく夢なのよね)■■
夢だろうと、夢の中の夢だろうと、夢であることに変わりない。
夢の中の夢は、やはり夢だ。■■
【【【時間経過】】】
【【【演出】】】・・・扉の開く音
【【【演出】】】・・・扉の閉まる音
身支度をしていると、メイドさんと使用人が入ってきた。■■
【メイド】
「失礼します~」■■
【使用人】
「失礼しま~す」■■
「どうぞー」■■
(昼でも夕方でも夜でも、常にだるそうだな。
ここの使用人さん達は……)■■
(そして、常に銃を携帯……)■■
(標準装備なのか……)■■
【メイド1】
「お部屋を掃除させていただいても構いませんか?」■■
「え?
自分でやるわよ。掃除は得意だもの」■■
【使用人】
「そういうわけにはいきませんよ~……」■■
【メイド】
「そうですよ~……」■■
(ち、力が抜ける……)■■
こちらまで、だら~っとしてしまいそうになる。■■
「ね、寝起きから、気が抜ける……」■■
「分かった……。
掃除は任せるから……」■■
【メイド】
「……今起床されたんですか~?
眠そうなお顔ですわよ?」■■
「う……うん、そうなの。
眠るなら夜じゃないと落ち着かなくて……」■■
「あなた達みたいに、どの時間帯でも寝られるってすごいわよね」■■
この世界では時間帯がころころ変わる。
ここの使用人達も、昼夜関係なく働いているらしい。■■
【使用人】
「慣れですよ~。
俺達は慣れているだけです」■■
【メイド】
「お嬢様も、この世界に慣れれば時間帯など気にならなくなりますわ~」■■
【使用人】
「慣れちゃえば時間なんて関係なくなりますよ~」■■
「それはそれで、ちょっと……」■■
「でも、あなた達が働いている間に寝ていたりして申し訳ないわね……」■■
【メイド】
「あら~、気にしないでください。
私達も好きな時間に睡眠をとっていますから~」■■
【使用人】
「俺達は、交代して眠っているんです。
活動時間にずれがあるだけで、お互い様ですよ~」■■
「それに、俺達は役なしのカードなんで、気を遣っていただかなくても……」■■
使用人の人達は、よくそういう言葉を使う。
最初は身分を卑下しているのかとも思ったが、そうではないらしい。■■
「私は居候なんだから、気を遣って当然でしょう」■■
【メイド1】
「そんな~……。お嬢様はお客様です。
気を遣ったりしないでください」■■
【使用人】
「そうですよ~。
気を遣われたりしたら、かえって困ります」■■
これまでの態度からして、彼らが私に悪い感情を持っていないことは分かる。■■
彼らは使用人で私は客。
でも、好き嫌いくらいなら察することができた。■■
客に察せられてしまうあたり、彼らは熟練した使用人とは言い難い。
だが、好かれているとなると悪いふうには思えなかった。■■
好意を利用して、構ってもらっている。
ここしばらく、居候とはいえやることもないので、彼らの仕事の手伝いをさせてもらったりして過ごしていたのだ。■■
私は暇をつぶさせてもらい、しかも何もしない居候ではないという免罪符までもらった形だが、これはあまりよくないことだと知っている。■■
彼らの仕事の邪魔にはなっていないと思うし、手伝えたとも思うが、それはあくまで彼らの仕事だ。■■
人の仕事をとってはいけない。
自分の家に来る通いの家政婦さんへの対応でも学んでいる。■■
「仕事の邪魔ばかりしちゃってごめんね」■■
【メイド】
「とんでもないです~」■■
【使用人】
「そうです、そうですっ。
とても助かりましたよ~?」■■
「でも、助かりましたけど、申し訳なくて……」■■
そういう返事をしてくれることを期待して言った。
こずるいが、使用人達の返事に安心する。■■
(邪魔……ではなくても、気を遣わせちゃうわよね)■■
彼らにとって、結局私は客。
仕事を手伝われても対応に困る部分が多いはずだ。■■
この部屋だって客室。
客に掃除されると、彼らの立場がない。■■
ほどほどにしておこうにも、そうなると、私のすることがなくなる。
かといって、日がなだらだらと過ごしたくもない。■■
屋敷内で……、彼らのいうところの「役なしのカード」でない相手に時間つぶしに付き合ってもらうのもいいが……。■■
「今日は……、お客さんらしくあなた達に掃除してもらっている間に出掛けようかしら」■■
【使用人】
「お出かけ?」■■
【メイド】
「……いいかもしれませんわね。
屋敷にこもりきりで退屈されていらっしゃるでしょうし~……」■■
【使用人】
「でも、お嬢様はまだ外をあまりよくご存知でない……」■■
【メイド】
「ああ、でもそうすると危険かも……」■■
「大丈夫よ?
私、箱入りってわけでもないし」■■
(お嬢様なんて連呼されたら深窓のご令嬢になった気分……)■■
もちろん、気分だけだ。
私は、ご令嬢というような女ではない。■■
【メイド】
「…………」■■
【使用人】
「…………」■■
「お出かけなら……、ボスに相談してみてからにしてください~」■■
「ブラッドに?」■■
面倒だといって、ろくに取り合ってもらえなさそうだ。
彼は、この屋敷で一番だるそうにしている。■■
【メイド】
「それがいいですわ!
お出かけになるのなら、この国について詳しく知ってからのほうが安心ですもの~」■■
「それはそうなんでしょうけど……」■■
【使用人】
「そうそう、ご相談なさるべきですよ~。
何も知らずに外へ出るのは危険です」■■
さあさあと、背中を押される。■■
彼らにとっては、名案だったらしい。
ボスに任せれば、安心・大丈夫……そんな感じだ。■■
(ブラッドって、慕われているのね……。
カリスマ性はありそうだし、影響力も強そうだから、リーダーに向いているんだろうな)■■
(でも、だるだるした空気が伝染していくのはどうかと思う……)■■
【【【時間経過】】】
◆帽子屋屋敷・ブラッドの部屋◆
【ブラッド】
「出かける?」■■
「そうか……」■■
「止める理由はないが、気をつけていってきなさい」■■
予想に反して、ブラッドは私の外出を案じてくれているようだった。■■
「心配してくれるの?」■■
居候の身だ。
大騒ぎされるとは思っていなかったが、案じてもらえるのは素直に嬉しい。■■
【ブラッド】
「まあ……ね。
君のようなお嬢さんがうろつくには、いささか危険な世界だ」■■
「ありがとう」■■
お客である私に、それなりに気を遣ってくれているらしい。■■
(顔のことがなければ、もっと素直に喜べたのに)■■
【ブラッド】
「……余所者だから心配はいらないだろうがな」■■
「?
どういう意味???」■■
【ブラッド】
「余所者とはそういう存在らしい」■■
「この世界の者なら誰もが好感を持ち、親しくなりたいと思う。
余所者とはそういうものだと聞いている」■■
「そ、そうなの……」■■
夢でナイトメアが言っていたことを思い出す。■■
ここでは、そうらしい。
大体の人間が私を気に入って、好きになってくれる。■■
都合がいい夢だと思ったが、面倒かもしれない。
まさか、誰も彼もがペーターのようにはなるまいが、好意より無関心のほうが有難いこともある。■■
「今まで会った余所者というのも、そんな好感の持てる人物ばかりだったの?」■■
【ブラッド】
「……どうかな」■■
「え……?」■■
【ブラッド】
「余所者についての知識はある。
だが、非常に珍しいんだ」■■
「そうなんだ……。
余所者余所者っていうから、もっとたくさんいるのかと思っていた」■■
そんなに珍しいのか。
なるほど、退屈嫌いのブラッドが珍しく思って居候させてくれるはずだ。■■
【ブラッド】
「そんなにたくさんいるのなら、もっと気を使った呼び方になるだろう」■■
「……たくさんいなくても、そういう呼び方はしてほしくないわ」■■
余所者という言い方は、呼ばれて気持ちのいいものではない。■■
【ブラッド】
「旅行者とか?」■■
「そういう呼び方のほうがまだいいわ」■■
どちらにせよ部外者扱いだが、まだ歓迎されている気がする。■■
【ブラッド】
「呼び方がなんであれ、余所者というのは好かれる存在らしい。
どういう理由からか、この世界の者にとっては好意を持たずにいられない存在……」■■
「余所者が好かれるというよりは、この国の人間に好かれやすい者が余所者としてやってくるということだ」■■
「知識にあっても、どこまで本当のことかは知らないが……」■■
「……君を見ていると、でまかせではないようだ。
確かに面白い」■■
「どういう意味よ……」■■
【ブラッド】
「悪い意味じゃないぞ?」■■
「物珍しくて、なかなか飽きないという意味だ」■■
「……悪い意味にしかとれないんだけど」■■
「まあ……、私って誰にでも好かれるような人間じゃないし、それくらいのほうが分かりやすくていいんだけどね」■■
それは、ナイトメアにも疑問を投げかけたことだ。■■
私は、誰からも好かれるようなタイプの人間じゃない。
意味なく好かれまくったら気持ち悪い。■■
【ブラッド】
「……ふふ。
私は君みたいな子が嫌いじゃない」■■
「マフィアと共に生活でき、順応できるくらいだ。
君は、余所者であることを抜いても珍しい」■■
「私は、珍しいものが好きだ。
退屈しなくてすむ」■■
「…………」■■
それってどうなの……と思わないでもない。
誉められているというよりも、けなされているようにしか聞こえない。■■
やはり悪い意味にしかとれなかった。■■
「珍しいかどうかはともかく、図太いことは確かね。
見ず知らずだった人の屋敷に滞在させてもらうくらいだもの」■■
「……来たときには見ず知らずだったでしょう?」■■
まったくの別人だったが、私のほうは一方的に彼の顔を知っていた。
だが、ブラッドは私の顔に見覚えすらなかったはずだ。■■
【ブラッド】
「今はそうじゃないから問題ない」■■
「でも……、最初に来たときは……」■■
【ブラッド】
「私が問題ないと言ってるんだから、問題はないんだ」■■
「左様ですか……」■■
「……見ず知らずの人の家に滞在するほうもするほうだけど、させるほうもさせるほうよね」■■
私も図々しいが、受け入れるほうも大概だ。
そう考えると、気が楽になる。■■
ここでの生活は悪くない。■■
使用人達は親切だし(全員が銃を携帯しているけど)、エリオットも優しいし(銃を携帯しているけど)、ブラッドもなんだかんだ言って良くしてくれる。(怖い上に顔がムカつくけど)■■
【ブラッド】
「私は面白いものが好きだ。
君は面白いし、私を退屈させない」■■
「これからも、好きなだけ滞在してくれて構わないぞ」■■
まだそんなに長い時間を過ごしたわけではないが、私の生活スタイルや性格はブラッドのお気に召したらしい。■■
……なんだか素直に喜べないが。■■
「追い払われたら滞在場所がなくなるし、有難いわ。
私も、ここでの生活は気楽だし……」■■
【ブラッド】
「外に出るなら、この国の基本知識くらい教えておいてあげよう」■■
「いくら余所者が好かれやすい性質を持っているからといって、知識不足で危険なめにあったら不幸だからな」■■
「助かるわ」■■
(……この人にも好かれやすくなっているのかな)■■
(…………)■■
(複雑だ……)■■
ブラッドは、説明を始めた。■■
【ブラッド】
「この国は、三勢力に分かれて領土争いをしている。
決着はなかなかつかず、これからも当分解決しないだろう」■■
「解決のめどもつかない不毛なゲームだ」■■
「ゲームというのは退屈を潰してくれる。
君も、この世界に来たからにはなんらかのゲームに参加しなくてはならない。それがルールだ」■■
この世界は、ゲーム仕様で成り立っているらしい。■■
戦いが繰り広げられる世界。■■
小説なんかでもよくある設定だ。■■
「三つ巴状態ってやつ。
そうなっちゃうと、進展しなくなるわよね」■■
【ブラッド】
「よく知っているじゃないか」■■
「歴史ものの小説が好きなの」■■
独裁や二手に分かれた状態というのは、革命や戦争で壊れやすい。■■
しかし、三つ巴になってしまうと動きがとれなくなるものだ。■■
「牽制し合って、動けなくなるのよね」■■
【ブラッド】
「そういうことだ。
同じくらいの勢力で、領土を奪ったり奪われたり……、三つに分かれると睨み合いが続きやすくなる」■■
「しかし、それらは余所者である君には関係ない争いだ。
巻き込まれることはないだろう」■■
「……?」■■
「ゲームに参加しろとか言っていなかった?」■■
参加しろとかいうから、壮大なスペクタクルロマンもどきの夢なのかと思った。
ヒロイックファンタジーとか、分類はどうでもいいが、そういう括りのものだ。■■
私が戦力になるとも思えないが、そこは夢、都合でどうとでもなる。■■
【ブラッド】
「君なんか、すぐに殺されてしまう。
この争いに参加しようなんていう気は起こさないことだ」■■
ブラッドは呆れたように言った。■■
変なところがリアルなこの夢では、夢にありがちな超人的な能力などは身についていないらしい。
私は変わらず平凡なままだ。■■
【ブラッド】
「勢力争いをしているのは、その三勢力であって君ではない」■■
「君のゲームは、勢力争いとは無関係だ。
元の世界へ帰るか否か。そういうゲームになるだろう」■■
「……なんだ。
つまらないゲームね」■■
【ブラッド】
「つまらない?
それなりに切実だと思うが?」■■
「だって、そんなの、最後には帰れるに決まっているもの」■■
最後は、夢から覚める。
結末が分かっている脱出劇など、いまいち気合が入らない。■■
「今だって、帰れるならすぐにでも帰りたいわ」■■
【ブラッド】
「……そう思っているのなら、ゲームはもっと簡単に終わっている」■■
「ゲームの結末はまだ決まっていない。
今の状態では、君が不利かもな」■■
「……私が帰りたいと思っていないみたいなことを言わないでよ。
こんなわけの分からない世界から、早く帰りたいのに」■■
【ブラッド】
「そうか?」■■
思わせぶりに言われて、むっとする。■■
問い質す間もなく、ブラッドは説明の続きに入った。
地図まで出されたので、従うしかない。■■
臍を曲げられ、説明をやめられても困る。■■
【ブラッド】
「まず、帽子屋屋敷だ。
今いる場所だな……」■■
「知っての通り、私達は帽子屋ファミリーというマフィアグループだ。
屋敷だけでなく、周囲の土地もすべて私達の領土になっている」■■
(帽子屋……)■■
改めて言われると、戸惑う。■■
どちらかというと、差別的な意味合いの言葉だ。
スラングに近く、気が狂っているとか頭がおかしいとか、そういう意味がある。■■
呼び名としては敬遠されるものだ。
そんな名前を受け入れる人というのも珍しい。■■
「変わっているわね」■■
【ブラッド】
「マフィアだからな」■■
「マフィアだからとかでなく、そういう仕事だからこそ……」■■
【ブラッド】
「なんだ?」■■
「……まあ、いいわ」■■
「ここも三勢力の内の一つなのね?」■■
【ブラッド】
「ああ、そうだ。
帽子屋ファミリーといえば、この国では誰でも知っている」■■
「客人として、名前を出してくれても構わないぞ」■■
「どうも……」■■
ブラッドは、名前にまったく頓着する様子がない。■■
……本人がいいならいいのだろう。■■
マフィアなどはいかにも面子を気にしそうな職業なのに、ブラッドはそういったことを気にかけないらしい。
やはり、変わっている。■■
「これだけのお屋敷を維持するのって、お金がかかるでしょう」■■
【ブラッド】
「それなりには」■■
「マフィアって儲かるのね」■■
純粋に感心したのだが、ブラッドはいいようには取らなかったようだ。■■
【ブラッド】
「アリス、お嬢さんのくせにそこで目を輝かせるんじゃない」■■
「いいじゃない。
お金が儲かるって素晴らしいわ」■■
「多少のモラルにも目を瞑ろうという気にもなるわよね……。
目もキラキラするってものよ」■■
感心できるような職業ではないが、私はその屋敷に身を寄せているのだ。
一方的な非難など出来ようはずもない。■■
必然的に、いい面を探しだそうとすることになる。■■
【ブラッド】
「きらきらというか……ぎらぎらしているぞ……」■■
「……現金な子だ」■■
話を逸らそうと考えたのか、ブラッドは地図を指で叩いた。■■
【ブラッド】
「場所は変わって……」■■
「……ここが、ハートの城」■■
「ハートの女王が治め、ペーター=ホワイトが宰相を務める領土で……」■■
「……なんですって?」■■
ハートの城。
なんてメルヘンな……とうんざりする前に、更なる引っ掛かりがあった。■■
「……ペーターが、何?」■■
【ブラッド】
「ペーター=ホワイトは、この城で宰相を務めている」■■
冗談を言うような口調ではない。■■
【ブラッド】
「…………。
知らなかったのか?」■■
「宰相……。
……ペーターが宰相!?」■■
「う、嘘でしょう……?」■■
【ブラッド】
「本当のことだ。
敵としては、なかなか手ごわい」■■
ブラッドは、記憶を探っているらしい。
私もつられそうになる。■■
(あの変質者ウサギが宰相……)■■
「あんなのが宰相で……よくもっているわよね、そのお城……」■■
【ブラッド】
「……いや。
私の知る限り、ペーター=ホワイトは優秀な男だ」■■
「狡猾で、隙が少ない。
陰湿という意味では、残忍性も、この城を統治する女王の上をいくだろう」■■
「……誰のことを話しているの?」■■
【ブラッド】
「ペーター=ホワイトだ」■■
「なんだか、別の人のことみたい」■■
はて、私の知るペーター=ホワイトという男はそんな人物だっただろうか。■■
そんなに長く一緒にいたわけではない。
しかし、この世界に来てしばらく経った今でも忘れようがないほどインパクトの強い人だった。■■
狡猾。隙が少ない。
陰湿、残忍。■■
別の意味では犯罪者のような男だったが、そういった言葉とは結びつかない。■■
【ブラッド】
「……ハートの城は、三勢力の中でもっとも分かりやすい権力を持っている」■■
互いに認識の違いはあるらしいが、ブラッドは話を続けた。■■
「城だものね」■■
【ブラッド】
「ああ、形態によるところが大きい。
……統治者が無茶苦茶でもな」■■
「税金の徴収も堂々と行えるし、多少の荒事は公然と行える。
民衆は権力者に弱い」■■
「分かりやすく力を誇示すればなんとかなるものだという見本だな」■■
(でも、そういう権力者には治められたくないなあ……)■■
ブラッドは、写真を出した。■■
【ブラッド】
「これが、ハートの女王・ビバルディだ」■■
「…………」■■
「きれいな人……。
ものすごい美人じゃない」■■
ペーターの上司にあたり、あの男を宰相に据えるような女王様だ。
どんな無茶な人なのかと思ったが、拍子抜けする。■■
写真を見る限り、女王様らしい女王様。
気の強そうな美女だった。■■
【ブラッド】
「外見は……な」■■
「凶暴かつ残忍。毒のような女だ。
服の色まで毒々しい」■■
「目にも鮮やかな赤ね……。
毒か……」■■
【ブラッド】
「この女は危険だ。
気をつけなさい」■■
「……ブラッド、この人と知り合いなの?」■■
【ブラッド】
「……どうしてだ?」■■
「なんだか……」■■
「……なんとなく」■■
我ながら脈略がない。■■
だが、なんとなく。
よく知っている人を語っているような節があった。■■
【ブラッド】
「長年の敵だからな」■■
「傲慢で、気分次第に敵だろうと部下だろうと処刑しまくる女だ」■■
「そ、そうなの?
暴君ね」■■
「外見からして、たしかに善政をしくような統治者には見えないけど……」■■
「でも、美人だし……」■■
……本当に脈略がない。■■
「……暴君な女王様。
似合いそう……」■■
「会ってみたいかも……」■■
夢ならではの気軽さだ。
こんな美女なら会ってみたい。■■
【ブラッド】
「口癖は、首を刎ねろ……でも?」■■
「…………」■■
「やっぱり、よしておこうかな……」■■
【ブラッド】
「なるべく近づかないほうが無難だろう……」■■
ブラッドは指を滑らせ、地図の上を移動する。■■
【ブラッド】
「これは、遊園地だ」■■
「……見れば分かるわ」■■
「分かるけど……、なんで遊園地???
この遊園地がどうかしたの?」■■
【ブラッド】
「ここも、三勢力の内の一つなんだ」■■
「……遊園地が?」■■
【ブラッド】
「そう、遊園地が」■■
「どういった勢力争いをしているのよ、一体」■■
マフィアまでは、まだ分かる。■■
光と影。
時の権力者とならず者が勢力図を描くのは、歴史でもよくある話だ。■■
しかし、遊園地……。■■
「遊園地が勢力争いする話なんて、聞いたことがないわよ」■■
【ブラッド】
「……あまり聞かない話だな」■■
「あんまりどころか、お城やマフィアと向こうを張るような遊園地なんてないでしょう」■■
「なんの勢力だか、わけが分からない……。
遊園地なんて争いと無縁なはずなのに」■■
【ブラッド】
「土地を争っているので、無縁ではない。
遊園地というのは土地が必要なものだ」■■
「そういう問題なの?」■■
必要かもしれないが、遊園地が城やマフィアに対抗できるとは思えない。■■
【ブラッド】
「面白い勢力じゃないか。
土地の活用法としては、一番退屈しない」■■
「夢があるっちゃあるわよね……」■■
「ほのぼのした場所は残しておくべきだわ。
心のゆとりっていうのも大切だし……」■■
【ブラッド】
「ここの従業員も、みんな銃を携帯しているが……ほのぼのしているか?」■■
「……子供は遊びに行かなさそうね」■■
子供が遊べない、そんな遊園地に意味があるのか。■■
【ブラッド】
「集客状況はいいようだ。
家族連れや子供も多いそうだぞ」■■
「…………。
……信じられない」■■
従業員がみんな武装している遊園地に連れていくなんて、この世界の親は何を考えているのだろう。■■
【ブラッド】
「有力者のお膝元だからこそ安全ということだ」■■
「マフィアの地元は治安がいいのと同じような現象ね……」■■
目の前の男もマフィアだが、私が言っているのは私の世界のマフィアだ。■■
【ブラッド】
「そんなところだな……」■■
「だが、遊園地の形をとっているのはあくまで持ち主の趣味だ。
集客の目的などないだろう」■■
「やっていることは私達マフィアと大差ない」■■
だから面白いんじゃないか、と、ブラッドは言った。■■
「私は面白くない……。
そんな遊園地は怖くて嫌だ……」■■
【ブラッド】
「……面白いのに」■■
「ああ。
ここの領土の持ち主の写真もあるぞ」■■
「ここのボスは、メリー=ゴーランドという男だ」■■
「…………」
「なにそれ。
冗談?」■■
名前にも驚くが、服装も髪型も持ち物も、なにもかもが冗談みたいだ。■■
【ブラッド】
「本名らしい」■■
「…………。
それは……、気の毒ね」■■
絶対に、子供の頃は一度といわずからかわれたことだろう。
大人になったらなったで恥ずかしい。■■
【ブラッド】
「本人も名前を嫌って、フルネームでは名乗らないようにしたり、ゴーランドと呼ぶよう部下にも言っているみたいだな。
だが、有名すぎて周知の秘密になっている」■■
「くく……。まったく誰が言い触らしたんだか。
気の毒に……」■■
「……ああ、面白い」■■
「あなたは……、絶対にからかって遊んでいるわよね」■■
【ブラッド】
「もちろん」■■
「だと思った」■■
ブラッドは面白いことなら何でもいいらしい。■■
悪口・冷やかしの類も大好きそうだ。■■
(子供の頃は、いじめっ子タイプだよね……。
あるいは、まったく不干渉……)■■
(影で指示していそうな……)■■
それって、今のブラッドと変わらない。
子供のまま成長したようなところのある人だ。■■
【ブラッド】
「君だって、からかいたくなるだろう?」■■
「う~ん……。
身近にいて、勢力を三分するような有力者でなければ、まずからかっているわ」■■
だが、違う状況なら別だ。■■
「長いものには巻かれろ主義なんで、実際にはからかったりしないけどね」■■
フォローになっていないようなことを言うと、ブラッドは責めもせず面白そうにしている。■■
(同類だと思われている気がする……)■■
【ブラッド】
「最後に、時計塔広場だ」■■
「私がこの世界に引っ張り込まれた場所ね」■■
【ブラッド】
「そうらしいな。
あそこは、この国の中心部にあるから引き込まれやすかったんだろう」■■
ブラッドにも、私がこの国に来た経緯は軽く話している。
彼の場合は同情するでもなく面白そうに話を聞いてくれた。■■
【ブラッド】
「時計塔広場は中央に位置していて、立場も中立。
どことも争っておらず、勢力争いもしていない唯一の場所になる」■■
「害がない限り、他所での争いにも不干渉。
他勢力側も放置している」■■
【ブラッド】
「ここは誰かの場所ではなく、市街地のど真ん中にあるただの広場だ。
三勢力のどこの領土にも入っていない」■■
「周りの市街地で税金などの徴収は行うが、誰の支配下というわけでもない。
他の市街地と違い、この近辺は誰も治められない」■■
「休戦の特別地区なのね」■■
戦争中などによくある、争いの禁止地区だ。
私の世界の戦争のような大規模な悲惨さや仰々しさはないものの、争いごとの基本は押さえている。■■
【ブラッド】
「詳しいね、お嬢さん」■■
「……む」■■
【ブラッド】
「誉めてるんだ。
君は変わってる」■■
「……あなたが言うと、おちょくられているようにしか聞こえないの」■■
【ブラッド】
「誉め言葉なのにな」■■
「ブラッドみたいに変わった人に変わっているなんて言われるのはショックよ」■■
【ブラッド】
「……君こそ、私をおちょくっていないか?」■■
「とんでもない」■■
にこりと笑う。
ブラッドの飄々とした態度を崩すのは、綱渡りだ。■■
……命を危険にさらしているような気もするので、かなり無謀だけど。■■
【ブラッド】
「ここの主は知っているな?」■■
「ええ、最初に会ったから覚えているわ」■■
またムカムカしてくる。■■
ユリウスにではなく、ペーターに、だ。
よくもこんな危険な世界に引きずり込んでくれた。■■
「ユリウスは、偏屈そうだけどいい人だった」■■
【ブラッド】
「ユリウス=モンレーが?」■■
「……あの毒舌男がいい奴……か?」■■
「なに。
そう思わない?」■■
【ブラッド】
「いい奴ではないだろう。
あの男をいい奴だなんていうのは奇特だぞ」■■
「私はあまり好きではないな。
あの男はつまらない」■■
「いいじゃない。
私って、あなたに言わせると変わっているらしいから」■■
【ブラッド】
「……君は変わっているよ」■■
「もう……。
そればっかり」■■
【ブラッド】
「改めて実感したんだ」■■
「変わっているって、そんな、しみじみ実感されても……」■■
【ブラッド】
「誉めているんだ」■■
「いや、それももう聞いたし……」■■
【ブラッド】
「改めて言い直すくらい、実感しているってことだ。
君は変わっている」■■
「…………」■■
(誉めてない誉めてない……)■■
【ブラッド】
「…………説明は、以上だ」■■
【ブラッド】
「今の説明で、この国のことが大体分かったな?」■■
「…………」■■
「……【大】ううん、全然【大】」■■
清々しく断言できる。
城とマフィアと遊園地が勢力を三分する国なんて意味不明だ。■■
街や人はたくさんあるようだが……。
どういう産業で成り立っているのか、政治経済はどうなっているのかとか、突っ込みどころが多すぎる。■■
現実主義者を気取っている私の夢にしては穴だらけじゃないか。■■
……すべて「夢だから」の一言で片付けられてしまう。■■
「よく分からない国だなあということは分かったけどね」■■
【ブラッド】
「いい国だろう?
退屈しなくてすむくらい、わけの分からない面白い国だ」■■
「はあ……」■■
「面白くなくていいから、普通の世界に帰りたい……」■■
【ブラッド】
「普通なんて、何がいいんだ?
退屈してしまうじゃないか」■■
「……生命の危機よりは退屈を選びたいわ」■■
【ブラッド】
「…………」■■
【ブラッド】
「……そうだ。
これをあげよう」■■
ブラッドが何か、小さなものを私に差し出す。■■
「なに?
砂時計???」■■
先刻、プレゼントの箱から出てきたのと同じような砂時計だ。■■
(今度こそ紅茶の蒸らし用?
それとも……)■■
【ブラッド】
「この前使ったのと同じ、時間帯を自由に変えることが出来るものだ。
あると便利だぞ」■■
「……まだ持っていたのね。
それで遠慮なしに2回も使っていたの?」■■
【ブラッド】
「……ふふ」■■
「…………」■■
私は乱暴に砂時計を彼の手から引っ手繰った。■■
(いちいち気に障る……)■■
「くれるって言うなら、頂くわ。
返さないわよ」■■
【ブラッド】
「返せなんて言わないよ。
では、気をつけて出掛けてきなさい」■■
【【【時間経過】】】
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