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マザーグースの秘密の館

『ツェザーリ(学者)ルート ■ツェザーリ09』

■ 全問正解イベント9

【【【時間経過】】】
◆クイズ時と同じ背景。クイズ終了後に、そのままイベントに入ります。
【ツェザーリ】
「全問正解おめでとう、エリカ。
……ただ、いつものように頑張ってくれたのが嬉しいと、言いにくいのが正直な感想だ」■■
「君が頑張って満点をとるたびに、別れが近くなる。
もう、次で最後だ……」■■
(次で……)■■
【ツェザーリ】
「こうなってくると、終わりも近い。
いくら君が私を理解してくれたからといって、素直に喜べない部分がある」■■
「そうね。
私も同じだわ」■■
「もうすぐ家に帰れると思っても……。
以前みたいに、純粋に喜べないの」■■
最初は、あんなに帰りたいと思っていたのに。■■
元の世界を捨てるような踏ん切りはつかないし、帰りたくないわけではない。
だが、急ぐ気持ちは消失してしまった。■■
【ツェザーリ】
「…………。
……エリカ、私に付き合ってくれないか?」■■
「どこにいくの?」■■
「散歩?
それとも、街で神話モチーフを探すの?」■■
【ツェザーリ】
「いや、街は街なんだが……。
君を案内したい場所がある」■■
【【【時間経過】】】
◆下町。
活気付いた表通りとは別に、薄汚れた家がごみごみと並ぶ形。
◆どことなく治安もよくなさそうな界隈。
「あなたが私を案内しようとしていたのって……、ここなの?」■■
【ツェザーリ】
「……ああ」■■
「ここに何かあるの?
何か神話的に意味がありそうなものがあるようには見えないんだけど……」■■
【ツェザーリ】
「そういった意味では、ここには価値はないな。
……ここは、私が昔住んでいた場所なんだ」■■
「え!
あなたが?」■■
【ツェザーリ】
「ああ。
私は下町の出身なんだ」■■
「そうなの?
なんとなくだけれど、私、あなたは中流以上の家庭出身なのだと思っていたわ」■■
【ツェザーリ】
「だろうな。
私もそう見えるように努力してきた」■■
「そう見えるように……、って。
どうしてそんなことをする必要があったの?」■■
【ツェザーリ】
「私自身の属する階級を上げるためだ。
……君はまだ若いから、西洋社会に残る階級制度があまりピンと来ないかもしれないな」■■
「そうね、確かに今、ピンときていないわ。
階級社会っていったら、王様とか貴族とか平民とか、そういうもののことよね?」■■
【ツェザーリ】
「元々はな。
今では、その仕事の属性によって階級が分かれている」■■
「ブルーカラーと言われる肉体労働者層と、ホワイトカラーと呼ばれる知的労働者層。
そして、その二つを雇う側である資産家層の三つだな」■■
「労働者は二種類に分かれているのね。
同じ労働者だけど、肉体労働と知的労働の間には何か明確な差はあるの?」■■
【ツェザーリ】
「あくまで一般論だが、体を資本にした肉体労働は、個性や頭脳を必要とされない分、『誰にでも出来る仕事』として、一段下に扱われることが多い」■■
「それに比べて知的労働は、知識や個性を必要とされる分、肉体労働よりも高度な仕事であると見られる傾向にあるな」■■
「確かに……。
アルバイトの仕事情報なんかを見ていると、家庭教師みたいな頭脳労働の仕事は他より給料がよかったりするわね」■■
【ツェザーリ】
「正式な職となるともっと差はつく。
そういった差異が、現代の階級においても存在している」■■
「それはどこの社会でも大体同じだと思うんだが……。
西洋においては、その階級の固定化が著しいんだ」■■
「階級の固定化……?」■■
【ツェザーリ】
「ああ、誰に強制されているわけでも、そういったルールがあるわけでもないのに、心理的な枠で固定化している」■■
「肉体労働者階級に生まれた子供はそのまま肉体労働者階級に育つことが多い。
知的労働者も同様だ」■■
「どうして?
例えばなんだけれど、子供の頃に貧しくて苦しい思いをしたなら、上の階級を目指したりするものじゃないの?」■■
【ツェザーリ】
「君の言うとおりだ。
階級間の移動が自由な社会では、そう考えるのが自然だろう」■■
「だが、西洋においては階級ごとに文字通り住む世界が違うんだ。
そのために、階級間の上下の移動はほとんどない」■■
「住む世界が違う……、って。
別段、互いに隔離しあって生活しているわけではないでしょう?」■■
「同じ社会で生活しているのなら、自分よりいい暮らしをしている相手を見て羨ましく思って奮起したり、一発逆転を狙うことがあるんじゃないの?」■■
【ツェザーリ】
「もちろん、そういう気概のある者もゼロじゃない。
だが、ごく少数な上、出世をしても出身に対して引け目を持っている」■■
「周囲から差別を受けるのかしら……」■■
【ツェザーリ】
「例えば、なんだが。
君はどこそこの国に移住したら、今より贅沢に生活出来るといわれて、すぐに行動に移すことが出来るか?」■■
「……む。
ちょっとそれは、難しいかもしれないわ」■■
【ツェザーリ】
「階級間の移動も、同じことなんだ。
西洋では、階級ごとにまったく別のコミュニティが成立している」■■
「肉体労働者には肉体労働者の新聞や、言葉があり、文化がある。
階級によって使われる言葉も、読まれる新聞も、生活スタイルも、まったく異なるんだ」■■
「こ、言葉までもが違うの?」■■
【ツェザーリ】
「もちろん、まったく別の言語というほどに差異があるわけではない。
だがひとたび口を開けば、その人物がどこの階層出身なのかがバレてしまう程度には異なっている」■■
「……ハードル高そう。
だから、階級間で上下の移動がしにくいのね」■■
「でも、あなたはそれをしたんでしょう?」■■
【ツェザーリ】
「……ああ。
私は、貧しい労働者階級に生まれ育った」■■
「それでも学者になったなんて、あなたってやっぱりすごい人だったのね」■■
【ツェザーリ】
「……どうだろうな。
困難があっても、私は学者として生きる道を選んだ」■■
「だが、今も貧乏学者だし、こうして研究を続けるためにグース夫人の援助を受けている。
社会的に学者として地位を固めたわけでもない」■■
「そうかもしれないけど……。
あなたのしていることは悪いことじゃないわ」■■
「神話って、人から生まれたものでしょう?
その文化や歴史を研究するというのは、人間そのものの研究と同じだと思うの」■■
「あなたの選択には意味がある。
これまで教えてもらった私が言うんだから、間違いないわよ」■■
意識していなかったのに、別れの前振りのようになってしまう。■■
【ツェザーリ】
「……そうだな。
君は、9回も満点を取っている」■■
「それだけ私を理解している君がそういうのだから、きっとそうなんだろう。
ありがとう、エリカ」■■
「これまでも、枠をとりはらってきた私だ。
今さら新しい世界に飛び込むことに、何の躊躇が必要だというのか」■■
彼の言葉の後半は、なんだか独り言のようだった。■■
(……新しい世界?)■■
もしかしたら、彼は彼でまた、何か新しいことに挑戦するつもりでいるのかもしれない。
学会で認められるというのは、私が考える以上に難しいことだろう。■■
【ツェザーリ】
「覚悟も出来た。
……さて、そろそろ館に戻ろうか」■■
「ええ」■■
ゆっくりと彼が歩き出す。
その足取りに迷いはない。■■
(ツェザーリと過ごせるのは、後1度しかない)■■
(けれどこうして、彼の決断のきっかけになって、彼の人生の一部として記憶に残ることが出来たなら、それはそれで悪くない)■■
そんなふうに思いながら、私もゆっくりと彼の隣を歩いた。■■
(ああ、私に思い出して、理解してほしいっていう彼らの気持ちが理解できちゃった……)■■
一部としてでも、記憶に残ることが出来たなら。
それまでの時間を無意味に思わないですむ。■■
【【【時間経過】】】